森羅盤上‐レトロゲーマーは忠犬美少女と神々の遊技台を駆け抜ける‐

宮地拓海
宮地拓海

289 捕らわれの姫君

公開日時: 2022年2月1日(火) 19:00
文字数:3,953

 ワシルアン王国に入ると、すぐに大きな川が見えてきた。

 幾筋にも分かれた川が蛇行しながらおおよそ平行に流れている。

 まるであみだくじのようだ。ところどころに架かっている橋のせいで余計にそう見える。

 

 見える範囲だけで……ひぃ、ふぅ、みぃ……五本の川が流れている。

 

「どの道を通るのが正解なんだ?」

「どの道を行ってもワシルアン王都へ行けますわ」

 

 何度もワシルアン王国へ行ったことがあるヒルマ姫が教えてくれる。

 

「道も広くてきれいに整備されているんですね」

「ここは流通の要ですからね。ワシルアン王国としても、この街道は美しいまま保っておく必要があるのでしょう。この辺りはワシルアン王国の名所と言われているのですよ」

 

 確かに、観光で訪れていたのなら、視界いっぱいに無数の大きな川が流れている様は絶景だと思えただろう。

 だが、今は事情が事情だ。

 景色を楽しむ気にはなれない。

 

 さて、どの道を進もうかと考えていたところ、突如目の前にウィンドウが開いた。

 画面いっぱいに焦ったカーマインの顔が映し出される。

 

 

『なに!? テンプルナイツが城を突破しただと!? テレジアが敗れたというのか!?』

 

 

 部下らしき騎士から報告を受け、青い顔をするカーマイン。

 

 

『まずい……もしヒルマ姫を奪還されれば、私が皇帝に殺されてしまう……ヒルマ姫は暗黒龍ロメウスを従僕させる鍵だというのに!』

 

 

 そんな情報をぽろりと漏らす。

 暗黒龍ロメウス……ってのが、ボスっぽいな。

 それを従僕?

 

 ……うわぁ。ゲーム的にろくでもない展開になりそうなフラグだな、それは。

 暗黒龍とか、魔神とか、虚無だの闇だのって連中は、得てして人間なんかには制御できずに操ろうとした者を殺して「自由を手に入れた」とか言い出すってのに。

 無理なんだよ、野望に伝説級の存在を利用するなんてこと自体がな。

 

「帝国の狙いは、暗黒龍の復活じゃなかったんですか? 従僕って……」

 

 ゆいなの言葉に、誰も答えなかった。

 まさか帝国が暗黒龍すら操ろうとしているなんて、思いもしなかったということか。

 

「愚かですね、帝国は。暗黒龍をコントロールなど、出来るはずもありませんのに」

 

 ヒルマ姫が眉間にシワを寄せ、悲痛な表情を浮かべる。

 

 

『何はなくとも、最優先は私の命! その次にヒルマ姫だ! デコイを用意し敵の目をくらませろ! 戦力を分散させ各個撃破し、血祭りにあげろ! 私は先に逃げるが、貴様らは何があろうとヒルマ姫を王都まで連れてこい! よいな! 任せたからな! 責任はお前らにあるからな!』

 

 

 言うだけ言って、カーマインは一人戦場を離脱していった。

 なんてヤツだ。

 部下たちも、あんなヤツの命令なんか聞かなきゃいいのに。

 

「カーマインは、気に入らない者を平気で処刑する残虐の皇子と言われています。逆らえば死。騎士たちは死に物狂いで私たちの行く手を阻むでしょう」

 

 ヒルマ姫が沈痛な面持ちで言う。

 そんなやり方、いつまでも続くわけないのにな。馬鹿な男だ、カーマインは。

 

「芥都様、前方に駕籠が見えます!」

 

 馬車の上空を飛び、視力のいいティルダが前方を確認する。

 だが、その声には戸惑いが表れている。

 

「ですが、駕籠が三台あります! 人足の出で立ちもまったく同じで、どの駕籠がシャル様の乗っている駕籠なのか判別できません」

 

 ウィンドウに視線を向ける。

 全体マップには、確かに駕籠が三台表示されている。

 しかもご丁寧に、その三台がかーなーり離れた場所に配置されている。

 俺たちがいるルートからも遠く、すべての駕籠を調べるとなると相当なロスになる。

 

 その間にカーマインは王都に逃げおおせるつもりなのだろうが……

 

 カーマインが「デコイ」と言っていた。おそらく残り二つはフェイクだ。

 人足を仕留めて駕籠を開けると、中から敵が出てきて不意打ちの一撃――なんてことを狙っているのかもしれない。

 

 だが。

 

「芥都さんどうしますか?」

「手分けしてすべての駕籠を調べましょう。シャル姫の奪還は何よりも優先されるべき事柄です」

 

 ゆいなの問いに答える前に、タイタスが割って入ってくる。

 ようやくシャルを視界に捉え、気が急いているのだろう。そういう時が一番危ない。

 

 馬車の中にいるゆいなとタイタス、馬車の外からこちらを覗き込んでいるティルダ。

 三人のナビゲーターに見つめられながら、俺は確認のためにディスプレイを操作する。

 

 こういった状況の時、『フレイムエムブレム』なら――

 

「……やっぱ、そうだよな」

 

 思わず口角が持ち上がる。

 

『フレイムエムブレム』は、ステージが進むごとに仲間が増えていく。

 敵キャラとして登場し、会話によって仲間になってくれるパターンと、同盟国の騎士部隊が合流するパターン。

 そして、敵に捕らわれている味方を救出するパターンがある。

 

