森羅盤上‐レトロゲーマーは忠犬美少女と神々の遊技台を駆け抜ける‐

宮地拓海
宮地拓海

318 『神コン』起動

公開日時: 2022年3月7日(月) 19:00
文字数:3,461

「か、『神コン』が鳴りましたよ!?」

 

 起動音を聞いて、ゆいなが慌てふためく。

 確かに起動音だ。

 これで、このコントローラーは動く。

 

「よし、試しにスタートボタンだ!」

 

 期待のこもった視線を全身に浴び、俺は万感の思いで『神コン』のスタートボタンをプッシュする。

 

 

「…………」

 

 

 …………うん。

 何も起こらないよね。

 

「いや、四妖精!? まだ何か足りないのか!?」

 

 

 

 ……しぃ~ん。

 

 

 

 いなくなった!?

『神コン』が完成するまではいたのに!?

 呼んだら返事してくれたのに!?

 完成したこのタイミングでまさかの無反応!?

 

「えっと……完成、したのよね?」

「そのはずなんだが……」

 

 俺とゆいながしょっぱい顔をしていると、アイリーンとクリュティアが寄ってきて『神コン』を検分し始めた。

 

「うん……とてつもない魔力がこの中を巡っとるさかい、完成はしとるみたいやね」

「それじゃあ、動かし方が違ったのかしら? つまり芥都のせい?」

 

 おぅこらアイリーン。

 俺だって使い方知ってるわけじゃねぇんだよ。

「せい」はないだろう、「せい」は。

 

「いや……今この『神コン』の中でとんでもない量の魔力がぐるんぐるん巡っとって安定してへん感じやね」

「じゃあ、まだ完成してないのかしら?」

「せやねぇ……立ち上げに時間がかかっとる感じかもしれへんね。きっと、おっそろしく複雑な術式が組み込まれとるんやろうし……もう少し、一晩くらい置いとったらなんか変わるかもしれへんで」

 

 なんか、重いパソコンみたいだな。

 ただ、クリュティアがそう言うのなら待ってみるとするか。

 

 ……過去に、起動しないパソコンに苛立ってボタンとかめちゃくちゃ押しまくってたら「ビー!」って警告音みたいなのが鳴って、壊れちゃったことがあったしな……

 うん。よく分からないレベルで複雑なものは触らないに越したことはない。

 放置がいいなら放置しよう。

 

「それでは、皆様。祝勝会をいたしましょう!」

「あ、いいわね、それ!」

「しかし、暗黒龍討伐の祝勝会であれば、きちんと準備に時間を取り盛大に執り行うべきであります」

「堅いこと言わないの、サクラ~。いいじゃない、まず頑張ったみんなで『やったねー!』って騒いで、その後で本格的な祝勝会すればいいんだしさ」

「シャクヤクはただ騒ぎたいだけではないですか」

「そーだよ! だって嬉しいじゃん! 暗黒龍を倒したんだよ! ヒルマを狙ってた皇帝ももういないんだよ! コンペキア王国の平和を守れたんだよ! あたしたちが! あたしたちが見込んだ芥都たちと一緒に、ね☆」

 

 じわりじわりと実感が湧いてきたのか、シャクヤクのテンションが上がっていく。

 ヒルマ姫も嬉しそうに微笑んでいる。

 

「私も、シャクヤクに賛成なのです」

「エビフライまで」

「おそらく、これから様々なことが起こるのです。皇帝の話が事実であれば、もう帝国に人はほとんど残っていないのであります。この広大な帝国を無人のまま放置は出来ないのです。近隣諸国とどのように統治するのか話し合う必要があるのです」

「え、だって、あたしたちが暗黒龍を倒したんだから、コンペキア王国がもらっちゃおうよ」

「私たちの国だけでは手に余りますよ、シャクヤク」

 

 ヒルマ姫が苦笑いだ。

 確かに、コンペキア王国だけで無人となった帝国領の管理はムリだろう。

 ただでさえ、コンペキア王国は前王の欠けた穴が大きいのだ。

 

「その辺は、ワシルアン王国に助力を仰げばよいでおじゃろう」

 

 シャルが涼しい顔で言って「にひっ」っとヒルマ姫に笑いかける。

 

「両国の王はまだ健在なようでおじゃるし、若い二人が新領地を治めるという方法もおじゃるしのぅ」

「なっ、そ、そのようなこと……別に、目論んでいたわけでは、決して……」

 

 コンペキア王国は、ヒルマ姫の母が女王として君臨している。……あまり表に出てこないとはいえ、立場上は女王だ。

 そしてワシルアン王国はライデン殿下の兄、国王が健在だ。

 会ったことないけど。

 

 なので、ヒルマ姫とライデン殿下は国を出ることも可能なのだ。

 二人で力を合わせて新たな領土を治めることも。

 

 それを狙って女王の座に就かなかったのだとしたら、ヒルマ姫はなかなかなやり手だ。

 

