放課後、穹はクラブ活動のメンバーに混ざるようにして調理実習室に居た。
担当の教師に事情を説明して使用許可を貰おうとした所、単独での使用は許可されなかった。
代わりに、調理実習室をよく利用している料理研究会の監督に許可を求めて、そこから許可が貰えれば、研究会のグループと合同ならば良いと言って貰えた。
さっそく許可を求めた所、監督は快く快諾してくれた。
ただ、料理研究会はあくまで料理を作るクラブであるために、作成したお菓子や使用した道具は、責任を持って穹が管理するように注意を受ける。
もちろん穹はそのつもりだった。その代わりとでも言うように調味料は研究会の物を使わせてもらい、道具も借りる。いったん材料は商店街で揃えてから、穹は調理実習室に赴いた。
運動部での手伝いで目立つ穹が調理実習室に表れると、研究会のグループはとても驚いていた。
中には穹の料理の腕を知っている生徒から、やんわりと心配の声をかけられる始末。
監督から許可を貰っているのと、後ろから就いてきていたアヤメの圧力もあって、研究会の邪魔をしないようにするのを前提に、実習室を使用させてもらえた。
オーブンに一番近い調理台を一つ借りて、穹はさっそく買ってきた材料を並べ始めた。
「何を作るの?」
材料を並べる穹の脇で、アヤメも調理道具を出しながら尋ねてくる。
商店街のイベントで忙しいはずなのだが、アヤメは息抜きという名目で穹に就いてきていた。
息抜きと言っても、穹の手伝いはきちんとしてくれるようで、こうして道具出しをしてくれている。
お菓子作りに関してはアヤメも疎いようで、材料を見ただけでは何を作るかは分からないようだ。
「とりあえず、無難にクッキーとカップケーキかな?」
材料を出し終わって、穹は考えていたメニューを口にする。
イベントで出すものはあくまで無料の為、手間と材料費は余りかけられない。正直な話、資金の回収が出来ないからだ。
学生が持っているお小遣いなんてたかが知れている。
その中で安く作れて、食べるのにスプーン等の道具が必要ない食べられるお菓子となれば選択肢は多くない。
失敗もしにくい物となれば、穹が作れる中ではクッキーとカップケーキが無難だった。
材料を計るための計量器を出してから、アヤメは少し驚いた表情をする。
「クッキーは分かるけど、カップケーキ?」
「ああ、ちょっと意外かもね。けどカップケーキも割と簡単に作れるよ」
加えて言えば、この二つは材料もよく似ている。
薄力粉と小麦粉の違いはあるが、どちらも薄力粉を使ってしまえば、カップケーキにはベーキングパウダーを使う位しか違いがない。
しいて言えば、カップケーキの方が専用の型を使うし、カップが欲しいと言った所か。
幸いこの実習室には型はあるし、カップだって百均で買える。
後は温度管理さえ気を付ければ、それほど手間は変わらない。
本来の材料と違うので、周囲で聞き耳を立てていた研究会の生徒は不満そうな顔していたが気にしない。
無料で配布するお菓子なのだ。多少違った所で問題はないだろう。
何でもないように言う穹に、アヤメは感心する。
「やっぱり、穹は手慣れてるわね」
「慣れれば誰だって出来るし、アヤメちゃんもやってみる?」
「私は食べる専門にするわ。穹の買ってきた材料を無駄にしたくないし」
物は試しとお菓子作りに誘ってみるが、アヤメはとても良い笑顔でやんわりと断りを入れる。
分からないでもない言い分に、穹は軽く笑って答えた。
アヤメは実質一人暮らしみたいなもので、自分で料理もするから出来ない訳ではない。
ただ、初めて挑戦するとなると、やはり遠慮するのは致し方ないだろう。揃えた材料が他人の物なら尚更。
最初の頃だって、穹も失敗していた。今でこそ減ってきいるが、どうしたって失敗は付きまとう。
それを思えば、無理に作らせようとは思わなかった。
とは言ってもただ見ているだけでは飽きてしまうだろう。どうしても混ぜる工程は多くなるので、そこは手伝ってもらうようにお願いした。
「じゃあ、さっそくやっていきますか」
「おー」
さっそく、穹はアヤメに指示をしつつお菓子作りを開始する。
