森羅盤上‐レトロゲーマーは忠犬美少女と神々の遊技台を駆け抜ける‐

宮地拓海
宮地拓海

298 クリュティア奪還計画

公開日時: 2022年2月11日(金) 19:00
文字数:3,924

 画面と砦から聞こえていたジジイの高笑いが消え、辺りに緊張感が走る。

 

 

『さぁ、ダッドノムトよ――愚かな反乱軍どもに見せつけてやるのだ、貴様のそのバケモノじみた力をな』

『…………』

 

 

 画面の中で、クリュティアが無言のまま頷く。

 そして、懐から丸い球体を取り出す。

 あれが龍石か?

 

 クリュティアが龍石らしき丸い球体を握ると、見る見る体が大きくなり、美しいドレスを引き千切りながらドラゴンの姿へと変貌した。

 

 ……が、なぜか途中で一時的に画像が乱れた。

 ちょうどドレスが破れかけたところで画像が乱れ、全身が龍の鱗に覆われた時映像は元に戻った。

 

 …………深夜アニメばりの規制っ!

 

「ねぇ、変じゃないかしら?」

 

 アイリーンが呟く。

 

「オカンはあんな物なくても変身できるわよね?」

「分からんが、テッドウッドの魔導書と同じような物なんじゃないか?」

 

 テッドウッドは魔導書がなくてもゲレイラという魔法が使える。

 だが、魔導書を使っても魔法は使える。

 同じように、クリュティアも龍石を使っても使わなくてもドラゴンに変身できる。

 そういうことなのかもしれない。

 

「じゃあ問題は、龍石を使った龍化が、普段のオカンより強いのか弱いのか――ってことね」

 

 クリュティアは強い。

 その強さを上回る龍化だったとしたら……それは厄介なことになるぞ。

 

 

『ふはははは! 反乱軍どもめ、一人残らず消し炭にしてくれるぞ! そして、聖龍の血を暗黒龍への貢物としてくれよう!』

 

 

 ヒルマ姫のもとに残ったテッドウッドたちの前にも、このウィンドウは開いているだろう。

 ヒルマ姫、事態が把握できたら決して無茶はせずに馬車で大人しくしてろよ。

 

 

 

 

「ガァァァアアアアアアッ!」

 

 

 

 

 ドラゴンの咆哮が大地を震わせる。

 遠く離れたこの場所にまで、その振動が伝わってくる。

 命を持つ者であれば例外なく、その咆哮を聞くだけで生命の危機を感じ逃げ出すだろう。

 

 俺だって、これがクリュティアの声じゃなきゃ一目散に逃げ出していたさ。

 でも不思議なもんで、こんな恐ろしい咆哮なのに、どこか懐かしくて口元が緩んじまうんだよな。

 

「ふふ……オカン、元気そうでよかった」

 

 アイリーンも同じ気持ちらしく、表情こそ強張っているが、どこか嬉しそうな顔をしていた。

 

 

『ダッドノムトだけでも十分であろうが、ワシには万に一つも失敗は許されぬ。ワシが世界の王になる日がすぐそこまで来ておるのだ、油断などに足を掬われてたまるか。魔導師団、揃っておるな!』

 

 

 ネフガに呼ばれ、ネフガと同じローブを纏った者たちが数十人バルコニーへなだれ込んでくる。

 ……多いな。

 

 

『魔導師団は遠距離から大魔法「コメット」を叩き込んでやれ。遠慮はいらん、反乱軍どもの肉体はチリ一つ残すな』

 

 

 そうして、ウィンドウが閉じる。

『コメット』か……厄介だな。

 

『コメット』は遠く離れたターゲットと、その近隣3マス以内にいるキャラ全員に効果が及ぶ厄介な遠距離広範囲魔法だ。

 命中率が低いことだけが救いだったが……あの数だからな。

 

 一斉射撃なんかされたら、一個一個の命中率が低くても数打たれちゃ当たっちまう。

 二~三発も喰らえば死んじまいかねない

 

