「おい、何をふざけたことを吹き込んだんだ」
すると、背後からカマエルさんが声をかけてきた。その表情に余裕はなく、今にも暴れ出しそうだった。
「事実だろ?大天使カマエル」
ルーシーさんはカマエルさんを挑発するように言った。
カマエルさんは大きなため息をついた後、
「最早隠す意味も無いか。私は紛れもなく大天使だ」
あっさりと認めた。
「なあカマエル。そんな馬鹿みたいな活動、やめにしないか?不幸を撒き散らすだけだぞ?」
「全ての人間、天使を幸せにするための一歩を止めるわけにはいかない」
説得を試みたが、カマエルさんはそれを正義として疑わず受け入れることは無かった。
「なら何故コソコソ活動しているんだよ。もっと大っぴらにやっても良いじゃねえか」
ジョニー君はカマエルさんに詰め寄り、そう問いかけた。
カマエルさんは少し迷いの表情を見せた。
「私の正義は民衆には受け入れられ難い。だからこうするしかないのだ」
そう話すカマエルさんは、自分に強く言い聞かせているようだった。
「この国随一の騎士はどうしようも無い馬鹿だったみたいだ。話し合ってもむだだから帰ろうぜ」
「そうだな」
ジョニー君の言葉にルーシーさんも同意し、帰宅することに。
それを引き留める者は誰も居なかった。
話をするために家に帰ろうとする道すがら、
「何でそんな危ない橋を渡るんですか!下手すれば全員の首が飛んでいたんですよ!」
僕はルーシーさんに怒りをぶつけていた。
「大丈夫って分かっていたしな」
しかしルーシーさんはどこ吹く風。
「大丈夫って?」
「あいつは正義の塊なんだから何の罪も犯していない俺たちを傷つけられるわけが無い」
「言われてみればそうですね……」
確かに欲望や執着に反することは出来ない。かつてエリーゼが敵に回った僕を大切に扱ったように。
「でもアレはやりすぎですよ!二人とも挑発までする必要は無かったはずです!」
「面白かったんだからしょうがないだろ」
と語るのはルーシーさん。そうだったかもしれないけれど……
「それに一番楽しんでいたのはレヴィだしなあ」
「だって面白かったんだもの。あそこまで真っ直ぐに間違っている人って中々居ないから」
相手が大天使とはいえ酷い言いようだ。
堕天使の話に入ってから一言も話していなかったレヴィさん。ずっと真剣な顔をしてカマエルさんを見ていたので動きを警戒しているのだと思っていたけれど、全然そうじゃなかったらしい。
「にしても傑作だったよなあ!」
「あれで一晩酒を飲み交わせるよ」
一応敵幹部的な立ち位置に居る相手なはずなんだけれどなあ……
結局家についてからも有用な話がされることは無かった。
それから二日後、
「おーいレヴィ、ペトロ!あいつからだ!」
僕は部屋の外から聞こえてくる大声で目を覚ました。
時計を見ると5時半を指していた。全く起きる必要も無い時間帯に僕たちは叩き起こされたわけだ。普通の家と変わらない部屋の作りをしているはずなんだけどなあ。どんな喉の構造だったらあんな爆音が放てるんだ。
「なんですかこんな朝っぱらに」
「本当だよ。僕は一日十時間以上寝ないとまともに活動が出来ないんだ」
僕とレヴィさんは、全く起きる必要のない時間に起こされた事実に文句を言う。
「別に朝である必要は無いんだがな、気分だ」
「レヴィさん、やれますか?」
「眠いけどいけるよ」
流石に怒った僕たちは臨戦態勢に入る。
「まあ待て。ちゃんと重要な話だ。とりあえずペトロはランセットから包丁を借りてくるのをやめようか」
ルーシーという男に言われた通り、僕はランセットさんから包丁を受け取るところだった。
ちなみにランセットさんはさっきの大声で起こされたわけではないらしく、朝食の準備をするためにこんな朝早くに活動していた。非常にありがたいです。
「仕方ないですね。あ、ありがとうございました」
「別に良いのよ。この人を刺してしまっても」
ランセットさんもどうやら味方になってくれる様子。
「お前もそっち側かよ!」
「んで、何の話ですか?」
叩き起こされたことによる恨みより、早く寝直したい気持ちが勝ったので話を聞くことにした。
「リチャードソンから手紙が届いたんだ。読むぞ」
リチャードソンは手に持っていた黒い手紙を開き、一緒に中身を読む。
『突然の手紙になってすまない。本来ならば会って話すべきだとは思うのだが、議員としての仕事で忙しいためこのような形にさせて貰った。早速本題に入るが、あなたたちの先日の発言、全面的に信じてみようと思う。流石に半数以上が居なくなっていたら信じざるを得ない。というわけでヘルド騎士団とは縁を切る予定だ。私の勢力は衰えてしまうが、それを知ってしまった以上看過することは出来ない。非常に助かった。感謝する。もしお互いに時間が合えば、どこかのレストランで飯を奢らせてくれ』
「とりあえず、リチャードソンが発端の暴走は収まりそうだな」
「そうだね。いくら頑張ったとしてもヘルド騎士団無しには今の力を維持できないだろうしね」
