神々の創りし遊技台【ルードシア】。
そこに広がっていたのは、『これぞRPG!』というような風景だった。
森があって、果てしなく続く草原があって、有り得ないくらいに高くそびえる山が連なり、遠くには浮遊している大陸が見える。
そんな絶景を一望出来る草原の只中に、俺たちは立っていた。
これで美少女の悲鳴でも聞こえてくれば、物語が始まりそうだ。
そう思って辺りを見渡すと――
俺の背後にティラノサウルスそっくりな恐竜がいた。
「ぎゃぁああああああっ!」
轟いたのは俺の悲鳴だった。
ゆいなを置き去りにする勢いで森へと駆け込み、太い幹の木の上に避難して有り得ないデカさの恐竜をやり過ごす。
「か、かかか、芥都さん、ひ、ヒドいですよ、わた、わたしを、置き去りに……!」
なんとか追いつき、同じ木に登ってきたゆいなが半泣きで肩を上下させている。
息も絶え絶えに非難してくるが、こっちこそがクレームを入れたい気分だ。
「お前な……、最初はスライムとかゴブリンとか、もっと可愛げのあるモンスターのいる場所に連れてくるもんだろうが! なんだアレ!? 中ボスじゃねぇか!」
俺が持っている【特技】は『無病息災』だけなんだぞ?
どうやって『無病息災』で恐竜に勝つんだよ!?
「ですから、あれに余裕で勝てちゃうようなレベルなんですよ、他の転移者は」
いやいやいや。地球史上最強の肉食獣だぞ?
あんなもんに勝てる人間なんかいるわけないだろうが。
アレが本物かどうかはさておき、どうせ似たような獰猛さなんだろう。
なんてことを考えていると、突然森の中に特大の雷が落ちた。
「ぅおお!?」
「にゃぁあああ!?」
爆音が轟き、叩きつけるような突風に煽られて俺たちの乗る大木が大きく揺れる。
「なんだよ、今度は!?」
「今のは【神技】……です、かね?」
今のが、人が起こした現象だってのか?
「見に行くぞ!」
「あっ、芥都さん!?」
大木から飛び降り、落雷のあった場所を目指す。
焦げたにおいが漂ってくる。
落雷の影響でなぎ倒された幹の太い木々を見て、その威力の凄まじさに目を見張る。
こんな力を自在に操るヤツとやり合えってのか?
ヘソから生えたコントローラーで?
無理だろ、そんなもん!
想定以上に洒落にならない威力に、この『ゲーム』の難易度の高さを実感する。
嫌な汗が吹き出し、心臓が妙なリズムであばらを打つ。
木々をかき分け森を進んだ先に、黒焦げになった恐竜が転がっていた。
……嘘だろ?
恐竜だぞ?
地球史上最強の肉食獣だぞ?
それを、こいつらが……?
意思とは関係なく俺の中の防衛本能が、視線を黒焦げのティラノサウルスのすぐそばに立つ二人へ向かわせる。
巨大な両刃の戦斧を担いだ銀髪の男と、白鳥のような翼を生やした息を呑むほどの美女。状況から考えて、こいつらがこれを仕出かしたのだろう。
二人ってことは、転移者とナビゲーターか?
