この満ち足りた匣庭の中で 二章―Moon of miniature garden― 【ゴーストサーガ】

匣庭は繰り返す。連続殺人ホラーミステリ、出題篇二章。
至堂文斗
至堂文斗

疲れのせい

公開日時: 2020年12月26日(土) 23:03
文字数:2,090

 昨日の一件もあって、今朝も心地よい目覚めとはいかなかった。

 隈の浮かんだ目を擦り、私はベッドからのそのそと起き上がる。

 着替えを済ませてリビングへ向かうと、両親にも顔色が悪いのを驚かれた。悩み事があれば何でも相談してほしいと言われたが、大丈夫だと私は返す。

 大丈夫。きっと何でもないことだ。

 朝食を済ませてから、私は夢のことを思い出して、和室へ向かう。

 それから、三日前にもそうしたように、仏壇の前に座って手を合わせた。

 竜美お姉ちゃんに、祈りを捧げた。


 ――大丈夫だよね?


 答えは無かったけれど、お姉ちゃんが見守ってくれていることを信じて。

 私は今日も、元気に学校へ出発する。

 空模様は変わらずの曇天だった。いつ雨が降るとも分からない、ギリギリの均衡。

 霧もいつもより多いのか、山の方は上層が白く霞んでいた。

 道すがら、スマホでグループチャットの確認をしたのだが、既読が二になっているから、虎牙も見てはくれたようだ。返事はなくとも、見てくれたということに安心感を抱く。

 

「……というわけなんで、奥さんのところも……」

「……ですわね、また夜に……」


 通り過ぎていく年配の女性二人の声が耳に届いた。

 そう言えば、今日が電波塔についての最終説明会だ。

 今の二人は、説明会でまた会いましょうと話していたらしい。

 やはり、住民たちの関心はそれなりに高いということか。

 電波塔計画を進めているのは永射さん。

 彼は電波塔以外にも、街のニュータウン化そのものを任されるリーダーだ。

 その永射さんが、私たちの通う学校……盈虧園の名付け親だと双太さんは話していた。

 今朝の夢のせいもあり、私はまた永射さんと盈虧院の関係が気になってしまった。

 ただの偶然なのか、それとも。

 ここへ来る以前の彼は、盈虧院の関係者だったりするのだろうか。

 私のような学生が、永射さんと差し向かいで話せる機会なんてなさそうだが、もしもそういうチャンスがあれば、一度訊ねてみたいものだ。

 そして彼が盈虧院の関係者だったなら。私はあの施設に拾われたから、今こうして生きられていると伝えたいな。

 学校に到着すると、この日も玄人が先に来ていた。虎牙はまだいなかったので、私はさっさと昨日のことを謝っておくことにした。

 玄人には前回秘密基地で集まった際、オートマティスムのことを話していたので、昨日の内容もすぐに察してくれていた。それに、どうも彼自身もちょうど同じタイミングで、私と同じように奇妙な現象に襲われたという。

 彼は、金縛りにあっていた。


「僕の場合は、体が動かなくなったわけだから、ある意味龍美の逆だけどさ」


 私の前で不安げな部分を見せないように意識してくれているのか、玄人はそう言って苦笑する。

 でも、彼が話した内容は私の自動筆記が起きた状況ととかなり似通ったものだった。


「警告……」


 ふいに玄人が呟いた言葉に、私が思わず聞き返すと、


「いや、そう思えなくもないなって」


 彼はそう弁明する。大方、心の中で思ったことがそのまま口に出てしまったのだろう。

 しまった、と焦っているのが表情で丸分かりだ。

 警告か。玄人は鬼の祟りが気になってきているようだし、先日の一件が祟られかねないことだと思っている。そんな単語が出てくるのも、自然なことかもしれない。

 私も彼の考えに同調するような発言をすると、流石に重くなり過ぎだと感じたようで、玄人は呪いなんて存在しないよと強引に一蹴した。

 きっと、疲れている。

 彼が出した結論は、有り体に言えばそういうものだった。

 金縛り現象も、科学的には脳の疲労が原因だ。だから、自分の金縛りも、私の自動筆記すらも全部。肉体的、精神的な疲労が生み出してしまったものなのだ、と。

 自動筆記のこともその範疇に含めてしまうのは、正直納得はできなかった。でも、玄人だってそれは十分承知の上なはずだ。

 一つの決着をつけておくことで、これ以上苦しまずに済むようにしようというのが彼の答え。

 まあ、私もそれについては賛成だった。

 玄人との話が一段落したところで、虎牙も気怠そうに登校してきた。彼は入って来るなり、


「おはようさん。どうしたよ、辛気臭い顔してよ」


 あっけらかんとそう言うものだから、私は深い溜息を一つ吐いて、


「あんたは良いわねえ、お気楽で」

「昨日のアレか? お前もオバケとか妖怪とかは弱いんだな。へへ、覚えといてやるよ」

「覚えなくていいわよ!」


 あはは、と玄人が苦笑するのが聞こえる。毎度の夫婦漫才だな、とか思われているのだろうか。

 別に虎牙が茶化してこなければ、こっちだって怒らないのだ。そう言いたかったけれど、子どもっぽ過ぎるので止めておいた。

 ……まあ、奴の挑発のおかげで気分を変えられるときだって、沢山あるのだし。手玉にとられているようで、それもムカつくけれど。


「……気にすんなよ。どうせ疲れてるだけだろ。それか、病んでるだけか……」

「病んでる?」

「気にし過ぎるのが一番悪いってこったよ」

「ふん、分かってるわよーだ」

「それなら大丈夫だ」


 そう。ちょっと病んでいるだけだ。

 玄人も虎牙も、そうやって諭してくれる。

 だから、私は昨日までの不安を塗り潰して。これからもずっと皆と生きていくのだ。


 きっと。

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