「芥都さん!」
クリュティアたちがナヤ王国騎士団を制圧した頃合いで、ゆいなが馬車へと駆け戻ってきた。
「人がいます!」
言葉だけを聞けば「何言ってんだ?」って話なのだが、この状況を考えると、それは一大事だった。
「息は?」
「まだあります。ですが怪我が酷くて」
「よし、見に行こう」
試練の最中に出会った敵は、HPが尽きると同時に塵となって消えていった。
だが、この帝国の大軍隊の中にそうではない者が紛れていたのだ。
血を流し、今にも事切れそうに苦しんでいるという。
プルメかクリュティアがいれば、傷を癒やすことは出来たのだが……あいにく二人とも向こうの戦場だ。
「芥都様。こちらに、王国認証の傷薬があります。これを使えば、よほどの大怪我でもない限りは助かると思います」
「使っていいのか? なんか高そうだけど」
「傷薬という物は、使ってこそ意味があるものなのですよ」
にこりと笑って当たり前のことを言われた。
そりゃそうだ。
「それじゃあ、サクラ。馬車を帝国騎士団の方へ向かわせてくれ」
「承知であります!」
ゆいなを乗せ、馬車で怪我人のいる場所へと向かう。
向かった先には、十八人の騎士が寝かされていた。
誰も彼もが重傷だ。
「芥都、オカンを呼べないかしら?」
馬車が着くと、アイリーンが駆けてくる。
倒せば消える敵キャラとは異なり、こうして瀕死の人間を見るとやっぱり焦るよな。
「とりあえず、ヒルマ姫から傷薬をもらった。特に酷いヤツから順に与えてやってくれ」
「分かったわ」
「――というわけです、帝国の虫けらのみなさん☆」
焦るアイリーンとは対照的に、タイタスはまさに虫けらを見るような目で横たわる帝国騎士たちを見下している。
「傷が治ったからと、我々に刃を向けるようなら――その瞬間頭を射貫きますからね★」
口調はおどけているが、あの目はマジだ。
帝国騎士の傷を治せばこれ幸いと襲いかかってくる危険がある。
それを牽制してのことだろうが……マジで弓を構えてるもんな。
傷薬は三つしかなかった。
結構高級な物らしい。
特に酷い騎士に傷薬を与えようとしたら、騎士がそれを固辞した。
「さ、……先に、メイゼス将軍、に……」
どうやら、自分はいいから指揮官の傷を癒やしてほしいということらしい。
なんと立派な考えだ。この中で一番死にかけているってのに。
「大丈夫ですよ。わたしたちの仲間が戻ってくれば、全員ちゃんと傷を治せますから、まずはあなたが傷を治しましょう」
「い、いえ……どうか、将軍を先に…………そして、我らを……将軍をお救いくだ…………っ!? ごほっ! ごほっごほっ!」
会話の途中で騎士が激しく咽せ、吐血する。
こりゃダメだ。待っていたら死んでしまう。
「黙れ敗残兵」
ゆいなから傷薬を取り上げ、騎士の口へ瓶の口を突っ込む。
傾けて中の液体を強引に飲ませる。
「事情があるのだろうが、こっちにはこっちの事情があるんだよ」
ゆいなたちに、人殺しの業は背負わせたくない。
試練の中の敵キャラと、この世界で生まれたお前たちは別物なのだ。
「か、芥都様……」
「悪いなヒルマ姫。お前たち王族貴族の常識には反するのかもしれんが、これが俺たちの流儀なんだ。――命に重さの違いはない。目の前で死にそうなヤツがいたら、そいつを助けたいってのはな」
こちらを殺す気で向かってきたのだから成敗してもよかったのかもしれないが、こうして一ヶ所に集めて「助かるかも」なんて希望を与えてしまうとなぁ……
「ざーんねーんでーしたー! 実は助けるなんてウッソでーす!」とか、言えないんだよなぁ。
「そうではなくて、その傷薬は患部に振りかけるもので飲み薬ではありません!」
「えぇー!? ごめーん!」
「ごっほごほごほっ! ゲーッフゲッヘガッハ!」
死にかけ騎士が死にそうなほど咽る。
まずい、これで死なれると確実に俺のせいだ!?
