世界中のあらゆる情報が集まる電子の海インターネット。その動画配信サイトに今日も”あの動画”がアップされた。
ポップで可愛らしいデザインのサムネイル画像をクリックすれば、彼女達の楽しい時間が始まる。
「どうも~♪ レイで~すっ!」
「アスカです」
「「皆、まったりしていってね!」」
動画の冒頭に主役の二人が登場し、お決まりの挨拶を述べる。
元気よくにこやかにレイと名乗ったのは黒髪の少年だ。黒い手袋がはめられた手をひらひらと振ってほにゃっとした笑みを浮かべている。中性的な顔立ちや華奢な身体、そして本人の趣味だという白いスカートなどの服装から女の子にしか見えず、そこがいい! という視聴者から高い人気を得ている。
少々不愛想にアスカと名乗ったのは金髪ロングの少女だ。前髪が左目を隠しており、斜めに被った軍帽と蒼い瞳を内包したちょっと鋭い右目がミステリアスかつ凛とした雰囲気を醸し出す美少女である。言動が男勝りな所謂俺っ娘で、こちらもレイに負けず劣らずの人気を持つ。
「さ! 今日もやっていこうかマ_オカート実況! Part39!」
「頼むから今日は1位獲ってくれよ? 39回もやって未だに1位ゼロなんて恥ずかしいからな」
動画はゲーム部屋で二人が挨拶する場面から移り変わり、ゲームのキャラクター選択画面になった。赤い配管工のおじさんとその仲間達が様々なコースでハチャメチャなレースをするゲームだ。
彼女達は画面の右下と左下に配置された小窓から顔だけを覗かせて会話している。
「今日はそうだな…、気分的にキノ_オにしようかな!」
「おい、そいつは前回も使ったぞ。被るのは動画的によろしくないんじゃないか?」
「お腹すいたね、今日の夕飯はキノコシチューにしようか!」
「露骨に話を逸らすな」
「あぁ! 出遅れたぁ!」
「スタートダッシュ失敗か。ま、このチャンネルじゃよくあることだな」
「うぅ、タイミングが分かんない…。永遠の謎だね」
「ちょ!? アイテム欄がキノコで埋まってる! 供給過多だよこんなの!」
「おいキャラクターといい画面のキノコ占有率が半端ないぞ! 何とかしろ!」
「ボクのせいじゃないでしょ!?」
「よしっ! 最終ラップで2位! かなりいい調子じゃない?」
「油断するなよ。こういう時に限って大ポカをやらかすのがお約束だからな」
「お約束言うなー!」
「むぎゃーっ!? ここでコウラ!? あっ! 待って抜かさないでー!」
「言わんこっちゃねぇじゃねぇか!」
わきゃわきゃとゲームの状況に合わせてコロコロ表情を変えながら騒ぐ。たまに雑談やくだらない漫才をしてくれるので飽きずに楽しく見ることができる。
これが彼女達が生み出したコンテンツであるゲーム実況配信、二人曰く”まったり実況動画”である。
基本的にただゲームをして騒ぐ、内容としてはこれだけなのだがアイドル級に可愛い少年少女がゲームという身近なものに触れて一喜一憂し、時にくだらないやり取りや内輪ネタで盛り上がる。その親近感とバラエティ性から高い人気を獲得し、今や彼女たちを知らない者はほとんどいない。テレビに出てくる芸能人や俳優よりも知名度が高いかもしれない。
その人気の理由はさっき言った通り、容姿や親近感とバラエティ性。そしてもう一つ重要な要素がある。
一見するとゲームが好きな中学生くらいの少年少女に見えるレイとアスカ、この二人は実は___
__伝説的な存在となった元最強の魔導士にして、魔導士士官学校の教官なのだ。
▽
「こら」
「いてっ!」
人類を脅威から守る魔導士を育成するM・S学園。その授業中に一人の男子生徒がスマホで動画を見ていた。それを見つけた金髪ロングの美少女教師が彼のもとに近寄り、指し棒でびしっと叩く。
「俺の講義中に動画見るとはなかなかいい度胸してるなお前」
「す、すみませんアスカ教官」
結構な力で殴られてジンジンと痛む頭を押さえながら男子生徒が謝った。叩かれた衝撃で机の上に転がった彼のスマホでは、さっきまでこっそり見ていた”まったり実況マ_オカートPart39”が映し出されている。
「……まぁ見ていたのが俺達の動画ということで減点とかは無しにしてやる。後でその動画に100字くらいのコメントを送れよ」
「はい、以後気を付けます」
男子生徒に注意をしてその教師は黒板の前に戻っていく。
白い軍服を着こなした金髪のウェービーヘアの少女。波打つ前髪が左目を隠していて右目の瞳の色は蒼。白の軍帽を斜めに被った凛とした雰囲気のある美少女、アスカ。先ほどまで見ていた動画に出ていた人物その人である。このM・S学園において彼女は教官。主に魔術や戦術の座学の講義を担当している。
黒板の前に戻ったアスカは指し棒でトントンと音を出し、話し始める。
「うーし、じゃあ今日の講義のまとめをするぞ。魔導士にとって重要なのは魔術の威力や精度ではなく、如何に効率的に魔力を運用できるかだ。所謂継戦能力というやつだな。これを高めることで敵とより長く戦闘できるようになり、結果として生存率も上がるというわけだ」
「アスカ教官、具体的にどうすれば高められるんですか?」
「そうだな。デバイスとの親和性を高めたり、無駄を省くために術式そのものをクレンジングしたり、方法は色々ある。そのへんの詳しい話は実践を交えながらレイにでも聞くといい。次はあいつの実技講義だろ?」
女子生徒の質問にアスカが淀みなく答える。
このM・S学園の生徒の年齢は大体16~20歳くらい。つまり高校生や大学生だ。そんな生徒達を相手に見た目中学生くらいのアスカが教師をしているのは些か違和感ある光景だが、生徒達はもう慣れた。それに授業も分かりやすく教官としてきちんと育ててくれるので生徒からの人気もある。
__ビリリリッ!
「アスカーッ! お昼ご飯食べに行こー!」
終業のベルが鳴ると同時に教室へ黒髪の少年が飛び込んできた。アスカと同じ真っ白な軍服とミニスカート、太ももまである黒のニーソックスを履いた紅い瞳の美少年。アスカと同じくこの学園で教官をしているまったり実況動画の出演者、レイだ。
「はぁ、レイ。来るのが早すぎだ。まだ終了の合図も言ってないぞ」
「でもベルは鳴ったよ。今はもうお昼休み、時間外労働なんてするもんじゃないって!」
「…じゃあ今日の授業はこれで終わる。また来週な」
レイに引っ張られてアスカは教室を出ていった。生徒達も思い思いに昼休みへ移行する。
これが元最強の魔導士で今は動画配信で人気を博しているという何とも奇特な経歴を持つレイとアスカが教官を務める魔導士士官学校の日常だった。
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