事前の準備は同じなため、ここから穹とアヤメは手分けして作業する。卵は黄身と卵白で分けて混ぜる。バターは混ぜやすいように溶かして、小麦粉は振るいにかけてダマを無くしていく。
指示も的確だが、穹の手つきはとても手慣れている。迷いのない手つきは、流石と言った所だ。
最初こそ心配そうに見ていた研究会の生徒達だったが、穹の手つきを見て感心してからは、自分達の作業に戻っていく。
感心して見てくる生徒もいて、穹はちょっと緊張を覚えながら作業を進めていった。
混ぜる作業がほとんどのため、二人は手を止めないまま軽い雑談も交わしていく。
「やっぱり、この混ぜる作業は腕が疲れるね」
「ハンドミキサーとか欲しくなるわね」
混ぜる手つきは順調だが、疲れは溜まってくる。時々、二人は手を休めながら、腕を振って誤魔化していた。
「流石にハンドミキサーは置いてなかったなぁ」
「家ではどうしてるの?」
「気合と根性」
「そこだけ聞くと、一昔前のスポコンみたいね」
流石に趣味で使うだけのハンドミキサーにお金を掛けている余裕はないために、家でもお菓子を作る時には手で混ぜていた。
今の作業と差はないと聞かされて、アヤメはお淑やかに笑うのだった。
文明の利器を求めても作業効率は変わらないので、穹は諦めて混ぜる作業に戻るのだった。
バターと砂糖、小麦粉が綺麗に混ざった所で、更に卵黄も加えて滑らかになるまで混ぜていく。
生地を半分に分けて、取り出した方は整形しながらラップに包み、冷蔵庫に入れておく。
残った方には更にベーキングパウダーを混ぜて練り混ぜておく。
こちらはカップケーキになる。
専用の型を取り出して中にカップを入れると、それぞれに適量の生地を入れておく。
「アヤメちゃん、オーブンは?」
「充分に温まってるわよ」
混ぜている合間に、アヤメにはオーブンを暖めて貰っていた。
準備は出来ているようなので、型に入れた生地をオーブンに入れる。後は時間を合わせて待っていれば完成だ。
クッキーはこの後なので、使い終わった道具は洗っていく。
穹は洗い物には参加せずに、別の作業に取り掛かった。
余った卵の白身を、砂糖と余ったバターを加えて混ぜ始めた。
「メレンゲ?」
洗い物をしながら、穹が始めた作業を見てアヤメは首をかしげる。
作業だけ見れば確かにそうだったが、今回作ろうと思ったのは少し違った。
「ちょっと、お試しで作ってみようかなって」
アヤメに洗い物をしてもらっている間、また穹は混ぜ続ける。
メレンゲと言うより、先ほどまで作っていた卵黄での生地に似ている。途中途中、小麦粉を篩いながら混ぜていく。
再び滑らかに仕上げると、こちらも百均で購入した絞り袋に入れていく。
それをクッキングシートを敷いたパットの上に、三センチほどの長さで絞り出していく。
クッキー用に用意していたのだが、それなりの量になってしまい、一枚を丸々埋めてしまった。
「それもクッキーなの?」
「なんかね、ラングトシャってお菓子なんだって」
「へぇ?」
「軽く焼くだけだから、クッキーの生地を冷ましている間に焼いちゃうね」
言っている間に、時間を迎えたオーブンから焼き上がりの音がする。
この瞬間はやはり緊張する。少しドキドキしながら、穹はオーブンの扉を開けた。
ふわりと甘い香りが漂って、ほんのりと焼き上がったカップケーキが姿を現した。
最低限の材料で作られているので見栄えは地味だが、全部が綺麗に膨らんでいて、穹とすれば満足な出来だった。
「本当、結構簡単に作れるのね」
取り出したカップケーキを調理台に置くと、アヤメものぞき込んで出来栄えに感心する。
「そうだね。やってみると、クッキーくらいとそんなに手間は違わないと思うよ」
アヤメの言葉にうなずきながら、まだオーブンが温かい内に、卵白で作った生地も入れてしまう。
こちらは焦げやすいようなので、時間は短めに設定して焼き始める。
カップケーキも、このままでは流石に味気ないと思い一手間加える。砂糖を一つまみ、カップケーキの上にまぶしていく。
気持ち程度の飾りではあるが、これだけでも、溶けた砂糖がキラキラと輝いて華やかになったように思えた。
「と言う訳で、先にカップケーキの出来上がりと」
