〇ティルダ〇
キース様が『神殺しの戦斧』を手に、巫女であった魔物へ斬りかかります。
「芥都さん! あまりこっちで暴れると町に被害が出るかもしれません! 押し込んでください!」
「おう!」
芥都様が、ご自身の三倍はあろうかという巨大な魔物を軽々と投げ飛ばし、神社の奥へと移動されます。
シャル様もそれに倣い、巨大な火の鳥で魔物を押し込んでいきます。
「シャル姫! 後方右方向が比較的障害物もなく戦いに向いています」
「うむ。心得ておじゃる!」
タイタスさんも、シャル様が戦いやすいように戦場の分析をされています。
「キ、キース様っ!」
「分かっている! 付いてこい、ティルダ!」
「はい!」
キース様も、遅ればせながらお二人に続きます。
いけませんね。私がもっとしっかりしていれば、キース様が遅れることもなかったでしょうに。
「しっかりしなければ」
「みゅう」
おのれの不甲斐なさを嘆いていると、おぼろげな影が私の頬を撫でました。
「みゅ~ぃ」
優しい顔で、まるで慰めてくれているようです。
「ありがとうございます。大丈夫ですよ」
「みゅう」
守らなければ。何があっても。
あのような魔物に、この子を渡すわけにはいきません。
「芥都、銀髪、下がるでおじゃる!」
シャル様の声が響き、キース様と芥都様が同時に後方へ飛び退きます。
次の瞬間、三匹の魔物の中心に純白の虎が出現し、激しいイカヅチを辺り一帯に撒き散らしました。
「ごぁぁぁあああああああっ!」
魔物の悲鳴が重なり、この世のものとは思えないおぞましい音が辺りに響き渡ります。
亡者の国に響く怨嗟の歌を髣髴とさせました。
「キース様……勝ってください。どうか、ご無事で……っ」
毎回、戦闘の度に私は神へ祈りを捧げます。
キース様はすべての神を等しく疎まれていますので秘密にしていますが、毎回欠かすことなく祈っています。
例外は、一本橋での芥都様との戦闘のみ。
あの時は「勝ってください」とは祈りませんでした。
ただ、「無事でいてください」とだけ。
「みゅう」
おぼろげな影の鳴き声が、まるで私を励ましてくれているように聞こえて、少し、微笑んでしまいました。戦闘中だというのに。いけませんね、私。
「喰らえ――『雷神の怒り』っ!」
「ぎゃぁぁあああああ!」
キース様の『雷神の怒り』が炸裂し、魔物の一匹がのた打ち回ります。
周りの木々をなぎ倒し、砂埃を上げ、神聖さの欠片もなく、醜い形相で吠え立てます。
その様は無様で、到底神の器ではありません。
この魔物たちは、神であるはずがありません。
「安心してくださいね」
「みゅう?」
「必ず守ってくださいます。キース様たちが」
「みゅい~」
それが分かっているのか、おぼろげな影は嬉しそうに笑っていました。
「ゆいなさん、ティルダさん、少しよろしいですか?」
戦況を見守る私たちのもとへ、タイタスさんが近付いてきました。
その視線は真剣そのもので、やや警戒の色が強く表れていました。
「少し見ていただきたいものが。付いてきてください」
「え、でも……」
「すぐです。急いで」
「行きましょうティルダさん。大丈夫です、あの三人は負けません」
「……はい。そうですね」
ゆいなさんに後押しされ、私はタイタスさんに続いて朱色の建物――本殿の中へと入っていきました。
☆キース☆
「おの、れ……」
「神に、仇なす、愚か者どもめ……」
「呪ってくれるぞ……祟ってくれるぞ……」
折り重なるようにして倒れるバケモノどもが恨み節を垂れる。
なんとでも言え、貴様らはもうおしまいだ。
「これでとどめだ」
「あ~、フラグ立てちゃった」
「うむ、今のでこの先の展開が決まってしもぅたの」
俺の言葉を聞いて、芥都とチビ姫が顔をしかめる。
展開ってなんだ?
こいつらは何を言っているんだ?
