あの後、他の保護者がすぐに警察に連絡を入れて、即座に調査となった。その場では詳しい原因は分からなかったものの、公園は立ち入り禁止となり解散となった。
穹とアヤメ、朱音の三人は、警察に連れられて軽い取り調べを受けた。アヤメと朱音は見ていただけで、ただ見ただけを話しただけ。真っ先に駆けつけた穹は、その辺りを詳しく聞かれたものの、偶然目に入ったために駆けつけられたと説明しただけで納得してくれた。
当然だろう。魔法の力を使っていち早く知られたのだと言っても信じて貰えるわけもない。穹が八百長をしたわけでもないのだから、偶然だったと言われてしまえばそれまでなのだ。証拠もない。
億劫だと思ったのは、警察の取り調べを受けた後に学校にも同じ説明をしなければならなかったことだろうか。警察の取り調べと言うありがたくもないが貴重な経験をした朱音も、二度の説明をするのには辟易していたようだ。
学校にも呼び出されたものの、穹達は何もルールは破っていない。学校側が大丈夫だと判断し、桜の木の公園に行っても大丈夫だと言われたから言っただけだ。穹達が事件を起こしたわけでもなく、むしろ事件を大きくする前に防いだ側と、はた目には見られただろう。
そのために、呼び出しを受けて説明をした後は、学校側からの不注意だったと謝罪されたほどだ。余りにも熱心に謝罪されて穹達も申し訳なくなり、自分達も不注意だったと謝罪したほどだ。
警察にもさんざん言われたが、危険な行為だったとはいえ、真っ先に少女を助けに向かった穹は特に称賛されていた。学校からは何か目に見える形で報酬を出されそうになったが、そこは丁重にお断りした。
代わりに、変に名前を出さないようにしてほしいと願いを出して、穹達三人はようやく解放された。
その頃には流石に日も暮れていて、三人は一緒には帰らず、それぞれの迎えに連れられて帰宅した。
穹の方は、ちょうど部活帰りだった海人が迎えに来てくれた。
帰宅の途中、海人にも事情は説明しておいた。もちろん警察や学校に話した通り、魔法の力や『影』の存在は話さずに、ややぼかした説明になってしまった。身内に話すのには、少し微妙な言い回しになってしまう。
やや不自然ではあったかもしれないが、警察も学校側も納得した説明だ。海人も特に疑うでもなく、穹の話に納得してくれた。
帰宅して、三柴の両親も流石に心配して色々声を掛けてきた。
戸惑いはあったものの、海人も仲介に入ってくれて、何とか同じような説明は出来た。食事も軽く済ませて、早めの解散となって、あまり深くは干渉されなかった。
それ自体は安心したものの、穹は、どこか不満に思っているのを自覚していた。
きっと、本当はもっと心配して貰って、色々と話をしたかったのだろう。紅葉達ともっと話をしたかったし、穹も今の現状を話してしまいたかったのかもしれない。
分かってはいるのだ。今の現状を話した所で、何もならないのは。魔法だって、話したって分かっては貰えないだろう。
隠し事があるのは辛くて、苦しい。公園の件も、表面上は取り繕えてはいても、内心は恐怖でいっぱいだ。
楽になりたい。誰かと共有したい。そんな思いはあっても、誰も分かっては貰えないから、話す意味はない。
分かってる。分かっては、いる。
けれどどうしても、この胸の内のモヤモヤとした感情を吐き出してしまいたかった。
でも結局話せない。余計に重い物を背負い込んだ気がして、風呂を済ませて自室に戻ってから、穹は何もする気力が湧かなくなって、ベッドに倒れこんだ。
「なにかあったんだろ? おおよその察しはつくけど」
部屋に戻ってからしばらく。ベッドに倒れこんでから何も話さない穹を見かねて、カッツェの方から話しかけてきた。
口調や表情から、責めている気配はなかった。むしろ、何か愉快な話がきけるかもしれないと、楽しんでいる風でもある。
心配するでもなく気楽に尋ねるカッツェに、冷たいと思う人もいるかもしれないが、穹は今はそれがありがたかった。
今回の事件を、一番話したくないと思っていたのはカッツェに対してだ。
結局言いつけを守らず、勝手に公園に入ってしまった。
致し方ない理由があったとしても、カッツェには関係ない話だ。穹の勝手な杞憂で公園に入ってしまい、思っていた通りに事件は起こってしまったのだから。
これで結晶を奪われてしまいました、なんて言ったらカッツェも怒るだろう。そうしたら穹は本気で落ち込む確信があった。
今思えば、最悪な事態になら無かったのは良かったかもしれない。
ただ、それはそれ。しばらく天井を黙ってみていた穹だったが、観念して、今回の騒動を出来るだけ詳しく話した。ゆっくりと、何が起こったのかを時系列を間違えないように話していく。
