暗い宴会場の中、誰がかけてくれたのか、俺の腹に毛布が乗っかっていた。
少し冷える。
隣を見ると、ゆいなが体を丸めて眠っていた。
どんな寝方をしたのか、毛布が脇に丸まって落ちていた。
「……風邪引くぞ」
ゆいなの毛布を広げてかけてやる。
無邪気な顔をして寝ているのだろう――と、顔を覗き込んだら、ゆいなの頬に涙の筋が付いていた。
泣いてる?
親指で頬を拭うと、じわりと温かさが指先に広がる。
「……やだ」
呟いて、ゆいなの手が俺の手を掴む。
すがるように、両手で、しっかりと。
「……行っちゃやだよ」
いつものゆいなの口調とは違う。
俺に向けられているのではないその言葉は、夢の中の誰かに向かって発せられているのだろう。
一体誰に……?
「……お母さん…………っ」
そう呼びかけた時、ゆいなの目尻から涙が溢れ出し、ぼろぼろとこぼれ落ちていった。
母親の夢を見ているのか。
前回優勝者と共に絶対神の神殿にたどり着いた優秀なナビゲーターだったゆいなの母。
シルエットだけだが、俺は彼女を見ている。
ゆいなの記憶の中の彼女に。
ゆいなはずっと、母親の影を追いかけているのだろう。
「会いに行こうな。絶対」
俺の手を必死に握りしめるゆいなの手をそっと外して、髪の毛を撫でる。
大丈夫。大丈夫だ。
「絶対神の神殿だろうが、世界の果てだろうが、俺が連れて行ってやる……いや、俺たちならたどり着ける。だろ、ゆいな?」
最弱だった俺たちは、ここまで強くなった。
ドラゴン相手に大立ち回りをして、国を救ったんだからな。
この先、どんなヤツが現れたって負ける気はしない。
「会えるさ、絶対」
そう言ってやると、ゆいなの耳がぴくぴくっと動いて、尻尾がふわりと揺れた。
それを見て、なんだか頬が緩んだ。
「いい夢を見ろよ」
ぽ~んぽんと頭を叩いて、俺も床に寝転がる。
眠れないまでも、まぶたを閉じて体を休めよう。
明日からまた旅をするんだ。
休息は出来る時にしておかないとな――
で、寝たよね。
ビックリするくらい眠れたよね。
起きた時に「えっ、ウソ!?」って思うくらい外が明るかったよね。
「芥都さん、目が覚めましたか?」
「ゆいな……今、何時?」
「ティータイムです」
十五時か。
……寝過ぎだな、俺。
「悪い、寝過ぎたな」
「いえ。みなさん、昨日は大変でしたから」
「お前もな」
「はい! とどめ刺しちゃいましたしね!」
「とどめは俺だろ」
「でも、大きい方の反対派私の一撃で沈んだわけですし!」
嬉しそうに笑って「こう、『ずばー!』っと!」なんて、突きのジェスチャーを見せるゆいな。
相変わらずののーてんきに見えるが、昨夜の涙を見ているせいか、少しだけムリをしているような気がした。
「ムリはするなよ」
「へ? 全然ですよ」
「ならいい」
にっこりと笑う顔も、空元気に見える。
「それにしても、芥都さんは相当お疲れだったんですね」
「ん?」
「だって、何時間も寝ているのに微動だにしなかったんですから」
聞けば、俺は身動き一つせず、死んだように眠っていたらしい。
普通は、もう少し動いたり寝返りを打ったりするものなのだが。
「夢とか見なかったんですか?」
「夢?」
……なにか、見た……ような?
「なんだろう。すげぇ懐かしい夢を見た気がするんだが……」
「あ、実はわたしもなんです。すっごく懐かしい夢を見た気がするんですが……まったく思い出せませんで」
ゆいなも思い出せないのか。
教えてやろうかな。
お前昨日寝ながら………………あれ?
こいつ、寝ながらなんて呟いたんだっけ?
「どうかしましたか、芥都さん?」
「いや、昨日ゆいなが寝言で何か言ってた気がするんだが……」
「えっ!? か、芥都さん、き、聞いたんですか!?」
「ん? あぁ、チラッとな」
「忘れてください! 思い出そうなんてしなくていいですから!」
なんでも、「寝言を聞かれるなんて恥ずかしくてハゲそうです!」だそうだ。
……羞恥心が毛根に悪いなんて初耳だな。
「麻呂は夢を見たでおじゃるぞ」
俺が起きたことを悟り、シャルがやって来る。
もうすっかり目を覚ましてお洒落もバッチリ、お姫様モード全開だ。
俺は本当に眠り過ぎたらしい。
「どんな夢を見たんですか、シャルさん?」
「うむ。芥都がの、麻呂にイチゴのケーキを譲ってくれる夢でおじゃる」
「イチゴのケーキを……譲る?」
奢るとかプレゼントするとかじゃなくて?