「はぇ~……策士ですねぇヒルマ姫」

「ち、違うと言っているではありませんか! 言葉を慎みなさい、ヘソ丸!」

「わたしもヘソ丸じゃないって言い続けてますけどね!? いい加減覚えてくださいよ、ヒルマ姫!」

「なんという名前だったかしら?」

「ゆいな、です」

「……長いわ」

「三文字ですよ!? なんならヘソ丸より一文字少ないですよ!」

「だって、あなた、ヘソ丸顔なんですもの」

「そんな顔をした覚えはありませんよ!?」

 

「失敬です、あの女!」と、敬意をかなぐり捨ててゆいながむくれる。

 次期皇帝妃かもしれない相手に、よく言うよ、お前は。

 

「ね、サクラ。これからヒルマは忙しくなるのです。そうなれば、私たちは全力でヒルマのサポートをするでしょ? だから、今日のうちに思いっきり騒いでしまった方がいいのですよ」

「……そういうもの、でありますか?」

「そういうものなのです。それに――」

 

 エビフライが俺たちを見る。

 

「転移者は一所ひとところには留まらないものなのです」

「あ……」

 

 それに気付いて、サクラが寂しそうな顔をする。

 

 そうだな。

 試練が終わったら、俺たちはまた旅の続きだ。

 ゲームの最中なんでな、これでも。

 

「そう……で、ありますね」

 

 ずどーんと落ち込むサクラ。

 そんな顔をされるとつらいんだが……

 

「大丈夫なのです、サクラ」

 

 落ち込むサクラの髪をエビフライが撫でる。

 

「互いに忙しくなろうと、またいつか再会できるのです」

 

 それは根拠のない、ただの希望。気休め。

 けれど、なぜかそれは予言のような信憑性を持って耳に届いた。

 

「世の中、大変なことやつらいことは多いけれど、それと同じか、それ以上に楽しいことやラッキーなこともいっぱいあるのです」

 

 それは、いつも最悪を想定しネガティブな発想をしていたエビフライらしからぬ言葉だった。

 

「最悪を想定する危機管理も重要だけれど、幸せな未来を胸に描く希望はもっと大切なのです。そういう夢を見て生きていく方が、きっと幸せなのです」

 

 そう言って。

 

「私は、芥都さんたちにそう教わったのです」

 

 と、笑った。

 

 そっか。

 お前は変われたんだな。

 よかった。

 

 

 

 幼馴染だったあいつは、なかなかそうはいかなかったから。

 

 

 

「そうですね。では、後悔が残らぬよう、今日は目一杯楽しむであります!」

「さんせーい!」

「シャクヤクははしゃぎ過ぎであります」

「なのです」

「えー。ひどくなーい、二人ともー!?」

 

 わっと笑って、今夜のパーティーが確定した。

 

「今からコンペキア王国へ戻ることはムリですから、……仕方ないので、ワシルアン王国に場所をお借りしましょう。その……報告もしたいですし……」

「ご挨拶もね~」

「もう、シャクヤク!」

 

 顔を真っ赤に染めシャクヤクを追いかけ回すヒルマ姫(ゴム長、麦わら帽子)。

 なんだか、この光景を見ていると、今後のこの国は大丈夫なような気がした。

 

 

 

 それから、大急ぎでワシルアン王都へ戻り、諸々事情を説明して、即席の祝賀会が開催された。

 ライデン殿下はなかなかノリのいい人物だったようで、こんな無茶な計画に全面協力してくれた。

 食い物と酒がどんどん運び込まれ、俺たちは腹がはち切れるくらいに食って騒いだ。

 

 

 楽しい時間が流れていって、今さらながらに実感する。

 

 

 あぁ、終わったんだなぁ、と。

 

 

「芥都さん、食べてますか?」

「おぉ、適度にな」

「向こうに美味しそうなお肉があったので、生クリームと練乳かけて持ってきてあげますね」

「何もかけずに持ってこい!」

 

 そんな何気ない会話に、ゆいなと出会った当初のことを思い出す。

 そういえば、こいつの甘党は昔からだったっけなぁ。

 

 ほんの少し懐かしい気持ちに浸り、コンペキア王国のこれからを思い、宴会は続いた。

 酔い潰れる者、眠ってしまう者がちらほらと出始め、宴会はフェードアウトするように幕を引く。

 

 俺たちのためにと部屋を用意してもらったが、結局俺たちも会場の隅っこで雑魚寝をした。

 ゆいなが俺の隣で丸くなって眠っている。

 こんなに無防備でいいのかね、年頃の女子がと思わなくもないが、まぁ、今日だけはいいだろう。

 今日なら、どんなことでも大目に見られる気がした。

 浮かれていたのだろうな、きっと。

 

 

 心が浮き立っているが、体の方は限界を迎えたようで、まぶたが勝手に下りてくる。

 深く息を吐けば、そのまま意識が眠りの中へと落ちていく。

 楽しい気分のまま眠りに落ちた俺は夢を見た。

 

 

 眠る俺の枕元で『神コン』が不思議な光を発しているなんてことに気付きもしないで。

 

 

 

 

 

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