気落ちしたように話す穹を、カッツェはどこか愉快気に聞いていた。
だが、聞き覚えのない声を聞いたと話してから、カッツェの表情が消えた。真顔になった表情からは何を思っているかくみ取れず、怒っているようにも訝しんでいるようにも見える。
一通り話してから、部屋の中に沈黙が続いた。
不思議に思って穹が視線を向けてから、そうか、とカッツェが呟いた。
何かを納得したようにも思えるが、穹には読み取れなかった。
無言の時間が続いたが、考えの整理が終わったのが、カッツェは顔を上げてにやりと笑った。
「ま、痛い目にあって分かっただろ? これに懲りたら、公園には近づかないで大人しくしてるんだな」
カッツェの言葉に、穹は自分の耳を疑った。信じられないと言った風にカッツェを見るが、本人は当たり前だろうと言う表情のままだ。
何かを言おうとして、穹は口を閉ざした。カッツェの言葉に納得するところもあると分かったからだ。
結局、今回の事件は騒ぎにはなったものの、人的被害や物損が発生したわけではない。
事件の発生を受けて、公園は警察が出張って閉鎖される事になった。かつ、その警察からの結果報告があるまでは、学校側も公園には近寄らないように通告を出している。
小学生以下の子供達も似たような話は出ているだろう。保護者の方にも今回の事件は認知されて、子供を連れて行かなくなるのは間違いない。
つまり、穹がまた何か行動をしない限り、事件の再発はない。少なくとも、今回の二の舞は起きない。
なら、穹が大人しくしていれば済む話なのだ。
実際に事件が起きているのに放置すると言うカッツェの言葉に、穹は思わず言い募ろうとしたが、解決策がもう出ているのに何も言えなくなったのだ。
そうだ。穹がなにもしなければ、もう何も起こらない。
少し穹が我慢すれば、時間が解決してくれる。
冷静に考えれば、最も安全であり、確実な案。動かない。穹にしても喜ばしい話ではないか。
カッツェに言われ、自分でも状況を整理してみれば、それ一番に決まっている。頭では分かっているはずなのに。
「……ダメ」
答えを待っていたカッツェに対して出た言葉は、その提案を否定するものだった。
「……なに?」
まさか否定の言葉が返ってくるとは思っていなかったのだろう。理解できないと言った風に眉を寄せたカッツェは、やや声のトーンを落として聞き返してくる。
気を悪くさせたのを察した穹だったが、でも言わなければならなかった。
「関係ないあの子を巻き込んだ。それが、許せないんだ。私自身を」
公園の一件からずっとあった胸のモヤモヤ。カッツェの放置と言う案を言われて、自分の思う所が何かはっきりした。
公園で事件に巻き込まれた、あの女の子。穹はずっと気になっていたのだ。
あの子の母親には、感謝された。
深く頭を下げる親を見て、凄く子供を心配しているのだと分かって嬉しかった。そんな愛されている女の子を助けられて、穹は少し誇らしく思ったほどだ。
けれど、その横にいた女の子は違った。ずっと泣きじゃくり、母親に促されても穹に言葉をかけられないその姿は、本当に怖い思いをしたのだと物語っていた。
今でも、あの子の表情が忘れられない。静かになれば、公園で聞いたあの子の悲鳴がぶり返してくる気さえする。
あの女の子は、本来、あんな思いをして帰るはずではなかった。友達と元気に遊んで、疲れても楽しい思いのまま母親と帰り、家で美味しいご飯を食べて幸せに眠るはずだった。
そんな当たりまえを、穹は壊してしまった。家族との大切な時間を、奪ってしまったのだ。
家族との時間が無くなる恐怖を、穹は良く知っている。
紛れもなくこれは、穹の責任だ。本来なら、あの『影』の狙いは穹なのであり、女の子ではなく穹が受けるべきだったのだ。それが何を間違ったのか、必要のない恐怖をあの女の子に与えてしまった。
これ以上の事件を発生させないためだとか、自然の結晶を奪われる可能性があるのだからとか、そんなのは関係ない。
あの女の子に悲しい思いをさせたのは穹なのだ。ならせめて、その罪を払拭しなければならない。
少なくとも、そうしなければ、穹は自分を絶対に許せなかった。
穹の覚悟を感じ取ったのだろう。カッツェの目が細められ、表情が険しくなる。
「下手な正義感で言ってるならやめておけよ。事態を余計ややこしくするだけかも知れないだろ」
「これは正義感で言ってるわけじゃない。私だって怖いし、あんなのと関わりたくないもの」
「だったら」
「でもね、ダメなの。あの子の心に傷を負わせたのに、私は何もしませんじゃ納得いかない。このままにしておくなんて、私が私を許せないの」
「全くの他人だぞ」
「他人でも、だよ」
