森羅盤上‐レトロゲーマーは忠犬美少女と神々の遊技台を駆け抜ける‐

宮地拓海
宮地拓海

304 聖域に響く声

公開日時: 2022年2月18日(金) 19:00
文字数:3,970

 目の前に、神聖魔法と三種の神武がある。

 これがあれば、皇帝の使う暗黒魔法『魔封』を打ち破れる。

 

 ――で、誰がこの武器を使うのか。

 

「とりあえず、俺がいってみる」

 

 こういうのは、思い切りが大切だ。

 伝説の武器サイドとしても、そういう自主性みたいなものも見ているかもしれないしな。

 

 目指すは剣。

 やっぱ、主役が使うのは剣って決まってるしな。

 

「ズルいでおじゃるぞ、芥都よ。神の武器であるなら麻呂も欲しいでおじゃる」

「斧はないようだが、長物ながものなら使えるな」

 

 俺と張り合うようにシャルとキースが進み出てそれぞれ弓矢、槍へと手を伸ばす。

 

 ほぼ同時に、俺たち三人は三種の神武へと手を触れた。

 その瞬間。

 

 

「――っ!?」

 

 

 全身に電気が走り、身動きが取れなくなった。

 呼吸が……苦しいっ!

 

「芥都さん!?」

「シャル姫!」

「キース様!」

 

 三人のナビゲーターが駆け寄ってくるが、俺たちの手前2メートルほど手前で見えない何かに弾き飛ばされた。

 

 なんだ!?

 三種の神武に選ばれていない者が触れようとしたから、罰でも下ったのか!?

 

「エビフライさんっ、これはどういうことですか!?」

「もし、罠だとでも言おうものなら承知しませんよ」

「キース様を助けてください、お願いします」

 

 エビフライに詰め寄るナビゲーターたち。

 だが、エビフライも状況を理解できていない様子で狼狽している。

 

「い、いえ、このようなことが起こるなんて……こんなはずは……」

 

 どうやら、今俺たちが見舞われている事象はイレギュラーなことらしい。

 

「本来であれば、選ばれし者以外が神武に触れても柱から離れない――それだけのはずなのです!」

 

 このような反撃はあり得ないとエビフライは言う。

 あり得ないなら、今俺たちが喰らってるこれはなんなんだ?

 

 イレギュラー…………はっ!? まさか。

 

 

『あはははっ! ホント、面白いくらいあっさりと引っかかったね』

 

 

 聖域の中に、俺たちではない者の声が響く。

 一度だけ聞いたことがある、幼くも余裕のある少年の声。

 

 この声は――神様。

 

 

『よくここまで来られたね、褒めてあげるよ。やっぱ、ルールの撤廃は正解だったよね。単純作業みたいな戦闘よりずっとスリリングだったよ』

 

 

 姿は見えないが、神様の楽しそうな声だけが聞こえてくる。

 どうやら、俺たちのことをずっと見ていたようだ。

 

「どういうことなのです……この聖域には私たちしか立ち入れないはずなのです!」

 

 エビフライが動揺している。だが、そんなことも出来てしまうんだろう、神様って存在には。

 姿は見えないが、確実にここにいる。

 それが分かるから、うっすらと額に汗が浮かぶ。

 

 ……今度は何を言い出すつもりなんだ。

 

 

『でもさぁ、この中に一人だけパワーバランスをおかしくしちゃう人がいるんだよねぇ……君だよ、ダッドノムト』

 

 

「な、なんや!? ぁぐっ!」

「オカン!?」

 

 突然、柱に安置されている魔導書から光が延びクリュティアの全身を包み込む。

 

「く……あぅうっ!」

 

 クリュティアの体が持ち上げられ、柱に叩き付けられる。

 まるで光の触手だ。

 得体の知れないバケモノに捕らわれた気分だ、くそっ!

