休憩が明けてみると、店内の様相は一変していました。
と言うと大げさですね。ええと、何があったかというと、チョコレートの匂いがしなくなってました! 夕飯時が近づいてますからね、甘いものなんて食べたらごはんが入らなくなっちゃいます。そういうことでしょう、きっと。
「生一丁~!」
「ありがっとごじゃやース!」
なんていうふうには、うちの店ではなりませんが、五時近くになるとお酒のオーダーも入り始めます。でも私は、今日はスパークリングワインにすると決めているので、動揺はしません。へへへ。休憩中に、お煎餅もちょっとだけつまみましたので、お腹もまだ大丈夫です。
ただ……どうしてか、なんだかとても、チョコレートが食べたくなってきちゃいました。反動でしょうか。何への? ついさっきまでチョコの匂いむんむんだったのが、それが無くなってしまったから? 世の中の幸せそうなカップルをたくさん見ちゃったから?
きゅうう……。
「ハッ?!」
「どうしたんですか大道寺さん? 今の音はなんですか?」
しまった! お腹が鳴っちゃいました!
「いっ、いえっ、なんでもないです! だっ、大丈夫です!」
全然大丈夫じゃなかったです! 全然腹ペコでした! お煎餅なんて、何の足しにもなりません! とんだ自己欺瞞でした! ああ、今、わたしは……わたしは、チョコレートが食べたいです! チョコレートを食べて、幸せになりたいです! チョコレートにはたしか、幸せ効果もありましたよね! ぎゃひー!
「海香ちゃん、あがっていいよ~。真悠ちゃんもお疲れ~」
「は、はい、おぎゃひに失礼……じゃなくて、お先に失礼します……」
「お先でーす! お疲れ様でした!」
わたしとは対照的に、ものすごく元気な真悠ちゃんです。そうですか、これからが本番ですか、そうですか……。倶也君も、今すぐにでもあがってくるでしょう。目の毒に毒される前に、わたしはいち早く着替えて、そそくさと退散することにしましょう……。
「あれ? 海香ちゃん急いでる? 何か用事でもあるの? ああーもしかして、彼と約束してるとか?」
「まっ、ままままっ、まあそそそんな感じでしょうか……違いますけど……」
「?」
と、その時でした!
ガチャ。
「真悠う~。お待たせ、俺も上がったよお~」
「倶也あ~。ダメじゃ~ん、女子更衣室に入ってきちゃ~」
「ぎゃひー!」
真悠ちゃんは、シフトをあがるとわたしにタメ口になります。と、問題はそこではないですね! わたしはギリギリ着替えが済んでたのでセーフです。真悠ちゃんはアウトでした。というか、倶也君がアウトです!
「同じ空間にいるはずなのに、真悠がすごく遠くにいるような感じがしてさ? 俺、正直つらかったよ~」
「私も一緒! 私も倶也が全然見えなくて……おかしいよね、こんなに近くにいるのにね~」
なっ、なんですか! 二人ともシフト中でもお構いなしにあまあまのデレデレだったじゃないですか! そして今それがさらに、あまっあまのデレっデレへとレベルアップしてます! ああ、恐ろしいです。二人の放つ幸せオーラがわたしを蝕みます。息ができません。わたしは逃げるようにフェードアウトしました……。
ふう……外は涼しいですね……。
今日のシフトは色々ありすぎました。やっと自由になれました。自由とは、孤独です。今にも降り出しそうな曇り空でした。わたしは腹ペコを抱きしめて、とぼとぼとスーパーへと向かうのでした。自転車ですけど。
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