〇ティルダ〇
山を下り、しばらく歩くと町が見えてきました。
木造建築が目立つ、静かな町でした。
「教会を探すぞ」
町へ着くなり、キース様が開口一番そうおっしゃいました。
神嫌いのキース様にしては珍しい発言だと思ったら、おぼろげな影を預けて早々に旅立ちたいという思いの表れだったようです。
確かに、彼女を家にまで送っていくような余裕はありませんし、かといって彼女を連れていつまでも旅を続けるのも危険です。
キース様の意見が正しいような気がします。……ただ、寂しいですけれど。
「あなたは、それで構いませんか?」
「…………」
おぼろげな影に問いかけるも、返事はありませんでした。
というか――
「随分と静かになりましたね」
「うむ。この町の近くまで来た時から急にじゃの」
「この町、少し臭いですからね。それでじゃないですか?」
「そこまで匂いに敏感なの、お前だけだから」
私だけでなく、みなさんも感じておられたようです。
おぼろげな影が大人しくなったことを……いや、緊張したように気を張り詰めているように見えます。
これは、怯え? それとも、怒り、でしょうか?
「教会はたいてい目立つところにあるものだ。探すぞ」
率先して町の中を行くキース様。
その肩に乗って、おぼろげな影が不穏に揺らめいていました。
「大きい……ですね」
町の奥。
深い森へと続くその入り口に、巨大なオブジェが立っていました。
『円』のような形をした巨大建造物で、高さは優に30メートルはあるでしょうか。
「鳥居だな」
芥都様は、この建造物に覚えがあるようでした。
鳥居といって、神の社へ続く門なのだそうです。
神社という、神を祀る場所なのだとか。
「教会とは異なるが、こいつを引き取ってくれるならどこでもいい。行くぞ」
「みゅうぃ!」
「やかましい。いつまでも貴様を連れては行けないんだよ」
「みゅっ、みゅううぃっ!」
「待ってください、キース様! 彼女、何かを酷く恐れているようで……」
私の言葉の途中で、おぼろげな影が「みゅっ!?」と体を痙攣させ、そしてぐったりと力なく項垂れました。
キース様がちょうど、鳥居をくぐった時でした。
「みゅうちゃん!? どうしたんですか?」
「急に力が抜けたようでおじゃるの。この鳥居とかいうものの呪いでおじゃるか?」
「鳥居にはそんな力ないと思うんだが……タイタス、ちょっと入ってみてくれ」
「アイアイサー★ …………何も起きませんね」
なぜ、しょんぼりしているのでしょうか?
何も起こらないのが一番なのでは?
結局、私たちが鳥居をくぐっても誰一人として異変を感じる者はいませんでした。
おぼろげな影だけが、力なくぐったりしています。
一体何が……
それを考えようとした時、神社の境内から、三人の女性が姿を現しました。
芥都さん曰く、その女性たちは『巫女』という者らしいです。
「ようこそ、我が神社へ」
「『穢れ』をお連れのようですね」
『穢れ』という言葉に、キース様が微かに反応を示されました。
誰にも気付かれないような、本当にちょっとした変化でしたけれど。
「あなた……性質の悪い穢れに魅入られているようですね」
「穢れってのは、こいつのことか?」
キース様が、ご自身の肩の上でぐったりとしているおぼろげな影を指して問います。
巫女たちは、三人同時に頷き、抑揚のない声で語り始めました。
「はい。その者は神の社より逃げ出した穢れ」
「神の意に背く穢れ」
「完全に消滅させなければいけません」
おぼろげな影が、穢れ……
神の意に背く穢れ……本当に、そうなのでしょうか?
「あなた方にも多大なご迷惑をおかけしました」
「ずっと探していた残りカスをお連れいただき感謝いたします」
「さぁ、その忌まわしい穢れをこちらへ」
巫女三人が腕を伸ばします。
おぼろげな影を疎ましく思い、ここに置いていくつもりであったキース様は、どうされるのでしょうか。
出来ることであるならば、私は――
「お前らがこいつを求めているというなら、話は早い」
あぁ……やはり、私の思いとは関係なく、物事は進むのですね。
でも、仕方ありませんね。
私はキース様のナビゲーター。
キース様の意に反するようなことは……
……でもっ!
