ゲームが終わった後の冒険譚 ~駆け出し冒険者と、トンチンカンな召喚者達~

力があれば無双できる? それってゲームの話だろ? 世の中もっと泥臭い。
蝉の弟子
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第四十二話 二人のギャレット

公開日時: 2025年3月22日(土) 01:09
更新日時: 2025年3月22日(土) 10:33
文字数:9,783

続・冒険譚~消えゆきし世界とそこに住まう数多のアバター達に捧ぐ~


『某国が大量破壊兵器を製造している』


 そんなデマが元で、戦争が行われたことがかつてあった。国が、そしてメディアが嘘を振りまいて戦争を起こした、明確な記録と言えよう。

 そして今は、技術の進歩によりもっと簡単に嘘が付けるのだが、これを警戒している人は稀であろう。なにせ、あの嘘がバレた時も、自分達が騙されたのだ、まんまとしてやられたのだ、と自覚さえできない人ばかりだったのだから。

 さて、異世界だからといって、国が嘘をつかないなどという事があるだろうか? こんなにも容易く、人を意のままに操る手段だというのに……。


 ~消えゆきし世界とそこに住まう数多のアバター達に捧ぐ~



         §      §      §




 その日、どんよりとした曇り空を嫌うように、カイルとアバター達は冒険者ギルドの1階食堂で集まっていた。

 隅にあるテーブルの一つにべべ王・イザネ・東風・カイルの4人は、声の漏れぬよう顔を突き合わせて話しているのだが、大男の東風が体を屈めて顔を寄せる姿は、傍から見ても滑稽なものであったし、余計に周囲から目立っていた。


「しかし参ったのぅ。

 盗賊ギルドにもフレイガーデンの手が伸びているのでは、ソフィア嬢もあてにならんかもしれん」


 東風の報告を一通り聞いて、べべ王がボヤきながら髭を撫でる。


「ええ、ですがソフィアさんは、代わりとなる手段も教えてくださいました。

 情報が集まる場所は、盗賊ギルドだけではありません。教会や政商達の集う商会、そして貴族の情報網も、シーフギルドと性質は異なるものの、規模だけならば同等です」


「なら丁度良かったじゃないか、ジョージさんはこれからカーゴ派の教会と取引するんだし、そこに協力を頼んだらいいだろ?」


 その楽観的なイザネの提案に、べべ王もカイルも同意するかのように表情を明るくしたが、東風だけは首を振って難色を示す。


「それは止めておいた方が良いかと。

 アノキッツ派はもちろんのこと、ヴォエルカーゴ派の教会にも裏の顔があります。ソフィアさんの話だと、組織の財源を確保するために、汚い真似も平気でしている様ですし、情報漏洩には厳しい筈です。

 それに、そんな教会組織と接近し過ぎるのは、我々にとってもリスクが高過ぎます」


 どうやら東風は、教会についても十分な情報を、ソフィアから事前に得ていた様だ。


「庶民ばかりで金と縁のないカーゴ派が、銀貨10枚も美術品にポンッと払えるのは、確かにおかしいよな。裏で儲けていたから、あれだけ気前よく金を払えたって訳か」


 机に肘を立てて顎を支えるカイルが呟き、東風がそれに頷く。


「金がある事がバレると庶民達が離れてしまうので、清貧を印象付ける努力をしているだけ……と考えるべきでしょうね」


「呆れる程に腹黒いのぅ。

 しかしそうなると、武器商人の様な政商にも、貴族にも、わし等は全く縁がないぞ、どうしたらいいんじゃ?」


「いえ、そうでもありませんよ」


 ギルドの壁の掲示板を、東風は指さす。そこには雑にチョークで走り書かれた依頼が並ぶ中、羊皮紙の依頼書が1枚だけ貼られていた。

 さっそくイザネが、椅子から飛び跳ねるようにして立ち上がって掲示板に向かい、羊皮紙を覗き込む。が、カイルは彼女とは対照的に、遠くからその羊皮紙を一瞥しただけで、興味を失ったかのように視線を机の中心へと戻していた。


