「指揮権は、芥都様に一任致しますわ」
サクラたちがヒルマ姫の出立準備をしている最中、そのようなことを言われた。
「私では、軍を率いる能力に不足しておりますし」
「まぁ、そりゃそうなんだろうが」
「その代わり、この戦の間に起こるすべての事象は、コンペキア王国の名においてすべて私が責任を負いますわ」
他の国に戦火が広がろうと、その結果誰かが命を落とそうと、そのすべての責任はコンペキア王国のヒルマ姫が負うという。
それは、想像以上に重いものだと思うが……
「それくらいはさせてくださいませ。戦闘では、本当にお役に立てませんから」
弱々しく笑うヒルマ姫は、食堂で見たうら若い乙女の表情をしていた。
本当なら、戦場になど出ることなくその生涯を終えるはずの女の子なのに。
「姫様。最低限の荷物をまとめました。この先、不便な生活になるでしょうが、耐えてください」
「もちろんです。ありがとう、サクラ」
「いえ、騎士として当然のことであります」
「そう……」
あくまで騎士として接するサクラに、ヒルマ姫が寂しげな顔を見せる。
「サクラ」
「なんでありますか、芥都様?」
ヒルマ姫に合わせてサクラも俺を『芥都様』と呼ぶようになった。
ホント、生真面目なヤツだ。
「こういう時は、体力よりも精神力の摩耗が酷くなるんだ。少しは甘やかしてやれ」
「甘やかすと言われましても……」
「嫌われちゃうぞ?」
「それはイヤであります! ヒルマちゃん! これは職務だからしょーがなく!」
ガバッとヒルマ姫に縋りつき、涙目で訴えるサクラ。
その豹変振りにきょとんとしていたヒルマ姫は、「ぷっ」と吹き出して、薄っすらと涙の残る瞳で笑い出した。
「相変わらずですわね、サクラちゃん」
「変わろうはずもありません」
すっと背筋を伸ばし、サクラがヒルマの前に立つ。
「未来永劫、自分にとって一番大切なのはヒルマちゃんだけであります」
にこっと笑うサクラ。
まっすぐな気持ちをぶつけられて、ヒルマ姫が微かに頬を染める。
友人にそう言ってもらうのは気恥ずかしくも嬉しいものだろう。
「あたしも、愛してるぜぇ~、ヒルマっ!」
「きゃっ!? も、もう、シャクヤク」
ヒルマ姫の背後からシャクヤクが飛びかかり抱きしめる。
サクラが「あ、ズルい!」とか言いつつ、厳つい鎧を着ている手前抱きつくことが出来ずにやきもきしている。
こんな風景が日常に戻るように、帝国の野望はしっかりと潰しておかないといけないな。
「念のために聞くけど、お前は敵じゃないよな?」
「へ? 急になんですか芥都様?」
いや、セレーナも最初はこんな感じでほんわかしてたのに、本性がアレだったからさ……
ヒルマも実は魔獣かなんかで、「帝国の黒幕は私でしたー」みたいな展開は御免被りたい。
「私はみなさんと、この国の民の味方です。その言葉に嘘偽りはありませんわ」
澄んだ瞳がまっすぐに俺を見つめてくる。
うん。この目は信じられる。そう感じた。
「自分も、みなさんを裏切るようなことはいたしません。誓うであります」
サクラが鎧をガツンと鳴らして胸を叩いてみせる。
サクラくらいまっすぐなヤツの言葉は信じられるな。
「はいは~い! あたしもみんなの味方だからね~!」
ヒルマ姫に後ろから抱きつきつつ、ひらひらと手を振るシャクヤク。
……軽っ。
「俺と、孤独の中で生きてきて恋愛には不器用だが一途な渋いイケオジの一騎打ち――どっちにつく?」
「うっ……そ、そりゃもちろん、芥都に決まっ……」
「イケオジが言う、『この戦いが終わったら、そなたに伝えたいことがある――笑わずに最後まで聞いほしい。俺が語る、最初で最後の素直な気持ちだから』」
「ごめん、芥都! 墓前に美味しいお好み焼き供えるから成仏して!」
「おい、ここに間者がいるぞ!」
こいつだけは、ど~にも信用しきれないんだよなぁ。
もう一回サクラの拳骨を喰らった方がいいかもしれない。
「シャクヤクは相変わらずですね」
くすくすと笑うヒルマ姫。
「幼い頃から年上が好きで、騎士団に入ったのだって騎士団長のことが好きだったからでしたよね」
「わぁぁあ! それは秘密だって言ったじゃない!」
「シャクヤク……まったく、あなたという人は……。騎士団長には妻子があるではないですか」
「違うのよ、サクラ! 手は出してないから! 近くを通った時に汗の臭いを堪能してただけ! それだけで幸せだったの、あたし!」
わぁ~お、とんだ変態がいたもんだ。
「それに、騎士団長は今年で六十四歳ではありませんか」
「全っ然守備範囲!」
いや、独身男性の希望の星かも?
