数日後。シェフィが会って欲しい人物がいるとのことで、ライゼルは開拓地に戻っていた。
もっとも、町の開発が順調に進んでいることと、バラギットの領地を手に入れたことで、グランバルトに政務機能を戻すついでに滞在しているにすぎないのだが、これもついでだ。
何かにつけて公務をサボれる口実が得られるのなら、それも悪くない。
オーフェンやアニエスに移転を任せ、シェフィとカチュアには「会って欲しい人物」とやらの歓待を任せると、ライゼルは自室で伸びをした。
何もしなくていいというのは、実に気分がいい。
こんな日は昼間から飲みに行くに限る。
そうして、ライゼルは財布を片手に町に繰り出すのだった。
◇
モノマフ王国の国境。バルタザール家の目の間に陣を構えたイヴァン13世は、ライゼルとの会談に備え、家臣たちと最終調整に入っていた。
「あのライゼルとかいう男、歳は若造ではあるが、なかなかどうして侮れん。話し合いの如何によっては交渉が二転三転することもあろう。……ゆえに、万全の準備をせねばならんのだが……」
イヴァン13世が本題に入ろうとしたところで、家臣たちが口を挟んだ。
「お言葉ですが陛下。そのライゼルという男、陛下がお目にかけるほどの者なのでしょうか」
「シェフィからの報告では、ライゼルの采配で勝利したとあります。しかし、商人たちの話によれば、バラギット軍を騙し討ちしただの、毒物により暗殺を試みただののと、情報が錯綜しております。
……たしかに、300もの手勢で5000の兵を破るのは大戦果と言えるでしょう。しかし、その手口はおおよそ武人とはかけ離れた卑怯なものばかり。陛下が目にかけるほどのものではありますまい」
この者たちの言い分も一理あった。
たしかに、ライゼルの勝利には不審な点が多く見られる。騙し討ちも暗殺もシェフィからの報告にはなかったものだが、商人やバラギットの側近の発言からして、ほぼ間違いないものと思っていい。
であれば、ライゼルの勝利にはケチがつくというものだが、
「逆に尋ねるが、お前たちにはできるのか? 騙し討ちや暗殺を行なったとて、300の兵を用いて5000の軍を破ることができるか?」
「…………難しいでしょうな」
「…………単純な兵力差は10倍以上。その場しのぎの策をいくら講じたところで、勝利することは不可能に近い。ましてや騙し討ちや暗殺を用いたとしても、そもそも勝負になるかどうか……」
「それをやってのけたのだ、あの男は。いかな手段を講じたのかはさておき、間違いなく勝利して見せた。……それほどの男なのだ、あのライゼルという男は」
「……………………」
「……………………」
家臣たちが押し黙る。
本当は戦いの最中イヴァン13世もライゼルにハメられたのだが、そこまで明かすことはない。
このまま胸に秘めておこう。
「お話の通りだとすれば、たしかに陛下が警戒されるのも無理はないですな……」
イヴァン13世が頷く。
これは勘だが、おそらくこれもライゼルの力の一端に過ぎないだろう。
今回は騙し討ちや暗殺といったカードを切ったのだろうが、あのライゼルのこと。この他にも手の内を隠していたとしても不思議ではない。
「……して、そのライゼルという男、どのような人物なのですか?」
「奸計に長けた男だ。……目的のためなら手段は選ばず、おそらくは家臣や兵たちも駒としか……いや、自身さえも駒としか思っておらんだろう」
「そうではなく、普段の姿です。どのような人間であれ、常に策を巡らせ気を張っているものではありますまい。いくらライゼルとて、私生活では本性を露わにもしましょう。……そこに、ライゼルという人間の本質があるのではないかと」
家臣からの提言にイヴァン13世は考え込んだ。
なるほど、この男の言い分にも一理ある。
どんな人間でも、家族や友人と接している間は謀略から離れ、素の姿を出すというもの。それはライゼルとて例外ではないだろう。
では、どうだったか。公務に携わっていないときのライゼルの姿は。
シェフィからの連絡を思い返す。
『そういえば、この間ライゼル様と町をお散歩したんですけど、どこからか猫ちゃんが……』
『そういう他愛ない話は報告しなくてよいと、何度も言ってるだろうが!』
(……………………)
イヴァン13世の顔が青ざめていく。
「陛下!?」
「どうされたのですか、顔色が優れないようですが……」
「…………なんでもない」
心配する家臣たちにイヴァン13世が首を振る。
よく考えればシェフィはライゼルの人となりを伝えようとしていたのだろうが、あろうことか自分がそれを打ち切ってしまった。
おかげでライゼルの人となりを知る機会を逃してしまった。
再びシェフィに連絡を取り、今からでもライゼルの人間性について尋ねることもできるが、こちらも賢王の名で通っている。
シェフィの話を聞いていなかったなどと思われたくない。まして、わざわざこんなどうでもいい話のために頭を下げるなど、もっての他だ。
考えた末、近くに侍らせていた近衛兵を呼びつける。
「陛下? なにを……」
「バルタザール領に潜入し、ライゼルの情報を探ってくる」
旅支度を整えるイヴァン13世に、家臣たちが慌てて止めに入った。
「お、お待ちください! なにも陛下自ら潜入されなくても……」
「そうです! シェフィに潜入させているのですから、彼女に探らせれば済む話でしょう!」
「あやつの報告ではあてにならんのだ。……それに、こういうことは自分の目で判断するのが一番よ」
もっともらしいことを述べるイヴァン13世。よもや彼女に訊けないから自分で行くとも言い出せない。
「しかしですなぁ……」
「なに、少し見てまわるだけよ。近衛も連れて行く。心配するな」
こうして、イヴァン13世は僅かな供を連れてバルタザール領に向かうのだった。
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