 敵キャラが味方になるパターンでは、そのキャラは最初敵キャラとして登場する。

 仲間になるまで操作は出来ない。

 だが、残り二つは最初から味方キャラとして捜査することが出来る。

 合流した騎士部隊の者は、初っ端から戦闘に参加できる。

 

 捕らわれている者は、その多くが武器を没収されていて攻撃は出来ず、敵の攻撃に耐えながら、救出されるその瞬間を待っている。

 早く助けなきゃいけないという焦りと、移動力の高いキャラだけで突っ込めば袋叩きに遭うという危機感のジレンマにヤキモキさせられる演出だ。

 

 

 ――だが、それはゲームの中での話だ。

 

 

 この試練は、確かに『フレイムエムブレム』をベースに構成されている。

 ゲームの要素も強かった。俺たちも当初はルールに縛られていた。

 

 だが、神様自身が――この試練を生み出した本人がそのルールを取っ払ったのだ。

 

 

 なら、その穴を突くのは決してルール違反ではない。

 そう、アノ『ぽぃんぽぃんビキニカーニバル』のようにな!

 

「俺たちはこのまま最短ルートでカーマインを追う」

「えっ、でもシャルさんを助けに行かないと!?」

 

 ゆいなが焦り、タイタスが不機嫌さを隠そうともせず俺を睨む。

 だが、心配するな。

 

「シャルは、守られるばかりのか弱いお姫様じゃないだろう?」

 

 試練が始まった当初、俺たちは武器による攻撃しか出来なかった。

 それを踏まえれば、武器がない今の状況は打つ手なしに見えてもおかしくはない。

 

 きっと今、手元に武器がなくて困り果てているのだろう。

【神技】も使えず、途方に暮れているのだろう。

 デーゼルトの町でのことを思い返し、打開策が見つかるまでは大人しくしておこうと考えているのかもしれない。

 

 

 だが、打開策さえ教えてやれば、シャルならきっとうまくやる。

 そして、俺は今、打開策を教えるための条件をすべて満たしている。

 

「ステージを開始するぞ。それと同時に、反撃も開始だ!」

 

 

 ウィンドウを操作して、出撃を開始する。

 ターン制がなくなり、こちらの思うように行動が出来る。

 

 シャルがどの駕籠に入っているのかは分からない。

 だが、シャルは今現在、明確に俺たちの味方であり、『味方キャラ』としてこのステージ上に存在している。

 

 場所が分からなくとも、ステージ上にいる『味方キャラ』なら『選択』出来る。

 コマンドとして『選択』出来る状況なら――

 

 

『シャル、聞こえるか? 神の介入によってルールが変更になった。【神技】は使えないが【特技】なら使える。この意味が分かるな?』

 

 

 俺が使用できる【特技】の一つ、『念話』で語りかける。

 この声はきちんとシャルへと届き、そして、その返事はとても派手で、分かりやすく示された。

 

 

 

「出(いづ)のじゃ、『聖獣火の鳥!』」

 

 

 

 駕籠の一つが燃え上がり、炎の中から紅蓮の巨鳥が飛び出した。

 燃え盛る怪鳥は駕籠を運ぶ人足の一人を捉え、激しい炎で焼き尽くす。

 人足の片割れが慌てるも、時すでに遅し。

 速さを誇る『聖獣水の龍』がその胴体を貫き、キラキラと美しい水しぶきを上げていた。

 

 いや~お見事! 実に天晴れ!

 

「それじゃ、我らが姫様をお迎えに上がろうか」

 

 俺の言葉に、ゆいなやアイリーンは呆れたようなほっとしたような、それでも再会を喜んでいるとはっきり分かるような、なんとも言い難い表情を浮かべていた。

 だが、タイタスだけが引き攣った表情を見せる。

 いつもどおりの薄っすらとしたニヤケ顔なのだが、微かに表情が硬い。

 こいつにしては珍しく、感情が表情に表れてみえた。

 

 その理由を、タイタスはとても分かりやすく説明してくれた。

 

「少し待ちましょう。シャル姫は捕らわれていた間、相当ストレスを溜めておられたご様子。みなさんも、巻き添えでぺっちゃんこになるのは避けたいでしょう☆」

 

 タイタスが指さす先、上空に、それはそれは巨大な隕石が浮かんでいた。

 隕石と見紛うほどの巨大な亀。

 金平糖を禍々しくしたような、突起だらけの甲羅が、世界の終わりを告げる大魔王の降臨を連想させる。

 

 ズズズ……と、空気が摩擦されてでもいるかのような不気味な音を響かせて、巨大な亀が落下してくる。

 

 平行に流れる五本の大きな川をまたぐように、その場所と、その場所にいるすべての者の上に暗い影を落とす。

 逃げ場はない。

 どんなに走ろうが、逃げおおせる道理はない。

 

 死へのカウントダウンは、もう始まってしまったのだ。

 おまけに、残りカウントは10もない。

 

 3、2、1――

 

 

 鼓膜が拒絶するほどの重低音を鳴り響かせて、『聖獣憤怒の亀』が敵キャラクターすべてを飲み込んで砂埃を上げる。水しぶきを立てる。大地を揺るがす。

 鼓膜のストライキにより悲鳴は聞こえず、目に映る光景も、脳が処理落ちしたようでどこか作り物めいて見えた。

 よく出来たスペクタクル映画でも見ているかのような感覚だった。

 

 

 でもこれ、現実なのよね。

 

 

 鼓膜の機能を一時的に奪うほどの爆音と、見る者を金縛りに合わせるほどの迫力を伴って行われた全体攻撃は、必要以上の殺傷能力を持って無慈悲に辺り一帯を飲み込んだ。

 

 おそらく、もう二度と抜かれることがないであろう最速の記録を残し、このステージは終了した。

 

 

 

 

 

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