 厄介だ。

 アーマー騎士を突破するのに時間がかかれば、それだけコメットで狙われる。

 強行突破しようとすれば、アーマー騎士に取り囲まれかねない。

 さて、どうするか。

 

「芥都。あなたのレイピアはアーマー騎士に特効が発動するんだったわよね?」

 

 アイリーンが険しい表情で俺を見る。

 

「なら、私と一緒に強行突破して。真っ先にオカンを正気に戻すわ。オカンなら、あんな魔導師の軍団、百人でも二百人でも余裕で蹴散らしてしまうのだから」

 

 それが最も合理的に思える。

 だが、それはあまりに危険だ。

 

「よし、じゃあ俺たちがサポートをしてやる。タイタス、貴様はペガサス騎士を頼む」

「では、キース様、私がおそばにおります。そうすれば、キース様に支援効果が発揮されるはずです」

「ならば、麻呂がプルメ共々ティルダを守っておじゃる。シャクヤクとエビフライは芥都とアイリーンの補佐、サクラは芥都たちが砦に入ったら入り口を塞いで外の敵を一人も中へ入れるでない」

「「「了解!」」」

 

 シャルの指示に、コンペキア三人娘が返事をする。

 

「それから、ゆいな。其方はいつも通り芥都の隣を走っておじゃれ」

「任せてください、そういうの得意です!」

 

 最後に残ったゆいなへの指示は、単純且つ的確なものだった。

 

 アーマー騎士も、魔導師も、そしてソシアル騎士にペガサス騎士も数が多い。

 うかうかしていると、クリュティアのブレスが頭上から振ってくるかもしれない。

 

 だが、それでも。

 クリュティアを取り戻し、この砦を突破するにはこの作戦しかない。

 

「アイリーン、死ぬ気でついて来いよ」

「分かっているわ。……オカンが、待っているのだもの」

 

 視線を交わし、意思を確認し、そして俺たちは一斉に走り出した。

 

 

「突っ込めぇぇ!」

 

 

 砦前に陣を構えていた騎士たちも行動を開始する。

 ペガサス騎士が空へ舞い上がり、ソシアル騎士が砂埃を巻き上げて馬を駆る。

 がしゃんがしゃんと、重機のような音を響かせてアーマー騎士団が進軍を開始する。

 

 そして、頭上からは『コメット』により発生した星屑が降り注ぐ。

 燃え盛る拳大の石。

 こんなもんに当たったら、そりゃHP半分くらい減るわ。

 だが。

 

「なんだか、ゲレイラの劣化版みたいですね」

「あぁ、確かにそうかもな。しょせんは星『クズ』だ。クズなんて、ウチで言えばタイタスのポジションだしな」

「んふ。その激励のお言葉、確かに頂戴いたしました☆」

 

 にっこり笑って、クズことタイタスが空に向かって矢を射る。

 普段よりも速度のある矢が一直線に飛翔し、的確にペガサス騎士を射貫く。

 派手なエフェクトが鳴り響いた。

 

「ほぅ、これが『支援効果』というものでおじゃるか」

 

 近くにシャルがいる。

 それが、タイタスに力を与える。

 

 タイタスが適当に連射したかに見えた矢は、そのすべてがペガサス騎士に命中し、確実に打ち落としていく。

 ペガサス騎士が危険を感じ上空へ上っていく。

 一度引き返して体勢を立て直すようだ。

 

「チビ姫っ、虎だ!」

「其方が命令するでおじゃらぬ!」

 

 文句を言いながらも、シャルは『聖獣雷の虎』を呼び出す。

 紫のイカズチが迫り来るソシアル騎士たちを襲う。

 馬が驚き、陣形が崩れる。

 そこへ、キースが切り込んでいく。

 

 キースの職業は戦士。

 防御力は低いが、攻撃力が高い戦闘向きの職業だ。

 斧の扱いに長けるキースにはお似合いの職業だろう。

 

「喰らえ!」

 