「確かにあれは貴族からの依頼だけどさ、でも俺達の冒険者ランクじゃ受けられないぜ」


「ええ、正式に受ける事はできませんが……」


「なるほど、この世界のフラグ管理は割といい加減じゃからの。正式に依頼を受けずとも、依頼に書かれていたモンスターに”遭遇する事”だけはできる筈じゃな。

 問題は依頼なしでモンスターを退治した後に、依頼主の貴族に会う事ができるのかどうかじゃが……」


 べべ王は、カイルに視線を向ける。


「それは依頼の内容を確認しないと……」


 べべ王から送られた視線をリレーするかのように、カイルが掲示板の方を向くと、依頼を読み終わったイザネが、得意げにそれを待っていた。


「依頼主はハロルド男爵。

 領内で繁殖したトロル達を退治して欲しい、って依頼だ。トロルの数はかなり多いらしいが、具体的な数までは書いてないな~」


「報酬はいくら~~?」


「金貨6枚」


「舐めてんのかよ、何匹いるかも分からないトロル退治が金貨6枚って! その依頼を受けられるランクの冒険者なら、もっと割のいい仕事がいくらでもあるぜ」


「報酬の額は、この際関係ないぞカイル。問題はトロル退治をした後に、ワシ等が貴族に会う事ができるかどうかじゃ」


 報酬内容に腐るカイルを、べべ王が諭す。


「それは問題ないよ。

 領地の大問題を解決した功労者を、なんの礼もなしに黙って放っておく訳にもいかないだろうからな、立場的に。

 おまけにあんなしょぼい報酬じゃ、他の冒険者に先を越される心配もなしだ」


「じゃあ、とっととトロルを退治して、ハロルドって貴族からフレイガーデンの情報を聞き出そうぜ」


 肩を回すイザネは、張り切っているようでもあり、また早く見えない敵の正体を知りたくて焦っているようでもあった。


「待ってくださいイザ姐。その前に、この依頼について私に調査させてください。

 トロルの数が明確に書かれてないのも気になりますし、ハロルド男爵についても事前に調べておいた方が、なにかと便利でしょう」


「その調査に、どのくらいかかるんじゃ東風?」


「数日間……なるべく早く終わらせるつもりですが、念のため2~3日いただけますか?」


「そのくらいなら問題ないじゃろ。

 東風の情報収集が終わり次第、トロル退治に向かうとしよう」


 べべ王はコップに残ったエール酒を飲み干すと、ギルドの席を立つ。


「急いで戻るとしよう。遅くなると、留守番しとるジョーダンにも悪いしのぉ」


「んな事言って、昨日グリムの買ってきたゲームを、自分もやりたいだけだろ?」


 べべ王にツッコミながらカイルも席を立ち、東風がそれに続く。

 親からくすねた金で菓子を買うついでに”麻雀”というゲームも買った、とグリムが自白したのは、昨日ジョージがやけ酒を飲んでいる最中だった。どうやらこの麻雀というものも、異世界人がこの世界に伝えたテーブルゲームらしい。


「役の説明を聞いただけでも、面白そうだったじゃろうが。

 カイルだって興味あるんじゃろ? あんなに夢中になって牌を眺めておったんじゃから」


「興味はあるけどさぁ、なんか嫌な予感しかしないんだよな~~。グリムが玩具を買ってきた後は、ロクな事がなかったからさ」


 ギルドの入り口のスイングドアを押しながらカイルがぼやく、丁度その時だった。


「オイッ!」


 不意に声をかけられカイルが振り向くと、ギルド前の通りに、ギャレットが仁王立ちしていた。


(またコイツかよ……)


 仲間を庇うようにカイルは、派手なバンダナの冒険者の前に進み出る。コイツは、ギルドの訓練所で散々痛めつけられた相手ではあるが、今更ギャレットなど、カイルにとって歯牙にかけるまでもない相手だった。


「なんか用かよ」


 見るからにウザそうな目でカイルは睨むが、ギャレットの視線はそこになかった。


「お前じゃない、イザネに用があるんだ」


「イザネに?」


 カイルの隣で腕組みしていたイザネが、スカートをひるがえしてギャレットの正面に立ち、腰に手を当てた。


「俺になんか用か?」


「話がある、ちょっと面かしてくれ」


(懲りないなギャレットの奴、あれだけやって、まだイザネとの実力差が分からないのかよ)


