「……はっ!? いっ、今っ、何時だ!?」
俺は慌てて起き上がった。
魔時計を見ると、冒険者ギルドからの指定時間まであと20分しかないことに気づく。
「マズい! これじゃあ、間に合わない!」
自宅から冒険者ギルドまではどんなに急いでも40分は掛かる。
今から全速力で走り抜けても絶対に間に合うことはない。
だが、それでも俺は走った、走った、走った、がむしゃらに走り抜けた。
「あっ!?」
その時、石に躓き転倒。
懐からは何かが落ち、ソレに気を取られて顔から地面へダイヴしてしまう。
「痛っ! あっ、血だ……」
どうやら鼻と右膝から出血してしまったようで、徐々に痛みが込み上げてくる。
一応は冒険者なので怪我や出血は日常茶飯事ではあるが……
「うぅぅ…… もうダメだ……やっぱり俺は、無能で落ちこぼれなのか……?」
うつ伏せのまま動けない。痛みからではなく、諦めたのである。
そして弱音を吐き、その弱音を吐く俺の耳に、周囲から漏れ出す声が聞こえてくる。
『……ダサッ……何アレ……カッコわるっ……あれ、アイツって……あぁ、あの無能か……道理で……』
周囲から漏れ出したのは、嘲笑う声や貶す声であった。
今までにも幾度となく聞いてきたが、今が一番惨めな気持ちにさせられ、心に大きな傷を付けられて……痛い。
「もう嫌だ……なんで俺はこんなにダメなんだ……」
自己嫌悪に陥り、そう嘆いていると、転倒時に落とした何かが目の前に映る。
「ーー」
「!? 今、何か聞こえてきた……!?」
その何かから男性の声が聞こえた気がした。
一度だけではあったが、何故か頭の中にスッと入り込んで忘れられない声のような……
(……触れろと言ってるのか?)
そう言っていたように感じたので、その何かを左手で恐る恐る握る。
すると瞬時に傷は癒えて、痛みは完全に消えた。
「痛く……ない……?」
とても不思議な気分だ。
怪我も完治し、今なら本当になんでもできる気がする!
「よしっ、もう一度だ!」
右手で鼻血を拭き、もう一度だけ立ち上がろうと決心し、勢い良く立ち上がった。
「そうだ、時間は!?」
急いで腕魔時計を見ると、残り時間はあと10分しかない様子。
しかも冒険者ギルドまでの距離はまだまだ遠く、とても間に合うとは思えない。
普通なら既に諦めていてもおかしくはない状況である。
だが、それでも再び走り出した。
今の俺に諦めという考えは持ち合わせてはいない。
ただひたすらに冒険者ギルドへ向けて走り抜けるだけ。
そんな想いを胸に秘めて街中を走り抜ける。すると……
「えっ!? えっ!?」
あまりのスピードに戸惑う俺。まるで風になったかのようだ。
すれ違う人達も目を点にして俺を見ている。
「一体、何故こんなチカラが……?」
思わず呟いてしまったが、答えはもう出ている。勿論、この何かのチカラに決まっている。
「何かだと紛らわしいから……そうだ! ニカナと呼ぼう!」
この何かは『ニカナ』と命名した。
俺はニカナをギュッと握り締め、更にスピードを上げる。
「もっと、もっと速く!」
絶対に、絶対に間に合わせてみせると言わんばかりのスピードで走り、そして駆け抜けていった……
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