BLUE TEARS

最近流行りの小説が苦手な人。ファンタジーが大好きな人。に送る純粋ファンタジー作品。
気奇一星
気奇一星

最後の休息

公開日時: 2020年9月11日(金) 19:37
文字数:3,685

 僕は、グラナを奪われたその日の夜、疲れ果て、冷たい泥のように静かにぐっすりと眠った。


 そして朝。いつもよりも遅めに目が覚めた気がする。


 あーあ。よく寝た。明日旅に出るから、今日はみんなに挨拶をしなくちゃ。


 ふと、ベッドから出ようとした時、胃のあたりが、頼りない感じがした。


 ……みんなに挨拶する前に、朝食を食べよう。


 僕は、動きやすい服に着替えてから、食堂に向かった。


 その途中に、前から、黒い整った服を着た人が歩いてきた。


 頭に髪は一本も無く、そのくせ、鼻の下にちょびっと髭を生やしているその人は、


 執事のバラスだ。


 「王子、起きていらっしゃいましたか。」


 「お食事の準備が整っていますので、食堂へどうぞ。」


 「今行くところだったんだ。」


 「そうでございますか。それは失礼いたしました。」


 そう言い、バラスは、振り返って、僕を案内するかの如く、食堂がある方向へ歩き出した。


 旅に出ると、バラスとも、もう会えなくなるのか。淋しいな。


 僕が、物心ついた時には、既に執事をやっていたから、父上や母上と同じぐらい、一緒に過ごしてきたんだ。


 「ねぇ、バラス。」


 呼びかけると、前を行くバラスは、僕の方に、クイっと体ごと振り向いた。


 「実はさ、明日から旅に出ることになったんだ。」


 「誠でございますか!?それでお帰りはいつになるのですか?」


 「詳しくはわからない。」


 「でも、目的を果たしたら、帰ってくるよ。」


 「そんな……急に。」


 バラスは、すごく落ち込んでいるように見える。


 それに、目にキラリと光る涙も浮かべている。


 それを見て、僕も泣きそうになったが、なんとか堪えた。


 「泣かないでよ。絶対に帰ってくるからさ。」


 「……わかりました。このバラス、何年でも何十年でも待っています。」


 「ありがとう。」


 バラスは目の涙を、ポケットから出した真っ白な布切れで拭き取った後、再び、食堂がある方向へ歩き出した。


 僕もそれに続いた。


 目の前には、バラスの、猫背が染み付いた背中しかない。


 しばらく歩くと、食堂に着いた。


 食堂の中に入ると、まるで、小さな橋のような、白くて長い机が置いてある。


 とても高級なやつらしい。昔、父上が言っていた。


 次にこの机で、食事をするのは、いつになるんだろう。


 そこに、イスを引いて待っている一人の女性がいた。


 「どうぞ王子。」


 茶色い髪に茶色の目。白と黒のヒラヒラした服を着ている。


 「ありがとう。リラ。」


 そこに居たのは、メイドのリラだ。


 僕は、リラが引いているイスに座った。


 どうしよう、旅に出ることを、今、リラに言った方がいいのかな?


 「それでは、朝食を持って参ります。」


 あっ……。


 僕が悩んでいる間に、リラは、部屋を出て行ってしまった。


 完全に言うタイミングを逃してしまった。


 リラには、いつ挨拶すればいいんだ?


 それか、一層のこと、リラには、言わない方がいいのかな。


 そんなことを思っていると、リラが朝食を持って、食堂に入ってきた。


 僕の前に、焼いた猪肉を挟んだルティと、フルーツジュースを置いてくれた。


 ルティとは、小麦粉を薄く伸ばして焼いたもの。それだけで食べてもほとんど味はしない。


 「どうぞ。お食べくださいませ。」


 僕は、ルティを手に取り、口いっぱいに頬張った。


 すると、猪肉の肉汁が溢れ出し、ルティに染み込んだ。


 それ単品では、ほとんど味がしないルティだからこそ、猪肉の肉汁の味が100%感じられる。


 最高にうまい。


 黙々と食べ進め、最後の一口を惜しみながらも、口に放り込んだ。


 その後、フルーツジュースを一気に飲み干した。


 ふー、うまかった。


 やっぱり、リラにも報告しておいた方がいいな。


 僕は、イスから立ち上がって、リラの方に向いた。


 「あのさ……。」


 「はい。なんでございましょう。」


 リラは、キリッとした顔をしている。


 「実は……明日から旅に出るんだ。」


 「……そうでございますか。」


 それだけ!?確かに、バラスほど付き合いは長くないけど、それでも少しは、ショックを受けて欲しかったな……。


 「それだけでしたら、食器を片付けさせていただきます。」


 そう言った時のリラの目は、僕を捉えずに、どこか遠くの方を見ている感じだった。


 「……よろしく。」


 リラが、食器を持った途端に、食器同士がぶつかった時に聞こえる、カンカンカンカン、という高い音が聞こえてきた。


 手が震えているのか?


