森羅盤上‐レトロゲーマーは忠犬美少女と神々の遊技台を駆け抜ける‐

宮地拓海
宮地拓海

301 魔法都市カダルコ

公開日時: 2022年2月15日(火) 19:00
文字数:3,895

 一部訂正する。

 

 魔法都市カダルコに足を、踏み入れられなかった。

 

「芥都さん、見えない壁があって中に入れません!」

「空もダメです!」

 

 魔法都市カダルコは、侵入者を拒むように見えない結界に覆われていた。

 ワシルアン王都の娼館、ベノムド・ボインスキーの館に張ってあった結界のようなものか?

 

「じゃあ、とりあえずキース、ビキニになって入れるか確認してみてくれ」

「確証もなくビキニになんぞなれるか!?」

「出し惜しみするなよ! ボインは国の宝だぞ!?」

「いいえ、個人の持ち物ですよ、芥都さん」

 

 ゆいなが俺の言い分を聞いてくれない。

 みんなでシェアすれば、世界は今よりもっと平和で素晴らしいものになるというのに。

 なるに違いないのに。

 

丸腰アンアームド~」

 

 豪奢な飾りを纏った白銀の馬を駆って、ムッキュがこちらへやって来る。

 

「向こうの教会っぽいところには入れそうデス」

「案内してくれ」

「任せてデス!」

 

 手分けして入れる場所がないかを確認していたのだが、どこからも入れそうになかった。

 そんな中、一箇所だけ室内まで足を踏み入れることが出来る場所があった。

 

「ここデス」

 

 そこは、大きな教会。

 両開きの扉は開け放たれ、重厚な赤い絨毯が敷き詰められた礼拝堂が丸見えになっていた。

 礼拝堂の中にはステンドグラスから落ちるカラフルな光が差している。

 

「ティルダ、悪いけどみんなを集めてきてくれるか?」

「かしこまりました」

 

 手分けしていた面々を一度呼び集める。

 全員でこの礼拝堂を調べてみよう。ここにだけ入れるってのは、きっと何か意味があるだろうから。

 

「先に入って少し見ておきましょうか」

「そうだな」

「特に怪しい気配はありませんし、嫌なにおいもしません」

「じゃあ、安心デス」

 

 ゆいなの索敵に引っかかる敵はいないようだ。

 って、ムッキュ。お前は完全に索敵を放棄してんだな。ゆいなへの信頼が厚いのはいいが、自分の索敵能力も鍛えとけよ。

 試練が終わったらまた離ればなれになるんだからな。

 

 ……なる、よな?

 

「丸腰とゆいながいると、とっても安心で心強いデス~」

 

 なんか、……ずっとついて来そうな気がしてきた。

 まぁ、別にいいけども。

 

「ほわぁ……天井高いですねぇ……」

 

 礼拝堂の中に入ってみれば、吹き抜けになった天井に度肝を抜かれた。

 四階建てのビルがすっぽりと入りそうな高さだ。

 

「芥都さん、あんなところに絵がありますよ」

 

 天井を見上げていると、ゆいなが俺の袖を引く。

 誘導されるままに視線を向かわせると、そこには見覚えのある絵画が飾られていた。

 

 中央で微笑む美しい姫君と、それを取り囲むように並ぶ十三人の騎士たち。

 そして右上に丸く囲われた男の顔が一人。

 

「いや、一人欠席してるじゃないですか!? 全員揃ってる時に描いてあげてくださいよ!」

 

 うん。

 俺も初めて見た時同じこと言ったよ。

 

 そう、そこに飾られていたのは、俺が四妖精たちの空間で見た『ヒルマ姫と十四人の楕円卓の騎士』の絵画だった。

 

「なんだか、すごく迫力のある絵ですね」

「あぁ」

「見ていると、こう……引き込まれるような」

「あぁ」

「だからこそ、右上の欠席者が物凄く残念ですよね!」

「あぁ、まったくだ!」

 