「うむ。して、なんと奇遇なことに、本日のティータイムのお菓子はイチゴのケーキなのでおじゃる。なんと数奇な運命よの」
なんだ、その遠回しな催促は……
「寝起きに甘い物は重たいな……俺の分、食ってくれるか?」
「うむ。任せておじゃれ」
弾けるように笑ってシャルが小躍りを開始する。
おーおー嬉しそうに。
戦闘の時は誰より頼りになるシャルも、平時はちょっとわがままな可愛い少女だ。
こちらが、シャルの本来の姿であればいいと思う。
「ヒルっぺ! 麻呂には二つケーキをおじゃれ」
「うふふ。芥都さんがお優しかったのですね」
「むふふん。まぁ、麻呂と芥都の仲でおじゃるからの。当然でおじゃろう」
ヒルマがこちらを覗き込んでクスクスと笑う。
なんだか、背中がむずがゆい。別に俺は、そんないつもいつもシャルを甘やかしているわけではないぞ?
「他の連中は?」
「キースさんは『俺は甘い物はいらん』とか言って外に行きましたよ」
「ゆいな……キースのモノマネに悪意がこもり過ぎだ」
すっげぇキザったらしい言い回しだったな。
「ティルダさんとムッキュは馬がいなくなったので探しに行っています」
「馬が?」
「はい、『ツバサ』と『かちゃぴん』が」
ん~……ティルダの馬が『ツバサ』だったから、『かちゃぴん』ってのがムッキュの馬の名前なのかな?
っていうか、『ムッキュ』と『かちゃぴん』って!?
なんだろう、この、惜しいようなそうでもないようなラインをかすっていくネーミングセンス……
「たぶんいなくなっちまったと思うぞ。試練が終わったから」
「はい、それを分かった上で、もうちょっと探したいそうです。……その気持ちはわたしも分かりますし」
ゆいなは、ごんぶととジゴックがいなくなってヘコんでいたからな。
可愛がっていた動物がいなくなると寂しいってのは分かるか。
「アイリーンさんとプルメさんは魔法が使えなくなったって騒いで、今外で練習しています。『絶対使えるようになってやる』と」
「アイリーンはともかく、プルメは止めようか」
あいつの目論見はテッドウッドの洗脳だろうからな。
……意地で習得しそうで怖いなぁ、プルメは。
「テッドウッドとジラルドは?」
「え? 知りたいですか?」
「いや、別に……そう言われると、どうでもいいか」
なんか、試練が終わったことを実感して、生きている喜びを噛みしめているらしい。
あいつら、そんなヘタレで本当にこの先大丈夫なのか?
「クリュティアは?」
「『神コン』を調べてます」
「そっか。……一応、タイタスは?」
「埋まってます」
「そっか」
きっと、誰かに何かをして埋められたのだろう。
うん。平常運転だ。
「サクラたちは?」
「ワシルアン王国の騎士たちと合同訓練をしています。帝国や暗黒龍にまるで歯が立たなかったから、この次は自分たちで国を守れるようにと」
「真面目だなぁ、昨日の今日で」
「昨日の今日だからこそ、体が疼いているのかもしれませんよ」
気持ちは分からんでもないが……
ゆいなたちが神武に選ばれたのは、試練の最中だったからかもしれないぞ。
俺たちが関与しなければ、サクラたちのうちの誰かが神武に選ばれていたかもしれないんだ。自分たちを不甲斐なく思う必要はない。
「エビフライはどうするんだろうな」
「エビフライさんは、コンペキア王国を守る騎士エビフライとして生きていくそうです。もっとも、大司祭ミラとしても、これからは積極的に助言していくそうですけどね」
大司祭ということを隠していたエビフライだが、今後はどちらとしての顔も出せるようになるだろう。
ミラだろうがエビフライだろうが、みんなの中では変わらないって分かったようだし。
それに、常に最悪のケースを想定してしまうネガティブな性格も改善されたようだし――
常に最悪を想定する……
なんか、そんな感じの夢を見ていたような……
「あ~、ダメだったわ。やっぱり魔法は使えなくなったみたい」
何かを思い出しかけた時、賑やかにアイリーンが戻ってきた。
すっげぇ落胆している。
「また、戦力外に逆戻りね……くすん」
「そんな、自分を卑下するなよ」
戦闘で役に立てる喜びを知ったアイリーン。
今後は戦闘に前向きに取り組むようになるのだろうか。
無茶だけはするなよ。戦闘で無茶をするってのは大怪我だけじゃ済まない状況になり得るからな。
「とりあえず、これで一件落着なのよね?」
「まぁ、試練は終了だろうな」
「あいや、待たれよ芥都殿!」
「もう一つ謎が残ってるザンス!」
テッドウッドとジラルドが俺たちの前にずざざーっとなだれ込んでくる。
「我らが出会った呪い師!」
「ヤツの正体が謎のままザンス!」
「試練用の特殊キャラだろ?」
「「なんか雑ぅ~な感じであしらわれた!?」ザンス!?」
俺たちは出会っていないが、こいつらを俺たちのもとへ呼び寄せるためのキャラだったのだろう。
試練には絡んでこなかったが、絡まなくてもクリア出来たのだから、もう気にする必要はない。
「サクラたちに挨拶をしたら、次の目的地を目指して出発するか」
もう一泊とかすると、ずるずると出発が延びそうだからな。
シャルがケーキを平らげるのを待って、俺たちはサクラたちのいる鍛錬所へ向かった。
共に戦った仲間に別れの挨拶をするために。
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