穹の言葉に、カッツェは一瞬言葉に詰まった。面倒な物を見るように見下ろしてくる。
穹だって分かっている。こんなのはただの感情論だった。正義感で動くわけでもなく、論理的に動いている訳でもない。
胸に沸き上がるこの感情をどうにかするために、穹は今回の件を解決したかったのだ。
あるいは、罪悪感と言っても良い。
カッツェの言う通り、あの女の子は赤の他人だ。知り合いでもなく、名前すら知らない。
でも穹の脳裏には、あの女の子の顔がはっきりと残っていた。地面に引きづりこまれた恐怖から泣き叫び、母親に手を握ってもらっても泣き続けていた、あの女の子の顔が。
あの顔が頭に浮かび上がるたびに、どうしようもない感情が沸き上がってくる。
この気持ちを抑え込んで普段の生活を送れるほど、穹は器用ではない。きっとどこかで綻びが生まれて、自分でも訳が分からない何かをしてしまうような気さえする。
だったら。自分本位の勝手な行動かも知れないが、今回の事件をどうにかしたいと思ったのだ。
「下手をしたら、前以上に怖い思いをするかもしれない。それでもか?」
まっすぐ見つめ返す穹を見て何かを諦めたのか、カッツェが切り口を変えて穹を説得しようとする。
それは確かに、可能性の高い話だった。同じ『影』とはいえ、今回は全く姿を見ていない。どんな行動をしてくるのか分からなかった。
裏山では訳も分からないままめちゃくちゃに動いただけ。改めて決意していったとしても、同じように解決できると決まったわけでもないのは確かだ。
カッツェの言う通り、もっと悪い事態に陥るかもしれない。
けれど、穹は迷わなかった。
「それでも、だよ」
カッツェの質問に、穹は力強く答えた。
恐怖が無いとは言わない。また戦うとなると、あの時の恐怖がぶり返してくるようで、体の芯から冷えていくような感覚さえ覚える。
でも、逃げようとは思わなかった。あの子の為にも、逃げ出したくなかったのだ。
たっぷり数秒。穹の答えを聞いてから、カッツェは押し黙ったままだった。
不機嫌そうな顔をしている訳でもなく、何かを探っているようだった。何か、穹を説得できる言葉を探しているようにも思えるが、その真意は分からない。
穹が息苦しさを感じる頃になって、カッツェは大きく肩を落とした。
「まあ、下手に突撃されるより、こうやって相談してくるだけまし、なのか」
「じゃあ」
「目と鼻の先に変なのが居ても落ち着かない。ボクも協力してやるから、さっさと解決してしまおう」
「ありがとう!」
協力を申し出てくれたカッツェにお礼を言うと、仕方なしと言った風に肩を竦められた。
内心ではやはり、穹の提案には納得していないのだろう。態々自分から敵に近寄る意味なんてないのだから。それは穹も分かっている。
それでも協力すると言ってくれて嬉しかった。
一人であの『影』を対処できるとは思っていなかった。絶対に解決できると言う訳ではなかったが、カッツェも協力してくれると言うのならこれ程頼りになる話はない。
気持ちを持ち直せたような気がして、穹はベッドから立ち上がった。
「それじゃあ、これからさっそく!」
「気合入っている所悪いけど、今夜は無理だろう。警察とかの捜査で立ち入り制限とか警備とか入ってるだろ」
「あ」
カッツェにそう言われて、張り切っていた穹は思いとどまる。
今日はまだ事件が起こったばかりだ。警察の捜査がいつまで入るかは分からないが、誰も居なくなるとは思えなかった。
単に立ち入り禁止となっているだけなら無視していいが、人の目だけは誤魔化せない。
警察の誰かが居れば、すぐに止められてしまうだろう。人の目を掻い潜れたとしても、騒ぎになれば誰かしら駆けつけてくる。
魔法の力を、むやみやたらと見せていいわけではないのだ。現場に向かうとしても、少し時間を置かなければならないだろう。
「早くても明日の夜だな」
「うん」
「だから今日はゆっくり休んで、明日に備えるんだな」
カッツェにそう言われて、穹は素直に頷いた。
気持ちを落ち着かせると、急に疲れが襲ってきて、引っ張られるようにして穹はベッドに倒れこんだ。
姿勢を変えて落ち着くと、次第に瞼が重くなってくる。
今日は公園の事件もあったり、あの女の子に気を揉んだりして、精神的な疲れが溜まっていたのだろう。
次にやるべき事が決まったからか、緊張がほぐれたのだろう。急激に襲ってきた眠気に逆らわないまま、穹はゆっくりと瞼を閉じた。
その時、カッツェが何か意味深な何かを呟いたように思えだが、その頃には穹は深い眠りに落ちていたのだった。
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