森羅盤上‐レトロゲーマーは忠犬美少女と神々の遊技台を駆け抜ける‐

宮地拓海
宮地拓海

005 フルモンティーヌ

公開日時: 2020年9月1日(火) 07:00
更新日時: 2021年7月14日(水) 18:02
文字数:3,733

 ぐぐっと身を乗り出し、犬耳の少女は熱く自分を売り込んでくる。

 

「わたしは絶対神の神殿へ行ったことがあります。神殿の中の祭壇までたどり着きました! 【神々の遊技台】ルードシアで行われるゲームのゴール地点です! なので、わたしを連れて行くと有利です! 絶対に!」


 凄まじい勢いに少々腰が引けてしまう。

 捲し立てるようにしゃべった後は、じっとこちらの様子を窺っている。

 鼻息が荒い。散歩に行きた過ぎて前のめりになっているバカ犬のような勢いだ。


「ルードシアってのは、なんだ?」


 犬娘を落ち着かせる意味も込め、落ち着いた声で質問をしてみる。

 妖精たちに出会った時もルードシアって言葉は聞いている。

 その答えを求める。


「『ルードシア』というのは、【神々の遊技台】の名称です。神々に招待された【転移者プレーヤー】たちがしのぎを削るあの世界、フィールド、空間、それらを総称するのが『ルードシア』という名前なんです」


 ってことは、『地球』みたいなもんか?

 惑星かどうかは分からないが、その世界を指す名称ってことなのだろう。

 とにかく『ルードシア』って場所があって、俺はそこに招待されたってことで間違いなさそうだ。


 俺が納得すると、犬耳少女は得意げに薄い胸を反らせる。


「どうです!? わたしをナビゲーターにしてくれれば、このように、あなたの疑問にもすぐ答えられます! わぁ、わたしマジ優秀! 絶対連れて行くべきです!」


 確かに知りたいことは分かったけど……いちいちこうも恩着せがましく迫られると胸焼けするというか……ちょっとイラッてするな。

 あと、ちょっと言い回しがバカっぽい。「わたしマジ優秀」って……


「ど、どうして迷うんですか? おすすめですよ! 今がチャンスです! お買い得です! 見切り品ですよ!」


 いや、見切り品はダメだろ……

 ふんすふんすと鼻息の荒い犬娘を落ち着かせる。

 お前が一方的にしゃべるな。こっちの疑問を解消させない限り決断なんかできない。


「ゴール地点に行ったことがあるってことは、一度ゴールしたってことか?」

「いや、まぁ……ゴールしたというよりかは、ゴール地点に行ったという方が正確と言いますか……」


 必死に誤魔化しているのが分かる。

 さっき脳の中に流れ込んできた情景がこいつの記憶であるならば、こいつはゴールをしていない。

 叩き返されているはずだ。

 それを誤魔化す気かどうか、しっかり見させてもらおうか。


「ゴール地点に行ったことがあるのに、どうしてお前はこんなところにいるんだ?」

「それは……つまり、価値観の相違と言いますか、不幸な行き違いがあったと言いますか……」


 視線を逸らせて、尖らせた口の中でもごもごと往生際悪く言い訳を並べる。

 そして。


「若干、その……ルールに反したやり方で乗り込んでしまったせいで叩き返されたと言いますか……はい、すみません、絶対神にブチギレられました……」


 ついに白状した。

 犬耳がぺたーんと寝ている。目尻に涙の粒が浮かび、さめざめと泣き始める。


「でもですね! 考えてもみてくださいよ! そもそも、ズルが出来るようなシステムにした自分にも落ち度があるのに、わたしにばっかり罰を与えて、大人気ないです、絶対神! いや、神様なんで『大人気おとなげない』じゃなくて『かみない』です!」


 おのれの悪事をひた隠しに出来るような性格じゃないって部分は好感が持てるが、こいつは往生際が悪いな。あと、それ以上に頭が悪い。

『大人気ない』の『大人』の部分を『神』に変えたんだろうが『かみない』って……ハゲじゃん。絶対神、ハゲ呼ばわりじゃん。


「まぁ、システムのバグをついて裏技を編み出すのはゲーマーの性だからな。分からんではない」

「ホントですか!?」


 一定の理解を得られたことで、犬娘の顔がパッと輝く。

 涙は一瞬で霧散し、目元にほんのりと赤みだけが残る。

 微かな希望に表情を輝かせたその顔は、ほんのちょっとだけ色っぽくて可愛く見えた。


「で、強制退場させられたゲームに、もう一回参加したい理由はなんだ?」


 こいつはズルをして【神々の遊技台】から退場させられている。

 それでもなお挑みたいと言うからには、何か理由があるはずだ。

 それに、さっき見せられたゴール地点の映像と流れ込んできた激しい感情。あれは、遊びや酔狂から生まれる感情じゃなかった。

 心からの渇望。

 こいつがどうしても譲れないものが、あそこにあったんだ。


「……母が、いるんです。あの祭壇には」


 あの時見た、犬耳の女性のシルエット。

 あれが、こいつの母親か。

 そして、祭壇ってのが、あのまばゆい光が奉られていた場所なのだろう。


「わたしは、もう一度母に会いたいんです。……詳しい理由は、すみません、言えません」

「その理由を話さない限りはナビゲーターにしない、と言ってもか?」

「…………すみません。言えません」


 悔しそうに顔を歪ませる。

 言いたくないのか、はたまた言うこと自体が不可能なのか。

 なんにせよ、軽い気持ちじゃないってことは伝わってくる。あの顔を見りゃあ。


「理由は言えませんが、でも、でもっ! きっとお役に立ってみせます! 一度神殿へたどり着いたという経験は何物にも代えがたい強みになると、わたしは思います! ……具体的に、何が出来るとかは、今ぱっと思いつかないんですが……でも、わたしを選んだことを後悔させない自信はあります!」