「誰だ、テメェ」
銀髪が短い言葉を発する。
鋭く威圧的な眼光には、明確な殺意が込められていた。
……ヤベ、動けない。
圧倒的強者が放つ威圧感が、俺の脳みそをぴりぴりと麻痺させる。
俺が犬だったなら、今頃耳はぺったりと寝て、尻尾は元気なく垂れ下がっているだろう。生物の本能として、俺の細胞が悟っている。こいつには敵わない、と。
あの巨大な斧を一振りされれば俺は死ぬ。
そんな明確なビジョンが脳裏に浮かび、こくりと唾を飲む。
殺人現場を目撃しちまったみたいな、取り返しのつかない事態に巻き込まれたような、そんな嫌な緊張感に呼吸が難しくなる。
――と、そこへ。
「芥都さん! もう、置いていかないでくださ……ぅおっと!?」
俺に追いつき、状況を把握したゆいなが野太い声を出す。
ちょいちょい残念な一面を見せるな、この犬っころは。
だが、そんなゆいなの声に、不覚にも笑みがこぼれた。嫌な緊張感が薄らいでいく。
こいつがいるだけで、少しだけ……ほっとする。
「……チッ、転移者か。ティルダ!」
銀髪が翼の美女の名を呼び、2メートル近くありそうな巨大な戦斧を放り投げる。
ティルダと呼ばれた翼の美女が、それを受け取るように両腕を伸ばし、そして――
自身の胸の谷間へと、その巨大な戦斧をしまい込んだ。
背中の大きな翼と釣り合わせるためかと思わせるような、あまりにも大き過ぎるその胸の谷間に。する~んっと!
「えっ!? そんなデカい斧が収納出来るの、その谷間!?」
「きゃぅん!?」
あまりの衝撃に銀髪からの殺気とか、初対面のレディに対しての振る舞いとか、TPOとか、綺麗さっぱり一切合切全部吹き飛んで叫んでしまった。
翼美女が真っ赤な顔をして半泣きになり、胸を隠すように腕を交差させてぎゅっと身を縮めているのを見ると罪悪感がチクチクと刺激されないではないが……いや、でも……入るかね、あの成人男性の身長ほどもある戦斧が。
完全に収まりきって、こちらからはもう切っ先すら見えない。
「収納力に差がありそうだな……」
「にゃああ! ど、どこ見てなんてこと言うんですか!? 最低ですか、芥都さん!?」
なだらか~なゆいなの胸を見ると、思わずため息がこぼれる。ここには、きっとペットボトル一つ収納出来ない。
「芥都さんは大きな勘違いをしています!」
犬耳をピンと立て、尻尾をぶわっと毛羽立たせて、ゆいながガウガウ猛抗議してくる。
「ナビゲーターは、体内に【神器】を収納出来るんです! 盗まれたりしないように!」
「出す時はどうするんだよ? 手、突っ込んでいいのか?」
「一声掛けてくださいよ!? こっちで出しますから!」
「体内にってことは、別に胸から出し入れしなくてもいいんだよな? たとえば尻とか」
「そこから出し入れした武器を使いたいですか!?」
う~ん……そう言われると…………なし、か。
「チッ、……ゴミが」
銀髪が眉間にシワを寄せて俺を睨んでいる。
その上、右手をこちらに突き出して、さも「これからなんか魔法的な力をぶっ放すぞ」みたいなポーズを取っている。……これは、脅しか?
「おい、そこの変態」
言われて、ゆいなに視線を向ける。
「芥都さんのことですよ!?」
あ、やっぱり?
「あいつ、失敬なヤツだな」
「さらっとわたしに擦り付けようとしてた芥都さんも大概失敬ですよ!?」
「人の話を聞けぇ!」
随分と短気な銀髪がやかましくがなり立てるので、仕方なくそちらを向く。
隣町にあったド底辺高校の不良高校生が可愛く見えるような厳つい顔つきだ。
「大人しく【神器】と【特技】を寄越せ。そうすれば命だけは助けてやる」
カツアゲだ。イメージがぴったり過ぎる。
いや、カツアゲというよりかは追い剥ぎか?