 

 

『ネタばらしするとね、芥都たちが三種の神武に触れなくてもこうやって捕縛する予定だったんだ。結局さ、主戦力は君らなわけさ。あとの連中は君らのサポート。居ても居なくても、どっちでもいいんだよねぇ』

 

 

 確かに、ナビゲーターやアイリーンは戦闘能力的には転移者よりも劣るかもしれない。

 だが――

 

「ふ……っざけんな! ゆいなも、ティルダも、アイリーンもタイタスも……っ、武器を得て一人前に戦ってた……だろ……ぅがっ!」

 

 ここに至るまで、俺たちはみんなで協力して何度も危機を脱してきた。

 命がけだった場面だってあった。

 それを、『居ても居なくてもいい』だなどと、勝手なこと言ってんじゃねぇ!

 

「こいつらはみんな仲間だ! 誰一人欠けることなく、それぞれが重要な役割を担っている重要人物だ! 俺の中には上も下もねぇよ!」

 

 頭にきて動かない口で神に牙を剥く。

 何も知らねぇで、俺の仲間を侮辱してんじゃねぇぞ!

 

 

『へぇ、上も下もないんだぁ』

 

 

 それでも神はことさらおかしそうに声を揺らす。

 

 

『じゃあさ、芥都はさ、そこの役立たず連中の位置まで堕ちても平気なの?』

 

 

 はぁ?

 何を言ってるんだ? 訳が分からん。

 

 

『だからさ~ぁ?』

 

 

 無邪気な声に被さるように、禍々しい爆音が轟く。

 世界が白と紫に明滅して、焦げ臭いにおいとともに黒い砂埃を巻き上げる。

 

「……なんということを」

 

 砂埃の向こうで、エビフライの声がした。

 信じられないものを見て、絶望したような声の色。

 

「……嘘だろ」

 

 

 砂埃が晴れて目に飛び込んできたのは、粉々に破壊された神武だった。

 魔導書も、剣も弓矢も槍も、すべてが破壊されていた。

 

 

『この四つの武器がなければ皇帝には勝てませ~ん。つまり、クリア不可能ってわけね?』

 

 

 こちらの絶望を楽しむように神が言う。

 歌うように、楽しそうに。

 

 

『この神武を治す方法はたった一つ。膨大な量の魔力を注ぎ込むこと。それ以外では復活はあり得ませ~ん♪』

 

 

 止まった思考の中、神の声だけが鼓膜を通って脳に直接響いてくる。

 

 

『その膨大な魔力は神様にしか生み出せません。君たち人間ごときでは百年かかっても不可能です。わぁ、こまったねぇ~、どうするぅ?』

 

 

 こいつの言いたいことが分かって、心臓が嫌な軋みをあげた。

 

 

『そう。さすが芥都は察しがいいね』

 

 

 心まで読まれて、完全に遊ばれている。

 

 

『君たちは、幸いにも神様が作ったアイテムを持っているよね。一人、一つずつ――そう、【神器】だ』

 

 

 その魔力を注ぎ込めば神武は復活する。

 だが、その代わり――

 

 

『【神器】は消失する。……さぁ、どうする?』

 

 

 試練をクリアするために、ヒルマ姫とコンペキア王国を守るために、【神器】を手放せと、神は言っている。

 そうでなければ、試練をリタイアして、ヒルマ姫たちの願いに耳を塞いで尻尾を巻いて帰れと。

 

 

『あぁ、そうそう。この試練さ、雑魚キャラは僕が作ったんだけどね、皇帝たちは本当にいるから。なんだっけ、あの頭の悪いおっぱい好きの……あぁ、そうそうカーマイン。アレも実在の人物ね? 首をはねたら血が噴き出すから、嘘だと思うならやってみるといいよ』

 

 

 そんな、出来るはずもないことを言って、神は笑う。いや、俺たちを嘲う。

 

 

『だから、試練をリタイアしても、コンペキア王国への侵攻はなくならないよ? ぜ~んぶゲームでした~なんて都合のいい未来はない。皇帝と、復活した暗黒龍が明日にでもコンペキア王国へ侵攻するんじゃないかな?』

 

 

「ちょっと待てっ!」

 

 喉に引っかかる言葉を強引に吐き出す。

 お前、今、なんて言った?

