「うまい酒と肴さえありゃ、人生の大半は楽しめる」
「それ、コーさんの理論でしょ」
「アズサも大人になったやわかっさ。なあ、新人!わいはまだ酒は飲まんのか?」
「少し程度なら」
「今日買う酒を飲んでみい。人生が変わっど」
中村酒造が作っている地酒、『中村屋』。
私も一度味見したことがある。
小さいグラスに入れてもらって、ほんの少しだけ。
お酒の美味しさなんてわからない。
坂もっちゃんに勧められた時、そう思ってた。
アルコールの味は苦手だったし、酎ハイだって、別に美味しいとは思えなかった。
飲めないことはないかなって感じだった。
それが、嘘みたいに思えて。
「あんたも味わってみなよ。私でも“美味しい”って思えたから」
「日本酒か?」
「うん」
「俺もいくつかの銘柄を嗜んだことがある。九州であれば熊本の産土 (うぶすな)であったり、長崎のよこやま (ヨコヤマ)であったりな」
「産土を知っちょっとか!ありゃあうまい酒じゃってな」
「…あのさ、結構知ってるよね?」
「何がだ?」
「日本のことっていうか、さっきの宮崎弁もそうだし」
「師匠に色々教わったと言っただろう。とくに“言語”は、日本という文化を知る上では最も重要な要素の一つだ」
「それで宮崎弁を?」
「宮崎弁だけでなく、北九州弁も、薩摩弁もそうだ。まだまだ知識が足りない部分は多いが、ある程度は網羅しているつもりだ」
海沿いの県道10号線を走りながら、佐土原という場所を目指す。
宮崎市の北側にあって、車で20分くらい。
海岸線の道に、背の高い椰子の木が規則正しく並んでいる。
時間が経つにつれ、空がだいぶ明るくなってきた。
朝の冷たい空気が日差しの中に溶けこんでいく。
車の通りはほとんどなかった。
朝が早いっていうのと、土曜日っていうことで。
長閑な時間の流れが、車のエンジン音の向こうに続いていく。
ポカポカした陽気と、果てしなく続く道。
酒屋に着いた後、頼んでいたものを車に積んで、今度は国道10号線へ。
コーさんの奢りで、道なりにある牛丼屋に寄った。
マックか牛丼かで話になって、私は牛丼派だった。
デクはハンバーガーを食べたそうにしていたが、近くのマックだと反対の方向に行くか、市内の方にだいぶ戻らないといけなかった。
それで牛丼になった。
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