 斧を振るうかと思いきや、手のひらから出した毒で騎士たちを黙らせていく。

 やっぱ、使い慣れた【特技】の方が信用できるんだろうな、こういう場面では。

 

「芥都さん、アーマー騎士、先頭が来ます!」

 

 ゆいなが走る速度を上げ、こちらへ迫るアーマー騎士団へ突っ込んでいく。

 ぽんぽーんっと、アーマー騎士の鎧に手を触れる。その瞬間、アーマー騎士の鎧がビキニに変わる。

 

「ティルダさん!」

「はい! えーい!」

 

 防御力をゼロにされたアーマー騎士は驚き戸惑い、その隙にティルダの槍によって体を貫かれ消失した。

 ナイス連携だ。

 

 で、ティルダに攻撃を頼んだってことは――

 

「俺は一人でアーマー騎士を成敗しろってこったな!」

 

 レイピアを振れば、派手なエフェクトとともにアーマー騎士が吹き飛んでいく。

 特効により、俺の一撃はアーマー騎士の防御力を無効化する。

 

「どきなさい! アイリーン・ボム!」

 

 アイリーンの魔法がアーマー騎士に炸裂し、一撃で仕留める。

 だいぶ気合いが入っているようだ。

 

 これならイケるか――そう思った瞬間、現実はそこまで甘くないと突きつけられる。

 

「魔法が来ます! 回避してください!」

 

 ゆいなの警告にその場を離脱する。

 逃げ場がないくらいに密集した星屑が俺たちのすぐそばに落下してくる。

 一斉に魔法を使われているせいで、こういう風に密集することがあるのだ。

 

「あぅっ!」

 

 悲鳴が聞こえそちらを見れば、アイリーンがソシアル騎士の槍を喰らっていた。

 肩をかすった程度だったようだが、衣服が破れ、うっすらと血が滲んでいる。

 

「アイリーン!」

「平気よ! それより、次が来るわ!」

 

 ソシアル騎士にボムを喰らわせ、上を指さす。

 だが、俺は頭上へ視線を向けられなかった。

 

「アイリーン後ろだ!」

「えっ!?」

 

 頭上の魔法に意識を向けていたアイリーンの背後にアーマー騎士が迫っていた。

 駆け出し、レイピアでそのアーマー騎士を仕留めるが横から突き入れられた槍によって俺は手傷を負ってしまう。

 

「ぐっ!」

 

 ……くそっ、さすがに数が多過ぎる!

 

 頭上からは星屑が、目の前からはアーマー騎士が迫る。

 そして、左右へ展開していたソシアル騎士も距離を詰めてくる。

 さらに、体勢を立て直したペガサス騎士たちも。

 

 一度退くか――

 

 

 そう考えた時、俺たちの背後に真っ青なドラゴンが降り立った。

 大きく翼を広げ、俺たちの退路を塞ぐかのように。

 

「クリュ……ティア」

 

 こちらを見る瞳に感情はなく、口の端から青い炎がチラチラと見えている。

 

 

 ブレスが来る――

 

 

 そう思った時、俺は無意識でアイリーンを抱きしめていた。

 こいつだけは死なせない。

 いくら洗脳されていようと、クリュティアにそんなことはさせられない。

 

 こいつらは、互いを深く愛している家族なんだ。

 

 目が覚めた時、クリュティアが悲しむような現実は見せられない。

 俺が、絶対――

 

 

「アイリーンは俺が絶対守る!」

 

 

 クリュティアの口が大きく開かれ、そこから青いブレスが吐き出される。

 

 

「ぎゃぁぁああ!」

 

 

 悲鳴をあげて、アーマー騎士が十数人まとめて塵と化した。

 ……え?

 

『いやっ! いややわぁ! いつの間にそんな仲にならはったん、お二人はんっ!』

 

 

 

 頬に手を添え、いやんいやんと体をくねらすブルードラゴンの口調は、いつものクリュティアそのものだった。

 

 

 

 

 

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