「じゃあ、さっそく味見だね」
言いながら、アヤメはさっそくとばかりにカップケーキの一つを手に取った。
穹も続いてカップケーキの一つを手に取って、周りのカップ部分を剥がしながら一口かじる。
口当たりはふわふわとしていて、ほんのりとまだ暖かい。甘さは控えめで、味としてはクッキーの様だ。時々当たる上にまぶした砂糖が、程よいアクセントになっている。
出来としては、見た目相応に満足のいくものだった。無料でこれが食べられるのなら文句はないだろう。
「美味しいけど、子供が食べるのにはちょっと甘さ控えめ過ぎるかしら」
出来立てのカップケーキに満足気な笑みを浮かべたアヤメだったが、そこはイベントに関わっているだけある。
食べて美味しいとは感じていても、関係者としては最もな指摘をしなければならなかった。
イベントに喜々として参加するのは、小学生以下の子供が多い。
そうなれば、甘めの方が子供達は喜ぶだろう。アクセントのまぶした砂糖は良いのだが、生地そのものの甘さが少し足りないように感じたのだろう。
出来栄えとしては満足なのだが、そこは穹も同意だった。
「そうだね。健さんとかにも食べて貰って、もう少し甘くするかは要相談かな」
最後まで食べきって、穹は出来栄えの調整をどうするかを考える。
どこまで行っても、これはノワール側が提供するお菓子だ。
普段の客層を狙うならばこのくらいがちょうどいいが、子供を相手にするのなら少し悩ましい。
方針を確認して、必要ならもう少し甘くする必要もあるかもしれない。
でも美味しいけどね。アヤメは手作りのカップケーキを、満足そうに食べきってから二個目を手に取った。
まだ食べるのかと笑っていると、再びオーブンから焼き上がった音がする。
扉を開けると、周りにほんのりと焼き目のついた、白いクッキーのようなお菓子が出来上がっていた。
「おお、こうなるんだ」
ネットで見た通りの焼き上がりに、穹は感心した声を上げる。
漂ってくるのはバターの香りが強いように思える。調理台の上に取り出してから、穹はさっそく一枚を手に取った。
焼いている間に溶け広がって、見た目は少し平べったい。時間が短いのが気になっていたのだが、こうなるのならば、焼き時間が短くなるのも納得だった。
サイズも小さいので、穹は一口で口に放り込む。
生地のほとんどは卵白の為に、味のほとんどはバターだった。ただとてもしっとりとしていて、見た目よりも柔らかい。砂糖の甘さも良く効いて、満足のいく味だった。
「ああ、これは罪の味」
これはバターと砂糖を食べているのと変わらない。普通に美味しいが、使用した材料を考えるとカロリーが気になる所だ。
無糖の紅茶とかコーヒーに合わせるのにはちょうど良いが、何枚も食べるのには、作った工程を知る穹からしたらとても躊躇われる。
「気軽に何枚も食べられちゃいそうで、これは危険なお菓子ね」
アヤメもそこは気になるのか、ラングトシャを二枚ほど食べた所でカップケーキに戻っていた。
気持ちは分からないでもないので、穹もラングトシャにはそれ以上手は付けずに次を焼く準備を始める。
充分に冷えたクッキーの生地を取り出すと、手ごろなサイズにしてクッキングシートの上に並べていく。
本当なら型抜きをした方が綺麗に仕上がるのだろうが、洗い物を増やすのを避ける為と、手作りなのだからご愛嬌と言う事で察して欲しい。
一口サイズでまとめられた生地を並べ終えると、まだ熱を持っているオーブンに入れる。
これで後は規定時間焼いておけば、クッキーの完成となる。
「やほやほ、穹っちやってるん?」
後は待ちと言ったタイミングで、狙ったかのように朱音が実習室に入って来た。
律儀に研究会の生徒に頭を下げながら、穹達の方へと近づいてくる。
「うん。今クッキーを焼き始めた所」
「お、ナイスタイミングじゃん?」
「そこに先に作った試作品あるから、食べてみてくれる?」
朱音にお菓子を進めながら、穹は空いたボールを洗い始めた。
試作品の味は十分に確かめられたので、後は朱音にも客観的な味の感想を貰えれば試作としては大丈夫である。
同じ洗い場で手を洗ってから、朱音は示されたお菓子に目を向ける。