 以前、冒険者ギルドでギャレットがイザネに突っかかっていた光景を、カイルは思い出して方眉を下げる。

 一方イザネはギャレットの誘いが意外だったのか、ちょっと視線を逸らして戸惑う仕草をみせたが、すぐに立ち直ってベベ王達の方を振り向く。


「じゃ、ちょっとコイツの話を聞いてくるから、先に帰っててくれ」


 イザネをエスコートするかのように、ギャレットは人混みを避けるようにして歩き、イザネはその後を追って街中に消えてしまった。


「そういえばあの人も”ギャレット”って言うんですね。この街の領主と同じ名前というのは、なにか訳があるんでしょうか?」


 東風のその問いに、カイルは思わず薄ら笑みを漏らしてしまう。


「あいつの親が、領主の”ギャレット侯”にあやかって、名前を付けたんだよ東風さん。

 赴任して一年くらいまで、ギャレット候は評判が良かったらしいからね。今となっては、お笑い草だけどさ」


「評判が良かったのは、一年の間だけじゃったのか?」


 背の低いべべ王が、顔を見上げるようにしてカイルに尋ねる。

 赤いローブと金の鎧が目立つせいで、通行人が物珍しそうにべべ王と、その隣の大男に視線を送りながら、先ほどから通り過ぎていく。


「俺も親父から聞いた話だから詳しくは知らないけど、ギャレット候は赴任する前から非常に評判が良かったそうなんだよ。

 ”前領主と違ってこの土地に縁がないから、地元貴族ばかりにエコ贔屓するような真似はしない。しかも庶民に対して、慈悲のあるお方だ”ってね。

 で、確かに赴任して早々に減税してくれたり、法を緩くしてくれたりと評判通りの名君ぶりを発揮してたようなんだけど、一年も待たずに税は元通りだし、法の締め付けは以前より厳しくなるわで、前の領主となんも変らなくなっちまったそうだ。

 前評判が良かった分、みんなの失望も大きくてさ、今では嫌われ者のクソ領主さ」


 領主への不満を口にしながら、カイルは歩き始めていた。この場に留まって二人と話をしていたのでは、見物人に囲まれかねない。


「奇妙な話ですね。ギャレット候が赴任してから一年間で、なにかあったのでしょうか?」


 東風もカイルに歩幅を合わせるようにして歩き出し、べべ王もそれに続く。が、三人が数十メートルも進まぬ内にその騒ぎは起きた。


ドンッ!


 建物を隔てて左前方の空に、火球が打ち出されて破裂し、赤く染まった雲に照らされた人々の悲鳴が上がる。


「なんじゃあれは!? 街中での攻撃魔法の使用は禁止されとった筈じゃろうが!」


 三人は騒ぎのあった広場の方へと、駆けだしていた。



         *      *      *



「見たか俺の力をっ! 今から俺様のファイヤーボールで、この町を火の海にしてやるぞ~~~っ!! ハーッハハハハハッ!」


 ピエロの化粧をした男が、大仰な飾りの付いた杖を振りかざし、十字路の真ん中で大声を張り上げている。

 男は到底、魔術師には見えない。どうやら手に持っているの杖の方に魔力が付与されていて、その杖を手にした者ならば誰でもファイヤーボールを放つことができるようだ。

 側を歩いていた者は皆逃げ出し、通りに面した建物に住んでいる者は、窓を閉めて隠れている。

 男は満足げに人影の消えた通りを見渡すと、今度は町の広場に向かって杖を掲げて走り出した。


「どけどけ~~~っ! 邪魔する奴はファイヤーボールで消し炭にしてやるぞ~~~っ!」


「キャーーッ!」


「だ、誰か衛兵を呼んでくれーーっ!」


 広場に続く通りの人々は、叫び声を上げて逃げ出すが、そんな中、大盾を構えたべべ王だけは、一人で男の行く手に立ち塞がっていた。


「よぉ~~~し! バッチコーイッ!」


 ピエロの男は杖を振りかざしたまま足を止め、突然飛び出して来たこの奇妙な老人を威嚇する。


「どけっ! このキチガイジジイ! 消し炭になりたいのかっ!?」


 が、べべ王は大盾を楽しそうにブンブン振り回して、一向にそこをどく様子がない。


「OKOK! ファイヤーボールでもなんでも受け止めてやるから、ドンときなさい」


「テメー、どけっつってんだ! 本当に撃っちまうぞっ!」


 男はべべ王の方に杖を向けるが、そのまま硬直し、言葉とは裏腹にファイヤーボールを放とうとしなかった。

 ピエロが目指していた広場から、カイルはそのやりとりを眺めていたが、先ほどからしきりに首を捻っている。


(妙だな、さっきのファイヤーボールも上空に向けて撃っていたし、虚勢だけで町を本気で焼く気はないのか?)


