風使いー穹-

風に愛された少女
村上ユキ
村上ユキ

034 新たな敵

公開日時: 2023年4月23日(日) 20:42
文字数:7,850

「そりゃまぁ、穹の気持ちは尊重するつもりではあるさ。しかし今回ばかりはなぁ」


 その日の夜。


 カッツェを説得して夜の商店街に偵察に来た穹だったが、一緒に着いてきてくれたカッツェからは不満の声がこぼれていた。


 商店街の脇道から通りを覗いていた穹だったが、ずっと文句を垂れ流すカッツェに申し訳ない気持ちになる。


 こうして穹が隠れるように商店街を覗いているのは、監視の目から逃れるためだった。


 悪戯が発覚してからというもの、商店街には、イベントが開催されるまでの間は監視の人が配置されるようになっていた。


 誰か人の仕業と思われている限り、こうした監視の目があるのは穹も予想出来ていた。


『影』の仕業とはっきりとしていない以上、心無い人の仕業と考えるのは普通だ。


 その為に、二人一組以上の有志の人が。夜の間見回るようになったのだ。穹が通りを見ている間にも、何人かが通り過ぎるのを見ている。


 そうした人に見つかってしまっては、本末転倒である。故に穹は、こうして人目を忍んでやり過ごしていた。


 すると待機している時間が長くなり、退屈な時間を持て余しているカッツェが、小声で文句を言ってくるのだ。


「ごめんて。もし『影』の仕業じゃなかったら、素直に帰るから」


 そんなカッツェに、穹は苦笑いを浮かべながら答える。


 実際、本当に『影』が関わっているかは定かではない。人の手による可能性だって十分にあるのだ。


 そうなったら、穹はそれ以上動くつもりはなかった。


 人の手によるものだった場合、穹は素直に見回りの人に任せて、素直に引くつもりだった。


 だが、そうでない可能性がある以上、事態を収集させるためには穹が動かなければならない。


 どちらにしろ危険なのには変わらないので、カッツェが心配するのはよく分かる。


 思い過ごしであると良いなと思いつつ、穹はポケットからスマホを取り出しで時間を確認する。


 時間は、夜の九時を過ぎた頃合いだった。見回りの人も少なくなって、監視の目が緩くなる頃だ。


 ぼんやりと明かりを灯す外灯を頼りに、穹は大通りを見回した。


 通りに等間隔で置かれた外灯のお陰で、商店街の中は良く見えた。


 見える範囲で人が居ないのを確認すると、穹はカッツェを伴って商店街の通りに入る。


 何が潜んでいるか分からない。辺りを警戒しながら、とりあえず穹は、昼間に修繕を行った入り口とは反対の方へと足を向ける。


 あちらは集まるのに都合のいい場所がある為に、監視の人が集まっている可能性があった。


 なるべくそちらを避けて、穹は反対側をとりあえず歩いてみる。


 端の方をなるべく歩いて、影になっている場所を慎重に見まわしながら、何か変な気配が無いかを探っていく。


「……居るな」


 ゆっくりと歩いていた時だった。不意に、隣を着いて歩いていたカッツェが小さく零した。


 穹には何も感じ取れていないが、カッツェは何かを感じ取れたらしい。


 どうやら、穹の考えは嫌な方に当たってしまったようだ。


 ますます警戒しながら、穹はしきりに辺りを見回すのだった。


「穹、まずは注意事項」


「うん」


「ここは地面が少ないから、ボクは余り役には立てない」


「え、そうなの?」


「土くれを飛ばすくらいはしてやれるが、いざの為の盾は期待しないでくれ」


 舗装された通りを踏みしめながら、カッツェは自分の今の状態を教えてくれる。


 驚いた穹だったが、しかしすぐに納得する。


 カッツェの使役するのは土だ。所々にある花壇のお陰で全く土がない訳ではないのだが、こうまで地面が舗装されては満足に戦えないのだろう。


 なんだかんだと頼りにしていたが、流石に、ここでは難しいのだろう。


 そんな状態でも、悲壮感も無く、何とかして見せるというような雰囲気があって、頼もしくもある。


 けれど、いざ守って貰えるための土壁を、今はカッツェは出せない。


 恐らくは、戦いが始まってしまえば、カッツェは陽動くらいしかできないだろう。


 いつもの助けがないのに不安を覚えた穹だったが、今更怖気ついてはいられないと気を引き締めるのだった。


 しかし穹の思いとは裏腹に、一向に『影』は姿を見せない。


 探りながら歩いていたつもりだったが、ついには、反対側の出口の近くまで辿り着いてしまった。


 どういうことだろう?


