風使いー穹-

風に愛された少女
村上ユキ
村上ユキ

033 悪戯

公開日時: 2023年4月16日(日) 19:39
文字数:5,879

 日付は変わって金曜日。


 エレノアとあの日出会ってから、再び遭遇はしていなかった。


 ただ噂は更に広がっているようだった。イベントが間近に迫って生徒の多くが商店街に出入りするようになり、目撃情報が一気に広まったのだ。


 中には、案内と称して会話をした人も居るようだった。


 商店街のイベントに興味を抱いているようで、ややぶっきら棒な話し方ではある物の、基本的な人となりは良いと評判になっていた。


 もちろん、ナンパ目的のような人はすぐに補導される。穹の件以降、警戒も厳しくなったようで、数日前までは摘発が多くなった。


 流石に懲りたのか、今日の所ではまだ補導された人はいない。


 イベント開催が明日に迫っている中、これは良い兆候だった。


 穹達中等部も、最後の追い上げに迫られていた。


 飾りつけはほとんど終わり、今忙しくなっているのは、穹達のグループも参加しているイベントの警備班だ。


 打ち合わせも入念に繰り返されて、誰が誰と組んで、どのルートで歩くのかを事細かく確認していく。


 自分達のルートだけではなく、ある程度でもいいから他の班の警備ルートも把握しなければならず、中々に大変だった。


 中でも、穹はルート把握に苦戦していた。


 事前の相談もあって、穹は喫茶店ノワールの方の手伝いを優先して良いことになっていた。


 もちろん、店の中に入りっぱなしで良いという訳ではない。一応は、お菓子を配りながら店の周囲を見回らなければならなくなっている。


 そうなると、他の班の警備ルートを被らないよう、時間を見ながら大通りの方へと出向かなければならない。


 自分はどのタイミングで警備に回れば良いのか、お店にはどれほど居座ればいいのか。


 更には店の宣伝も兼ねて、自分の作ったお菓子や店側の用意した配布品も持って配り歩く必要がある。


 他の班のルートを見ながら、穹は一人考えるのだった。


「とは言っても、私達はそれほど気負わくていいのよ?」


 自分のルートと睨めって越していると、教室に入って来たアヤメがほんのりと笑みを浮かべながら指摘する。


 事実、穹達中等部は、あくまで先輩達のフォローがメインだ。


 どうしても発生しがちとなる、監視の目の隙間を少しでも減らすための措置であり、不届きな者が表れたとしても、穹達中等部が出張るわけでもない。


 基本は人を呼ぶのが仕事。もしくは、子供の案内や迷子を見つけた場合の救援がメインとなる。


 ゆえに、極端な話をすれば、警備ルートの把握はそこそこで良くて、先輩達の後をついていくのが基本となる。


 頭を抱える程でもないのだというアヤメのフォローに、しかし穹は苦笑いで首を振った。


「まあ、そうなんだけどね。でも、お店の手伝いを優先させてもらったんだし、これくらいはしたいから」


「真面目ね」


 首を振って答える穹に、アヤメは肩を竦めて答えた。


 同じく打ち合わせをしていた他の生徒も、そんな穹の言葉に同じように苦笑いだ。


 自分達はおまけ程度であるのは分かっているので、商店街で何を食べようかなんて喋っていた程である。


 穹がそんな風に思っていると分かり、若干の気まずさを感じたのか、改めて自分達と他の班のルートを把握し始めたのだった。


 急に真面目に成りだした周りの雰囲気に、アヤメも苦笑いを浮かべるのだが、しかしその顔が急に真剣な物に代わる。


「それでね、穹。それから皆も。これから、少し見回りに付き合って貰えないかしら」


「ん、どうしたの?」


 クラスにいる生徒を見回しながら言うアヤメに、穹は不思議そうに首をかしげる。


 今の穹達は、先輩達に呼ばれるまでの間、自習のような感じでルート把握をしている所だ。


 確かにいずれ商店街に向かうのには変わりないのだが、先輩達を待たなくていいのだろうか?


