僕は項垂れた、今までの人生で1番の苦悩に直面していた。可愛い事を理由に男なのに王宮でメイドをさせられ、10年間羞恥に耐え続けたというのに、大魔法使いの孫だとバレただけであっさりクビになってしまった。遺品整理と仕事探し、そして王都から逃げるために爺さんが魔法屋さんを営みながら住んでいた小さな街アルマースにきた。そこまではまだまあよかったんだけど……まさかお爺ちゃんに借金があったなんて。
「……5000万ゴールド、かぁ……」
まさかこんなにお爺ちゃんがこんなに浪費家だったなんて。確かに魔法使いっていうのはお金がかかるお仕事だっていうのは聞いたことがある。でもそれは一部の宝石魔法みたいな高級魔法を研究している人に限る話であり、慎ましやかな生活もしようと思えばできるのだ、それなのに……この借金、僕1人で返せるかな。
一応この家にあるものを売っぱらってみようかとも考えてみた。でも1ヶ月放置されていたせいか荒れ放題、杖や魔導書ならまだ売れそうだけど、大釜はもうボロいし、そもそも何でお爺ちゃんがそんなにたくさんの借金を抱えているのかすらわからない。それが分かれば、それをまた売ればって思ってたのに。人生とは山あり谷あり、最もこんなに踏んだり蹴ったりだと多分次ぐらいには渓谷が現れるだろう。あんまりやりたくないけど、こうなったらお店ごと売っちゃうしかないのかなぁ……
「ふーん……爺さんの孫の可愛さは話で聞いていた以上だな」
「ほぇ!? だ、だれ?」
いきなり芯の通った大人な声がして身構えてしまった。こんなボロ屋にくるなんて、ひょっとして泥棒さん? どうしよう、警察さんも居ないのに……いいや、1人アタフタしていても何にもならない、声の主を探さないと。僕だってメイドさんだったとはいえ大人の男なんだから、泥棒さんの1人や2人倒さないと一人前にはなれない!
「へぇ、ぴょこぴょこしたり怖い顔したりお人形さんみたいだな、気に入った、俺の弟にしてやるよ!」
「あうぅ!? だから誰なの、もう!」
可愛いとか弟とか、王宮で男のメイドだって馬鹿にしていたあのお方、マリオン王子様を思い出した。散々セキちゃんとか読んで、俺と付き合ってーみたいな本心でもない事を散々言われた挙句大魔法使いの孫だって知った瞬間口も聞いてくれなくなった。元々酷い人だったけど、さらに裏切られた気分。もともと僕みたいな人なんて道楽でしか話をしていなかっただろうし、もう僕には関係ない話だけど……
「こっちこっち、セキちゃんだっけ? 怖い人じゃないから作業場においでぇ〜」
そんなこと言う人は絶対に怪しいに決まっている。保険として本棚で1番分厚くて重い魔導書を持ち出した、これなら盾にも鈍器にもなる。重すぎて振り回せないけど、男なんだから、これぐらい持たないとさらに馬鹿にされちゃう。
作業室までの廊下がやけに長い気がした。それは泥棒さんへの恐怖のせいで脚が重かったのか、それともシンプルに魔導書が重くて動きづらかったのか。多分どっちもだ、心臓も両手も両方ブルブルと震えていた。それでも行かなきゃ、どうせ売っちゃうかもだけど、意味ないかもだけど、お爺ちゃんの家は僕が守らないと!