 不審に思った穹は、出口の近くまで来た所で足を止める。


 監視の人は反対側に集まっているため、ここには穹達の他には誰もいない。


 怪しい気配も、穹はまだ感じ取れない。


 まさか入れ違ったりでもしたのだろうか。


「穹!」


 一度戻ろうかと思った時だった。


 不意に、カッツェから名前を呼ばれる。とても鋭く、警戒を促しているのがよく分かる。


「お願い!」


『……ん』


 振り向きざまに、穹は胸元からリングを取り出して、魔法を発動させる。


 リングが光り輝いて、穹の腕に豪奢な腕輪が巻き付いた。間髪入れずに風を纏ったのと、激しい衝撃が襲ったのは、果たして同時だった。


「ぎゃん!」


 力を受け流すのも叶わずに、穹は吹き飛ばされてしまう。


 道路を何度か転がって、通りの外にまで投げ出されてしまった。


 衝撃の痛みはないが、アスファルトを何度も転がったために普通に痛い。


 肘を強かに打ったのか、右腕がじくじくと痛みを訴えている。


「穹、無事か!」


「なんとか、大丈夫、だけど」


 カッツェの声に、穹は起き上がりながら何とか答える。


 まだ痛む腕を抑えながら、穹は通りを振り返った。


「な、なにあれ」


 商店街の出口に佇むのは、探していた形の不確かなそれだった。


 なのだが、それをいつも相手取っていた『影』と言うのには、いささか雰囲気が違っていた。


 今目の前にいるそれは犬そのもの。完全に四足歩行をしていて、長く突き出した顔つきは、狼にも思えた。


 全身は真っ黒で、今までの『影』よりも数段濃い。


 その周囲は陽炎のように黒い淀みがうねっていて、影と言うよりも、闇を切り出したかのようだ。


 大きさは、今の頭の高さでも穹の胸元まである。全長でいえば、穹よりも大きいのではないだろうか。ちらちらと覗く尻尾は異様に長く、瞳は全身の闇よりも一段濃い。


 更に後ろには、二体の『影』まで控えている。


 穹の姿を捕らえて今にも飛び掛かってきそうだったが、闇の獣よりも前に出ないままに、様子を伺っている。


「気を付けろ。あれは今までのよりも数段ヤバい」


「分かった」


 カッツェの警告を受けて、穹は纏う風を更に強くする。


 風の勢いは増していき、穹の短い髪をはためかせ、パーカーのフードがバサバサと音を立てる。


 不意を突かれて吹き飛ばされてしまったが、幸い、商店街よりも広い道路まで出られた。


 時間も遅いために、車が通る気配もない。これなら存分に戦えるだろう。


 戦う意思を穹が見せたためか、様子を見ていた二体の『影』が飛び出してきた。


 闇の獣はまだ動かないが、その闇の双眸はまっすぐ穹を捕えて離さない。


 まだ動かないのなら、まずは先に飛び出してきた『影』に対処する。警戒しながらも、穹は『影』の動きに注視する。


 大人しく従っていたと思っていた『影』だったが、変わらず、二体は連携してくる様子はなかった。


 我先にと穹に飛び掛かり、それぞれの腕はすでに鋭い刃に変貌している。


 穹の背丈の倍はある巨体に迫られる光景は恐ろしかったが、覚悟を決めた穹は恐怖に震えたりはしなかった。


 左から迫る『影』狙いを定めると、逆に穹の方から距離を詰める。


 あえて前に詰めてきた穹に『影』は戸惑った様子を見せた。


 間髪入れずに踏み込んだ穹は、右足に風の力を集める。


 左足を軸に踏み込むと、慌てて腕を振り下ろそうとする『影』のがら空きの胴体に向かって、右足を振り抜いた。


 風の力を纏った右足による一撃は、穹の倍以上もある『影』の巨体を軽々と吹き飛ばした。


 道路を転がる『影』を一瞥しつつ、穹はもう一体の『影』を振り返った。


 味方が吹き飛ばされても、『影』に動揺した様子は見られない。


 近寄ってきた穹をこれ幸いとばかりに、刃へと変化させた腕を振りかぶっている。


「大地よ。巌の塊となり、彼女の力と慣れ」


 次の一撃を穹が考えていた時だ。


 離れて様子を見ていたカッツェが、足元に陣を展開させながら言葉を紡ぐ。