これで無茶苦茶な法案が完全に通るなんてことは無くなっただろう。
「目下の問題も解決したことだし、カマエルを叩きに行くか」
「そうだね」
目標はカマエルの討伐に完全にシフトした。
「合法的に単独で行動するアイツに接触する方法だが、まず無いだろうな」
「だろうね。流石に僕たちの事を警戒しているだろうし」
「皆がカマエルを馬鹿正直に挑発するからでしょうが」
「ペトロ、どんな仕事にも娯楽を求めることが上手くいくコツなんだ」
「そうだよ。仕事を楽しめるようになればやる気が上がり、効率が向上するんだ」
二人してそれっぽいことを言ってくる。
「それが事実だったとしてもアレは関係ないでしょ」
完全に挑発するのは仕事外の話だろ。
「まあまあ、完全にふざけてやっていたわけじゃないから」
「というと?」
「カマエルさん、正直馬鹿みたいに強いんだよ。大天使で得た超強力なパワーだけじゃなくて、長年訓練しているから技術も兼ね備えている。まともに戦ったら二人がかりでもかなり怪しいんだ。だから少しでも僕たちに怒りを向けさせて、いざ戦う時に少しでも単調な動きになってくれたらと思って」
確かに、戦闘技術が無い大天使よりも戦闘技術がある大天使の方が強いのは必然的か。大天使ではなくても、経験の差はかなり大きかった。ジョニー君がいい例だ。
「でもエリーゼは武術に精通していましたよ?だけどルーシーさんはそれでもレヴィさんの方が強いって」
大天使の際に得ていた能力で様々な武術をマスターしていたエリーゼ。普通に考えたらカマエルさんよりも大天使だったエリーゼの方が強いのでは。
「見た目上はそうだろうな。確かにアイツは確かに武術に関しては完璧で俺では全く歯が立たなかったんだが、動体視力とかは完全に並だったからな。俺よりも素早くて威力も高いレヴィの攻撃を避けられるわけがない」
どれだけ武術に精通し、どんな攻撃も対応が出来るような技術と判断力を持っていたとしても、見えなければそもそも対応のしようが無いってことか。
「あの大天使はそれが出来る相手だと」
「そういうことだ」
「でも怒らせていたら倒せるんですよね?」
「いや?無理だよ?強いもんあの人」
レヴィさんがあっさりと否定する。
「じゃあさっきまでの話は何だったんですか……」
これ以上付き合う気になれなかったので当初の予定通り寝直すことにした。
そして8時半までバッチリ二度寝をかました後、朝食の時間だったので再び共用スペースに戻ると、
「ペトロ!飯食い終わったら倒しに行くぞ!」
どうやら倒す算段が出来たらしい。
その後何故かジョニー君にエリーゼ、ダンデも呼び出し、非戦闘員4名、戦闘員2名で向かうことになっていた。
「二人以外が居る意味ってあるんですか?」
闘うのであれば、何も出来ない僕達を連れていくのはあまりにも危険行為だろう。
「まあ見てろって」
そんなルーシーさんの顔はどう見ても悪人だった。
「ここだな」
辿り着いたのはとある孤児院の近く。アグネス商会とは一切関係の無い普通の孤児院だった。
「孤児院の割には綺麗だな」
とどこよりも綺麗な孤児院を運営しているアグネス商会の御曹司が言う。
「ヘルド騎士団が定期的に赴いては建物の補修や孤児の世話を行っているからな」
説明してくれたのはダンデさん。
「騎士団なのになんでもやるんですね……」
日々過酷な訓練をしているはずなのに、よく手が回るものだ。
「堕天使はモチベーションの塊みたいなもんだからな。好きなことなら何時間でも出来るのと同じだ。ほら来たぞ」
そこにやってきたのは数人の騎士と大天使カマエル。流石に防具などはつけておらず、剣だけを持ったラフな格好だった。
「今日はただ遊びに来ただけみたいだな」
集まってきた子供たちとじゃれあっていた。その笑顔は非常に優しく、慈愛に溢れたものだった。
「悪い方では無いんですけどね……」
やり方が悪いだけで、目指しているのは平和そのもの。堕天使を作り出す事さえしなければ……
「どうだろうな。堕天使を作り出すことを肯定している時点でいい奴とは言えねえ」
と語るルーシーさん。
「一種の人体実験みたいなものだからね。人じゃないけど」
レヴィさんがそう付け足す。
「まあ、俺たちが出来ることはアイツをぶっ飛ばして元に戻すことだ。俺は戦闘の役には立たないけどな」
ジョニー君がそう結論付けた。
それから待つこと数十分。騎士たちが孤児院から出てきた。
「行くぞ」
ルーシーさんの合図に従い、騎士団の元へ。
孤児院から見えなくなったあたりで声をかけた。
「よおヘルド騎士団」
「君たちはこの間の」
カマエルさんは異常な程に冷静だった。日を跨いだことで冷静になったのだろうか。
「率直に告げる。あんたら元に戻る気は無いか?」
「無いな。そもそも何故元に戻る必要がある」
「仕方ねえか。じゃあやるぞ」
「分かった」
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