「ヤツらはもう動けない。今とどめを刺せば終わるだろうが」
「――って、思うじゃん?」
「それが、そうではおじゃらんのじゃよ」
チッチッチッと、舌を鳴らして立てた人差し指を振るチビ姫にイラっとさせられる。
……泣かすぞ?
「では問題でおじゃる。この後の展開は、どうなるでお~じゃろ?」
「どうなるも何も、とどめを刺して終わりだろうが」
「ブー、じゃ! では、芥都。答えてみよ」
「まぁ、王道パターンは、合体、だな」
「正解でおじゃる」
はぁ!?
合体だと?
そんなこと起こるわけが――
「我らの真の力――」
「見せてくれようぞ!」
「絶望して、死ねぇええっ!」
三匹のバケモノがどろりと溶けるように融合して、一体の巨大なバケモノに変化しやがった。
「本当に合体した!?」
「の? 麻呂の言ぅた通りでおじゃろ?」
「ま、お約束だよな」
こんなもんが常識なのか!?
貴様ら、どんな異常な世界に生まれたんだよ!?
「おそらく、与えたダメージは消えておじゃるはずじゃ」
「だな。俺が倒したヤツの敗者ペナルティもキャンセルされてると思うから、振り出しだな」
「……冷静だな、貴様ら」
「「まっ、経験の差だな」じゃの」
……腹立つな、こいつら。
「しかし、デカくなったのぅ」
「10メートルくらいか? 背中の触手がいやらしいな」
バケモノは三倍以上の体積に膨れ上がり、芥都が言うように背中に無数の触手を生やしていた。
神を名乗るには、あまりにも醜悪過ぎる見てくれだ。
それとも、神ってのはこういうグロテスクなヤツが多いのか?
『よくもコケにしてくれたな……死をもって償えぇっ!』
触手が一斉に伸び、俺たちに襲い掛かってくる。
『神殺しの戦斧』で弾き、叩き、切断していく。
しかし、数が多くてキリがない。
『死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねぇぇえええ!』
チィ! やかましい!
「芥都、銀髪、作戦じゃ!」
「よし、聞こう」
「言ってみやがれ」
各々に触手を弾き、顔らしき場所にあるくぼみから発射される瘴気のブレスをかわしながら、会話を交わす。
「麻呂が触手を押さえ込むでおじゃるから、芥都が彼奴をボコボコにして、銀髪が特大の必殺技でとどめを刺すでおじゃる」
「出来んのかよ、貴様らに?」
「ふっ、誰に言ってんだよ?」
「愚問でおじゃる」
「じゃあ、さっさとやりやがれ!」
簡素な作戦を決めた瞬間、芥都とチビ姫は行動を起こした。
「出るのじゃ! 我が僕聖獣雷の虎!」
蠢くすべての触手にイカヅチが降り注ぐ。
先ほどよりも威力が弱く、幾分コントロールされている感じだ。……器用なチビだ。
「んじゃ、今回は一気に決めるぜ! 『乱炎龍』!」
炎を纏った拳を繰り出し、乱打をバケモノの腹へとぶつけていく芥都。
時折、バケモノが瘴気のブレスを浴びせかけるが、芥都はそれを難なく耐えてみせる。
……普通なら、吸い込むだけで絶命し、触れるだけで体が蝕まれるはずなのだが。相変わらず無茶苦茶だ、あいつは。どっちがバケモノなのか、分かりゃしない。
「見たか、これが丸腰の底力だ!」
いつものバカみたいなセリフを吐いて、芥都が赤い顔で俺に合図を送る。
「さっさと片付けちまえ、キース!」
「……あぁ」
照れるなら、やらなければいいものを。
やはり、阿呆か。
「……ふん。随分と楽な役回りだな」
地面に倒れた巨大なバケモノは、ピクリとも動く気配がない。
俺も経験済みだから分かる。指一本動かせないのだ。
だからといって、手加減してやるつもりは微塵もないがな。
「『雷神の怒り』!」
バケモノの頭蓋を叩き割り、特大の落雷をお見舞いする。
『ぐぁぁぁあああああっ!』
大地を震わせるような絶叫を上げ、バケモノは力なく項垂れた。
これで、終わった……のか?