「シャクヤクが懐くから、騎士団にはロリコンが増えてしまって……お父様がよく愚痴をこぼしておりましたわ」
「何したんだよ、シャクヤク?」
「いや、まぁ、子供の頃に『デートしてあげるからお菓子ちょ~だい』とか……」
誘拐の逆パターン!?
懐いてくる子供が可愛いのは分かるが、ロリコンに走るなよ騎士団……騎士道精神どこ行った。
「そういえば、騎士が使い古した鎧をいいお値段で買い取ってくれる闇業者がいるという噂を聞いたことがありますわね」
「ぎくぅ……へ、へ~、そ~なんだぁ~、そんな人がいるのねぇ、へ~」
シャクヤク、お前……
そんなに染みついたオッサンのにおいが好きか?
これはもう、女板タイタスだな。
で、そんなタイタスはと言うと――
「シャル姫の安否が確認できていないこの状況で、よく笑っていられますねぇ★ 他人には絶対言えない恥ずかしい体験をさせて差し上げましょうか?」
「「「ぴぃ!?」」」
とんでもなくどす黒い笑顔で暗黒色の殺気を振り撒いていた。
コンペキア女子団が揃って悲鳴を上げて身を寄せ合う。
タイタス。
その発言、完全アウトだぞ。
「確かに、安否だけでも確認できればいいんですが……アイリーンさん、何か便利なアイテムはありませんか?」
「そんなアイテムがあれば、とっくに使っているわよ」
「もう、なんのための無駄乳ですか!?」
「そんなことのために大きいのではないし、無駄ではないわよ!?」
ゆいなもシャルが心配なのだろう。
気が焦って動転しているのだ。……そういうことにしておこう。きっと、大きな乳に対する僻みややっかみなんかは含まれていない。きっと。
「ナヤ王国が絡んできているというのであれば、彼らはナヤ王国へ向かうのではないでしょうか?」
ヒルマ姫が机から地図を引っ張り出してくる。
コンペキア王国を取り囲む山脈を越えた先に広がるナヤ王国。
ナヤ王国の向こうには帝国が広がっている。
このルートを通ってシャルを帝国へ連れ去るつもりなのか……
「そういえば、なんでヒルマ姫が狙われたんだろうな」
「えっと……姫を攫えば、国は逆らえなくなるからなんじゃないんですか?」
俺の問いにゆいなが答える。
確かにそれは理由になる。
「だが、ナヤ王国まで帝国側に付いたと分かれば、コンペキアは一国で抗おうとはしないんじゃないか?」
ヒルマ姫は何よりこの国と国民を大切にしている。
それが侵略であるにせよ、武力で抵抗しようとはしないんじゃないだろうか?
そこまで強大な力を持った帝国が、どうして姫を誘拐なんて――それも、正体を隠してこそこそと山賊なんかに拉致させようとしたのか……
「それはおそらく、姫様の中に流れるダッドノムトの血を狙ってであります」
サクラが言う。
ダッドノムト――たしか、騒動が起こった直後に聞いた単語だ。
「我がコンペキア王国は、かつてダッドノムトが支配していた国なのです。私以外にも数名、今でもダッドノムトの血を色濃く受け継ぐ者たちがいます。……とはいえ、かつてのような強大な力は残っておりませんが……」
「そのダッドノムトってのは、どういうものなんだ?」
引っかかる。
そう、たしかダッドノムトという単語を聞いたのは、クリュティアが外に飛び出し、魔法の光が辺りを埋め尽くした直後だった。
「ダッドノムトというのは、ドラゴンへ変身できる者たちのことですわ」
つまり、クリュティアはそのダッドノムトと間違われて連れ去られたってわけか。
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