『クリュティア! 大至急救援頼む!』
『もう来とるで』
『念話』を飛ばした直後、頭上に影が落ちた。
クリュティアがドラゴンの姿のまま俺たちの前に降り立った。
ナヤ王国の方も片が付いたようだ。
『向こうにも数人、消えへん人がおってな。おそらく、こっちも似たような状況になっとるやろっちゅーことで、ウチだけ先に戦線離脱してこっちきたんや。向こうにはプルメはんがおるさかいな』
そう言って、地面に横たわる重傷患者たちを見下ろす。
『ちょっと退いとき。『慈愛の癒やし』でその傷、片っ端から治したるさかいな』
クリュティアに言われ、傷薬を使おうと思っていたゆいなとティルダが場所を空ける。
そして、アイリーンがクリュティアに背を向け、まぶたを閉じて耳を塞ぐ。
……え、なに、その完全拒絶体勢?
『ほな行くで~。…………ぃ……ぃいっ…………いーっきしっ!』
くしゃみ!?
うっわ!? ツバめっちゃ飛んだ!?
「これは……」
「傷が治った!?」
「我々は助かったのか!?」
元気になってるー!?
えっ、まさかアレ? クリュティア流傷薬の原液だから!?
すげぇなドラゴンの唾液!?
「貴殿ら……この度はまことに、ひぃぃいいいいっ、ダッドノムトー!?」
立派なアゴヒゲを蓄えた初老のオッサンがクリュティアを見てひっくり返った。
まぁ、気が付いていきなりドラゴンを目の当たりにしたらそうなるわな。
「あんたが、メイゼス将軍か?」
「う、ぅううむ、い、ぃいかにもっ」
めっちゃビビってんじゃん。
「まだ、俺たちと争う意思はあるか?」
「まさか。我々は負けたのだ。我らの生殺与奪の権はそちらにある」
両手を上げて降参の意を示す将軍。
随分と物分かりがいい。
「だが、もしも願いを聞き入れてもらえるのであれば、私の命一つで許してほしい。彼らはまだ若い。今から帝国を逃げ出し、もう一度人生をやり直せる者たちばかりだ。どうか、この通りだ」
地面に両手の拳を突け深々と頭を下げるメイゼス将軍。
こりゃ、部下に慕われるわけだ。
「いけません、将軍! あなたは生きなければ、帝国の未来はなくなります!」
「滅多なことを言うでない。皇帝に聞かれたら……」
「ですが……」
「コンペキアの騎士たちよ。この老兵、最後の願いを何卒聞き届けてほしい。彼らの未来を、この老いぼれの命で買わせてくれ! 頼む!」
その気迫に、誰も何も言えなくなっていた。
なので、俺はきっぱりとお断りしておく。
「ムリだな」
「なぜだ!?」
「お前がいいヤツだからさ」
「……ん?」
こんな話を聞かされて、「じゃ、そゆことで」なんて出来るかっつーの。
「お前の命をもらうわけにはいかないから、代金は別のもんで払ってくれ」
メイゼス将軍だけを殺すということは出来ない。
俺らに出来るのは、誰も殺さないという選択だけだ。
「貴殿ら…………かたじけないっ」
ぐっと俯き、メイゼスが声を詰まらせる。
他の騎士たちも歯を食いしばって涙を堪えていた。
「それでいいよな、ヒルマ姫」
「はい。メイゼス将軍はコンペキア王国にまでその名声が轟く武勇に誉れ高い騎士です。そのような方を失うのは帝国だけではなく、近隣諸国の損失と言えるでしょう」
「んじゃ、こいつらの処遇はコンペキア王国に一任するよ」
「はい。承りました」
敗北を認めたメイゼス将軍以下十七名の騎士たちは、ヒルマ姫に従うこととなった。
帝国のエンブレムを外し、剣を捨てる。そうすることで忠誠を誓った皇帝一家から離脱するという意味になるらしい。
代わりに、ヒルマ姫から剣を授かり、ヒルマ姫の軍門に下る。
馬車に積んであった予備の剣だから、そこまで性能のいい武器じゃないけどな。
馬車の守りは彼らが引き受けてくれると言っているし、まぁ、完全に信用していいかはまだ分からんが……メイゼス将軍は信用していいと思うんだよな。
一応、サクラをヒルマ姫のそばに置いておくけどな。
俺たちは殺し合いをしているわけではないのだ。
命を無駄に奪う必要はない。
満場一致でそういう結論に至った。
だが、『無駄に』じゃなきゃ、命を奪うことを厭わない。
そういう連中もいる。……そのこと、忘れんなよ。
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