 本当に素晴らしい絵画なのだ。

 なぜ、一人欠席しているのか。

 

「これは、この試練が始まる前に俺が見せられた絵画と同じものだな」

「芥都さん、見たことがあるんですか?」

「あぁ、四妖精のところでな」

「じゃあ、ここに描かれているのって、わたしたち……なんですかね?」

 

 そう言われて、改めてじっくりと絵を見てみる。

 男女比も異なるし、顔も体型も似ていない。

 俺たちの絵だというには、あまりに違い過ぎる。

 

 だが――

 

「俺たちと同じ立場の者たちだと思うぞ」

 

 ヒルマ姫を守り、その望みを叶えるべく帝国と、そして暗黒流と戦う十四人の騎士たち。

 

「じゃあ、あの斧を担いでいるヒゲ面の野蛮そうなオジサンがキースさんですね」

 

 自身の身長ほどもある両刃の斧を担ぐ猫背の男。

 全身が埋まるほどの長い髭を蓄え、小柄ながらも盛り上がった筋肉が目を引く戦士。

 ドワーフか何かがモチーフなのだろうか。

 斧使いの戦士だから、キースのポジションなのだろう。

 

「じゃあ、あの可憐なペガサス騎士はティルダさんですかね? いや、でもシャクヤクさんって可能性も……」

 

 絵画の中に、ペガサス騎士は一人しかいなかった。

 職業まで俺たちと同じというわけではないようだ。

 

「やっぱり、ティルダさんですね」

 

 確信したように言い、うんうんと頷くゆいな。

 絵の中のペガサス騎士を見てみると、胸元が大層ご立派に膨らんでいた。

 ……シャクヤクじゃ、あぁはならないよな。

 

「ということは、姫様の隣で微笑んでいる美形は芥都さん――」

 

 ヒルマ姫の隣に寄り添い、爽やかな笑みを浮かべている王子様然としたイケメン。まぁ、ポジション的には俺だろうな。

 センターにいるし、イケメンだし。

 

「――にしては爽やか過ぎですね。あのイケメンさんはきっと『見えていいパンツは見放題』とか言わないです」

「言うかもしれないだろ!? 爽やかな声で『パンツ、いいよね』とか!」

「紳士はそんなこと言わないんです!」

 

 お前は紳士に期待を持ち過ぎだ。

 紳士だって、風のイタズラで美女のパンチラを目撃したら心の中でガッツポーズくらいするっつーの。

 

「で、あそこのグラマラスな獣戦士はわたしですね」

 

 やけににこにこしているゆいなが指さす先には、ぼん、きゅっ、ぼんなナイスバディを惜しげもなく見せつける美しいケモ耳の女性がいた。

 

「お前は『ぼんきゅっぼん』じゃなくて『すっとんとん』だろうが」

「よぉし、ケンカですね!? 受けて立ちますよ!」

 

 人のことを爽やかじゃないとか抜かした口が生意気なことを口走る。

 上等じゃねぇか! 今日という今日はしっかりと上下関係を叩き込んでしつけてやる!

 

「じゃあ、あの金髪の貴公子が僕デス?」

 

 ムッキュが指さした先には、ミュージカルの王子様のような金髪の騎士が白馬に跨がっている姿が描かれていた。

 ……うん、ないな。

 

「しょせんは絵だ」

「ですね。熱くなる必要はないですよね」

 

 ムッキュのおかげで冷静になれた。

 俺らを描いた絵じゃないんだから、どれが誰だとかないない。

 それに、絵の中の爽やか王子よりも俺の方がイケメンって可能性も残ってるしな。うん。

 

 

「芥都様、みなさんを呼んで参りました」

 

 ティルダに続いて、全員が礼拝堂へと入ってくる。

 一気に人数が増え、礼拝堂の中が騒がしくなる。

 天井が高いから声がすごく反響する。

 