いつの間に取り出したのか、カップケーキとラングトシャは綺麗に大皿に並べられていた。
用意したのはアヤメだろう。カップケーキにも満足したのか、空になったカップを丁寧に折りたたんで遊んでいる。
「おお、カップケーキと白いクッキー?」
流石にラングトシャとは分からない朱音は、カップケーキの出来栄えに感心しつつ、ラングトシャを見て不思議そうに首をかしげていた。
白いクッキーと言われれば、確かにその通りだ。
黄身と卵白の違いだけで、後の材料は同じ。ラングトシャと言う名前が分からなければ、白いだけのクッキーとそう違いはない。
使用材料の比率が違うから、こっちの方が高カロリーだが。
「ラングトシャって言うんですって、とても美味しいわよ」
不思議そうに眺める朱音に、晴れ晴れとした笑みを浮かべながらアヤメがラングトシャを薦めている。
先ほどまでは食べるのを控えていたのに、なんでも内容に言う当たり確信犯だろう。
そう思いつつも、穹も何も言わない辺り、アヤメの思惑にちゃっかり乗っている。
二人の連携に気づかないまま、言われるがままに、朱音は物珍しいラングトシャの方を先に手に取った。
見た目を楽しんでから、一口で口の中に入れる。そうして咀嚼すれば、甘いバターの風味と後から来る卵白の味わいに、朱音は美味しそうに頬を綻ばせた。
「甘くて美味しいんね、これ。サクサクしているのにしっとりだから、何枚でも食べれそう」
味わいに満足したのか、朱音は二枚目三枚目と、次々と頬張ってしまう。
陸上部に所属しているので充分な運動はしているとしても、余りたくさん食べるのはどうなのだろうか。
心配になった穹は、仕掛けたアヤメに視線を向ける。
目線はあったはずだが、アヤメはニコニコと笑いながら止める様子がない。完全にからかいの態勢だった。
止めるつもりがないのを察すると、ため息一つ。四枚目に手を付けようとする朱音を、穹はやんわりと止めることにした。
「朱音ちゃん。それ、バターと砂糖が多めに入ってるから、あんまり食べると太るかもよ」
「げ」
太ると言われては流石に躊躇するのか、朱音は伸ばした手を止めた。
やや不満げな目線をアヤメに向けていたが、本人はどこ吹く風だ。持ち帰れるように、余ったカップケーキをラップに包み始めている。
何を言っても相手にされないと悟ったのか、朱音は四枚目を手に取ると口の中に放り込んだ。
クッキーの焼き加減を確認していた穹は、キョトンとして朱音を見る。
「あ、食べるんだ」
「もう食べたんし、その分動けば大丈夫でしょ」
開き直って食べ始めた朱音に、穹は苦笑いを浮かべる。
摂取した分のカロリーを消化できると踏んでいるあたり、流石だなと思えた。
そうして話していると、本命であるクッキーが焼き上がった。
これもほんのりと焼き目が出来ていて、他のと同じように見た目はシンプルでありながら、美味しそうと思える出来栄えだった。
トレイを取り出して、全体の出来栄えを確認する。焼きのムラも無く綺麗に焼けているようだ。
穹がさっそく一枚手に取れば、アヤメも朱音も同じように手に取った。
まだ少し熱いクッキーを口に放り込めば、馴染みある味が口いっぱいに広がる。
出来立てのクッキーを食べる機会はそう多くない為、これはとても新鮮に感じるのだろう。アヤメと朱音も、何も言わないまま幸せそうな笑みを作る。
これなら、冷めても普通に食べられそうだ。甘さも程よく、小さい子供にも喜ばれるだろう。
「やはりクッキーは安定かな」
「アレルギーとかじゃない限り、よほど嫌われるお菓子じゃないものね」
「あ、カップケーキ食べたいんけど」
「どうぞ」
クッキーの出来栄えに満足している所で、朱音はまだ食べていないカップケーキにも興味を示す。
包み終わっていたカップケーキを、穹は一つとって朱音に差し出した。
アヤメが不満そうな顔をしていたが、元々配る予定のお菓子で多めに作っているので気にしないでおく。
溶けて固まった砂糖が見た目にも華やかにしていて、手に取った朱音はその見た目を楽しんでから一口食べる。
仄かに香るバターの香りと、卵黄の旨みが口に広がって、朱音は幸せそうに頬を綻ばせた。