 そこから表れたのは、カッツェと同じ程度の大きさはありそうな土の固まりだった。


 巌という名前に恥じない、大きな石も混じった大きな塊。それをカッツェは、『影』に対してではなく、穹に向かって吹き飛ばしてきた。


「穹、使え!」


「分かった! お願い」


『……い』


 飛んでくる土の塊を見ながら、穹は風に力を貸してくれるようにお願いする。


 意図を呼んでくれた風の意思は、飛んでくる土の塊を風を使って受け止める。


 穹も右手を添えると、腕を振りかぶる『影』に向かって振り抜いた。


「いっけぇ!」


 まるでドッジボールで弾を投げつけるかの如く、土の塊は風の力の後押しを受けて投げ飛ばされた。


 その勢いは少女の腕力では到底なしえない、凄まじいものだった。


 空気を破裂させる音を響かせて飛んでいく様は、まるで大砲の様だ。


 威力も申し分なく、慌てて防御姿勢をとった『影』を物ともせずに、両腕を消し飛ばし、その胴体に風穴を開けて吹き飛ばしてしまう。


 土の塊はそのまま数メートル先まで飛んでいくと、舗装された道路にヒビを入れて粉々に砕け散った。


「て、土を塊にしたのは何となく分かったけど、何をどうしたらこっちに飛ばせるのさ!」


 咄嗟だった為、カッツェに言われるまま投げ飛ばされた土の塊を使った穹だったが、直後の摩訶不思議な出来事に思わず叫んだ。


 百歩譲って土が固まるのは自然の現象というのは理解できる。


 それが何をどうしたら、穹に向かって吹き飛んでくるのか。余りの出来事に穹は納得がいかなかった。


 説明を求めようとした穹だったが、もちろんカッツェは答えてはくれなかった。


「そんな事より、後ろ、来るぞ!」


 喚く穹を無視して、カッツェは注意を促した。


 当然、力を解放した穹は気が付いていた。


 先に蹴り飛ばした『影』が、態勢を立て直して穹に飛び掛かって来ている。


 納得いかないと思いつつも、穹はすぐに振り返った。


 タイミング的に攻撃しての反撃は追いつかない。既に『影』は、穹に向かって腕を振り下ろしている。


 両断しようと迫る刃だったが、今の穹には届かない。


 風の示す道に逆らわないまま、穹は上体を横にずらした。


 凶刃は穹の体に届かないまま、舗装された道路に叩き付けられる。砕かれはしなかったが、道路には大きなヒビが入り、細かな破片が辺りに勢いよく飛び散った。


 勢いよく飛び散る破片は、もちろん穹にも襲い掛かった。


 けれど今の穹は風を纏っている。ひと際風が強まると、破片はあらぬ方へと流れていった。


 自分の怪我がないのを改めると、穹は左腕を振りかぶった。


「行くよ!」


『……』


 腕輪から聞こえてくる、声にならない返事。


 それでも穹の考えをくみ取って、風の意思は風を集め始める。


 視認できる程に集まった風は穹の腕にまとわりつき、一つの凶器のようだった。


 耳元で荒ぶる風を頼もしく思いながら、穹は振りかぶった腕を『影』の頭部に向かって振り下ろした。


 ハンマーか何かで叩き付けたような鈍い音を響かせて、錐もみしながら巨体は吹き飛ばされた。


 この一撃で倒しきるつもりだったが、『影』を倒すにはまだ力がたらなかったようだ。


 遠くに吹き飛ばされたものの、消滅の兆しはみえなかった。道路に転がった勢いがなくなると、『影』はすぐに立ち上がろうとする。


 態勢を立て直させるわけにはいかない。追撃をかけようとまた風の力を腕に纏わせて、穹は『影』に迫ろうとする。


 しかし、そうはさせまいと、闇の獣が動いた。


「こ、の!」


「穹!」


 走り出そうとした穹に向かって、闇の獣が突撃をしてきた。


 咄嗟に腕に集めた風で防いだものの、その場から数メートルは押し返されてしまう。


 心配するカッツェの言葉が聞こえたが、穹に返事をする余裕はなかった。


 少女を押しつぶさんとするかのような闇の獣の勢いに、穹はその場から動けなくなる。


 なに、こいつの体!