 

「復活した暗黒龍……だと?」

 

 

『ん? あぁ、そうだよ』

 

 

 だが、ヒルマ姫はこちらにいる。

 暗黒龍の復活にはヒルマ姫の中に流れる聖龍の血が必要なはずだ。

 それがなければ暗黒龍の復活なんて――

 

 

『いたじゃない。そのお姫様と血が繋がってて、血をい~っぱい流した人が』

 

 

「まさか、お父様……!?」

 

 ヒルマ姫の父、前国王は遠征中魔獣に襲われてその命を落とした。

 その事故は、帝国が裏で糸を引いていたらしい――まさか。

 

 

『お姫様より純度が低かったから、完全な復活じゃないっぽいんだけどね、それでも平和ぼけした王国一つを潰すには十分過ぎる力を持って復活したっぽいよ。……で、完全復活を目論んで、お姫様の血を欲してるんだって。怖いねぇ、気を付けてねぇ、逃げ切れるとは思えないけどさ♪』

 

 

 踊っているのかと思うほど弾んだ声で神が言う。

 その言葉に、ヒルマ姫は青ざめ、体を震わせた。

 

 

 恐れていた暗黒龍がすでに復活していて、ヒルマ姫を狙っている。

 

 

「お父様に、聖龍の血が流れていたなんて……私、知りませんでした」

 

 

『誰も知らなかったよ。本人ですら気付いていなかった。でも、流れていた。暗黒龍だけが知っていたんだ。復活は彼らの悲願だ。鼻も人一倍よくなっていたんだろうね』

 

 

 誰も知らなければ警戒も出来ない。

 そこをまんまと狙われたということか。

 

 

『さぁ、芥都が言うところの【仲間】の大ピンチだよ。こうなったら、やっぱり放っておけないよね? ね? じゃあ、やっちゃう?』

 

 

 パチンっと指が鳴り、次いでゆいなたちの悲鳴が聞こえた。

 

「【神器】がっ!?」

 

 神の力により、神器が強制的に奪われたらしい。

 体内にしまい込んでいたキースの『神殺しの戦斧』もシャルの『嘉卉の鉄扇』も、そしてゆいなの首輪に着いていた『1コン』も。

 あの天秤は……アイリーンの【神器】『創造の天秤』か。

 

 全員の【神器】が俺たちの目の前に集結し、浮かんでいる。

 

 

『さぁ、どれから破壊する? どの魔力を神武に注ぐ? 【仲間】のためだ、惜しみなく自己犠牲を発揮し給え、あははっ』

 

 

 誰も何も言えず、浮かぶ【神器】を見つめるしか出来なかった。

 

「私の【神器】を使うといいわ」

 

 そんな中、アイリーンが名乗りを上げる。

 

「どちらにせよ、使っていない【神器】だったし、それがなくなったからってオカンとの絆が切れるわけじゃないし――」

「アカンで!」

 

 諦めの色を強めていたアイリーンの言葉を、クリュティアがキツい口調で否定する。

 

「あんた、芥都はんらぁに会って変わったやんか。つらいだけやった過去も、みんなのおかげで笑って話せるようになったやんか。……ウチ知ってるで? またチャレンジしてみよかなって、思ってたんやろ? また【神器】使ぅて、みんなの役に立つアイテム作りたいって、思ってたんやろ?」

「けど――」

「アカンよ。折角前向きになれたんや。やりたいことは、何一つとして無駄にしたらアカン。諦めるっちゅう文字、あんたの辞書から消しとき」

 

 

 クリュティアに言われ、アイリーンは泣きそうな顔で微笑んだ。

 母の優しさを無下には出来ないよな。

 

 

『じゃあさ、特別にもう一つの選択肢をあげよう』

 

 

 神が歌うように喉を鳴らし――最低な提案をする。

 

 

 

『君たちの命と引き換えに、神武を治してあげてもいいよ♪』

 

 

 

 

 

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