『フレイムエムブレム』では、ドラゴンに変身する種族を『ドラゴニュート』と呼んでいた。
ドラゴンの力を秘めた『龍石』を使用して、その身を巨大で強大なドラゴンへと変化させるのだ。
物理防御も高く、魔法防御も高い。まさに鉄壁の守り。
おまけにブレスによる強力な一撃。さらに1マス離れた相手にも攻撃できる間接攻撃が可能。
間接攻撃、直接攻撃、魔法攻撃。そのすべてに対して耐性を持ち、強烈なカウンターを喰らわせる最強のユニットとしてゲーム攻略に大変貢献してくれたのがドラゴニュートだ。
こっちではなぜか『ダッドノムト』と呼ばれているようだが。
確かに、クリュティアを見ればそう思うかもしれない。
まぁ、あいつは龍石を使わなくても自由自在にドラゴンになれるんだけどな。
「ヒルマ姫も、ドラゴンに変身できるのか?」
「はい。……でも、物凄く弱いのですよ?」
恥ずかしそうに俯いてヒルマ姫は言う。
弱いと言ってもドラゴンだ。
比較する相手が悪いだけで、そこらの人間より弱いということはないだろう。
「幼少期に、近隣国のいじめっ子王子にドラゴンの姿で襲いかかったところ、返り討ちに遭いまして……」
「弱っ!?」
近所のガキに返り討ちに遭ったのか!?
いやまぁ、近所って言っても国が違うんだけども。
「姫様のドラゴン形態は、なんといいますか……癒しメインでありますので」
「ころころしてて可愛いよねぇ、ヒルマ(龍)」
そんな扱いなのか……
そりゃ自分で「戦力にはならない」というだけのことはあるな。
「ドラゴンのブレスとか吐けないのか?」
「吐けますよ。『薄明かりのブレス』が」
弱そう!?
光のブレスじゃなくて、薄明かりのブレス!?
なんでちょっと暗いの!?
もっと輝いて!
「すごく晴れた日に見ると、その部分だけ暗く見えるのであります」
「あたし、しばらく闇属性の龍なんだと思ってたんだよねぇ。ほら、昼間しか会わなかったからさ」
「でも、夜に見ると光っているのが分かるのであります」
「まぁ、いいムードにはなるかもねぇ」
「あの……私のブレスは間接照明ではありませんよ……」
それくらいのぼんやり感なんだ。
……うん。戦力として期待はしないでおこう。
「でも、とはいえドラゴンなんですから、威力はあるんじゃないんですか? ねぇ、芥都さん?」
ゆいなは諦めず、わずかな期待にかけて質問をする。
「えっと……冷めた紅茶が、ほんのり温かくなる程度の熱量でして……」
「真冬の外に持ち出しても湯気が立たない程度であります」
「氷も溶けないもんね、ヒルマのブレス」
「使えませんね、このお姫様!」
「はぅっ!? 酷いですよ、ヘソ丸!?」
「ヘソ丸って呼ばないでください!?」
すごく低レベルなどうでもいい口論を始めるゆいなとヒルマ姫。
とりあえず、ヒルマ姫は戦力外。おまけに自分の身も守れない、と。
「でも、ならどうしてヒルマ姫は狙われたのかしら? 脅威に思われるような戦力でもないのでしょう?」
「それはですね、ご隠居」
「ご隠居と呼ばないでくれるかしら?」
アイリーンとの間でも、しょーもない口論が生まれる。
もう、好きに呼ばせてやれよ。残念な国民性なんだから。
「ダッドノムトは数種類いるのですが、私はその中で頂点に立つドラゴン『聖龍』の血を引いているのです」
『ドラゴニュート』――こちらの名では『ダッドノムト』――には、いくつかの種族がいた。
炎のブレスを操る火龍族。
氷のブレスを操る氷龍族。
大地を揺るがす地龍族。
大空を自在に舞う飛龍族。
闇のブレスを操る暗黒龍族。
そして、それらすべてのドラゴンの頂点に君臨する聖龍族。
ヒルマ姫は、その聖龍族の血を引いているらしい。
「聖龍の血は他のどのドラゴンよりも多く魔力を含んでいると言われています。そして、その聖龍の血は――暗黒龍の復活に必要不可欠なのです」
ヒルマ姫曰く。
大昔、強大な力を持つ暗黒龍たちは、この世界を我が物にせんと大地を暗黒のブレスで焼き尽くし、人々を蹂躙した。
世界の大半を焼き払い、世界が滅亡の一歩手前まで行った時、天界から龍の神様が現れ、邪悪なドラゴンたちを地底の奥深くへ封印したのだそうだ。
その結果、現在ではたったの一人も地上に存在しないらしい。