なんにしても碌なもんじゃない。親の顔が見たいものだ。……両親ともにあんな厳つい顔してたらスゲェ怖ぇな。うん、見ない方がいい気がしてきた。
視線は銀髪に固定したまま、声を潜めてゆいなに問いかける。
「なぁ、ゆいな。その二つって、他人に渡したり出来るもんなのか?」
「は、はい。スキルカードの操作で譲渡が可能です……でも、渡すと転移者としては終了です。武器を失ってはゲームを勝ち進めることは、ほぼ不可能ですから」
なるほど。
この銀髪の行動は、ライバルではなくなるならば命だけは見逃してやる、ってことなのか。
断れば、こちらに向けられているあの右手から、何かしらが飛び出して俺はご臨終ってわけか。
「今の俺に、勝ち目があると思うか?」
「……正直、ないと思います」
ちらりとゆいなを見ると、悔しそうに眉間にシワが刻まれていた。
真剣に考えた結果の返答だったことが窺える。
だよなぁ。
俺もそう思う。ゆいなに賛成だ。
下手に抗ってゆいなにまで危害を加えられるのは避けたい。というか、ゲームを始める前にゲームオーバーになどなりたくない。
ならば、ここは抗わず言うとおりにするしかないだろう。
武器がなくなったとしても、最悪生きてさえいればゲームは続けられる。
ゲームに参加さえ出来れば、何かしら手の打ちようはあるはずだ。
仕方なく、両手を広げて降参の意を示す。
「分かった。言うとおりにするから乱暴はやめてくれ」
遠征に行った先のゲーセンでもたまに絡まれることがあったが、落ち着いて話をすれば暴力沙汰になることはそうそうない。
相手を刺激せず平和裏にトラブルを回避することを、ダサいだなんて俺は思わない。強さって、そういうものじゃないからな。
というわけで、先ほどのゆいなのマネをしてスキルカードってのを取り出してみる。
「スキルカードイジェクト」と唱えると、記憶の通りににゅるんと俺の体から半透明のパネルが滑り出してきた。
そのパネルを銀髪へと差し出す。
「チッ、……腰抜けが」
素直に従ったのに悪態を吐かれた。
……じゃあ、どうしてほしかったんだよ。
銀髪がまじまじと俺のスキルカードを見て、眉をしかめる。
「おい。お前、【神器】は?」
「ないが?」
「チッ! すでに奪われた後か」
こいつはよく舌打ちをするなぁ。人生がつまらなそうな男だ。
表記がないのはまだ【神技】の登録ってのをしていないからなのだろうが、親切に教えてやる謂われはない。
勝手な解釈で納得してくれるならその方がいい。
「こっちの『無病息災』ってスキルは…………チッ、ゴミスキルか」
またゴミって言われたぁ……健康であることの尊さを知らない愚か者どもめ。
「じゃあまぁ、無い袖は振れないってことで」
合っているのかどうか分からない慣用句で誤魔化し、この難局を乗り切ろうと試みる。
ゆいなのおかげで当初の抗えないような恐怖は克服したが、この銀髪が危険であることには変わりがない。
何より、現在の俺はまともに戦う術を持ち合わせていないのだ。
今はやり過ごす以外に道はない。
「それじゃあ、ごきげんよう~」
「はい。お二人もお気を付けて」
愛想笑いで手を振ると、翼美女のティルダが笑顔で手を振り返してくれた。
優しそうな笑顔だ。しかめっ面の銀髪と足して二で割ればちょうどいい塩梅になることだろう。
戦略的撤退を選択した俺は、なるべく銀髪を見ないようにして歩き出した。
だが。
「待て……、【神技】を見られて、何もせず逃がすわけがないだろう」
そんな低い声に総毛立つ。
ばっと身構えてみたが、もう遅かった。
瞬き一つする暇もなく、銀髪の手のひらから放出されたゲル状の物体が俺の全身に浴びせかけられた。
「ぅぐっ!」
腐敗臭に似た酷い臭いに激しい吐き気を覚え、地面へと膝をつく。
「芥都さん!?」
「触れてはいけません、ナビゲーターさん!」
駆けてきたゆいなをティルダが制止する。その鬼気迫る声から、俺の全身を覆っているこの液体が相当ヤバい物だと推測できる。
「それは……っ、翼竜一匹を死に至らしめる猛毒です!」
猛毒……だと?
その言葉を聞きながら、俺は地面へと倒れ伏した。
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キース
20歳 毒 銀髪
身長より大きい戦斧を操る転移者
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