 闇の獣を目の前にして、穹は踏ん張りながらも驚愕する。


 遠目から見た時、どうにも輪郭が定まっていないようには思っていた。『影』と同じように出来ていると当たりをつけていたのだが、それを目の前にして、穹はその体が何で出来ているのかを感じ取ったのだ。


 肌を焼くかのような、熱いのに冷たい感覚。風の向こうからも感じ取れるほどの、確かな熱量。


 これを、穹は良く知っている。


 本来では闇夜を照らし、生活の支えになっているそれ。


 火だ。


 闇の獣の体を構成しているのは、火だった。真っ黒で、見た目には不安を感じさせてはいるが、この闇の獣は火でできていたのだ。


 いや。見た目の苛烈さはないが、この熱量で言ったら炎といっても差し支えないかもしれない。


 真っ黒な炎で作られた、穹よりもはるかに大きな狼のような獣。目の前にせまるそれを本能から危険と感じ取り、穹は踏ん張るのをやめると、闇の獣から逃れるように飛びのいた。


 勢いを消しきれなかった闇の獣は、闇の炎を引きながら、穹の横を走り抜けていく。


 肌を焼くような熱量に穹は顔を顰めながら、闇の獣に振り返った。


 少しの距離を開けて、闇の獣も振り返る。不意を付けなかったからか、闇の獣は警戒するように穹から一定の距離を開けながら周囲を歩き始める。


 その間にも、『影』の方は態勢を立て直していた。闇の獣が参戦したので合わせるつもりなのか、先ほどのように突撃してきたりはしない。


 息を合わせるかのような動きをされて、穹もまた動きにくくなっていた。


 特に、闇の獣は強力だ。『影』のように武器を構えたりはしてこないが、その巨体が繰り出す突撃はそれでも無視はできない。


 連携して動かれると、こうにもやり難い相手だったのか。今になって認識させられて、穹は緊張せざるをえなかった。


 せめて、『影』だけでもどうにかしなければならない。


 片手間に相手を出来る程、闇の獣は安い相手ではない。かと言って、闇の獣と戦いつつ、『影』倒せると思える程自惚れてもいない。


 なら確実に倒せると思える『影』を、どうにかして先に倒さなければ。


『カッツェ、まずは『影』を倒そう。あっちの狼は厄介過ぎる』


『ああ、そうだな』


 自分の考えを念話で伝えると、カッツェからも同意する返事が返ってくる。


 カッツェとの確認を終えると、穹は闇の獣を睨んだまま、更に距離を開けるようにじりじりと離れる。


 それはつまり『影』にゆっくりとだが近づいているということ。


 穹が下がったのを見てか、闇の獣は動くのを止めてその場に留まった。


 代わりに好機と見たのか、様子を伺っていた『影』が穹に飛び掛かってきた。


 はた目には不意を突かれたように見えたかもしれない。


 もちろんこれは、穹が狙って欲しくて作った隙だ。意外と簡単に釣れたのに本人が驚きつつも、穹はまだ動かない。


 本当に反撃するべき隙は、カッツェが作ってくれる。


「大地よ、行く手を阻む楔と成れ」


 好機と見た『影』の出鼻をくじくかのように、カッツェの言葉が夜の道路に響いた。


 道路に飛び出たので、その向こう側。舗装されず、むき出しの地面となっている場所に近づけて、カッツェも力を使いやすくなっているのだ。


 土の壁を作るのに地面の面積は足りていないが、足止めくらいは出来る。


 そう言うかのように、カッツェが言葉を紡いだ直後、腰の高さにまで隆起した地面が、『影』の前に倒れこんだ。


 殺傷性もない、少し足止めする程度の土の塊。しかし、『影』を少しばかり足止めするのには充分だった。


 目の前に落ちてきた土くれに、『影』は忌々しそうに踏みとどまる。


 力を使ったカッツェを『影』が睨む。そうして視線が外れたタイミングで、穹は動いた。


 足止めてされて『影』が動きを止めた瞬間。穹は即座に振り返ると、腕を振りかぶって突撃する。


 カッツェを睨んでいて反応の遅れた『影』は、穹の一撃をそのまま受けてしまう。