「高ぁーい!」

 

「かぁーい……ぁーぃ……ぁぃ…………」と、シャクヤクのアホみたいな声が反響する。

 見たまんまの感想だな。

 

「この絵は……」

 

 ステンドグラスや高い天井を見上げて興奮する者たちの中、ヒルマ姫は静かに絵画を見上げていた。

 

「見たことはあるか?」

「いいえ、初めて見ました。ですが、なぜでしょうか……すごく懐かしい気がします」

 

 絵画を見上げ、ヒルマ姫が胸を押さえる。

 見比べてみるが、絵の中の姫君とヒルマ姫はまるで違う顔をしている。髪型も、瞳の色も。雰囲気もまるで違う。

 なのになぜか、似ているなと思ってしまうのだ。

 

 どこがとは、はっきり分からないのだけれど。

 

「なんだか、この絵のお姫様、ヒルマに似てない?」

「自分も、そう思っていたであります」

「なぜでしょうね、不思議なのです」

 

 ヒルマ姫をよく知るコンペキア三人娘も同じように感じているらしい。

 

「おそらく、それはあれのせいですよ」

 

 ゆいなが、ある種の確信を持った様子である一部分を指さす。

 そこは、絵の中の姫君のお尻。

 周りに並ぶ騎士たちとは異なり、姫君は品のある椅子に腰掛けているのだが――

 

「お尻が片方浮いているんです!」

「絵の中の姫も痔なのか!?」

「なるほど、姫の宿命ですね! 物凄くシンパシーを感じます!」

「そんなものにシンパシー感じていいのか、姫として!?」

 

 くっそしょーもない共通点を見つけ、一同の顔に苦笑が浮かぶ。

 ただ一人、ヒルマ姫だけは「分かりますよ、その気持ち!」と、絵の中の姫君に同情的だ。

 

 ヒルマ姫は慈しむ様な面持ちで絵画に一歩近寄り、そっと指先で絵画に触れる。

 まるで、そこにいる友人に思いを伝えるように。

 

 

 

 

 その瞬間――

 

 

 

 

「きゃっ!?」

「なんだ!?」

「まぶしっ!?」

 

 

 突然絵画から光が溢れ出した。

 

 絵の中の姫君が輝きを放ち、その光がヒルマ姫を包み込む。

 次いで、姫君の隣で微笑む爽やか王子から光が溢れ出し、俺を包み込む。

 目がくらむ中、絵画を見つめていると、今度はぼんきゅっぼんなグラマラス獣人美女から光が溢れ出してゆいなを包み込む。

 

 そこまでが限界だった。

 あまりに眩しくてまぶたを開けていられなかった。

 

 目を閉じると、世界は真っ白だった。

 ほんのりと温かく、不快感はまるでない。

 陽だまりで昼寝をしているような心地よさに包まれて、もうずっとこうしていたい――と、そんなことを思ってしまった。

 

 それから数分間、そんな状態が続き、不意に光が消える。

 

 

 恐る恐るまぶたを開けてみると、絵画がなくなっていた。

 いや、礼拝堂の壁がなくなっていた。

 

「壁……なくなっちゃいましたね」

 

 ゆいなの呟きに答える声はなかったが、全員が同じ顔で同じ場所を見つめていた。

 そしてきっと、全員が察していた。

 

 

「これで、中に入れるな」

 

 

 結界は変わらずそこに存在するのだろう。

 だが、俺たちの前にあいた穴を通れば魔法都市カダルコに入ることが出来る。

 

「おそらく、ヒルマ姫と十四人の楕円卓の騎士が揃わないと開かない結界だったんだろうな」

 

 もし誰か一人でも欠けていたら、『魔封』を破る魔法は手に入らなかった。

 

 随分と綱渡りではあるが、俺たちが進んできた道は間違っていなかったようだ。

 

 

 結界を通り抜け、俺たちは魔法都市カダルコへ足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

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