露の朝

円ぷりん
円ぷりん

露の朝

公開日時: 2021年7月13日(火) 13:16
更新日時: 2021年7月13日(火) 13:17
文字数:868

 朝露に、溺れるほどに求め合った。愛とか恋とかいう余裕も無いほどのめりこんだ貴方は、うっとり見惚れてしまうほど美しかった。朝五時の日差しの中、乱れた布団に横たわる貴方は、さっきまで激しく奪ったその姿と重ならないほど小さく見えた。

 貴方と私はほんとうはとてもではないが、そんな風にひとつの布団の中に収まることができるような関係にはなれない。それは身分の差とか、そういう、とっても手の届かない次元の話だ。それでもこうしてこの夜……朝まで……激しい雨音に紛れて貴方の嬌声を聞くことが叶ったのは、ひとえに貴方の図らい故であり、私はただ貴方を欲しいと手を伸ばした。

 すっかり雨の上がった外、貴方の家の大きな庭。どの植物も露を帯びてしっとりと、静まりかえっていた。貴方の寝息が聞こえるほど静かだった。私はまだなにも纏わないまま庭を眺めようと立ち上がり、軒下までぺたぺた足を進める。

 ひんやりした空気が肌を刺す。肩を小さくしながら、鋭い光に射抜かれた庭園を見晴らした。時折、ぽつん、と雫が土の上に垂れる優雅な音がした。世界から誰もいなくなったようだった。

「……もし……」

 ゆるりと振り返ると、貴方が布団から身を起こし、白い素肌を曝して斜めに座っている。濡れた黒髪をだらりと重くさせていた。貴方の瞳は情欲をすっかり失った正気の色だけを黒の中に混ぜ込んでいた。

「起こしてしまったかな」

「いえ……わたくしは、その……」

 貴方は身体を自ら抱き締めるようにしながら、凛と私の方を向く。

「知らぬ間に貴方さまがどこかに行かれるのではないかと、そんなことを思っただけでございます……」

 貴方の長いまつ毛が涙に満たない雫を携えてすだれのように揃っている。私は貴方の元に戻って、そっと抱き寄せた。貴方の身体は冷たかった。

「すっかり冷えてしまったね」

「……良いのです……また、貴方さまに温めていただけますから……」

 貴方の手が優しく背中に伸びる。感触に、ぞわり、怯えた。

 私たちに残された時間はあと少しだった。それでも、貴方を再び抱き締めずにはいられなかった。

 朝露が、ぽたり、土に染み込む。

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