「こっちはちょっと甘さ控えめなんね」
「そうだね。あえてそうしているんだけど、どうかな?」
「私は好きだけど。けど子供が食べるとなるとどうなんかな」
「やっぱそこだよね」
朱音にも同じように言われて、やはりこのカップケーキが採用されるとしたら、もう少し甘くした方がいいかもしれない。
本番に向けての材料配分の参考にするつもりで、穹は貴重な意見を聞けたのに満足して片づけを始める。
これで、ここで作ろうとしたお菓子の試作は全部だ。後は持ち帰る準備を進めて、他の生徒の邪魔にならないように撤収しなければならない。
お菓子を食べた手前、朱音も手伝いを申し出てくれた。
「私は何か手伝えることあるん?」
「なら、クッキーを包んでくれる?」
「これの袋に入れればいいん?」
「そ。出来るだけ同じ数になるように入れてくれればいいよ。余ったら食べちゃって」
「あいよぉ」
軽く返事をしながら、朱音は小さな袋に出来たクッキーを詰めていく。
作業に問題ないのを見届けてから、穹は洗い終わった道具の水気を乾いた布で拭き取っていく。
拭き終わった道具をジャンル毎に分けていけば、まとまった所をアヤメが所定の位置に戻してくれる。
三人で協力すれば、片づけはあっという間だった。最後に調理台を濡れ布巾で拭き終われば、後は帰るだけだ。
「あ、調理台貸してもらって、ありがとうございました。これ、少ないですけど、おすそ分けです」
それぞれが荷物を持った所で、穹は試作のお菓子をいくつか取り出すと、研究会の会長に渡した。
試作品は多く作ったが、ノワールの面々に渡す分が残っていれば充分である。ラングトシャなんかは、配るつもりのないお菓子でもある。
一応お礼と言う意味を込めて、食べて貰えれば幸いと渡して置く。
「え、あ。どうも」
まさか貰えるとは思っていなかったのか、会長である男子生徒はしどろもどろになりながらも受け取っていた。
美少女と言っても過言でもない穹の手作りお菓子。それを手渡しされた会長に向かって、男子生徒の何人かは羨まし気な視線を向ける。
対して、女生徒はお菓子が貰えたのに嬉しそうな顔をしている。そこはやはり女の子なのだろう。
拒否されなかったのに満足しつつ、穹は改めて荷物を担ぎなおすと、入り口で待ってくれていた二人と合流するのだった。
「さってと、お菓子も食べたし、私はこれから部活だねん」
廊下を歩いて向かう途中、朱音が背伸びをしながらぼやく。
調理実習に来たのは委員の仕事が終わってからで、これからは部活の練習に参加するらしい。
あっちにもこっちにも忙しい朱音に、穹は感心する。
「これから練習なんだ、凄いね」
「アヤメっちに騙されてカロリー過多なお菓子食べさせられちゃったし、その分動かないとねん」
「あら、私は騙したつもりなんてないわよ?」
「とか言いつつ、食べるの進めてたよね」
「止めなかった穹っちも同罪なんよ?」
アヤメに向けられていた視線を向けられて、穹は視線を逸らした。
二人で食べたのだ。ここは試食に参加した朱音にも犠牲になってもらわなくてはならないのだ。
否定しない穹に対して朱音が更に文句を募る。
ただのじゃれ合いと分かっているからか、アヤメもそれ以上は止めたりはせずに、顔をほころばせているのに留めていた。
話している間に玄関までたどり着き、朱音はそのまま体育館へ。穹とアヤメは外靴に履き替えて外に出た。
「じゃあ、このままノワールかしら」
「そうだね。アヤメちゃんも来る?」
「そうね。噂の店主さんのコーヒーも飲んでみたいわ」
「この前のよりも飲みやすいと思うよ。苦いけど」
「ふふ。穹はまだコーヒーの良さが分からなくて、可愛いわ」
「可愛い言うな」
「あら失礼」
穹の文句に笑いながら、アヤメは迎えの車に連絡をするべく、形態をとりだした。
調理に時間を取られてしまったので、ここは素直にアヤメの車に乗せてもらおう。
車が来るまでの間に、穹は上を仰いだ。
秋晴れの中、日差しはあるもののどこか肌寒い。こんな日も悪くないなと思いながら、穹はゆっくりと息を吐いた。
外気に晒されて白くなった息が、ゆっくりと宙に溶けて消えていった
読み終わったら、ポイントを付けましょう!