「でも、本当に強いんですね、シャクヤクさん」
その威力を目の当たりにして、ゆいなが感心している。
そういえば、サクラもシャクヤクも、ステージ1では自分の攻撃の威力の低さに戸惑っていたっけ。
ステータスって枷を外せば、あいつらはこんなにも強いのか。
もしかして、俺たちを弱体化させる代わりに、とんでもないヤツらを野に解き放っちまったんじゃないのか、神様よ。
「芥都さん!」
騎乗しているエビフライに追いつくため、必死に走っている俺とゆいな。
走りながらゆいなが俺を呼ぶ。
「わたしたちも作りませんか、必殺技!」
が、しょーもない話だったので無視する。
「すーん」
「なんで無視するんですか!? 必殺技があるとカッコいいですし、ピンチの時に役立ちますよ!?」
あのな、そんな作ろうと思ってすぐ出来るもんじゃないんだよ必殺技ってのは。
あいつらは、何年も修行してあぁいう技を身に付けたの。
免許皆伝とか言ってたし、相当強いんだよ。
俺はともかく、ゆいなが思いつきで体得できるもんじゃない。
「そして、わたしたちもカッコよく技の名前を叫びましょう!」
あんなもんに憧れるな。
今三つ見たけど、三つともダサかったろうが、必殺技の名前。
「よぉ~し! じゃあ、まずはあのソシアル騎士にお見舞いしてやりますよ!」
エビフライとシャクヤクの攻撃によって陣形を崩された敵兵たち。
体勢を整えるために戦線から一時離脱したのか、一人でこちら側へやって来たソシアル騎士。
ゆいなは、そいつに狙いを定めて駆け寄る。
「……ふふっ」
「ん!?」
ゆいなの接近を知って、ソシアル騎士が今、確かにほくそ笑みやがった。
かなり距離があるが、はっきりそれが分かった。
何かあるのか!?
慌てて辺りを見渡してみると――いた!
岩陰からこちらを狙っている弓兵がいる。
その狙いは、ソシアル騎士に駆け寄るゆいなの無防備な背中。
「ゆいな! 狙われてるぞ!」
俺の忠告は、ゆいながソシアル騎士目掛けてジャンプをした直後だった。
「いきますよぉ! ゆいな――ぅひゃあ!?」
何かしらの必殺技を使おうとしていたらしいが、俺の忠告が耳に届き、間一髪背後から射かけられた矢を回避したゆいな。
よく空中で体を捻れたもんだ。
すごい反射神経と運動能力だ。こいつはすごい。
「見事だな、『ゆいなぅひゃあ』!」
「それは必殺技じゃないですよ!?」
なんでだよ?
見事な回避技だったぞ。
今後も精力的に使っていけよ、『ゆいなぅひゃあ』……ぷぷぷっ。
「馬鹿にしてるでしょう!? 肩を小刻みに揺らさないでください! もう!」
こちらを向いて肩を怒らせるゆいな。
その背後から、ソシアル騎士が槍で狙う。
「戦場でよそ見してんじゃねぇよ!」
逆手に持たれた槍が突き下ろされる。
その前に、俺のレイピアを叩き込む。
「させるかよ!」
レイピアを振り抜くと、『ズガガガガッ!』というエフェクトとともに、ソシアル騎士が馬上から吹き飛び、空中でその姿を消した。
主を失った馬も、風に溶けるようにして消えていった。
クリティカルヒットが出た。
「ゆいなさん! 矢が行きます!」
頭上からティルダの声が降ってくる。
さっきの弓兵が、懲りずにゆいなに攻撃を仕掛けたらしい。
だが、ゆいなはそれをいとも容易く回避する。
まるで、矢の軌道が読めているかのように、危なげなく。
「痛かったらごめんなさい!」
そう叫びながら、ティルダが弓兵の胸に槍を突き立てる。
弓兵は低いうめき声を漏らして風に消えた。
「すげぇ威力だな、ティルダの『痛かったらごめんなさい突き』」
「いや、アレはたぶん必殺技の名前を叫んだんじゃないと思いますよ!?」
でも一撃だったしな。
今のが必殺技だと言われても信じるレベルだ。
「というか、よく避けられたな、さっきの一撃」
「はい。わたしもよく分からないんですが、矢を見た瞬間『あ、これなら避けられる』と確信していました」
普通なら、そんなことはあり得ない。
弓から放たれた矢は、時速200kmにも及ぶ速度で飛んでくるのだ。
そんなものを見て、「あ、避けられる」なんて考えている暇はない。
そんなことを考えている間に射貫かれてしまう。
だから、ゆいながそれを実際にやってのけたということは――
「支援効果が出ているのかもしれないな」
特定のキャラが3マス以内にいる場合、回避率やクリティカル率が大幅に上がる。
その効果が、俺とゆいなの両方に表れていると見て間違いない。
「ステータスはなくなったが、効果はいろいろ残っているようだな」
ならば、おそらく特効も有効だろう。
そうなら、騎士系に威力を発揮する俺のレイピアは、このステージではかなり役に立つ。
ワシルアン騎士団が砦に潜んでいるのだとすれば、増援だって怖くない。
「ゆいな、俺のそばから離れるなよ!」
「はい、絶対離れません!」
力強くそう言って――
「死が二人を分かつまで……なんちゃって」
――にへらっと笑みを浮かべてみせる。
お前なぁ……
「死んでたまるかよ」
「はい。もちろんです」
……戦場で照れさせんなっつの。
「大変よ、芥都」
俺たちより幾分後方にいるアイリーンが声を上げる。
「魔法が撃てないわ!」
「味方に撃とうとしてんじゃねぇよ!」
味方には魔法が飛んでこないことが証明されたようでよかったよかった。
で、お前が狙ったのは俺? ゆいな?
