「よくやってくれた。改めて礼を言おう」
ワシルアン王国、謁見の間。
そこに俺たち一同は招待されていた。
ヒルマ姫を救い、そしてワシルアン王国で起ころうとしていた陰謀を防いだということで、とても友好的に迎え入れられた。
「跪く必要はない、楽にしていてほしい」と、王弟殿下直々に言われた。
「ところで、貴公らはそれで全員かな?」
「えぇ、そうですが?」
「おかしいな。捕らえたならず者が、下着のような姿でベノムド・ボインスキーを追い詰めた女性がいたと言っておったのだが」
「あ、大丈夫です。それは気にしなくても」
キースはもちろん男に戻っている。
戻らなくてもいいと言ったのだが、さっさとビキニを脱いで男に戻ってしまった。
こういう時『世話焼き鳥のお召し物』って情緒がないよなぁ。
ロリータ服(実物)の時は『脱げないから』という理由でキース子のままいてくれたのに。
「まぁ、貴公らがそう言うのであればよしとしよう。何か理由があるのであろうし」
深くは追求せず、ライデン殿下は改めて頭を下げた。
「心より、感謝する」
「いえ、そんな何度もお礼を言わなくても――」
「いや、今のは王弟としてではない」
言って、視線をヒルマ姫へと向ける。
包み込むような優しい瞳。
「私にとって、何物にも代えがたい大切なモノを守ってくれたことへの、ただの恋をしている男からの礼だ」
「きゅんっ!」
ヒルマ姫が撃ち抜かれた。
ハートが粉砕されたっぽかったなぁ、今の。
「今宵は我が城でゆっくりと休んでほしい。最大級の歓迎をいたそう」
「あの、それはありがたいんですが――国王にご挨拶しなくていいんですかね、俺ら?」
王城の謁見の間に通されたので、てっきり国王にお目通りかと思っていたのだが、玉座に座ったのはライデン殿下だった。
「陛下は、御退位なされたのだ」
「えっ!?」
国王、王様やめるってよ。
「どうしてです?」
「私も驚いているのだがな――責任、だそうだ」
自分の弟が帝国と通じ同盟国へ侵攻した。
その責任を取ったのだそうだ。
「私は気にしませんと申し上げたのですが……」
ヒルマ姫がそう言っても、加害者となってしまった国王は納得しなかったのだろう。
「そういうわけで、私が国王となった。もっとも、戴冠式はまだ先になるであろうがな」
「そう、なんですか……」
ってことは、え~っと…………
「ってことは、ヒルマ姫との結婚ってどうなります?」
「ごっほんごほん、げふんげふん!」
「かっ、芥都様っ!? きゅ、きゅきゅ、急になんということを!?」
いや、気になっちゃって。
それにほら、俺の周りの女子たちもめっちゃキラキラした目で「気になります!」って顔してるしさ?
「ま、まぁ、私が国王となり、ヒルマ姫はゆくゆく王女となられる立場だ。陛下が退位なさらなければ、私が隣国へ婿入りすることは容易であったのだが……」
「……そう、ですね」
ヒルマ姫がしょんぼりとする。
じゃあ、国を一つにまとめちゃいましょう――なんてことは、簡単には出来ないもんな。
「なら、その陛下に責任を取らせればいい」
キースが腕を組んでライデン殿下に進言する。
「己の不徳を恥じ、その身に咎を負う覚悟があるなら、被害を受けたヒルマ姫の憂いを払拭せよと言い渡してやれ」
「ヒルマ姫様の憂い……とは?」
「…………俺に言わせるな。チッ」
キースが耳の先を赤くしてそっぽを向く。
なんで照れるんだよ?
別に恥ずかしいことじゃないだろうが。
「……芥都、言ってやれ」
なんで俺に振るかなぁ。面倒な。
「要するに、ヒルマ姫に対して悪いと思うなら、ヒルマ姫が一番喜ぶ未来を迎えるために協力させてやれということですよ。だから、陛下は退位を撤回して国王を続け、頼れる弟を隣国へ差し出すんです」
「弟……私を、差し出す?」
「で、サクッと結婚していちゃいちゃして過ごせば、ちょこっと攻め込まれたことくらい許してくれると思いますよ、ヒルマ姫は」
「イッ、……イチャイチャとは、また…………だが、そうだな」
ちらっとヒルマ姫を見て、ライデン殿下は相好を崩す。
「兄上にそう進言しておこう。ちょうど、カーマインを捕らえた褒美に何が欲しいかと聞かれていたところだ。私のわがままも上乗せして、貴公らの提案を押し通してみる。助言、感謝しよう」
そうして、また頭を下げる。
よく下がる頭だな。
だが、悪い人ではなさそうだ。
「も、もう……芥都様も、キース様も……殿下になんてことを……」
「嬉しくないんですか、ヒルマ姫?」
「嬉しいに決まっています! 何を言うのですかヘソ丸! 心の中では舞い踊っていますよ!」
「では、素直に喜ぶでおじゃる。姫として生まれ、好いた男と結ばれるなど、百年に一度あるかないかというような幸運でおじゃるしの」
姫は結婚相手を選べない。
難しいんだなぁ、王族も。
「で、では……ゎ……わ~い」
ライデンを気にしつつ、両手を小さく上げて喜ぶヒルマ姫。
その姿を見て、ライデン殿下が笑い出した。
「も、もう、酷いではありませんか、殿下! わ、笑うなど……」
「いや、すまない。貴女があまりに可愛かったもので」
「可愛…………ぁ、ありがとうございます」
うん。
あとは若い二人に任せて、俺らは退散するかね?
飯の準備が出来たら呼んでくれればいいからさ。
「そうだ。貴公らはこのまま帝国へ乗り込むつもりなのであろう?」
空気を読んで退出しようとした俺たちに、ライデン殿下が声をかける。
「そうです。もしかしたら、俺たちの仲間の一人が帝国に連れ去られたかもしれないので」
「そうか――では、船を出そう」
「船?」
たしか、ここワシルアン王国とユーロルア帝国は陸続きで隣接しているはずだが?
「我が国からユーロルア帝国へ入るには、ユラの砦を通る必要があるのだが――」
国境を挟んで隣接していると言えど、どこからでも入り放題というわけではない。当然だが。
険しい山脈や大きな川などがあり、陸路でワシルアン王国からユーロルア帝国へ入るにはユラの砦という場所を通るのが唯一の道なのだそうだ。
「その砦に、ナヤ王国のアーマー騎士が集結しているらしい」
コンペキア王国を裏切り帝国側についたかつての同盟国の一つ。
連中は、コンペキア王国の騎士――俺たちがワシルアン王国に入ったという情報を得て、ユラの砦に先回りしているらしい。
「ユラの砦はワシルアン王国領じゃないんですか?」
「あの砦は帝国のものだ。我が国側は、ユラの砦の真正面にグルファという砦を構えていたのだが……カーマインとナヤ王国の連合軍により砦が落とされてしまったと報告があった」
おぉう、身内の裏切りで国境を守る砦が崩壊。
それは痛いな。
「だから、そこよりも安全な海路を行くことを勧める」
「ですが殿下。ワシルアン近海は波が荒く、航海には向かないと聞き及んでおります。
岩山が多いワシルアン王国。その周りの海は荒れていて、船を出すのは危険らしい。
そういえば、カーマインに待ち伏せされたレスカンディの渓谷もすごかったな。
「確かに航路は危険だ。だが、ユラの砦を抜けるよりは何倍もマシであろう」
「なぜそこまで警戒を? それほどナヤ王国の騎士は強いのですか?」
それなら、ライデン殿下の配下を数人貸してくれれば対抗できそうな気もするが……
「いや、騎士などどうでもよいのだ」
ライデン殿下が危惧しているのは、こちらを待ち構えるべくユラの砦に集結したナヤ王国の騎士たちなどではないらしい。
「ナヤ王国アーマー騎士団も、帝国の警備隊も、決して突破できぬ高い壁ではない。だが、ヤツだけは――ヤツにだけは絶対に手を出してはならぬのだ」
ライデン殿下の額に大粒の汗が浮かぶ。
謁見の間に、ただならぬ緊張感が漂う。
謁見の間を守護する騎士たちの間にも緊張が走っている。
緊張というか動揺……いや、恐怖か?
「我々とて、ただ黙ってカーマインとナヤ王国の連合軍を見過ごしたわけではないのだ」
自国への侵攻を座して見守るしか出来なかったわけがあるのだという。
「我々は見てしまったのだ……大空を舞う、あの悪魔を。……アレは、人間がどうこう出来る相手ではない。あの、大空の青い悪魔は」
そいつは、悠然と空を飛び、高い岩山に囲まれたワシルアン王国に現れた。
一目見ただけで分かる圧倒的な力の差。
生物としての桁が違い過ぎる――と、ライデン殿下は語る。
「ヤツにとっては軽い警告のつもりだったのだろうが……情けなくも、我々は槍を構えることも出来なかった。切っ先を向けようものなら、一瞬で消し炭にされる――本能がそう叫んでいたのだ」
それほど恐ろしい悪魔を見たと、ライデン殿下は言う。
「今、ユラの砦には、その大空の青い悪魔が居座っておるのだ。あの砦を生きて抜けることは不可能。だから、多少危険を冒してでも海路を行くことを進める」
鬼気迫るライデン殿下の訴え。
しかし――
アイリーンを見れば、俺と同じことを考えているのがよく分かった。
「殿下。一つお聞きします」
確認しなければいけない。
「その大空の青い悪魔というのは、巨大なブルードラゴン――ダッドノムトですね?」
俺たちには覚えがある。
大空を悠然と舞う、圧倒的な強さを持つ青いドラゴンに。
「……あぁ。思い出しただけで体が震える。圧倒的な存在だ」
だったら。
「俺たちはそのユラの砦に向かいます」
「なぜだ!? 帝国にダッドノムトがいるのだぞ!? 下手に手を出せば国が滅びるぞ!」
たとえ、敵側にいようと――
「俺たちはその青いドラゴンに会わないといけないんです」
洗脳されているのかもしれない。
ゲームではよくある演出だしな。
でも、どんなことをしてでも迎えに行かなきゃいけないんだ。
「クリュティアは、俺たちの大切な仲間ですから」
俺たちは、少しだけ仮眠を取り日が昇るよりも早く城を出た。
はやる気持ちを抑えきれずに、な。
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