イヴァン13世は僅かな供と共にバルタザール領に潜入すると、ライゼルが滞在しているという開拓地に入った。
本来であれば国王自ら潜入するなどもってのほかなのだが、シェフィに訊くのはプライドが許さない……もとい、ライゼルという人間を自ら見極めるべく、バルタザール領に乗り込むことにしたのだ。
さて、つつがなく入国を済ませるも、肝心のライゼルの元にバカ正直に乗り込むわけにもいかない。
聞くところによると、ライゼルは屋敷に籠ることは少なく、よく町に繰り出しているとのことだ。
幸い、開拓地の人口は多くはない。
そのうち出くわすだろうと淡い期待をしつつ、旅の疲れを癒すべく酒場に入るのだった。
◇
町をぶらつきながら、ライゼルはため息をこぼしていた。
いつものように町に繰り出したものの、オーフェンやアニエスは政務に忙しく、シェフィやカチュアは歓待の準備に追われている。
こんな状況で飲みに誘えるはずもなく、ライゼルは一人寂しく酒場を訪れていた。
と、その中に異質な集団が目に付いた。
明らかに上質な装備を身に着けた剣士が、注文もせずに店内を警戒していた。
(なんだこいつら……)
どう見てもカタギの者ではない。
おそらく賊か何かだろう。
カチュアかアニエスにでも連絡しようか、と考えたところで、賊と思しき集団の意識が店内の老人に向けられていることに気がついた。
なるほど、察するに、この老人を狙っているといったところか。
(……面白くなってきた)
店内の視線を一心に集め、ライゼルが老人と同じテーブルに座る。
なんだお前は。とでも言いたげな目で老人が睨んでくる。
「おい、ジジイ」
「なっ……ジジ……」
「落ち着いて、冷静に聞け。……あんたの後ろの席に、賊と思しき男が3人座っている。……おそらく、あんたを狙っているんだろう」
「!!!」
老人の顔が僅かに強張る。
「今は人目もあるからな。連中もこんなところでことを起こしはしないだろう。……おそらく、店を出たら襲うつもりだろうが」
「……………………」
「心配するな。そのうち俺の仲間がなんとかする。……だから、今はとにかく飯でも食べよう。俺は今ヒマを持て余してるんだ。気の利いた面白い話でもしてくれたら、奢ってやってもいいぞ」
ヒマつぶしの道具とおもちゃを同時に見つけ、ライゼルは笑顔を浮かべるのだった。
◇
なんだ、この小僧は。
突如自分の席に相席してきた男を眺め、イヴァン13世は眉をひそめた。
本当ならば適当に他の客からライゼルに関する情報を集めながら食事でも摂るつもりだったのだが、この男のせいで全部台無しだ。
なにより、一国の王に対する態度とは思えない不敬なふるまいの数々。
万死に値する。
こちらが潜入捜査で、なおかつ空気の読めない部下《ポンコツ》に鍛えられていなければ、その場でキレていてもおかしくなかった。
その点だけはシェフィに感謝するべきか。
「……気の利いた面白い話、と言ったか」
イヴァン13世がワインに口をつけ喉を濡らす。
「……最近、儂の隣の家にそれはそれはろくでもない男が越してきおってな」
「面白くないぞ」
目の前の男のヤジを無視してイヴァン13世が続ける。
「なんでも、商人を脅して借金を踏み倒すわ、気に入らない者は暗殺するわ、平気で騙し討ちするわ、この世の悪事を尽くしておったそうな」
「外道だな」
「だろう? そんな男が住み着いては、儂はおちおち夜も眠れん。……そこで、うちの密偵《イヌ》にやつを探らせることにした。……ところがだ。最近、その密偵《イヌ》が、どうもその男に餌付けされていることがわかった」
「まあ、犬だからな。餌付けくらいされるだろ。……そもそも犬に何期待してるんだって話だが」
「密偵《イヌ》があてにならぬ以上、儂がどうにかする他ない。幸いというべきか、儂は頭がいい。次は儂自ら男の家に潜入することにした」
「おお、大胆なジジイだな」
男が黙って続きを促していると、イヴァン13世は口をつぐんだ。
「……………………」
「おい、早く続きを……」
「……お前が奢るというのなら、続きを話そう」
「なっ……」
ここで焦らされると思っていなかったのか、男が絶句した。
「ここまで話しておいて、それはないだろ」
「フン、これも話術よ」
悔しそうな顔を浮かべる男に、イヴァン13世は内心せせら笑った。
いい気味だ。
一国の国王相手に生意気な口を叩くからこうなるのだ。
これに懲りたら、二度と舐めた口をきかないことだ。
◇
得意げな顔をしている老人に、ライゼルは内心苛立っていた。
まったく、誰のために骨を折ってやってると思っているのだ。
こちらは身の安全を確保してやったのだから、多少暇つぶしに付き合ってくれてもいいものを……
さて、どうやり返したらいいものか……
ライゼルが思案していると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「ぼっちゃま。こちらにいらしたのですね」
「あっ、ライさ――陛下!?」
カチュアと、なぜか驚いた様子のシェフィが店内に入ってくる。
というか、いま陛下と言わなかったか。
「陛下、だって?」
ライゼルたちの視線が老人に集まる。
「やれやれ、せっかく潜入したというのに、バラすやつがあるか」
姿勢を正す老人。ただの市民の姿をしているというのに、どことなく気品がある。
襟を正すと、老人はライゼルたちを一望した。
「いかにも、儂がモノマフの王、イヴァン13世である」
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