 予定と違うアヤメの話に、穹と同様、他の生徒も疑問に思って首を傾げる。


 当然とも言える生徒達の反応に、アヤメは真剣な表情のまま頷いた。


「ええ。先輩方とは、急だけど現地で集合するのだけど。ちょっと、イベント前にトラブルが起きてね」


「トラブル?」


「何でも、商店街の飾り付けが壊されているみたいなの」


 突然のアヤメの話に、穹達は驚愕する。


 ここ数年の商店街のイベントで、トラブルらしいトラブルは無かった。精々が、羽目を外し過ぎた集団が、ちょっとした騒ぎを起こした程度。


 それだって、誰かが怪我をしたわけでも、何かが壊れたわけでもなかった。


 ゆえに、イベント開催前のこの準備期間中に、飾り付けが壊されたなんて初めて聞いた。


 疑わし気な生徒達の反応に、アヤメは続ける。


「深刻というほどではないの。修復不可能という程壊されたわけではないわ。ただ、装飾が剥がれ落ちていたり、イベント用に立てた看板が倒されたりしているらしいわ」


「それは、ちょっと嫌らしいね」


 壊された、というからどれほどの被害かと思えば、それほど重大な事件ではないようだ。


 けれど、悪戯レベルとは言え、皆で準備したイベント関係の物に何かされるというのは面白いものではない。


 皆同じ気持ちなのか、アヤメの話を聞いて、一様に不快を露にする。


 そんな表情を見て、アヤメは頷いた。


「そう、事の次第は大事ではないの。でも、余りに頻発するようならイベント開催にも影響がありそうなの」


「それは」


「ええ、イベントの中止なんて出来ないわ。だから私達は、見回りに出て実際にルートチェックをするのと一緒に、壊された装飾の修繕をすることになったの」


 これは学校側の決定らしく、危険があればすぐに逃げるように厳命された上での処置だ。


 町おこしの一環のイベントである為に、何か危険があれば無理に強行する訳でもない。何かあれば、中止も視野に入るだろう。


 ただ、子供の悪戯レベルのトラブルでは、判断が難しい。


 妙に慎重になってイベントが中止になるのは、開催が直前となった今ではかなりの痛手となる。


 その為に、事前策として、生徒達に協力を募った上で商店街の警備。並びに、修繕を行おうというのだ。


 犯人捜しはもちろん行われるだろうが、それは大学生以上の大人の仕事となる。


 犯行は夜間ではあるが、昼間に何もないとは言い切れない。今回の先行見回りは、とりあえずの様子見と言った所か。


 高等部以下の生徒は、とりあえずの復旧と、イベントを無事に開催できるように動こうという訳だ。


 自分達の安全を優先というのを改めて注意された上で、穹達は荷物を持って商店街に向かうのだった。


 道中は気楽なもので、穹達は談笑を交えながらのんびりと現地へと向かう。


 同じように商店街へと向かうグループが多いようで、まだ時間としては早いが、下校人数としては多かった。


 集団下校となったのでもちろん危険が発生するわけでもなく、穹達は商店街手前の集合場所へと辿り着いた。


 商店街入り口は広く作られていて、ある程度の人数なら問題ないようになっていた。


 そんな入り口手前には、穹の付属する各学部の制服を着た生徒が集まっているのが見える。


 教師や大学生も集まっていて、そちらは高等部以下と違って、少し真剣な面持ちでなにやら話し合っていた。


 やや剣呑とした雰囲気に充てられて、流石の穹達も談笑を止めてグループへと合流する。


「ああ、アヤメさん。待ってましたよ。こっちに」


「はい」


 教師の一人がアヤメを見つけると、早速とばかりに呼びつけた。


 アヤメも一つ頷くと、穹達に断りを入れてからそちらに合流する。


 大人達に混ざって真剣に話をするアヤメを遠目に見ながら、穹はふと商店街に目を向ける。


 飾り付けが壊されたと言われたが、穹が見える範囲では特に目立った被害は受けていないようだ。


 誰が悪戯したのかは分からないが、流石に一番の顔となる入り口には手を出さなかったらしい。


 イベントの開催を示す看板がアーチの上に飾られていて、中々に圧巻だった。


 看板の周りに取りつけらているあの造花は、穹達が作ったものであるだろうか。所々不揃いなサイズ感の造花が、それが学生達の手作りなのだと思わせる。


 まあ、これも味があるというものだろう。その不揃いな飾りつけに、穹は無理やり納得させるように思っておく。


「お待たせ」


 そうして入り口を観察していた所で、アヤメが戻ってくる。


「改めて確認するわね。私達は二つのグループに分かれて、先輩達に着いて行く事になるわ。主な仕事は、飾りつけの修繕ね。何か分からないとか、困ったことになれば、すぐに先生に相談してね」


