森羅盤上‐レトロゲーマーは忠犬美少女と神々の遊技台を駆け抜ける‐

宮地拓海
宮地拓海

312 暗黒龍の目覚め

公開日時: 2022年2月28日(月) 19:00
文字数:3,106

 ヒルマ姫の胸を短刀で貫き、噴き出した生き血を啜る皇帝。

 その姿はもはや人間ではなかった。

 

「ようやくだ……ふはははっ! これでようやく、私は暗黒龍に戻れる! 愚かで蒙昧な人間の体を捨て、崇高なる暗黒龍へと昇華できるのだ!」

 

 力を失ったヒルマ姫を抱きしめ、執拗に胸元に顔を埋める皇帝。

 ごくごくと喉を鳴らしてヒルマ姫の生き血を飲む。

 

「『月に変わっておしおきYO!』」

 

 半径10メートルのサークルが地面に浮かび、そこへ月の光が降り注ぐ。

 

「ぎゃうっ!」

 

 皇帝が獣のような声を上げて、月の光の範囲外へと飛び退く。

『魔封』によって動きを封じられていたサクラたち三人が解放され、すぐさまヒルマ姫を抱き起こす。

 

「ヒルマ姫様! 姫様! ひ、……ヒルマ! 目を開けるであります、ヒルマぁ!」

『退き!』

 

 氷龍に纏わりつかれながら、クリュティアがヒルマ姫の前へと降り立つ。

 

『邪魔や!』

 

 ブレスを放つが、氷龍はそれをかわし、クリュティアの行動を妨害し続ける。

 

「落ちるでおじゃるっ! 火の鳥!」

 

 聖獣火の鳥が氷龍に襲いかかり、わずかに隙が生まれる。

 その隙に、キースが氷龍の羽根を、ゴツイ両刃の斧で斬りつける。

 斬るというより、骨をへし折るというような音がして、氷龍の羽根がおかしな方向へ曲がる。

 

「ティルダ!」

「はい!」

 

 離れた位置から『グラマラス』の斬撃が飛んできて、氷龍の羽根を一枚落とす。

 

「ギャァァアアア!」

 

 

 悲鳴を上げ地面へ落ちる氷龍。

 これでもうクリュティアの邪魔は出来まい。

 

『よし、これでもう大丈夫や。あんたら三人、お姫さん連れて離れとき!』

 

 なんとか治癒が間に合い、ヒルマ姫は一命を取り留めたようだ。

 

「芥都、無事でおじゃるか」

「悪い……何も出来なかった」

「なら、これから活躍すればよいのでおじゃる」

 

 肩を貫くレイピアを抜いてもらい、ようやく立ち上がる。

 傷口をクリュティアが舐めてくれて痛みが引いていく。

 

 これでまた戦える。

 だが――

 

 

「ふふふ……もう遅い。もう遅いんだよ」

 

 

 皇帝がゆらりと立ち上がる。

 

「聖龍の血はいただいた。これで、私の中の暗黒龍は目を覚ます」

 

 さっきも、暗黒龍に昇華するとかなんとか言っていたが。

 

「お前もダッドノムトなのか?」

「あぁ、そうだ。神龍のせいでその力は封印されていたが、私の中には純血の暗黒龍の血が流れているのだ!」

 

 純血。

 なるほど、だからあそこまで選民意識が高いのか。

 自分は特別な人間で、……いや、人間ですらなくて崇高な暗黒龍だと。

 神ですら恐れた伝説の生き物なのだと。

 

 だから、人間を殺すことも厭わない。

 

「伝説の暗黒龍ロメウスと同じ時代、ロメウスと同等の力を持ち世界を支配していた暗黒龍の血が、私の中には流れているのだ。私はその暗黒龍の生まれ変わりなのだよ! なぁ、そうであろう、ロメウス!?」

 

 ゆらりと、ロメウスが皇帝の背後に寄り添う。

 

 あの暗黒龍、皇帝のそばから離れず、一言もしゃべっていない。

 それに、他の地龍や炎龍たちに比べて、なんというか……死にかけているように見える。

 やつれているというか、弱っているというか……

 長く封印されていた弊害か、復活が完璧ではないのか……

 

 あの暗黒龍なら、勝機はありそうだ。

 

 ならまず――

 

「その純血の暗黒龍とやらが復活する前に、お前を倒させてもらうぞ!」

「甘い――『魔封』!」

「『月に変わっておしおきYO!』」

 

 俺が駆け出し、皇帝が魔法を放ち、アイリーンがそれを阻害する。

 その間、他の者たちは地龍炎龍氷龍の相手をしており、誰もその兆候に気が付けなかった。

 

 俺が気付いた時には、もう手遅れだった。

 

 

 暗黒龍が、笑っていた。

 嬉しそうに。

 人を、見下した目で。

 

 

 そして、おもむろに――皇帝の頭を噛み千切った。

 

 