 リラは、その音を立てたまま、食堂のドアへ向かって、スタスタと歩いている。


 僕は、服についた、ルティの細かいカスを払おうとして、イスを立ち上がった。


 その瞬間、騒がしい破裂音が聞こえた。


 僕は、咄嗟に音のした方を振り向いた。


 そこには、割れた食器の破片が、散らばっていた。


 リラが、食器を床に落として、割ってしまったようだ。


 でも、普段は食器を割るなんてミスしないのに、どうしたんだろう。


 まぁ、いいや。そんなことより……。


 「手伝うよ。」


 食器の破片を掃除しているリラに声をかけた。


 だが、リラから、何の反応もなかった。


 どうしたんだろう?


 僕は、リラの顔をぐっと覗き込んだ。


 リラ、どうしたんだ!


 リラの目は潤んでいて、赤くなっている。


 「割れた食器で怪我でもしたのか?」

 

 リラは、首を横に振った。


 「……王子が旅に出てしまうのが、寂しいのです。」


 食器を持った時、手が震えていたのも、食器を割ったのも、みんなそれが原因だったんだ。


 僕は、いつのまにか、リラを抱きしめていた。


 「ありがとう。こんなに僕のことを思ってくれているなんて、知らなかった。」


 「絶対、帰ってくるから、それまで待っててよ。」


 リラは、ワーワー泣き声を上げながら、頷いている。


 リラの気持ちが落ち着いた後、二人で、割れた食器の破片を掃除して、僕は、食堂を後にした。


 次はミラールに、報告しなくちゃ。


 僕は、医務室に向かった。


 「コンコン。」


 「どうぞ。」


 医務室のドアをノックすると、中からミラールの声が聞こえてきた。


 僕は、嬉しくなって、勢いよくドアを開けた。


 「ミラール!」


 「王子!」


 そこには、体に包帯を巻いて、ベッドで横になっているミラールがいた。


 僕は、小走りで、ミラールのいるベッドの横に行った。


 「まだ、痛むか?」


 「ええ。まだ少し……。」


 昨日刺されたんだ。少しなんかじゃないに決まっている。


 それでもミラールは、僕に、微笑みかけてくれている。


 そんな姿を見ていると、胸が痛くなってきた。


 「ごめんミラール。僕のせいでこんな大怪我……。」


 「気になさらないでください。むしろ私は、体を張って、王子を守れたことを、誇りに思っています。」


 ミラールは、優しい男だ。僕を傷つけないように、こんなことを言ってくれているに、違いない。


 そんなミラールのためにも、頬に大きな傷があるあの兵士を倒して、グラナを取り返さなければならない。


 「ねぇ、ミラール……。」


 ベッドで横になっているミラールは、首だけ僕の方に向けた。


 「僕……明日から旅に出るんだ。」


 「何ですって!?」


 ミラールはベッドから飛び起きた。


 それぐらい、僕が旅に出ることは、ミラールにとって衝撃的だったのだろう。


 しかし、顔を歪めて、またすぐに、ベッドに横になって。


 やっぱり、とてつもない痛さなんだ。


 だって、死ななかったのが不思議なぐらい、グッサリと短剣が胸に刺さっていたんだから。


 「必ず帰ってくるから、心配しないでよ。それと、ミラールの仇も取ってくるからさ。」


 「……わかりました。ここから王子の無事を祈っています。」


 「それと、これを王子に……。」


 そう言い、ミラールは、ベッドの横に置いてある小さな棚に、立てかけてある剣を、僕に差し出した。


 「これは……。」


 「私が普段から使っている剣です。これは、王子の使っている剣より、よく切れると思いますよ。」


 なんて失礼な。確かに、ほとんど手入れをしていないから、野菜すら切れるかわからないけど……。


 「ありがとう。貰っておくよ。」


 僕は、この後、他の兵士たちに、旅に出る、と報告して回った。


 それを終えた頃には、外はすっかり暗くなっていた。


 今日は疲れた。


 それに、明日は早いから、もう寝るか。


 僕が、寝室に向かい、ドアを開けると、そこには、父上と母上がいた。


 「レイス、今日は、お父さんとお母さんと一緒に寝ようか。」


 僕は、顔がどんどん火照ってくるのがわかった。


 「いいじゃないか。一緒に寝るのなんて、久しぶりだろ。」


 「それに、お前と会えなくなると思うと、お父さんもお母さんも悲しくてな……。」


 「わかったよ。」


 僕は、渋々了承した。


 僕は、急いで寝巻きに着替えて、二人が待つベッドに行った。


 今、僕の右側に父上。左側に母上がいる。


 こんな状況、何年振りだろう?


 「レイス……。」


 父上が僕に話しかけてきた。


 「辛くなったら、いつでも帰ってきなさい。お父さんもお母さんも、誰もお前を責めないから。」


 「そうよ。もしそんなやつがいたら、お母さんがこの手で、叩き殺してやるから。いつでも帰ってきなさい。」


 「ありがとうございます。父上、母上。僕は、二人の子どもに生まれてきて、とても幸せです。」


 すると突然、父上と母上が、僕を抱きしめてきた。


 左右から、微かに、すすり泣く声が聞こえてきた。


 それを聞いた瞬間、僕の目から、大粒の涙が、溢れ出してきた。


 


 




 


 

 



 


 


 


 

 


 

 


 


 

 


 


 


 

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