森羅盤上‐レトロゲーマーは忠犬美少女と神々の遊技台を駆け抜ける‐

宮地拓海
宮地拓海

319 幼い日の夢

公開日時: 2022年3月8日(火) 19:00
文字数:3,958

 俺には、カズキという名の幼馴染がいた。

 家が隣同士で、物心ついたころにはそばにカズキがいて、俺たちは毎日のように顔を合わせるようになっていた。

 幼いころのカズキはよく笑う元気なヤツで、俺たちはとても仲のよい友達だったと思う。

 

 けれど、幼稚園に通い始めたころから、カズキは少しずつ変わっていった。

 

 人を避け、一人でいることを好むようになった。

 話しかければ返事はするが、遊びに誘っても乗ってこなくなった。

 

 小学校に入学するころになるとそれはより顕著になり、カズキはクラスで浮くようになった。

 誰とも遊ばず、話しかけることもなく、テストで満点を取っても喜ぶようなこともなかった。

 行事にも非協力的で、教室の片隅で一人ぽつんと座っている時間が増えていた。

 

 そんなことが積み重なり、カズキはクラスでイジメに遭うようになった。

 ガキだったから陰湿なものではなかったが、短絡的な暴力を受けることもあった。

 顔を叩かれ、頬が赤く腫れても、カズキはすました顔で「気が済んだ? じゃ、もういいだろう」なんて、いじめっ子を相手にしなかった。

 

 俺が見かけた時は止めたし、カズキにももっとみんなと仲良くするように説得してみた。

 だが、カズキは変わらなかった。

 

「生きていると嫌なことはいっぱいあるんだよ。それが一つ増えただけ。ただそれだけさ」

 

 そんなことを言って、一層他人と距離を取るようになった。

 

 

 二年生になって、カズキが入院をした。

 二階の窓から転落して足を骨折したのだと聞いた。

 最低でも一ヶ月は欠席するだろうと、担任は言っていた。

 カズキがいなくなった教室では、カズキの悪口が毎日聞かれるようになった。

 それが、俺には耐えられなかった。

 

 それでようやく分かったんだ。

 俺が何に腹を立てていたのか。

 カズキが素っ気ないから、俺は寂しがってんじゃないかと、そう思っていたが違った。

 カズキのいいところを一個も知らないヤツが、カズキを悪く言ってるのが気に入らなかったんだ。

 言わせたままにしているカズキにも怒っていたんだ。

 

 だから俺は、カズキの病室に『トモコン』を持ち込んだ。

 四歳の時に買ってもらった、俺の宝物だ。

 カズキは大部屋にいたが、ガキだった俺はお構いなしに病室のテレビでゲームをした。

 

「ほい、対戦な!」

 

 乗り気じゃなかったカズキに無理やりコントローラーを握らせて、対戦型2D格闘ゲーム『TOYメカFight』をプレイした。

 今見れば、動作は単純でエフェクトもしょぼく容量の少なさがにじみ出ている感が否めないが、当時は画期的なゲームだった。

 

 単純な動きしか出来ない格闘ゲームはプレーヤーのうまさが反映されにくい。

 初プレイのカズキが相手でもいい勝負になってしまうことが多々あった。

 けれど、カズキは勝ちを焦るクセがあったから、俺はそこを突いて連戦連勝してやった。

 

「……くそっ、あと一撃だったのに!」

「その一撃が、俺とお前の差だよ」

「まぐれだよ。次はボクが勝つ!」

「次も俺が勝つよ」

「うるさい! もう一回!」

「へいへい」

 

 最初乗り気じゃなかったカズキも次第に夢中になっていった。

 あそこまで素直に悔しさを見せるカズキは久しぶりで、俺はなんだか嬉しかったんだと思う。

 その日は、面会時間が終わるまでずっとゲームをやり続けた。

 

 

 カズキは退院すると、俺の部屋に入り浸るようになった。

 日課のリハビリを終え、欠席の間家でやる課題をさっさと片付けて、残った時間のすべてを俺とのゲームに費やしていた。

 気付けば、俺たちは接戦を繰り返すようになっていた。

 

 そして、カズキが退院してから一週間後、俺はついにカズキに負けた。

 手加減なんかしていない。

 普通に勝ちに行ったら、僅差だったけれど、パンチ一発分の差で負けてしまった。

 

 俺はすっげぇ悔しくて、信じられなくて、ちょっと泣きそうだったのに、カズキのヤツは……

 

 

「やった! 見たか芥都! これがボクの実力だ!」

 

 

 って、両腕を振り上げて大はしゃぎしていて……その顔を見てたら、なんか悔しさよりも楽しさが勝って――

 

 

「次は勝つ!」

「返り討ちにしてあげるよ!」

 

 

 あとで聞けば、親に『トモコン』をねだって家でこっそり練習していたんだそうだ。

 努力を隠すヤツだったんだ、昔から。

 

 

 それからは本当にゲーム三昧な毎日で、俺たちが三年になるころ『トモコン』の後継機として『スーパーフレンドコンピューター』通称『フレコン』が発売された。

 

 俺もカズキも両親に猛烈なおねだりをして発売日にゲットして、寝る間も惜しんでゲームに打ち込んだ。

 

 思えば、あの時俺は本格的なゲーマー人生を歩み出したんだと思う。

 

 ゲームばかりする俺たちに「成績が落ちたらゲーム禁止」という鬼のような規則が設けられ、俺とカズキは学校で猛勉強をした。

 家での時間をすべてゲームに費やすために、学校での時間はすべて勉強に費やした。

 幸い、分からないところはなんだって教えてくれる教師もいたし、俺たちは成績をめきめき伸ばしていった。

 たぶん、あの時は勉強ですらゲーム感覚で競っていたんだろうな。

 

