「あら、アズサさん。おかえりなさい」
旅館の女将さん、姫乃佐知子さん。
二十代の頃からこの旅館を取り仕切ってて、今年でもう30年目になる。
家出をした私を迎え入れてくれた人で、恩人だ。
多分、私が人生で出会った中でいちばん“綺麗な人”。
“気品のある日本の女性”を、絵に描いたような人だった。
「ただいま、佐知子さん。この男のことは放っておいていいから」
「お友達?」
「全然違う。ただの不審者」
「堂島龍生と申します。突然のご訪問となり、大変申し訳ない」
改まった態度で佐知子さんの前に立ち、さも自分が礼儀正しい人間かのように振る舞っている。
佐知子さんの目を誤魔化せると思うなよ。
あんたなんて、門前払いを喰らうに決まってんだから。
「あらあら、ついにアズサさんにも彼氏ができたのね」
「全然ちがーーーーーう!!!!佐知子さん正気!?」
「ずいぶんとイケメンで、アズサさんにぴったりじゃない」
「違う違う違う。よく見て??どっからどう見ても不審者でしょ?」
佐知子さんなら1発でわかると思ったのに、あろうことか“彼氏”??
コイツの外ヅラに騙されちゃだめ。
言葉使いが丁寧でも、頭の中はすっからかんなんだって!
「俺は彼女にとって、そういう存在ではありません。ただの使用人です」
「そうそう、そういう存在じゃない………って、使用人???」
言ってることは間違いじゃないが、説明が不足しすぎ。
それじゃ私があんたを連れ回してるみたいじゃないか。
あんたが勝手に付いてきたんでしょ??
ちゃんと説明してよ!!
「そんな隠さなくてもいいのに。さ、どうぞ上がって」
「いやいやいや、佐知子さん!?上がらせちゃだめだって!」
「あら、どうして?」
「どうもこうも、コイツは勝手に付いてきただけであって…!」
「そういう言い方は良くない。俺はキミを護るためにここまで来ている。“付いてきている”のではなく、警備している。言葉としては雲泥の差がある」
…コイツ
その口どうにかなんないの??
私たちのやり取りに佐知子さんはクスクスと笑ってた。
玄関口だとお客さんが来るからということで、中に入ることに。
佐知子さんがいなかったら鍵を閉めてやるところだったんだが、生憎私は「居候」の身だ。
そんな身勝手なことはできなかった。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!