「ど、何処だ泥棒さん!」
威嚇のつもりで大きな音を立てて作業場のドアを開ける。しかし誰もいない、あるのはさっき下見した時と同じ、魔法道具を作るための作業台と錬金や調合をするための大釜、四季の温度を操れる4つの小部屋にわかれている小さなビニールハウス、そして魔力を操るための魔法の杖だけだ。
「何処に行っちゃって……うわ!」
ひょっとしたら僕が怖くて逃げたのかなと自惚れていたのも束の間、部屋が光に包まれる。まさか泥棒さんは魔法使いなの、そう思ってももう遅い、頭も身体も全部光に包み込まれた。そして、僕は、とても懐かしい夢を見た。
「……お爺ちゃん〜」
「どうした、また虐められたのか?」
「うん。みんな僕のこと女の子みたいだって」
そう言うとお爺ちゃんはいつも笑っていた、他人事だと思って。……どうやら昔の夢を見ているみたいだ。両親を早くに亡くした僕は、お爺ちゃんがアルマース町に行くまで王都で暮らしていた。王都の半分は王宮みたいなとてつもないところだったけど、それでも活気に溢れてて、僕が虐められても気にもとめないほど大きな都だった。僕がもうちょっと男らしい性格だったら、カッコいい口調だったら、そう思って真似したこともあったけど、染み付いたこの喋り方を崩すことなんていまさら出来なくて、結局王宮で働き始めてお爺ちゃんと別れる15歳まで僕は揶揄われ続けた。……まあ王宮に行っても王子様に散々揶揄われていたんだけどね。
「じゃあ魔法を教えてあげようか、強い力を手に入れたら誰もお前を馬鹿にはしないよ」
「そ、それはダメなの! 自分のためだけに魔法を使うのは嫌いなの! お爺ちゃんだって恨みつらみで魔法使ってもいいことないっていつも自分で、」
「はっはっは、本当に良くできた孫だ。ちゃんと教えた事を覚えていたんだな、お前なら将来いい魔法使いになれるぞ!」
そう言って僕の頭を撫でる。試していたのか、こんな時に魔法使いとしての道徳を。言っておくけど僕は魔力はあるけどド標準だし、小さい時にちょっとだけ箒で空を飛んだっきり魔法なんて使ったことがない。だからそんなふうに言われたって今更魔法に手をつける事なんて考えられなかった。憧れがなかったわけじゃないけど、王様が魔法嫌いのせいでこの王都では公共の場で魔法が使えず、いつもコソコソ隠れるように暮らしていたお爺ちゃんを見ると、少なくともこの王都では魔法使いとして生きたくはないと考えていた。それに1番なりたくない理由は別にあった、
「僕は魔法使いはいいよ、それに悪魔と契約だなんて……」
「相変わらずの悪魔嫌いだなぁ」
そう、魔法使いは悪魔と契約している。悪魔との契約によって体内の魔力マナと悪魔の魔力オドを組み合わせることが出来る、そして誕生する現象が魔法。初めて知った時はショックで失神するかと思った。どう言うわけが生まれた時から悪魔が嫌いだった僕は、この事を知った時からあんなに好きだった箒で空を飛ぶのをやめてしまった。姿を見せない小悪魔との簡易的な契約だったとお爺ちゃんに言われるも、いくら無害な小悪魔とはいえ悪魔というだけで無理だったのだ。だから、僕は、絶対に魔法使いにはなれそうもなかったのである。
「……なあセキ、確かに悪魔ってのは酷い奴らだ。何でもかんでも独断で決めるし、人を弄ぶのが好きだし、個人主義だから好き勝手化行動したがる」
「うん、知ってる」
「でもな、悪魔ってのは、魔法使いと対等な関係じゃなくてもいい。ただお互いを信じ合っていないと強い力が出せないんだ。だから、お互いを知り合う必要がある、そうすればきっと仲良くなれるよ」
「そ、そんなこと言われたって……あれ?」
なんだか、おかしい。幼かった僕の身体はいつの間にか大人に、お爺ちゃんは……僕が最後に見たあの年老いたお爺ちゃんに戻って……ああ、戻っていくんだ。
やだ、行かないでよ、まだまだ話したいことがたくさんあるのに。
「……もう時間がない。不安は山ほどあるが、あとはマオに任せようか。いいかいセキ、これだけは伝えておくよ
私は、お前のお爺ちゃんで幸せだったよ」
……
…………
……………………
「やだ、お爺ちゃん行かないで!」
「うんうん。人間の寿命は短い、家族の別れはあっという間にくるし悲しいよな……」
「ほえ?」
いつの間にか作業室に戻っていた。そして涙をボロボロと流してしまう僕を優しく抱きしめていること男の人は、誰なんだろう。
……悪魔だ、この羊のようなツノ、コウモリの翼、そして狼の尻尾、間違いなく悪魔だ!
「うわ、こないでぇ!」
「え、今でもダメなの? ねえねえセキちゃん爺さん俺のこと何も言ってなかった?」
まるで園児を諭すような言い方に腹が立つ、お前のような悪魔がお爺ちゃんの話をするな。と大きな口を叩けない悪魔嫌いなんだ……ごめんね。この悪魔さんはとってもカッコよくて、多分女の人にモテモテのイケメンさんだ。いいなぁ僕もこんな風に身長も高くて筋肉もあって、色気のあるイケメンさんになってみたかったな。そしてついにこの悪魔さんの正体がわかってしまう時が来た。
「あー……まあ人間ってのは積もる話も多いだろうし時間なかったんかな、じゃあ今自己紹介だ。俺はマオ! 爺さんが12の時から契約してた悪魔だ、そんで今日からお前と契約してこの魔法屋を経営することになった大悪魔だ!」
「ふぇ、ええ!?」
頭がひっくり返るぐらいのカッコいい服とイケメンさんな顔で、世界がひっくり返るぐらいの衝撃発言をしたその悪魔。そうこれこそがマオさんとの出逢いだった。僕の魔法使いとしての第一歩だった。
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