 俺とカズキは、そこから小学校を卒業するまで常に学年トップとナンバー2を独占し続けた。

 トータルで見れば、俺の方が勝っていた。ふふん。……体育と家庭科を入れればな。

 

 

 気付けば、俺とカズキはクラスの中心人物になっていた。

 派手で目立って、いつも楽しそうに張り合っている俺たちの周りには、いつの間にか友達がたくさん集まってくるようになっていた。

 低学年のころにカズキを避けていた連中も、カズキと話をするようになって見方を変えていた。

 カズキの良さがクラスに認められたみたいで、俺は嬉しかった。

 

 五年生になるころには、いろんなヤツの家に行っていろんなゲームをやった。

 特に『ドラゴンファイター舞踏伝2』には、誰もがハマっていた。

 

 俺は主人公の皇火龍すめらぎひりゅうを使い、カズキはライバルキャラのサラサ・ナイトシークを好んで使っていた。

 サラサは、前作『ドラゴンファイター舞踏伝』のラスボス、ナイトシーク・バロンの娘で、悪に手を染めた父親と決別し貴族の娘という地位を捨て一介の騎士として強敵たちと対峙する道を選んだというキャラで、貴族のお嬢様だったころの長い髪をロングソードで雑に切ったショートカットが無性に格好よかった。

 

 それを意識してなのか、カズキも四年生まで伸ばしていた髪を、五年生になると共にバッサリと切っていた。

「どうだい? 凜々しいだろう?」なんて冗談っぽく言っていたけど、俺は長い髪も好きだったんだよなぁ。

 

 

 そして六年生になり、小学校生活も残り一ヶ月を切った二月のある休日。

 その日は大雪で、友達の家に遊びに行くのを親に禁止された。

 ただ、隣のカズキとなら遊んでいいということだったので、俺の家で朝からゲームをする約束をしていた。

 

 十時には来ると言っていたのだが、十一時を過ぎても、十二時を過ぎても、カズキはやって来なかった。

 家に電話をしても誰も出ない。

 雪の中カズキの家まで行ってみたが、呼び鈴を押しても誰も出てこなかった。

 

 家族でどこかに出かけたのか、車がなかった。

 

 俺との約束をすっぽかして家族で出かけやがったんだと、その時は思った。

 それが無性に悔しくて、腹立たしくて、俺は家に帰ってベッドに潜り込んだ。

 今日はもう絶対ゲームなんかやるもんかって拗ねて、ふて寝をした。

 

 どれくらい眠ったのか、俺は窓を叩く音で目が覚めた。

 部屋の中は真っ暗で、時計を見れば夜の九時を回っていた。

 

 閉め忘れていたカーテンの向こうに、カズキがいて「窓を開けろ」ってジェスチャーをしていた。あと、「寒い! 早く!」って口が動いてた。

 

 部屋に入れてやると、カズキは以前見せていたような、妙に大人ぶった顔をして「悪かった」と謝ってきた。

 

「けれど理解してほしい。これだけの時間がボクには必要だったんだよ」

 

 何があったのか、尋ねてもカズキは答えてくれなかった。

 ただ、「やるべきこととしがらみを片付けてきた」と。

 そして、俺に言ったんだ。

 

 

「まっさらな状態で君と向き合いたかった。君とのゲームは、ボクの人生そのものだ」

 

 

 その時のカズキの顔は、今でもはっきりと思い出せる。

 寒さで耳と頬が赤く染まっていたが、それ以上に、目尻を染める赤が強く印象に残っていた。

 

 

「ゲームは心から楽しめなきゃ意味がないからね」

 

 

 思い返してみれば、いつもそうだった。

 カズキは俺に嘘は吐かない。

 けれど、本当のことは何も教えてくれなかった。

 

 だから俺は、ゲームの中で本当のカズキに触れていたんだ。

 コントローラーを握り、画面の中に意識を飛ばしているあの瞬間だけは、偽りのないカズキの本当の心に触れられている気がしていたから。

 

 

 日付が変わるまでゲームをして、昼寝の効果もなく睡魔に襲われ、その日はお開きになった。

 再び窓から外に出るカズキに「また勝負しようぜ」って声をかけると、カズキは少しだけ俯いて、少しだけ黙って、少しだけ動きを止めて――

 

 

「じゃ、また明日」

 

 

 こっちに笑顔を向けて、そう言ったんだ。

 俺は「おう」って軽く返事をして屋根伝いに家に帰っていくカズキを見送った。

 

 

 それが、カズキと交わした最後の言葉だった。

 

 

 

 翌日、カズキはこの街からいなくなった。

 両親が離婚し、母親に引き取られて遠い街へ引っ越していったのだと、あとになって聞いた。

 

 

 カズキ。

 お前はあの時、雪の積もった屋根の上で、何を思ったんだ?

 俺に、何を隠したんだよ。

 なぁ、カズキ……

 

 

 

 

『ボクに勝てたら、全部教えてあげるよ』

 

 

 

 

 その声は、耳のすぐそばで聞こえ、俺は飛び起きた。

 

「カズキ!?」

 

 辺りは真っ暗で、なんだか豪華な部屋に見知った顔が雑魚寝していた。

 ……ここは、ワシルアン王国の、宴会場。

 

 …………夢、か?

 

 

 耳にそっと手を当てる。

 妙に生々しい声だった。

 それに……、耳に、微かにだけれど吐息がかかった感触が残っている。

 

 なんだか胸騒ぎがして、今日はもう眠れる気がしなかった。

 

 

 

 

 

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