昨日の探検を無かったことにする。
あれこれ悩んだ上で私が出した一応の落とし所はそれだった。
勿論、言いはしたものの綺麗さっぱり忘れるなんて難しいし、できなくてもいいとは思う。実際私は忘れられない人間だし、目を背けた方がかえって苦しむことすらあるくらいだ。
私が危惧しているのは、あの場所を探索したことが第三者に知られたとき、果たしてそれが問題になるのかということ。虎牙は、秘密を知った者は消されるのかと冗談めかして言ったが、私はそれを百パーセント冗談だとは思えない。
今は発展途上のニュータウンへ変貌を遂げていると言っても、ここには古くから暮らしている地元住民だってかなりの人数がいるのだ。旧弊的な村組織では、気に入らない者、禁忌を犯した者は蔑まれ、外へ追いやられることもある。満生台でも、同様のことが起きないとも限らないのだ。
実際、電波塔問題では地元住民が集まって反対運動をする動きもある。
そうしたリスクを考えると、このことは絶対に他言無用とすべきだった。
というわけで、探検については誰にも漏らさないことを念押しし、二人も一応納得してくれた。
玄人はと言えば、話の最中も登校していない理魚ちゃんのことが何故か気になっている様子だったが。
さて、気を取り直して期末試験である。
最近は自動筆記のこともあり、それほど熱心に勉強できていたわけではなかったが、虎牙のように授業まで聞いていないわけではなし、特に頭を悩ませるようなものは無かった。
今日の試験科目は現国、数学A、日本史の順番。ケアレスミスくらいは恐らく幾つかあっただろうが、自分の中では九割程度解けたという自信があった。
「いいんだよ、どうせこの時期が過ぎれば関係ねえんだ」
これは試験が終わった後の、虎牙の台詞。どうやら私たち四人の中でもコイツだけは駄目だったようだ。いつもサボっているくせに、こういうときのプライドはやけに高い。
真面目にお願いしてくれれば、勉強を教えてやらないこともないのにな、といつも思ってるのだけど。
終礼の時間は十一時四十分。他の生徒たちは各々の感想を述べ合った後、さっさと教室から出て行ってしまうのだが、私たちだけは別だった。満雀ちゃんの席の近くに集まって、恒例のあることを始める。
それはゲームだ。
病弱な満雀ちゃんは、必ず誰かが傍についていなくてはいけない。ただ、試験日のように授業時間が短い日は、すぐ自宅に帰っても貴獅さんたちが面倒を見られないのだ。
それに、普段送り迎えをしている双太さんも、試験日は普段よりも後処理が多いので、中々満雀ちゃんを家まで送ることが出来ない。そういう事情があって、双太さんの準備ができる大体一時間くらいの間、私たちは満雀ちゃんと一緒に遊ぶ決まりになっているのだった。
この日はまず、私が考案した『月光ゲーム』というゲームで遊ぶことにした。オセロ盤を使った遊びなのだが、違うところは六×六マスしか使わないところ。持ち駒は十五枚で、例外として端の三点に駒を置くことができれば、Yの字になるように間の駒を取れるという特殊ルールが目玉だった。
勿論、月光ゲームと名付けたのはミステリ好きな性格によるし、玄人もそれは面白いと太鼓判を押してくれた。虎牙や満雀ちゃんには伝わらなかったが、ちゃんと遊んでくれているからそれは全然構わないのだ。
二人ずつ勝ち抜きで対戦をしていって、最終的に今日の勝者は満雀ちゃんになった。時間にして五十分ほど。楽しく遊んだ私たちのところに、ちょうど良く双太さんは戻ってくる。
「いやー、いつもありがとう。おかげで満雀ちゃんも退屈しなくて助かってるよ」
「うゆ、楽しくて、好きだよ」
いつもの独特な感嘆詞とともに、満雀ちゃんはそう言ってくれる。
ゲームに勝てたから、というのは勿論あるだろうが、楽しんでくれているなら私たちも本望だ。
双太さんも、私たちの遊びに興味を持ったらしく、月光ゲームの詳細を訊ねてきたので、簡単に内容を説明する。名称についてはとある推理小説からとったのだと告げると、なるほどとしきりに頷いた。
「僕はてっきり、白が満月で、黒が新月だから月光ゲームなのかなあって思っちゃったけど」
「……ほう、そういう考え方もありますね」
白が満月で、黒が新月。言われてみれば確かに、そうとれなくもない。
むしろ小説を知らない人間からすれば、そう考える方が自然なことかもしれなかった。
……満月と新月、月の満ち欠けか。それこそこの学園と同じ、盈虧というやつだな。
私は何となく、そんなことを思った。
「長いこと、すまないね。もうそろそろ皆もご飯が待ってるだろうし、気をつけて帰るんだよ。僕も全部片付いて、満雀ちゃんと一緒に帰れるから」
「はーい。じゃあ、また明日ですね」
「うん。よろしく頼むよ。あと、それから」
それまでいい雰囲気だったのに、双太さんはそこでいきなり苦い表情になって、虎牙に告げた。
「家に帰ったら絶対勉強すること。いいね?」
「……お、おう」
どうやらこの馬鹿は、とんでもない点数を叩き出してしまったようだ。
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