ニガニガ草はすぐに水分を吸収する、それは燻製にしてすり潰した後も変わらない。こんなに苦くても魔法使いがこぞって栽培しているのはその効力や汎用性は勿論、その生命力(つまり栽培のしやすさ)を評価されてのことなんだろう。だから少し目を離したスキにいとも容易く固まっていく、指先で叩いたらコンコンと音がした、完成の合図だ。
「……魔法使いってやってること地味なのにどうして世間じゃあ怖いものとか、凄いものとか、過剰評価されてるんだろう」
これは前々から思っていたシンプルに素朴な疑問。お爺ちゃんは魔法使いの中でも交流を大事にする変わり者だったせいか、お爺ちゃん主催の魔法使いの集会には何度かついて行ったことがある。誰も彼もお爺ちゃんのわがままに付き合ってあげてる形で帰りたそうにしていた、社会性のない人達が多いのは事実だけど、何もそこまで怯える必要は……と絵本や学校の教科書を読みながら考えたことがある。
みんな細々と魔法薬屋さんや魔法草屋さん、魔導書屋さん、お爺ちゃんみたいに道具も薬も全部扱う魔法屋さんは珍しかったけどちゃんと堅実に働いている人達がほとんどだ。中には世捨て人で遺跡に入り浸って考古学を調べたり、宝石魔法や黄金を使う錬金術で大成して大金持ちになったり(その人には女の子と勘違いされて跡継ぎくんとの結婚の相談させられちゃった)、魔法の塾まで開いている人もいたにはいたけど、誰も悪いことなんてしてない。少なくも絵本に出てくるそれのように子供を食べたり、死者を操ったりするようなことはなかった。
「魔術よりも不気味な存在だからね、悪魔も絡むし。それにこの国だから尚更ってのはあると思う」
「……王様が魔法嫌いだから?」
この王国の王様、サリバン王は大の魔法嫌いだ。自身が奥さんであるキャサリーン王妃に誕生日プレゼントで送った魔法の品に呪いが隠されていて、決死の治療も虚しく帰らぬ人となった。王様の調査不足にのる自業自得かもしれない、それでも奥さんがいなくなった時からどんどん阿修羅みたいな顔になってって、唯一の肉親である息子のマリオン王子様にも冷たく当たって、なんというかすごく可哀想だ。誰も王様を責めることはできない、王都に魔法禁止令を出したのも呪いから国民を守るためだろう、いずれ国の端っこにあるこの小さな街にも魔法禁止令が発布される日は来るのかもしれない。……そうしたら、魔法屋さんは、お爺ちゃんが大切にしていたこのお店は、どうなっちゃうのだろう。
「そうだねぇそん時はそん時だ。それよりそんなあと何年経ったらくるかも分からん話じゃなくて、今のことを考えねえと。薬は完成、客は金を持って準備満タン、売る側として何をすればいいかわかってんだろ」
「うん、そうだね。まずは手頃な袋に詰めて、服用方法と注意を書いた紙を入れておいて……1人で帰れるかな、送っていってあげて……」
「違うよ、まずは値段決めないと」
あーそっちか。確かに魔法屋さんだ、お金をお客さんから貰わなくっちゃいけない。でも今回はまともにお店も機能していない、初めて作った試作品に近い薬、まだジュニアスクールぐらいの年頃、はっきり言って今回は無料でもいい気がする。
「なーに言ってんの、セキちゃんは頑張ったんだからそれなりの対価は要求してもバチは当たらんの。よくいうじゃんただより安いものはないよって!」
「いや労働の対価はともかく、それは悪魔の世界でしか通用しないって」
「最低でも2,000ゴールドは取るべきだと思う!」
2,000ゴールド、そんなに高い価格設定は眼中にもなかった。せいぜい結構待たせちゃってるしら500ゴールドぐらいが手頃だと思ってた。確かに魔法使いはお金のかかる生き方というのもあって魔法を売るお店は割高なことが多い(これを俗に魔法価格とか呼ばれて一般市民たちは皮肉ってる)。お爺ちゃんも浪費家な癖にそういうとこだけはしっかりしてて、間違えてもぼったくったりしない人だった。お金使う割に他人への金銭感覚はしっかりしている典型的な貧乏人の思考だ。
「もう見た目だけじゃなくて変にまともなのも爺さん譲りなの?」
「え、僕とお爺ちゃん見た目似てる?」
「うん。爺さんの若い頃にそっくりな美少年だよ、まあセキちゃんの方が女顔だけど」
「お母さん似なだけだよ!」
「それを女顔って言うんだ。ほっぺもぷにぷにでお肌ももちもち、髪はサラサラだし色白で目も綺麗。よく今まで変な勘違い悪魔に目をつけられなかったね!」
美少年なお爺ちゃんを想像してしまった。あとお爺ちゃんがやっぱりそこだけはしっかりした人でちょっと安心した。……あと僕の事を可愛いと愛でる悪魔さんがやっぱり怖かった。こんな変態紳士さんと一つ屋根の下、これから、少なくとも5,000万ゴールドという多額の借金返せる時まで。……逃げなきゃ、今の僕は貞操の危機ってやつだ。
「……カカくんに薬届かないと」
「あ、逃げた。まだ値段も決まってないのに」
「いいんだよ、500ゴールドぐらいで」
「やっす」
まあいいけどと後ろから気の抜けた声が聞こえてきた。随分とカカくんを待たせてしまったな、この薬は恐ろしく苦いけど効き目はバッチリだ。今届けにいくね。そうして僕はカカくんのまつ売り場まで小走りで向かった。
「ふーん、セキちゃん王様も王子様も知ってるんだ……しかも王子様とは顔見知り以上の関係ときた。なかなか因果な話だな、爺さん」
まるで人間のような震えた声を出す悪魔さんに気づく事なく、僕は走った。
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