 

 そう訴えかけてくる犬耳少女は、一度も俺から目を逸らさなかった。

 結構きつく睨んでいたのに、全力で睨み返してきやがった。

 

 ふふ、面白いヤツだ。

 

 この犬耳少女が言っていることは、すべて自分に都合よく解釈した仮定の話でしかない。きっと言っている本人でさえ、自身の言葉の胡散臭さには気が付いているだろう。反論されれば言い返せない程度の、勢い任せの言葉であると。

 だが、こいつの瞳は希望を失わない。怯みもしない。「もう一度神殿へ行きたい」と、強く訴えかけている。俺にはそう見えた。

 

 悔しいかな、あの四人の妖精が言っていた言葉が的を射ていたことを実感した。

 ナビゲーターが気に入らなければやり直せると言っておきながら、きっと俺は帰ってこないと確信し、「芥都に最適のナビゲーター」と言い切っていた。

 

 あぁ、そうだな。

 気に入ったよ、こういう熱い目をするヤツは嫌いじゃない。

 

 なにより、こいつが言ったあのセリフが、俺がこいつをナビゲーターにする決定打になった。

 

 

『経験は何物にも代えがたい強みになる』

 

 

 それはまるで、一つのことに没頭した俺の生き様を肯定してくれるようで、甘露のような甘さをもって俺の心に広がっていった。

 力強い瞳と、シンパシーを感じる考え方。

 文句なしで、俺はこいつが気に入った。相棒にするなら、こいつ以外にいないと思えるほどに。

 

「なら、俺がお前を絶対神の神殿まで連れて行ってやる」

「……へ? ほ、ほんと、ですか?」

「安心しろ。俺は約束を守る男だ」

 

『また遊ぼうね』と約束したっきり、二度と会うこともなかった親友がいる。

 あの約束が反故にされた時の絶望感は筆舌に尽くしがたい。

 だから、俺は一度交わした約束は何がなんでも守る。そう心に決めて生きてきた。

 

「俺を信じて、しっかりついてこい。このゲームのゴールまで」

「は、はい! もちろんです!」

 

 疑いを含まない、純粋な希望に満ちた瞳で俺を見つめ返してくる。

 本当に、いいナビゲーターを用意してくれたもんだぜ。さすが神様、ってところか?

 

 こいつとなら、うまくやっていける気がする。

 

「俺は芥都だ。お前は?」

「ゆいなです! よろしくお願いします、芥都さん!」

 

 牙を覗かせながらゆいながそう言った時、ゆいなを拘束していた鎖と鉱物が消滅した。

 見たこともないような不思議な文字と文様がゆいなの体から次々あふれ出し、天井高く昇り、弾けて消える。

 

 こいつの刑期が終わった……って、ことか?

 

「あ、あぁ……自由、自由です! 見てください芥都さん! わたし、自由の身になれました!」

 

 うわーい! と、両腕を振り上げて喜びを表すゆいな。

 耳がぴーんと立って、尻尾がぶゎっさぶゎっさと揺れている。

 

「ゆいな」

「はい!」

 

 ちょっと涙ぐんだ瞳で俺を見て、感謝の気持ちがあふれ出している笑みを浮かべる。

 感情表現がまっすぐで非常に分かりやすい。

 獣人ってのは、そんなところまで犬っぽくなるのかねぇ。

 

 まぁ、そんなことよりも、だ。

 

「お前に、二つ、言っておきたいことがある」

 

 指を二本立てて、ゆいなの前に突き出す。

 ゆいなは首を傾げつつも、好奇心に満ちた瞳で聞く体勢を整える。

 いいか、ゆいな。よく聞けよ。

 

「俺は負けるのが嫌いだ。だから、やる以上は絶対に勝つぞ。お前もそのつもりで食らいついてこい」

「はい! 望むところです!」

 

 犬歯を光らせて、ゆいなが薄い胸をドンっと叩く。

 

「あ~、それからなぁ……ゆいな」

 

 これは、今すぐに伝えておくべきことだろう。

 

 ふんすーっと鼻息荒く、赤い瞳をらんらんと輝かせて俺を見つめるゆいなに言っておいてやる。

 

「いい加減、服を着ろ」

「へ? …………ぅにゃぁぁあ!?」

 

 ネコみたいな悲鳴を上げて、犬耳少女は自身の慎ましやかな胸を両腕で抱き隠した。

 お前さぁ、最初っから最後まで、ずっとすっぽんぽんだったからな?

 その格好で「やったー!」とか、両手振り上げて飛び跳ねてたからな?

 

 いやまぁ、なんつうか……うん。とりあえず――

 

 

 神様、ありがとうっ!

 

 

 

 

 

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