なんか俺っぽいな、チクショウ。
「芥都様! 敵兵第二陣が来ます! エビフライと合流してください!」
サクラから指示が飛び、俺とゆいなが前線めがけて走り出す。
「ついでに、シャクヤクを見かけたら『あとで説教だ』と!」
うん……伝えとく。
著しく戦意を喪失しそうではあるけど。
俺とゆいなは全力で前線へ、馬車はゆっくりと後方を進み、その間付近にアイリーンとプルメがいる。
ティルダは空高くに舞い上がり、旋回しながら辺りを警戒している。
馬に跨がり、自身の翼で。
……ほんと、あの馬いる?
「芥都ぉー!」
前方からシャクヤクが飛んでくる。
ペガサスに体をピタリと寄り添わせ、風の抵抗を受けないような姿勢で。
「怪しい駕籠を発見したよ! たぶん、アレがシャルっぺだよ!」
シャクヤクが指さす先。
肉眼では確認できないが、そこに小さな駕籠を担いで運んでいる集団がいるようだ。
駕籠とは、江戸時代の人足が担いで「えいさっほいさっ」と走るアレだ。
でっかい棒にくくりつけられた駕籠に人を乗せ運ぶ、大昔のタクシーだな。
人が担いで移動するので、どんな悪路でも水中でも問題なく進めるのが唯一の利点か。
あと、人目を忍ぶのも馬車に比べれば有利かもしれない。
「今、足止めしてくるから早く追いついてね!」
「あ、待てシャクヤク!」
シャクヤクが指さしたのは、こちらに向かってきている第二陣のさらに向こう側だ。
単騎で敵一団の頭上を越えていくのは危険だ。
まして、その先には敵将の居城が控えているのだ。
「大丈夫大丈夫! 力も戻ったみたいだし! あ~んな連中敵じゃないって」
力こぶを作るように腕を曲げてみせ、小粋なウィンクを残して空へと舞い上がるシャクヤク。
「待て! 力は戻っても、特効は有効なままなんだ!」
ペガサス騎士は弓に弱い。
それは、どんな理屈や理由をもねじ曲げて絶対的な効力として発揮される。
ゆいなを狙った弓兵のこともある。
罠を張って待ち構えるつもりなら、こちらが気付かないような場所に弓兵を忍ばせているのは想像に容易い。
「戻れ、シャクヤクっ!」
しかし、俺の声はシャクヤクに届かず……圧倒的に遅過ぎた。
姿を隠し潜んでいた弓兵が一斉にシャクヤク目掛けて矢を放つ。
地上から無数の矢が襲いかかり、バカデカい怪物が巨大な頤を閉じるようにシャクヤクの左右から迫る。
慌てたシャクヤクがさらに上空へ逃れようと手綱を握るが――
矢の一本がシャクヤクを掠め、別の一本がペガサスの尻に突き刺さる。
「ヒヒィィイイン!」
「きゃあっ!?」
上空でペガサスが暴れ、バランスを崩して墜落する。
「シャクヤクっ!」
助けに行こうにも、シャクヤクが落ちたのはこちらへ向かってきている第二陣のその向こう。
目の前には八騎のソシアル騎士。
身を潜めていた弓兵が、墜落したシャクヤクを仕留めようと姿を現し駆け寄っていく。
まずい……これは、間に合わないっ!
「くそっ!」
頭で考えるのをやめ、俺は地面を蹴る足に力を込めた。
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