私は、この物語の主人公、荒川　隆史(あらかわ　たかし)だ。
不動産関連の会社の会社員をしている。
一応、関東圏の統括部長をしている。
私は、毎日、忙しく働いていた。
メールは、常に100以上は、入りいつもスマホとにらめっこだ。
　
　家族もいる。妻と長女と次女がいる。
長女と次女は、習い事をしているし、私立の学校だから、金が、かかる。
家族とは、仕事のため、離れた住まいで暮らしていた。
　
　私は、現実の世界にどっぷり漬かって生きてきた。
　
　しかし、私に転機が訪れるような出来事が……。
　
　私は、ある日、道端に落ちていた戦闘用ボディスーツを見つけた。
「懐かしいな！　これ」
　私は、その戦闘用ボディスーツに見覚えがあった。
　小学生の頃、テレビにかぶり付いて観ていたヒーローアクションもののスーツだ。
　私は、思わず手に取り、マンションの自分の部屋に持って帰った。
　
　私は、何も悩みのなかった子供の頃を思い出していた。
　その時、観ていたヒーローは、たしか『グレイマン』といった。
　いつも、地球外生命体のあらゆる敵と戦って、私も将来は、ヒーローになって敵を倒したいと思ったものだ。
　
　私は、急に遊び心が湧き、その戦闘用ボディスーツを着てみることにした。
「あぁ、良かった。サイズもぴったりだ」
　私は、しばらく、『グレイマン』の目が網目状になっていて、そこから、鏡で全身を見て堪能した。
「もう、そろそろ脱ぐか」
　私は、背中のチャックを下げて脱ごうとした。
困ったことに気づいた。
　「どうしよう。先程まであったはずのチャックがなくなっている。いや、私は、本当は、『グレイマン』になって、これは、敵と戦え！　ということか？　いや、困る。困る。」
　私は、鏡を見ながら、チャックを探したが、どこにもなかった。
「ど、どうしよう。明日は、仕事だ」
　
　次の日、私は、仕方なくそのままの姿で、車で、会社に行った。その間にも、車の窓越しに通り過ぎる車の中の人々が二度見するのを、見てしまった。
　
　私は、会社に着くと、まず、警備員に止められた。
私は、部下に連絡して、やっと自分の部署に入られた。
　比較的、仲の良い部下だったが、私が上司だったから、気を使って、笑いを堪えながら、言った。
「ムフッ！　部長、その格好は、どうしたんです？」
　私は、態度だけは、威厳を保とうとした。
「うるさい。気にするな」
　私は、周りから、クスクスと笑い声が聞こえることを気にせずに、皆に発破をかけた。
「今月は、成績が下がっている。皆、もう少し努力しろ！」
　
　私は、昼休みに他の部署の同期と一緒に社内の社食で、昼飯を食べた。
　
　そいつは、容赦なく私に訊いてきた。
「なんだ？　その格好、なんでコスチューム着て会社に来てるんだ？」
私は、真面目な顔をして言った。
「私は、地球の人間を滅亡しに来る敵を待っているんだ」
彼は、食べた物を吹き出しそうになりながら、笑った。
「アハハッ！！　大丈夫か？　疲れてるんだよ。少し、休め」
「うるさい。私は、本気だ。私は、敵を……」
そう言いかけたが、彼は、話を遮った。
「すまない。もう、仕事の時間だ」

私は、その日から、毎日、戦闘用ボディスーツを着た姿のまま、出勤した。
　
　ある日、私は、成績が最下位の部下を呼び出した。
「お前、このままの成績だと辞めてもらうことになるぞ」
「すみません。フフッ！！」
「あ、笑ったな。確かに説得力ないよな。ハハッ！」
私も、思わず、一緒に笑ってしまった。
　
　私に恐れていたことが起こった。
社長から、呼び出しされたのだ。
「私は、会社をクビになるに違いない」
　私は、緊張しつつ、社長室のドアをノックして、中に入った。
「失礼致しま……」
私は、そう言いながら、社長の方を頭を下げながら、少し見て、驚いた。
　
「社長、それは、『ブラウンマン』！」
「その通りだ。お前も、戦闘用ボディスーツを着てしまったのか？」
「はい、その通りです」
　
　『ブラウンマン』というのは、私が見ていたテレビで、違う曜日に放映していたヒーローものの主人公だ。
　
　社長は、更に話を続けた。
「荒川……いや、『グレイマン』いつか、敵が現れるかな？」
「はい、私は、そう信じております。必ずや敵を倒してやります！」
「そうだな！　ハッハッハ！！」
いつもは、真面目な社長の笑顔を私は、初めて見た。
　
　私は、今日は、妻達、家族がいる住まいに帰る日のはずだった。しかし、部下が訴訟沙汰になるくらいの失態を冒したため、先方に一緒に謝りに行かなければならなかった。
　
　私は、仕方なく妻に謝りの連絡をした。
「ごめん。今日は、仕事でそっちに行けなくなった」
「全く、今日もでしょ。今日は、咲希(さき)の誕生日よ」
咲希とは、私の中学生の長女のことだ。
「本当にごめん」
「せめて、顔だけでも見せてあげて」
　私は、思い切って、テレビ電話で娘に話しかけた。
「今日は、行けなくてごめん」
私が謝ると、意外な反応が返ってきた。
妻も娘達も大喜びした。
　妻が言った。
「パパ、面白い！　来れないのは、残念だけど、そんな準備してまで祝ってくれるなんて。咲希も、嬉しいって」
「そ、そうか。それは、良かった」
　
　私は、先方に失態を冒した部下と一緒に謝りに行った。
私の姿は、相手を更に激怒させた。
「なんだ？　その格好は！　馬鹿にしてるのか！！弁護士を用意するからな。待っとけよ！！」
　
　私は、追い出されると頭を掻いた。
ーさすがに、この姿は、まずいよなー
　
　私は、以前は、私より、ずっと、年上の部下にまで、叱りつけていたため、煙たがれていたのに『グレイマン』の姿になってから、不思議と部下達に慕われるようになった。
　ある部下が言った。
「部長は、私たちのヒーローですね」
他の者も、言った。
「本当だな」
　ーまぁ、いい。私は、ここのヒーローだー
　
　
　その時だった。社長……いや『ブラウンマン』が、駆け込んできた。
「あら……いや『グレイマン』！　たった今、ニュース速報で、地球外生命体が、現れたそうだ。行くぞ！！」
「わかった。『ブラウンマン』！　敵を倒しに行こう！！」
　　　　　　　　　　完

戦闘用ボディスーツ ヒーロー誕生か

戦闘用ボディスーツヒーロー誕生か