「あ、あの、キース様……っ!」
その時、私は自分の目を疑いました。
キース様が巫女の腕を捻り上げ、おぼろげな影を――かばったのです。
☆キース☆
「あ、ぁう……っ!」
砂利道へヒザを突き、巫女の一人が苦悶の声を上げる。
残りの二人が警戒を顕わにし、身構える。
……気に入らねぇ。
「何をなさるのですか!?」
「そこのソレは、神の意に背きし穢れなのですよ!」
俺の肩に乗っている不気味な影を指さして、巫女とかいうババアどもが喚き散らす。
ふん……汚らしいのは、今の貴様らの顔の方だぜ。
「この【神々の遊技台】において、神の意志に逆らうことが何を意味するのか、知らぬわけではあるまい!?」
「神罰が下るぞ! 身を滅ぼすことになるぞ!」
神罰が下り、身を滅ぼす……ね。
「やはり、神ってのはどうしようもないクズらしいな――テメェの意に沿わなければ癇癪を起こして厄災を撒き散らしやがる」
下等な人間どもは、高尚な神の意を汲み、顔色を窺って卑屈に生きていけとでも言うのか。
怯え、諂い、媚びて、地に這い蹲って、与えられた理不尽を唯々諾々と受け入れろと……
「俺は神ってヤツが大嫌いでな。それが神の意志ってんなら、逆らう以外の選択肢がねぇ……なっ!」
「ぎゃあぅっ!?」
捻り上げていたババアの腕を折る。
狂ったように体を揺さぶり、ババアが俺の手から逃れる。
残った二人のもとへ行き、怒り狂った獣のような眼でこちらを睨みつける。
「おい、貴様ら――」
背後にいるお人好しな連中に言っておく。
こいつらは神が大好きだって連中だからな。巻き込むわけにはいくまい。
「――ここを出ていろ。神に呪いをもらうかもしれないぞ」
神の呪いは執拗で、いやらしく、理不尽なまでに無差別に降りかかる。
俺のそばにいるべきではない。
「おう、分かった」
芥都がそう言って、俺の隣へ並び立つ。
……は?
「一緒にぶっ飛ばしてやろうぜ」
「――で、おじゃるの」
反対隣にはチビ姫が並び立つ。
「お前ら、何も分かってないだろう!?」
「分かってるって」
俺の肩をバシッと叩き、芥都がウィンクを寄こしてきやがる。
「お前が、肩の上の幼女をお気に入りだってことがな」
「チッ!」
何を言ってやがる。
そういう話ではないだろうが。
芥都を睨みつけた直後、反対方向から尻を叩かれた。
「よぅ言ぅたの。今回のことで、ほんの少しだけじゃが、其方を見直したでおじゃる」
「はぁ!?」
意味が分からずチビ姫を見れば、人差し指と親指で輪を作り、それをこちらに向けながら生意気な面で抜かしやがる。
「ほ~~~~~んのちょびっとだけ、でおじゃるがの」
「…………ちっ」
嬉しそうな面をしやがって。
何がそんなに嬉しいんだ。
「……もう知らん。勝手にしろ」
「おう、勝手にするつもり以外ねぇよ」
「そもそも、パーティリーダーは麻呂でおじゃるからの。其方に決定権などおじゃらぬのじゃ」
「……チッ。ほざいてろ」
貴様ら全員、神に呪われちまえ。
「貴様ら……っ」
「神に逆らうのか!?」
「逆らうというのか!?」
ババアどもが汚ぇ声で吠える。
「貴様らの言う神とやらが、俺のやりたいことに反してやがるだけだ」
「おぉ、言うねぇ!」
「くふふ、発言がイチイチ拗らせ感満載じゃの」
やかましい!
こいつらには危機感だけじゃなくて緊張感も足りていない。
まったく……
今度、叩き直してやる。
「逆らうのか……」
「逆らうのか……」
「逆らうのか……」
「「「神であるこの私にぃぃぃいいいいっ!」」」
ババアどもの体が膨れ上がり、皮膚を突き破って醜い三匹のバケモノが姿を現した。
「な、なにぃ!?」
「ま、そうなるだろうな」
「予想通りの展開でおじゃるの」
驚いてないぞ、こつら!?
予想通りだと?
ババアがバケモノに変身したのに!?
「んじゃ、いっちょ悪者から守ってやるか」
「そうでおじゃるの――」
「「キースのお姫様を」の」
二人が同時にこちらを振り返り、腹の立つウィンクを寄こしてきやがった。
「……やかましいぞ、貴様ら」
俺は、首に乗っかる不気味な影を引っ掴んでティルダへと放り投げる。
「ティルダ、そいつを持ってろ!」
「みゅい!?」
「は、はい!」
空いた手を突き出し、武器を要求する。
求める武器はもちろん――
「ティルダ、一番だ!」
――『神殺しの戦斧』だ。
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