「キース様!」
朱色のデカい建物の中から、ティルダが血相を変えて飛び出してくる。
「敵はおそらく、もう一体います!」
そう叫ぶティルダの背後。
朱色の建物の天井に身を潜めていた女が飛び出してきた。
猿のようにやせ細り、牙を剥き出しにした、人にあるまじき形相の女。巫女と呼ばれたババアどもと同じ服を身に纏っている。
「神の依り代を寄越せぇぇええ!」
「きゃあ!」
唾をまき散らし、ティルダに襲い掛かる巫女。
ティルダが……いや、不気味な影が危ないっ!
走っていっても間に合わない。
だが武器を手放せば戦いが……えぇい、ごちゃごちゃ考えるな!
「そこのチビに手を出すなぁ!」
『神殺しの戦斧』を巫女目掛けて投げつける。
「チィイッ!」
耳障りな舌打ちをして、巫女が後方へ飛び退く。
『神殺しの戦斧』はそのまま遠くまで飛んでいってしまう。
だが、間に合った。
「このガキは俺らが預かってんだ。勝手に連れ去んじゃねぇ!」
ティルダとガキを背にかばう。
これでもう、手出しは出来ないだろう。
「キース様……」
「みゅぅ」
「……ちっ。間の抜けた声を出している暇があれば、さっさと避難をしろ。チビ姫のそばまで行きゃあ、守ってもらえるだろう」
「は、はい! ご武運を!」
ティルダが遠ざかっていくのを背中に感じ、俺は巫女と向かい合う。
「邪魔をするなぁ、下等生物どもがぁ!」
「どう見ても、貴様の方が畜生に見えると思うがな」
「黙れぇ! 我らは神の力を奪ったのだ! 神の力を得た我らは神となる! いや、もはや神なのだ! 神に逆らいし愚か者どもは滅びるべきなのだ!」
「…………チッ」
他人から奪った力で粋がりやがって……
「過去の自分を見ているみたいで、吐き気がするぜ」
俺は、こんなみっともないマネをしていたのか……そりゃあ、勝てないはずだ。
「芥都、チビ姫。……手を出すな」
「いいけどよぉ、ちゃんとしろよ」
「ふむ。では其方がその痴れ者を始末した後、麻呂が其方を始末してくれるのじゃ……誰がチビでおじゃるか……」
チビは心も小せぇな。
「貴様ごときに何が出来る! 骨まで溶けて、消えてなくなるがいい!」
巫女が口から瘴気を吐き出す。
そんな穢れた力で神を気取るとは……
「その程度の芸当……俺にも出来んだよ!」
手のひらから毒を吐き出し、瘴気にぶつけながら前進する。
砂利を蹴って巫女に近付くほど瘴気が濃くなり、俺の腕を、頬を、体を焼いていく。
だが――
「ごっ!?」
「口を押さえちまったら、もう瘴気は吐けねぇよなぁ……」
毒に濡れた手で巫女の口を塞ぐ。
それでも巫女は大口を開け、俺の手に噛みつこうとする。
……上等だ。俺の前で大口を開けて――無事で済むと思うなよ!?
「存分に喰らいやがれ!」
手のひらから出せるだけの毒を一斉射出する。
巫女の口から溢れ噴き出しても遠慮せず、どんどんと押し流していく。
巫女の胃を毒液で満たし、それでもなお毒を与え続ける。
瘴気を吐く暇も余裕もなくし……巫女はぐったりと事切れた。
……ったく。粘りやがって。
俺の右腕は、瘴気に冒されて真っ黒になっていた。
おそらく、もう使い物にならないだろう……
少しばかり、無理を――
「無理し過ぎだっつの」
芥都が呆れ顔で言って、俺の右腕をぽんと叩いた。
その瞬間、痛みや重さ、呪いに蝕まれていた不快感が嘘のように消滅した。
本当に、一瞬のうちに。
「まだどっか痛むか?」
「…………」
なんでもないような顔で言う芥都を見つめ、俺は心の底から湧き上がってきた感想を口にした。
「……バケモノめ」
呆れ顔をしたいのは、こっちの方だ。
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