 噴き出す血液を一滴たりとも零すまいと、暗黒龍は皇帝の体に食らいつく。

 血液を飲み、肉を食いちぎり、残った体を丸呑みにして、あっという間に食べ尽くしてしまった。

 

 人間が食われたという衝撃に体が動かない。

 目の前で起こったことが信じられなかった。

 

 そして、そうして立ち止まっていた間に、復活してしまった。

 

 

 この世界の大半を焼き尽くしたという暗黒龍、ロメウスが。

 

 

『愚かな人間よ。自身に暗黒龍の血が流れておるなどと、ありもしない嘘に踊らされて……ぐぶぶぶ』

 

 

 地の底から響くような声が鼓膜を撫でる。

 不快感にめまいがする。

 

 こいつ――皇帝を利用して聖龍の血を。

 

 

『聖龍の純血はよい……だが、まだ六割といったところか』

 

 

 純血ではなかった前コンペキア国王の血では不完全な復活しか出来なかったが、今ヒルマ姫の血を飲んでその魔力が目覚めたらしい暗黒龍。

 それでもまだ魔力が足りないようだ。

 

 

『貴様らを葬って、聖龍の娘を喰らえば、我は完全に復活できる』

 

 

 そして、ヒルマ姫を喰らおうと牙をギラつかせる。

 させるかよ、そんなこと!

 

「みんな、行くぞ!」

 

 全員が近くにいるダッドノムトに襲いかかる。

 

 地龍Aにムッキュ、ジラルド、テッドウッド、プルメ。

 地龍Bにティルダ、タイタス。

 炎龍にゆいな。

 氷龍にシャル、クリュティア。

 

 暗黒龍は俺とキースとアイリーンだ。

 

「『月に変わっておしおきYO!』」

 

 半径10メートルのサークルを避けるように暗黒龍が空へ舞い上がる。

 

「キース!」

「おらぁ、芥都――飛べぇ!」

 

 キースの巨大な斧の腹に飛び乗り、勢いのいいスウィングで暗黒龍めがけて放り投げてもらう。

 

「喰らえぇぇええ!」

 

 レイピアを突き入れる。

 ドラゴン退治の定番――まずは右目を潰す!

 

「なっ!?」

 

 だが、レイピアの切っ先は眼球に弾かれた。

 レイピアが、眼球に弾かれただと!?

 眼球なんか鍛えようないだろうが!

 硬い龍の鱗を避けて、唯一攻撃が通る場所がそこだろうよ、普通!

 

 

『愚かなり。人間ごときが作った武器で、我が傷付けられると思ったか!』

 

 

 暗黒龍が大きく口を開く。

 ブレスが来る!

 

 顔の前で両腕をクロスして衝撃に備える。

 光を飲み込むような漆黒のブレスが吐き出され、俺の体は紙人形のように吹き飛ばされる。

 

 地面に叩き付けられるかと思ったが、俺を受け止めてくれたのは柔らかい鱗だった。

 

『大丈夫か、芥都はん』

「あぁ、助かったよ、クリュティア」

『あぅっ……っつ』

 

 俺を受け止めたクリュティアの体から焦げ臭いにおいがする。

 暗黒のブレスを微かに喰らったらしい。

 

『これは、瘴気のブレスやね。触れる物すべてを腐らせてしまう恐ろしいブレスや』

「瘴気……」

『……で、なんで無事なん、芥都はん?』

 

 いや、なんでって……あ、『わんぱく坊や』か?

 腐敗ってのは状態異常にカウントされるんだ。だから俺には効かない。

 

 ……服、腐らなくてよかった。

 俺が無事でも素っ裸にされたら、別の致命傷を負うところだった。

 

「ヤツの攻撃は効かないが、こっちの攻撃も効かない」

『暗黒龍に傷を負わせられるんは、神武だけなんやね』

「なのかもな……」

 

 くそ、なら配置を換えなければ。

 

『みんな聞いてくれ!』

 

『念話』で全員に得た情報を共有する。

 暗黒龍には神武でなければ攻撃が通らないこと。

 暗黒のブレスは触れる物を腐らせる効果があるので絶対に浴びないこと。

 浴びたらすぐに俺のところに来て状態異常を治すこと。

 服が腐って溶けたらゆいなのところで『世話焼き鳥のお召し物』で着替えること。

 

『配置を換える。暗黒龍にはゆいな、ティルダ、タイタス。アイリーンは三人の援護と、他のダッドノムトの牽制を頼む』

 

 炎龍にはキース。

 地龍Aにはムッキュとジラルドとテッドウッドとプルメ。

 地龍Bにはシャル。

 氷龍には俺とクリュティアで当たる。

 

 氷龍は羽根をもがれ負傷しているので、サクッと倒して他のところに助太刀へ向かう。

 

『くれぐれも無茶はするな! だが、確実に仕留めるぞ!』

 

 

 全員に指示を出し、体勢を立て直す。

 さぁ、ラストバトル――戦闘再開だ。

 

 

 

 

 

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート