「花実はどう思う?」
二人でいるときは敬語を禁止されている。僕は対面の奏を見て言った。
「最初は感じ悪いなって思った」
安楽椅子に座る奏は様になっている。一枚の絵画のように。そんな風に褒めると奏は居心地悪そうに笑った。それを見て僕は随分とへたくそな笑顔もあるものだと思った。
「最初ということは途中で変わったんだね」
「途中というか最後だけどね」
数時間前の相田あずさを思い出す。一途に彼を思う姿は随分と印象的だった。その様を見て思いは儚いものだと思ったのは奏に言っていないけれど。
この探偵事務所が受ける依頼は一般的なものではない。それでは変わっているのかといわれれば、僕はそうでもないと思っている。むしろ一般的になってほしいとさえ思うほどだ。
「例によって思い探し案件だったね」
「例によって?」
「そう。まあそれがメインの探偵事務所だけどね」
思い探し探偵。そんな看板を掲げた覚えはないけれど、世間の反応ぐらいは認識している。
「そうだね。『そちら側案件』だったね」
奏が僕の言葉をなぞる。苦笑交じりのその言い方はどこか嗜めているようにも聞こえる。
「……依頼人の前であの顔はいけないよね」
心当たりがあったのでそう言った。
「まだ依頼人じゃないよ。相談者だ」
その相談者である相田あずさが思い探しを依頼してきた。その時僕は、思わず眉をしかめてしまった。しかし、どうしてそうしてしまったのか自分でも分かっていなかった。
「なんか知らないけど、あの一言で彼女への印象が悪いものになったんだ。なんでだろう」
「うん。そうやって感情の出どころを知ろうとするのは良いことだよ」
そう言って奏は、コーヒーカップを傾ける。マグカップじゃなくて、彼のために淹れなおしたコーヒー。
その仕草を見るに、奏はもう分かっているのだろう。取り澄ました表情が何よりの証拠だ。それに考え事が終わったから彼は今、ソファーに座っている。安楽椅子探偵は見かけだけではない。
相談者相田あずさ。彼女のことを奏は文字通り観察していた。態度や仕草、表情をつぶさに見ていた。そこから導き出される推論は、盲信は良くないと彼は言うけれど、バカにはできない。
「花実は最初から悪感情を持っていたんじゃない。『その一言』で一変した」
「そう。そうなんだよ。何か引っかかんだよ」
「それならなんて言ったのかを具体的に思い出せばいい」
相田あずさの言葉。そのひとつひとつを頭の中で再び呼び起こしてみる。
「なんだったかな。……まず名乗ったでしょ。それで僕が水を向けて……。彼の思いが……。あっ! そうそう。『彼の思いがどこにあるのかを探してほしいんです』」
改めて相談者が発した言葉をなぞってみることで、ようやく僕はその正体を掴むことができた。
「そっか。わざとらしいんだ」
彼女の言葉を反芻する。うん、やっぱりそうだ。
「思い探しを依頼する相談者は自らそんな風には言わない」
「そう。自分の言葉で言い換えているものだ。それなのに彼女はもっともらしく『思い探し』なんて言った。まるでどこかから見てきたものを借りてきたかのように」
思い探し探偵。この呼び名は世間での評価であり俗称だ。
「わざわざそんな言い方をしたということは……」
考えを巡らす。助手だからといって何もしないわけではない。ヒイラギ探偵事務所では、探偵と助手の関係は上下でも主従でもない。あえて言うなら対等関係。それに慣れるのには随分と時間がかかったけれど。
「相談者は嘘を吐いている?」
僕の言葉に奏は首を横に振る。
「私の見立ては嘘ではないよ。残念ながらね」
「残念ながら?」
「そう。でもまあかといって依頼を断るほどではないかもしれない。もちろん、断るかもしれないけれど」
依頼を受けるか否かは探偵の一存ではない。もちろん助手の一存でも。
「僕は受けてもいいと思うよ。最後の言葉は相談者として切実なものがあったし」
二人での話し合い。しかしこの流れは良くない。僕が賛成するときは奏が反対するからだ。
「私は気が進まないね」
案の定、奏は否とした。
「どうして? 正直な思いを聞けたと思うけれど」
相田あずさは言った。彼の思いを知りたいけれど知りたくないと。彼女の言葉に嘘があるようには見えなかった。
「そこが大事なんだよ、花実」
奏は言葉を置くように丁寧に言った。
「誠実さは大切だ。特に自分の思いに素直なのは。でも、誠実すぎるというのは場合によっては、思いを踏みにじることになる」
ここの振り子時計は時間に誠実だ。時計なのだから、誠実すぎるくらいがちょうどいいだろう。
「何日くらいかかるかな」
奏の問いに僕は指を折りながら答える。
「一介の女子高生だからね。早ければ二日もあれば確認できるかな」
「私の予想では一日もかからないと思うよ。花実は優秀な調査員でもあるからね。それに」
奏は僕を見て薄い微笑みを浮かべる。
「彼女は自分の思いに誠実だから」
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