しばらくして、シャルたちが戻ってきた。
傷が癒え、捕虜となったナヤ王国の騎士を引き連れて。
ナヤ王国騎士団にも、消えずに残った者が八名いた。
その中の一人、部隊を率いていたネオル将軍がヒルマ姫を見つけるや、そばにいたプルメを押しのけて駆け寄ってきた。
「ヒルマ姫っ!」
突然走り出したネオル将軍に驚き、ヒルマ姫が短い悲鳴を漏らす。
が、ネオル将軍の後頭部にキースの斧の腹が打ち付けられ、その暴走を止める。「うぐっ!」っと、短い声を漏らしてネオル将軍が地面へ転がる。
「なんと無礼な……ゴミの分際で……っ!」
ネオル将軍の恨み節は、非常に小さな声だったがしっかりと耳に届いた。
……あぁ、そういうヤツなのね。
だが、ネオル将軍はキースに反撃するでもなく、ヒルマ姫に向かって必死な形相で訴えかける。
「我らは騙されていたのです! 諸悪の根源は帝国のメイゼス将軍です! どうか私の言葉を信じていただきたい! 我らナヤ王国は皇帝の暗黒魔法で脅され、仕方なく……」
「騙されていたのか脅されていたのか、どっちなんだよ?」
「黙れ庶民が! 貴族の会話に割り込むなど無礼千万! その首を跳ねてくれるぞ!」
「チッ! ……やってみろよ」
「まぁ、待てキース」
今にもネオル将軍の首を跳ねそうだったキースを下がらせて、俺がネオル将軍の前に進み出る。
「いくつか確認していいか?」
「誰だ貴様は! このネオルに気易く声をかけるな、無礼者が!」
「そうか。じゃ、交渉は決裂だ」
「ま、待て!」
背を向けると、ネオルは慌てた様子で声を上げる。
「分かった! 交渉をしよう。貴様――いや、貴殿がこの部隊の指揮を握っておるのだな? それで間違いはないな?」
指揮は握ってないが……
目配せをして、全員の了承を得る。
今だけ臨時指揮官ってことでいいらしい。
「まぁ、そうだな」
「では、我らを貴殿の部隊に加えていただきたい! 実力は折り紙付き、忠誠心も強く、必ずや役に立つであろう。そして、憎き皇帝と卑怯者のメイゼス将軍を血祭りに上げてくれようではないか。古くからの同盟国同士、今こそ鋼より固い絆で協力する時である!」
鋼より固い絆、ね。
その絆をぶち壊してコンペキア王国に侵攻してきたのはどこのどいつだよ。
「メイゼス将軍に騙されたと?」
「その通りである! あの卑怯者の老いぼれめ、我ら誇り高きナヤ王国アーマー騎士団の力を使い、同盟国であるコンペキア王国と争わせて疲弊した両国を背後から襲うつもりだったのだ! 戦場の英雄か何か知らんが、戦場で生き残るのは卑怯者だけと相場は決まっておる。どうせ部下を犠牲にして逃げ回っておったに違いないのだ!」
すげぇ偏見だな。
少なくとも、お前と違ってメイゼスは自分を犠牲にして部下を救おうとしていたぞ。自分の命は早々に諦めてな。
「メイゼス然り、ライデンとかいう若造然り、戦場で武勇を挙げている者にろくな者はおらぬ!」
おぉーっと、唐突にライデン殿下への攻撃が始まったぞ。
これはあれか? 自分がパッとしない中、戦場で名を轟かせている同年代や年下に対する嫉妬なのか?
「ヒルマ姫。皇帝は暗黒魔法という禍々しい魔術を持ち出し、近隣国を侵略するつもりなのです。今こそ、コンペキアの大地に眠る龍石を掘り出し、近隣諸国が一致団結して帝国を討ち滅ぼす時なのです!」
「いえ、それは……」
「緊急事態なのですよ! 自然が動物がと、そんな女子供の戯言をいつまで繰り返すおつもりか!? 我がナヤ王国に龍石を与えてくだされば、その時こそナヤ王国がコンペキアの、いや、世界の盾として帝国からお守りしましょう!」
要するに、他所の国よりも力を得たいから龍石を掘らせろ、出てきた龍石を寄越せと言っているわけか。
発想が帝国とまったく同じじゃねぇか。
「私は、コンペキアの大地を傷付けるようなマネをするつもりはありません」
「くぅっ、嘆かわしい! これだから女は……っ!」
あぅ……
なんだろう、この辺一帯、今の瞬間寒冷地になった?
すっげぇ鳥肌立ってるんですけど……
「貴殿よ。貴殿には分かるであろう? 力こそがすべてなのだ! 力なくして真の平和などあり得はしないのだ!」
「言いたいことは分かる」
「そうか! 分かってくれるか! では、今すぐコンペキアへ戻り龍石を――」
「龍石が見つかったとして、それをナヤ王国へ渡すかは分からんぞ」
「なぜだ!? 古より連綿と続く二国間の友好を思えば、ナヤ王国にこそもっとも強力な龍石を譲渡するのが筋ではないか! ナヤ王国はコンペキアの盾なのだぞ!?」
古だの連綿だの……その歴史を一方的にぶった切ったのはお前らだろうが。
……こいつは、危険だな。
「ナヤがコンペキア王国の盾でいるうちはいいんだが――」
「貴様、我が国を軽んじる発言は慎め! ナヤとは何事か! ナヤ王国と敬意を持って呼ばぬか!」
……テメェは散々コンペキアつってただろうが。
「龍石を得た途端、お前らが裏切らないという保証がない」
「無礼な! 二国間の長い歴史の中で、我が偉大なるナヤ王国が貴国を裏切ったことが一度でもあったと申すか!?」
だーかーらー、今!
今現在、ナヤはコンペキア王国を裏切ってんだろうがよ!
「我らの役割は盾! 盾なればこそ、ナヤ王国の誇りが守られるというものだ。裏切りなどあり得ない!」
「へぇ、そうかい……」
なら、試してやるよ。
「シャル、キース。こいつらの拘束を解いて武器を返してやってくれ」
「よいのか?」
「あぁ。ここまで言ってくれたんだ、これから一緒に帝国に進軍して、しっかりと盾役になってもらおう」
「……ちっ、そうか」
何かを察したシャルとキース。
誰が縛ったのか、頑丈に縛られた縄を切り落としていく。
「サクラ」
サクラを呼んで、馬車の中に待機させている帝国騎士たちの様子を見てきてもらう。
ナヤの連中に見せると一悶着あるか、はたまた結託して何かしでかす可能性があると思って隔離しておいたのだが……どうやら連携の方はなさそうだ。
「クリュティア、アレ、もらっていいか?」
「ん? あぁ、かまへんで」
クリュティアが懐から龍石を取り出す。
純度の高さが窺える透明度を誇る大きな龍石だ。
それを見て、ナヤの連中が「おぉっ!」っと声を上げる。
「龍石を渡せば、ナヤ王国ではこの力を活用できるのか?」
「む、無論だ! ナヤ王国では来たる日に備え何十年も研究を続けてきた。龍石から魔力を引き出し武器や鎧に纏わせる技術はすでに確立されている!」
つまり、装備品のパワーアップに使うんだな。
「それは、今この場でも可能か?」
「無論だ。私の装備は、龍石があれば今の二倍――いや、五倍は強くなる!」
「そっか」
そんな話をしている間に、ナヤ騎士たちの拘束は解かれ、武器が返却されている。
「じゃあ、これは貴公らに託そう」
にっこり笑って差し出す。
飛びつくかと思ったが、ネオルはこちらを疑うように窺った。
「……よいのか?」
「盾になってくれるんだろう? 暗黒龍の復活に必要な聖龍の血を持つ、コンペキア王国の姫君のさ」
「…………無論だ」
にやりと笑みを浮かべ、ネオルが龍石を手にする。
「じゃあ、早速出発の準備だ。全員一度馬車に戻ろう」
そんなことを言って背を向ける。
シャルたちは気を利かせて俺から離れた位置まで移動を終えている。
ナヤの連中の前で、俺は一人、無防備な背中を晒している。
「ふはははっ! バカめ! 誰がコンペキアなどと手を組むか! ヒルマ姫を皇帝に差し出し、コンペキアの大地は我がナヤ王国がもらい受ける! 龍石の力で世界を征服するのは、我が栄光あるナヤ王国なのだ!」
龍石を掲げ、その魔力を纏ったナヤ騎士たちが一斉に襲いかかってくる。
無防備に背を向けた俺と、俺の仲間たちに。
……そっか、このバカ将軍だけじゃなくて、隅々まで腐ってたのか。
やっぱ、根っこが腐ってると、あとから生えてくる芽も葉もダメになっちまうんだな。
「くたばれ、コンペキア!」
そんなデカい声が、バカの遺言となった。
「奇襲ってのはな、意表を突くからこそ効果があるんだよ」
100%襲ってくると分かっていれば、背を向けていようが対処くらい出来る。
まして、特効と支援効果が生きているこの場所において、いくら鎧の防御力を十倍にしようと意味なんてない。
俺のレイピアは、アーマー騎士の上位職であるジェネラルの防御力を無視して貫通し、ゆいながそばにいるおかげでクリティカルを叩き出せるんだよ。
振り向きざまに突き出したレイピアはネオルの眉間を的確に捉え、一撃でその命を奪い去った。
必要があるなら、人の命だって奪ってやるっつーんだよ、クソヤロウ。
こいつらを野放しにすれば、コンペキア王国はいつか脅かされる。
コンペキア王国にはヒルマ姫やサクラ、シャクヤク、エビフライ――それ以外にも寮で会った女騎士や、城を守っているタンポポたち男騎士、美味い飯を作ってくれた給仕たちがいるんだ。
大切な者を守るためなら、この手くらいいくらでも汚してやる。
でもまぁ、汚れる手は一つで十分だけどな。
「さぁ、かかってこ……あれ?」
ネオルを屠り、辺りを見渡すと――ナヤのアーマー騎士団は壊滅していた。
あれぇ?
「芥都さん。一人で汚れ役を背負い込む必要はないんですよ」
血の付いた春紫苑を握りゆいなが言う。
「わたしたちは、仲間なんですから」
ゆいなが、シャルが、キースが、アイリーンが、ティルダが、タイタスが、クリュティアが、それぞれアーマー騎士の息の根を止めていた。
俺と同じように、手を汚して。
「……ちっ。なんて顔してやがる、この甘ちゃんが」
キースが呆れ顔で言う。
「俺らは、貴様に守られなきゃならねぇほど弱くねぇ」
あぁ、そうか。
こういうのも、きっと、分かち合うべきものなんだ。
「んだよぉ、手柄を独り占めしようと思ったのにさ」
おどけて言ってやれば、ゆいながくすっと笑いをこぼした。
その顔に、少しだけ救われた気がした。
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