「あそこだっ! 行くぞぉっ!」


 背中から衛兵達の声が上がり、男は慌てて行く手を遮るべべ王に向かって走り出す。相変わらずその杖で、ファイヤーボールを撃つ気配はない。


「邪魔だっつてんだ、オラァッ!」


「ホイッ!」


 広場への道を塞ぐべべ王を、男は突き飛ばそうと試みた。が、脇に避けるフリをしながらべべ王は、延ばした足先を男の脛に引っ掛ける。


「ぐあっ!」


 片足のままつんのめり、勢い余った男は、不潔な道路に身を投げ出すようにして転ぶ。だが、それでもまだ杖から手を放さなかった。

 べべ王は、自身の杖を男の方に向け、そのまま光弾を放つ。


バキッ!



 光弾は男の杖を貫通し、それを真っ二つに折ってしまう。べべ王の光弾によって、石畳も少し削られている。


「ああああぁぁぁっ!」


 杖をへし折られたためか、汗でピエロの化粧がぐちゃぐちゃになった男は、立ち上がったはいいものの、折れた杖を握ったまま口をポカンと開けて放心し、動かなくなってしまった。

 男の後ろから衛兵達が迫るのを確認したべべ王は、広場の方へゆっくりと歩いて戻ってくる。

 それにしても、男を捉えるため集まった衛兵の数は八人。普段、二人一組でバラバラに市内の見回りをしていることを考えれば、たった数分でこれだけの数の衛兵が集まるのは、騒ぎの大きさを考えても不自然な事だった。


「奇妙ですね……」


 カイルと共に、広場でべべ王の帰りを待っていた東風も、やはり首を傾げていた。


「ここの周囲にも、人ごみに紛れていますが、既に衛兵が十人以上集まっていますよ。まるで、あの男がこの広場に逃げて来るのを、予め知っていたかのようです」


 カイルが周囲の広場を見すと、騒ぎを聞きつけて集まったやじ馬に紛れ、鎖帷子(くさりかたびら)を着た衛兵の姿が散見できた。


「妙だと言えば、あれもそうだな」


 カイル指さす衛兵達は、男を取り押さえてはいるものの、縄もかけずに、そのまま連れて行こうとしているところだった。


「普通は1~2発は殴って戦意を喪失させてから、縄で首と手を結わえて連行してくんだぜ、あいつ等。軽い営業違反程度なら話は別だけど、これほどの騒動を起こした犯人に対して、有情過ぎるよ。

 ところで、ファイヤーボールを爺さんが盾で防いだとしても、爆発して周囲に被害が出るだろ。ちょっとは考えろよな」


 カイルが腰に手をあて、べべ王を上から睨む。


「ファイヤーボールの魔力を盾で吸収しちまえば、爆ぜたりはせんよ。

 しかし、カイルの言う通りじゃのこれは……見方を変えれば、まるで周囲の者から、衛兵達が犯人を守っているかのようじゃ」


 八人の衛兵は、殆ど化粧の落ちてしまった犯人の周囲をぐるりと取り囲み、やじ馬達を遠ざけるようにして引き上げようとしているところだった。


「ちょっとよろしいですか?」


 気付くとべべ王達の周りを、広場に集まっていた衛兵達が囲んでいた。その数はやはり、十名を軽く超えている。


「先ほどあなたが、犯人の杖を破壊するのに使ったのは、攻撃魔法ですよね?」


「は? あの場合は仕方ないだろうが!」


 衛兵の言葉に、食って掛かったのはカイルだった。

 それもその筈、やむを得ない場合は、余程やり過ぎない限り、攻撃魔法を使用しても見逃されるのが常だし、犯人逮捕に協力した者に対して、こんな高圧的な態度をとる衛兵を見るのも初めての事だったのだから。


「ええ、そうなんですが、念のため我々の詰所まで来ていただきたいのです。

 町中での攻撃魔法の使用に関しては、我々の隊長に報告して、判断を仰がなければなりませんので」


(なんだこの衛兵達は? 普段は黙って見逃がしてるじゃないかこれくらい。

 そもそも、犯人逮捕の協力者を、なんでこんなに大勢で取り囲む必要がある!?)


 訝しがるカイルとは対照的に、べべ王は無警戒に衛兵の要請に応じようとしていた。


「ま、ええじゃろ詰所に寄るくらいは」


「では調査のため、その杖を預からせていただけませんか?」


 べべ王から杖を奪おうと伸ばした衛兵の腕を、咄嗟にカイルが押さえる。


「ふざけるなよ!

 非常時に武器や魔法を町中で振るう許可が、冒険者には正式に下りている筈だ! 衛兵の癖に、法を知らないのかよお前等!

 じいさん! こいつ等に冒険者登録証を見せてやりな! わざわざ詰所になんか行く必要はないぜ!」


 依頼によっては、冒険の舞台が町中になる事もあるのだ。カイルの言った通り、そのための特別な許可も、冒険者には与えられている。

 べべ王がその顎髭の下に埋めていた冒険者登録書を取り出すと、杖を奪おうとしていた腕を、衛兵はようやく引っ込めた。

 が、それでも尚カイルは、険しい顔で衛兵達を睨んでいる。よほど腹に据えかねたのだろう。


「このジジイに文句があるなら、冒険者ギルドを通してくれ! 俺達は冒険者として認められた事しかしてないんだからなっ!

 ……さっさと行こうぜ」


 カイルの言葉を合図に東風の巨体がせり出すように迫ると、三人を囲んでいた衛兵達は気圧されたのか、蜘蛛の子を散らすかのように囲みを解いた。

 周囲のやじ馬のどよめきの中、べべ王達は衛兵達を広場に残したまま、カイルの家へと道を急ぐ。


「やれやれ、カイルのおかげで助かったわい。

 それにしてもあの衛兵達は、わしに敵意があったとしか思えん態度じゃったの」


 冒険者登録証のプレートをしまいながら、べべ王がぼやく。


「それに周囲のやじ馬達が噂しておりましたが、2週間前にも同様の事件が起きていたようですよ。

 この街では、こういう事が多いのですかカイルさん?」


「そんな訳ないでしょ。

 一か月前に、俺がこの街を出る前は、一度だってこんな事件が起こった覚えはないよ」


 カイルは肩をすくめて両掌を天に向け、東風の問いにジェスチャーで答える。

 首に巻いた矢避けの魔法の掛かったマフラーと、後ろ頭で結わえた青い髪が、カイルが早足で歩く度に、たなびくように揺れている。


「ふぅ……む。

 カイルさん、今から赤猫亭に行って”今日の夕方に、東風がソフィアさんに会いたがっている”とマスターに伝えて頂けませんか?

 調べるべき事が増えてしまいましたので、私一人の手には余ると思うんです」


 腕組をしてしばし考えた後、東風はカイルに提案する。


「今日の夕方だね、わかったよ東風さん」


「私も今から盗賊ギルドに行って参ります。

 昼過ぎに一度カイルさんの家に戻りますので、後はよろしくお願いしますべべ王さん」


「わかった。ジョーダンには、ワシから伝えておくよ」


 相談を終えた三人は、それぞれ別の道へと別れて行った。



         *      *      *



「ちょっとこの店、変な臭いしないか?」


「香木の臭いだ。でも外の臭いよりかずっといいだろ」


「まあ……そうだな」


 ここは下町では珍しい高級嗜好の喫茶店。この店では香木が焚かれ、外の不潔な臭いが店内にまで届かないように、工夫がなされている。

 下町の小金持ちの商人達が、貴族気分を味わうために好んで利用する店で、たまに下町の男が背伸びをして女を口説くのにも利用する事がある。最も、下町の人間にとっては高額な店であるため、その利用者は限られているのだが。

 イザネはギャレットに誘われるままにこの店に入り、向かい合った席に座っていた。 傍から見たなら、二人はカップルに見えるであろう。女の赤い鉢巻と、脇に置かれたメイスに目をつぶればの話ではあるが。


「で、話ってなんだよ?」


「ああ……そうだな……」


 イザネに言われてギャレットは、少しためらいがちに口を開く。


「拠点にしていた村が襲われて、最近お前等のパーティが大変だと聞いてな。大丈夫かと思って……お前がさ」


「なんでお前が、俺の心配すんだよ」


「いや、俺にもあったんだよ最近……冒険者しててキツイ事が。

 だからお前も、その時の俺と同じように、落ち込んでるんじゃないかと思ってよ」


 その言葉と共に、ギャレットが普段見せている強気な表情が徐々に緩み、眉が垂れ、イザネは少しドキリとした。なんだか、本心が見透かされたような、心に触れられたような、そんな気がしてしまったのだ。


「落ち込む……俺が? ん……まぁ、それはあるかも……な、少しは」


「お待たせいたしました」


 イザネの言葉を遮るように、スーツ姿のボーイがカップを二人の前に並べる。カチャリという、カップの置かれる音だけがその場に響き、イザネは沈黙する。


「ごゆっくりどうぞ」


 ボーイが丁寧に二人に頭を下げると、それにつられるようにイザネも頭を下げている。


「紅茶っていうんだこれ。貴族達の飲み物なんだそうだ。

 下町じゃ、ここでしか飲めないんだぜ」


 ボーイがテーブルを離れるのを待って、ギャレットが口を開いた。


「美味いのか?」


「人によって好みが別れるけど、香りはいいぜ。

 気に入らないなら、そこにあるミルクと砂糖を入れて味を整えるといい。俺は好きじゃないが、レモンを入れる奴もいるな」


 イザネは、テーブルの隅に置かれた陶器の蓋を持ち上げて、中身を物珍しそうに覗く。ギャレットはその様子を見つめながら、なぜか微笑んでいた。


「ま、一口味見してみなよ」


 ギャレットはそう言ってカップに口を付け、イザネもそれを真似るように紅茶を口に含む。


「なんか変な味だな。苦味はあるけど、他の味が足りないみたいだ」


 イザネは、さっそく砂糖の入った陶器に手を伸ばす。


「おいおい、入れすぎじゃないか?」


 スプーンで砂糖をカップに掻き入れるイザネを見て、ギャレットがたしなめたが、味見をするイザネは満足げな笑みを浮かべている。


「いや、俺にはこれで丁度いいみたいだ。ミルクも入れてみよ」


 続いて、ミルクの容器を手に取るイザネ。

 ギャレットは紅茶をもう一口飲むと、自分のカップに夢中になってミルクを混ぜているイザネに向かい、不意に先ほどの話の続きを切り出していた。


「で、さっきの話なんだけど、冒険してれば、上手くいかないことも、辛いこともあるもんだよ。俺もそうだった。

 俺は、……俺達が冒険者になったのは二カ月ほど前の事だった。訓練所時代の仲間や、ダチや、その知り合いを集めてパーティを組んでさ、……上手くいくと思ってたんだ。今までも……冒険者になる前は、それで全部上手くいっていたからさ……」


 イザネはスプーンを回す手を止める。ギャレットの言葉に感情が徐々に篭り、その口元が震え出したのに気づいたからだった。


「冒険者になってからも、最初の内は上手くやっていた……ゴブリンや狼退治の依頼をいくつか受けたが、特に苦戦する事もなく蹴散らしてやった。

 依頼人からも感謝された。村人も役人達も俺達に感謝してくれたし、ギルドの奴等にだって一目置かれていた。新人だけのパーティだからって、バカにされた事だってなかったんだ。

 そのうちに、もっと手強いモンスター退治にも挑戦してみようって話になって……それでも最後に断り切れなかった、ゴブリン退治の依頼を、もう一回だけやる事になったんだ」


 ギャレットは目を、手で覆った。


「油断してるつもりはなかった。

 いつもより数が多い群れだったから、むしろ警戒していたんだ……けど、亜種のゴブリンが混ざってて……あのゴブリンシャーマンさえいなければ……せめてもっと数が少なければ……。

 俺が逃げる決断をしたのは、正直遅かったと思う……今まで負けなしだったし、今更ゴブリンなんかに背を向けたくなかったんだ。

 けど、そのせいでハーマンが……、死んじまった。

 俺はハーマンが死んだのを自分のせいだと思いたくなくて、仲間達に向かって”お前等のせいだ”って、”お前等が俺の足を引っ張ったから、こんな事になったんだ”って言っちまった。怖かったんだ、ハーマンが死んだのを俺のせいにされるのが。

 それで、みんなが俺から離れていって……俺は裏切った仲間達を恨んでみたけど……やっぱり俺が悪くて………………ハーマン……いい奴だったのに……」


「大丈夫かギャレット……」


 のぞき込むイザネから顔を背けるようにして、ギャレットは目を袖で拭った。


「すまないな、お前を励ますつもりで呼んだのに、あべこべになっちまって」


「……構わないけどよ、なんで俺にそんな話をするんだ?」


「分からねぇ。

 分からないが、お前を見てたら口が勝手に動いちまった……ここまで話すつもりはなかったのに……。けど、ずっと……ずっと言えなかったんだ……誰かに聞いて欲しかったのに、誰にも言えなかったんだ!」


 ギャレットは薄っすらと赤く染まった瞳で、まっすぐにイザネのことを見つめていた。


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