 自分達の割り振られた仕事を把握して、穹達はそれぞれ頷いた。


 大きく壊された飾りはないようなので、大体は簡単な修繕で誤魔化せるようだ。


 どうしても自分達では直しきれない物は大学生以上の人達に任せるとして、穹達は自分達で直せる範囲だけを直して行けばいいらしい。


 さして重要でもないので、穹達は何と無しに分かれながら、大学生の後をついて商店街に入った。


 右側を穹達が担当して、ゆっくりと商店街を歩いていく。


 商店街の中はすっかり飾りつけされていて、何とも華やかになっている。思い切りハロウィンみたいな雰囲気になっているのが、時期的には仕方ないだろう。


 各店舗も思い思いの飾りつけをされていて、明日配るのであろうお菓子を置いておく為の棚が、空のまま置いてある店も多くある。


 時折、穹達を見つけた店員が催促をしてくるが、今はパトロールである為に丁重に断っておく。


「ああ、壊されているって、これの事」


 のんびりと商店街を歩いていると、等間隔に置かれた外灯に近づいた所で、穹はそれを見つける。


 外灯もイベントの為に華々しく飾りつけをされていた。


 しかし、その真ん中から下。ちょうど、穹達が手を伸ばせば届きそうな所から、装飾が剥がされていた。


 幸い、その装飾は剥がされて下に落ちているだけで、無残な姿にされている訳ではなかった。


 これなら、テープか何かで補強してもう一度飾りなおせば、普通に使えそうな状態だ。


 自分達の手に負える範囲であるのに安堵はするが、しかしいい気分ではなかった。


 メインではなかったとはいえ、自分達が関わった飾りつけをこんな風にされては、嫌な気分になるのは当然だ。


 眉を寄せて不満を露にしているのは穹だけではなく、クラスメイトや高等部の生徒、引率に来ていた大学部の生徒達も、皆同じような反応を示している。


 加えて、被害にあっていたのはこの外灯だけではないようだった。


 近くの店の脇には、看板が立てかけられている。こちらは被害が大きかったのか、足が一本折られて自立できなくなっているようだ。飾りつけも落ちていて、一つにまとめられていた。


 他の街灯も、見える範囲では、まばらではあるが飾り付けが剥がされている。


 どうやら、犯人は複数犯であるらしい。一晩や二晩で、ここまで悪戯をするとなれば、一人では難しいだろう。


 こんな悪戯をする人が複数いるのだと思わされて、穹はますます腹立たしくなった。


「よし、それじゃあみんな。手分けしてここを直して行こう。中等部は外灯の飾りを。高等部は私と一緒に来て」


 気を取り直すように、大学生が指示を出す。


 ここで気を揉んでいても、何も進まない。思う所はあるが、まずは修繕が優先だと気を持ち直して、穹達は動き出した。


 幸い、修繕に使う道具の類は、引率の教員と大学生が準備してくれていた。


 穹達はいくつかのグループに分かれて、外灯の装飾を手直ししていく。


「うっわ、この看板の足の折れ方やばいな」


「なんか、結構な力で叩き折られたみたいだな」


「今ある道具で誤魔化せるかな」


 穹達が装飾の手直しをしている時だった。足の折れた看板の修理に集まっていた高等部のグループから、そんな会話が聞こえてくる。


 修繕の手は止めないまま、穹はそんな会話を耳にして、確かにと納得する。


 傍から見ても、看板の足の折れ方は尋常ではない。


 木製の細い足とは言え、折ろうとすれば相当の力が必要になる。決して、遊び半分での行為ではない。


 この装飾が剥がされていたのもそう。数が多すぎる。複数人だったとして、ここまで雑な剥がし方をするだろうか。


 まるで、通りがかりにたまたま剥がれたような。そんな違和感。この装飾が剥がされたのは意図したものではないようにも思える。


 そうまで考えた時、穹は、もしかしてという考えに至った。


 この騒ぎは『影』仕業なのではないかと。


 そう思えば、この無秩序な悪戯にも説明がつくような気がした。


 決して甚大な被害は発生していないのに、複数人が関わった形跡。計画的とも思えない犯行なのに、犯人の目撃情報はない。


 そして、それなりの腕力の持ち主が関わっているはずなのに、被害自体はそれほど大きくはない。


 ここの通りは穹もよく利用している。そしてそれを知っているのは、もちろん白金の少女。


 彼女の仕業なのかと、考え過ぎではあるかもしれない。


 けれど、今までこんな目立つ所で『影』が暴れていなかったのに、こうして急に騒ぎを起こしたのだと思えば、納得も出来る。


 自分の作業に戻りながら、先日、エレノアについて相談した時を穹は思い出していた。


『影』を差し向けた可能性のあるエレノアと接触したのを、もちろん穹はカッツェに話していた。カッツェを探している過程で、穹に行き着いたようなのだと。


 成り行きでの遭遇だったので仕方がなかったのだが、もちろんカッツェは良い顔をしなかった。


 特徴が似ているらしいが、カッツェ自身が見ていないので、エレノアがそうであるとは断定されなかった。


 しかし思っていた以上に早く来たのは驚いていたようで、今後、より慎重に動くように注意を受けた。


 そんな矢先のこれである。


 もしも今回の件を自分で探ってみたいと言えば、カッツェは快く思わないだろう。


 けれど、穹としてはこうしてイベントを台無しにされるかもしれないと思えば、気が気ではなかった。


 学校の行事として皆が準備も手伝った。商店街の人達も、子供の笑顔が見たいために一生懸命準備をしている。


 穹だって少しでも手伝いになればと、お菓子作りに精を出していたのだ。


 イベントは成功させたいし、中止になんてしたくない。


 それを思えば、こういう不安要素は無くしておきたかった。


 飾りつけを改めて外灯に張り付けながら、穹は小さく決意するのだった。


「穹っち、どうしたん?」


 そんな不安な感情が表に出たのだろうか。作業をしている穹を覗き見て、朱音が心配そうに尋ねてくる。


 出していた道具をまとめていた穹は、朱音に尋ねられて一度手を止めると顔を上げた。


「ちょっとね。こんな事をするなんて、酷いなって」


「ああね。誰かの悪戯なんだろうけど、これは流石に許せないんよね」


 誤魔化して答える穹に、朱音も同じ気持ちだと頷いて見せる。


 そんな彼女を見て、穹はますます気持ちを固めるのだった。

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