「その暗黒の封印を解き放つ力を持つのが、私の中に流れている聖龍の、光の魔力なのですわ」
暗黒の封印を払う光の魔力。
「……ヒルマ姫の魔力だったら、闇の封印解けないんじゃね? 薄暗いんだし」
「ひ、酷いですよ芥都様!? 私の魔力は、それは確かに、ほんのちょこっと弱め、いえ、控えめではあるのですけれども、純度の高い正規品ですので封印なんかチョチョイのポイで解けてしまうのです! あぁ、恐ろしい! 私は、私の中に流れる強力過ぎるこの血が恐ろしいですわ!」
明るさは関係ないらしい。
闇を払う光の魔力つっても、間接照明レベルのうすぼんやりじゃあなぁ。
「姫様がお生まれになり、その体内に聖龍の血が流れていると分かった時から、帝国は姫様を妻にと言い続けているのであります」
「赤ん坊のころから?」
「はい。他の国への牽制もかねて、なのでありましょうが」
ザ・政略結婚だな。
「帝国の王子の嫁に、ということですよね?」
「いいえ……」
イヤそうに眉をしかめるゆいなの問いに、ゆいな以上に嫌そうに表情を歪めてサクラが首を横に振る。
「当時の皇帝からの求婚でありました」
「とんでもないロリコンね……」
当時の皇帝なのだから、それなりの年齢なのだろう。
それが、生まれたばかりの赤ん坊を妻にって……
「その後、帝国にも男児が生まれまして、第一皇子が十五歳になったころからは、彼の妻にと」
「帝国では十五歳になると婚約できるとか、そういうルールでもあるのか?」
「いえ……これはあくまで噂レベルの話なのですが……」
そう前置きをして、サクラは声を潜めてその理由を告げる。
「皇帝はつるペタにしか興味がなかったと言われています」
「滅ぼしてしまえ、そんな帝国!」
「ちょうどそのくらいの時期から、姫様はばぃ~んと、ぼぃ~んと急激なご成長を遂げられて――」
「最低な皇帝ね」
「まったくだ! ぼぃんはいいものだ!」
「そういうことではないわ、芥都。話がぶれるから口を閉じていてくれないかしら?」
アイリーンからきつめのお叱りを受けた。
目が怖いので口を閉じておく。
「そうして、皇帝が死去され、現皇帝が即位された直後から現皇帝の妻にと猛アプローチが始まったのであります」
「親子二代揃って……よほど聖龍の血が欲しいようだな」
「いえ、噂によれば――現皇帝はかなりの巨乳好きなのだそうであります」
「……芥都さん」
「……芥都」
「え、なんで今俺が非難されたの?」
ゆいなとアイリーンから冷ややかな視線が向けられ、俺、戸惑い。
なに? 同族だとでも言いたいのか?
アホめ! 俺は巨乳も貧乳もどっちも大好きだい!
まぁ、思わず視線が向かっちゃうのは大きい方だけどな!
「それともう一点。この国には龍石が多く眠っているのですわ」
こほんと咳払いをして、ヒルマ姫が話題を変える。というか戻す。
この地にはドラゴンの魔力を封じ込めた龍石が――眠っている?
「えっと、それは……鉱物みたいに発掘できるってことか?」
「はい、その通りですわ」
かつてこの地には多くのダッドノムトたちが暮らしていた。
長い年月の中でその数を減らし、力を失っていった彼らだが、その魔力はこの地に留まり大地へと宿っていった。
「ダッドノムトたちの体から溶け出していったというべきでしょうか……そのおかげで、この地は豊かな土地になったのですわ」
ドラゴンの魔力が土地を肥えさせる。
マットドラゴンの魔力でも同じことが起こっていたから、その理論はなんとなく頷けるが。
「稀に、純度の高い結晶が発掘されるのです。それは、非常に強力な龍石として国宝として扱われるほど貴重な物なのです」
「その龍石、今はこの国にあるのか?」
「いいえ。龍石の魔力も次第に石の中から溶け出し、やがて効力を失ってしまいます。今、我が国にはそこまで強力な龍石は存在しません」
だが、土地を掘り返せば見つかる可能性がある。
だから、帝国はこの地が欲しいのか。
「ってことは……帝国にもいるんだな。ダッドノムトが」
「はい」
俺の予想は、ヒルマ姫の頷きによって肯定される。
「彼の地には、かつて暗黒龍の国が存在したのです」
つまりこれは、打倒暗黒龍の物語ってわけだ。
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