 ガードレールを飛び越える勢いで飛んで行った『影』は、先ほどのダメージもあってか、起き上がれないまま夜の闇に消えていった。


 完全な消滅を見届けておきたかったが、残りの闇の獣が許してはくれなかった。


 穹が一撃を見舞った直後に、闇の獣も走り出した。穹に目掛けて真っすぐに突っ込んでくる。


 攻撃の後というのもあって、今の穹には迎撃する力はない。


 正面からは受け止めきれないと判断すると、穹はすぐに風の流れに逆らわないままに横に飛んだ。


 浮遊でもするかのようにふわりと飛びのけば、その横を闇の獣が走り抜ける。


 一撃を避けられても、闇の獣は止まらなかった。光りの届かない場所にそのまま逃げ込むと、その瞬間、穹の視界からは闇の獣は姿を消してしまう。


 逃げたのかとも思えるが、穹の拡大した感覚の中では、未だ動き続けている気配を捕らえていた。


 そのスピードはすさまじく、感覚に従うままに視線を向けては見ても、その気配はすでに別の場所に移っていた。


 これ程早いとなれば、穹の早さでは追いつけない。かつ、光りの届かない場所は闇の獣の領域だ。


 下手に踏み込めないと判断した穹は、風の力を再び集めると、闇の獣がまた来るのを待った。


 あくまでも攻撃の手を緩めるつもりがない闇の獣。穹が追いかけてこないのを見るや、穹の視界が外れた瞬間を着いて夜の帳から飛び出してきた。


 風の力を強めて警戒していた穹は、即座に反応する。


 向かってくる闇の獣を振り返るが、距離は思っていた以上に詰められていた。


 闇の獣に合わせて反撃を加えてやろうと思っていたが、受け止めるしかなくなってしまった。


 風の壁に、闇の獣が突撃する。


 完全に防げはしたが、やはりその一撃は重く、数歩だが穹は後ろに下がらされた。


 吹き飛ばされはしなかったが、このままではこれの繰り返しだ。


 そうなれば、持久戦に持ち込まれると不利になるのは穹だ。


 風の力を使うのは、体に負担がかかる。攻撃も出来ないまま何度もこの一撃を受けてしまうと、先に力尽きてしまうだろう。


 どうにかして、渾身の一撃を叩きこみたい。そう思いながら、穹は闇の獣の一撃を退けて横にそれた。


 突撃を交わされた闇の獣は、穹距離をとった場所に走り抜けると再び様子を見始める。


 今度は走り回らず、すぐにでも光りの届かない場所に逃げ込める場所だ。


 様子見をしてくれるなら幸いだと、このタイミングで穹は呼吸を整える。


 今までの『影』との戦いとは違う緊張感高まる戦いに、知らず知らずの内に呼吸が乱れていた。


 心臓の音も早くなり、まるで耳元で鳴り響いているかのようだ。


 緊張するのは悪くないが、感情が高まってしまえば変な失敗をやりかねない。


 対処するのにもまず、落ち着こう。そう思いながら、呼吸を整えつつ、次の一撃の為に風を集め始めた。


「へえ、これは意外」


 一触即発。どちらから動くのかというそのタイミングで、不意に、声が聞こえてきた。


 声は、光りの届かない向こう側から聞こえた。そして響いてくるのは、舗装された道路を叩かくブーツのような音。


 この声に、穹は聞き覚えがあった。アニメなんかでしか聞いたことのないような、可愛らしい声。


 決して大きな声ではないはずなのに、穹の耳によく溶け込んでくる、そんな声。


 まさか。


 声の主を察して、そんな時ではないと分かりつつも、穹は構えを解いて立ち尽くしてしまう。


「何か隠しているとは思っていたけど、まさかあなたが、風の力と契約しているなんて思わなかった」


 果たして、闇の中から表れたのは。


 夜空を切り取ったかのような制服のような衣服に身を包み、夜の闇よりも尚濃い真っ黒なケープを纏う、白金色の髪を靡かせた少女。


 エレノア=レディグレイだった。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート