「そういえば『脱落者』ってのはどういう連中なんだ?」
森を抜ける間、気になっていたことを尋ねてみる。
ティルダは「私が死んでも脱落者にはなりません」とかなんとか言っていた気がするが。
「ナビゲーターを失った転移者は、ゲームへの参加資格を失うんです」
「ゲームオーバーってわけか?」
「いいえ。そんな単純な話ではなくて……。一人がゴールすると、他の全転移者が敗者になり、ナビゲーターの手によって元の世界へ強制送還させられるんですが、ナビゲーターを失うとそれすら出来ずに、ルードシアに取り残されてしまうんです」
ってことは、脱落者はルードシアに住むことになり、新たな『神ではない者たち』となるわけか。つまり、……命の価値がなくなる、と。
「だから、ナビゲーターは大切にしなきゃダメなんですよ。魔獣に襲われて見捨てるなんて言語道断なんです!」
などと、ゆいながドヤ顔を満面に浮かべる。
いきなり魔獣の目の前に転移したお前が悪いんだろうが、あれは。
それに二度目はちゃんと助けたし。……まぁそれもほぼ偶然の産物だけどさ。
「けど、芥都さんなら、なんとなくですけれど、ちゃんと守ってくれそうですね」
ちょっと照れたように言って、ちらりとこちらへ視線を向ける。
え、なに? 抱きしめていいの?
こんな森の中で二人きりで、そんな攻撃力の高い上目遣いとかする? 最近の女子ってみんなそんな感じ?
「当たり前だ。……相棒、だからな」
「相棒……、ふふ。いいですね、その響き」
隣に並んで歩幅を合わせ、ぽすっと二の腕を叩いてくる。
スキンシップがさりげないね!? 今触れ合う必要あった?
それ、もし逆だった場合「セクハラ!」って糾弾されない?
抱きしめちゃうよ、もう!?
本人の同意があればもうOKだよね、これは!?
じゃ、ちょっと確認してみようかな!?
「ごめん、ゆいな。ちょっとお尻見せて」
「なんでですか!? 急に思春期を発動させないでください!」
バッカ、お前! 違ぇよ、そーゆーんじゃねぇよ!
お前の感情を測るには尻尾を見るのが一番だからだなぁ……あぁ、そうか、「尻尾見せて」って言えばよかったのか。
けど、尻尾を見たらその先にある小さなお尻も見ちゃうだろうが!
むしろそっちばっかり見ちゃうだろうが、ジョーシキ的に考えて!
ほらみろ!
「お尻見せて」であってんじゃねぇか!
「言っとくが、下心なんかこれっぽっちしかないからな?」
「結構あるじゃないですか!?」
気付いたら、俺は『小さく前に倣え』をしていた。
……うん。これくらいはあるかな、下心。
直径30センチくらいしかない俺の下心を警戒して、ゆいながお尻を向こうへ向けて隠してしまった。
これでは機嫌がいいのか悪いのか推し量れない。
……うむ、抱きしめるのはやめておこう。
向こうからスキンシップしてきたのに、俺の方が一方的に惚れているとか思われるのは癪だし。
「つまり、転移者はナビゲーターも守らないといけないってわけだな」
「もちろん、ナビゲーターもただのお荷物になるつもりはありません。自衛もしますし、時には身を挺して転移者を守ったりもします」
さも当然のような顔をしてそんなことを言うが、とんでもないぞ。
「間違っても、お前はそんなことすんなよ」
「へぅ……っ?」
身を挺して守られるとか……
「お前を守れなかったって、自己嫌悪だけで死ねそうだ。冗談じゃない」
「そ、そんな顔して、そんなことを言われると……そうしたくなっちゃうじゃないですか」
お尻を隠すために体がこちらに向いているゆいなだが、尻尾が体の左右からチラチラわさわさ顔を覗かし始める。
めっちゃ尻尾振ってんじゃねぇか。
「け、けどですね!」
なんか照れたのか、若干頬を赤く染めてゆいなが話を逸らせる。
「転移者には【神器】と【神技】がありますから、結果的にナビゲーターは守られるポジションになることが多いですね」
それだけ、【神器】と【神技】が強力ってわけだ。
たしかに、森に入ってすぐに見た巨大なイカヅチ。アレがキースの【神技】なのだとしたら、相当な威力だ。驚異的だな。
「キースはかなり力を持った転移者のようだが、ティルダが死ぬかもしれないって時は焦っていたな」
「でしょうね。性根の腐った転移者の中には、執拗にナビゲーターばかりを付け狙う者もいるそうです。自分が優勝する可能性がないとみるや、他人の足を引っ張ることに全力を注ぐようになる者も……」
ナビゲーターを失うことは、このルードシアでは一大事なんだな。
その割に、ナビゲーターは無防備な気がする。ゆいな然り、ティルダ然り。
やっぱ、俺が守ってやらなきゃな。うん。心に刻んでおこう。
「けれど、不慮の事故や病気、その他の理由でナビゲーターを失うことも有り得ます。そんな時、脱落者は新たなナビゲーターを得ることでゲームに復帰出来るんです」
「そういうチャンスは残されているんだな、一応は」
「はい。ですので、……実は、芥都さんと初めて会った時は芥都さんのことを脱落者だと思ってました」
「俺を? なんでまた」
「基本的に、神の使者は誇り高い人種なんです。ですので、ナビゲーターを見殺しにするような頼りない転移者には付き従いません」
ナビゲーターとしても、そんな頼りない転移者について危険なゲームに参加するのは御免ということだろう。
ピンチの時に見殺しにするようなヤツに命は預けられないもんな。
ナビゲーターを失うってことは、「こいつはナビゲーターを救えず、みすみす殺した」って烙印を押されるってことなのか。
「じゃあ、ナビゲーター探しは難航するな」
「そんな時、脱落者が訪れるのが……牢獄なんです」
ナビゲーターを失った脱落者が、再び転移者として復帰するにはナビゲーターが必須だ。
しかし、ナビゲーターを見殺しにするような脱落者にはナビゲーターがついてきてくれない。
なるほどな。欠陥転移者には欠陥ナビゲーターがお似合いだってわけだ。
「あのっ……、後悔、してますか?」
「ん?」
後悔?
「脱落者でないなら、芥都さんはもう少しマシなナビゲーターをつけることだって可能だったわけで……、ルールを犯して牢獄に幽閉されていたような、ノースキルのわたしなんかじゃなくて…………」
「アホか」
別に罪人だとか、そのせいでノースキルだとか、そんなもんはどうでもいいんだ。
「言ったろ、俺は『お前が』気に入ったって」
お前が一番だと思ってるのに、『お前よりいいナビゲーター』なんているかよ。
「ゆいなの類似品にゃ興味ねぇよ。そっくりさんもドッペルゲンガーも上位互換もいらん」
お前よりも有能で優れていて最高なナビゲーターがいたとしよう。
そいつを俺が気に入る可能性は、まぁないわけではないだろう。
だが、それを理由に俺がゆいなを捨てる可能性はゼロだ。
「俺は約束を守る。おまけに、頑固でな。これと決めたら最後まで貫き通さなきゃ気が収まらない性分なんだよ」
「……芥都さん」
「だから、よ。ゆいな」
こっちを向いているゆいなの頭に手を乗せる。
耳が倒れるくらいに力強くわっしゃわっしゃとかき乱す。
「俺から逃げられると思うなよ? 絶対離さないからな」
「――っ!? …………はいっ。望むところです!」
顔は泣きそうだが、尻尾がぶゎっさと揺れる。ぱたぱたぱたぱた……嬉しそうだな。
「嬉ションすんなよ」
「す、するわけないじゃないですか!? バ、バカなんですか!? 最低ですか!?」
頭に置かれた俺の手を払いのけ、赤く染まった顔でゆいなが犬歯を剥き出しにする。
それで噛みつき攻撃でもすれば、それなりに戦えそうだが。
森を抜けると、再び草原に出た。
ただ、スタート地点と比べると草の長さも短めで、幾分整備されている雰囲気がある。
随分とみすぼらしいが、街道のようなものも見受けられる。
「この街道をまっすぐ進むと、転移者が最初に訪れる始まりの町『アルケア』です。まずはそこへ行きましょう。町の中には魔獣が入り込んでこないので、安心して【神技】の登録が出来ますよ」
腰から下げた革袋の中から地図を取り出してそんな情報を寄越してくる。一端にナビゲーターに見えるから大したものだ。
「その地図、ティルダなら谷間に収納出来るんだろうが……よかったな、革袋があって」
「むぅ! そーゆー余計な一言が多いの、芥都さんの悪い癖ですよ! 直してくださいね!」
いーっ! っと、剥き出しの犬歯を見せつけ、つんとそっぽを向いて歩き出すゆいな。
けれど、後ろ姿を見れば尻尾がゆっさゆっさと揺れている。不機嫌のフリが下手な奴だ。
上機嫌な犬っ娘ナビゲーターの後について歩いていくと、ほどなく小さな町が見えてきた。
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今後登場する新キャラたちのイラストを、先行公開!
いや、独占先行公開!!
シャル姫(シャリオス・グラムドール)
13歳 A とある国の姫君
少し癖のある口調の気高き転移者
タイタス
22歳 病 〇族
シャル姫の共をする謎多きナビゲーター
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