森羅盤上‐レトロゲーマーは忠犬美少女と神々の遊技台を駆け抜ける‐

宮地拓海
宮地拓海

273 連れ去られた姫

公開日時: 2022年1月11日(火) 19:00
文字数:3,165

「芥都の世界の神というのは、随分と勝手なのね」

 

 手当てを終えたアイリーンが不機嫌顔で言う。

 こちらが有利と見るや急に難易度を上げた『神』――らしき少年のシルエット。

 

 ただ、あの少年は俺に本気を出せと言っていた。

 

 

 

『ゲームは、いつでも命がけなんだよ?』

 

 

 

 あいつが言ったそのセリフが、なんだかずっと耳に残っていた。

 どこかで聞いたことがあるような気がする……

 

 まぁ、誰でも言いそうな言葉だもんな。

 俺も言っていたかもしれない。

 

「ヒール!」

「おぉ、傷が治っていくであります」

 

 傷の手当てを終えたプルメが、サクラたちにヒールをかけている。

 戦闘中でなくても魔法は使えるようだ。

 

 その能力、試練が終わったら消えてしまうのだろうか。残ってくれると助かるんだが。

 いや、まぁ、テッドウッドと今後も一緒に行動するかは分からないけども。

 

「回復魔法というものは便利でありますね。プルメさんは昔からそのような力が?」

「い、いえ。この杖のおかげだと思います」

 

 プルメがヒールの杖をそっと撫でる。

 きっとそうなのだろう。シスターは杖を変えることでヒール以外の補助魔法を使えるようになる。

『フレイムエムブレム』の魔法は杖や魔導書などの装備品に付与されているのだ。

 だから、杖さえあれば、シスターなら誰でも同じ魔法が使えるというわけだ。

 

 ステータスは撤廃されたが、ジョブと武器の効力はそのままというわけか。

 

「ってことは、強力な武器を集めることが、この試練を攻略する上で必須になるかもしれないな」

 

『フレイムエムブレム』には、威力の高い武器がいくつも存在する。

 武器屋で買ったり、宝箱から手に入れたり、敵から奪ったりして入手するのだ。

 

「芥都様~!」

 

 空からティルダとシャクヤクが舞い降りてくる。

 

「ダメでした。この近辺にコンペキア王国の騎士さんたちは見当たりませんでした」

「そうか」

 

 この国の騎士たちは『神』の魔法によって力を奪われ身動きが取れなくなっていたらしい。

 その騎士がどこにもいない。

 捕らわれて連れ去られたのか……それとも、山賊たちのように『消され』てしまったのか。跡形もなく、煙のように。

 

「よし、手当てが終わったところで、王宮へ入るぞ」

「また、戦闘になるんでしょうか……なるんでしょうね」

 

 ゆいなも、少し分かってきたようだ。

 俺たちが進む先々で戦闘が発生する。

 

 だが、その度に仲間も増えるんだ。悪いことばかりじゃないさ。

 

「随分と悪辣な試練なのね。前回もこんな感じだったのかしら?」

「いえ、前回はもっと楽しげでしたよ。試練自体は、まぁ、結構大変でしたけれど」

 

 ゆいなにとって、前回の試練はいい思い出として記憶されているらしい。

 

「おやつ食べ放題で、ソファもふかふかで、お風呂なんか足を伸ばして入れる上にジャグジーまでついていて!」

「……あなた、試練の最中に何をしていたのよ?」

 

 散々堪能し尽くしていたようだな、俺らが『F∞』や『エターナル・ファイト』で苦労していた時に。

 

「妖精さんたちも、とても可愛らしい人たちでしたのに……」

「おそらく、今回は四妖精が管理している試練じゃない。その上が管理してるんだ」

「『神』プレゼンツ、ですね」

 

 だから、お遊びムードが少ないんだろうな。

 まぁ、『神』的にはお遊びのつもりなのかもしれないけどな。

 こっちの苦労を、面白おかしく眺めているのかもしれない。

 

「とにかく、早くみんなと合流しないとな」

「そうですね。きっとみなさんなら大丈夫だとは思いますが……」

 

 少人数で敵の大群に囲まれてしまえば、シャルやキースといえど苦戦はするだろう。

 なにせ【神技】が封じられているのだから。

 それより何より、今回の試練のルールを把握していない可能性もある。

 

 つい先日【神技】を封じられたばかりだ。

 今回も同じだと考えているかもしれない。

【特技】なら使えるってことにも気付いていないかもしれない。

 

 なんにせよ、早く合流してやらないと。

 

「キースたちは王宮に向かったきり戻らないんだな」

「はい」

 

 ティルダが不安そうに首肯する。

 

「なら、クリュティアと同じように連れ去られたかもしれないな」

「あの魔法の光に動きを封じられて、ですね」

 

 ゆいながぐるるっとノドを鳴らす。

 おそらく、そんなところだろう。

 

「山賊たちはヒルマ姫を捕らえて連れて行けと言っていました。まだ捕まっていない可能性もありますね」

 

 タイタスがそんなことを言う。

 山賊のセリフからすれば、ヒルマ姫はまだ捕まっていないとも考えられるし、もう捕まっていて連れ去られる直前だったということも考えられる。

 

「シャルは、ヒルマ姫の寝室に泊まると言っていたんだよな?」

「えぇ。そうです」

「じゃあもし、シャルさんがヒルマ姫と同じ部屋にいたのなら……危険ですよね、二人とも」

「シャル姫ならば、ヒルマ姫を守るために山賊と戦われるでしょうね。たとえ【神技】が使えなくとも」

 

 タイタスの声が重い。

 心配しているのがはっきりと分かる。

 

 なんとなく、こいつもシャルに対してはただのパートナー、ただの転移者以上の何かを感じているように思える。

 もっと割り切った、心根の冷たいヤツだった気がしていたのだが……

 

 変わったな、こいつも。

 

「よし、準備はいいな? 王宮に乗り込むぞ」

「はい! 戦闘が始まろうと返り討ちにしてやります!」

 

 全員、傷の手当ては終わった。

 気合いも十分。

 王宮へ入ればステージ3が始まるのだろうが、受けて立ってやる。

 

 一度全員と視線を交わし、俺たちは王宮へと踏み込んだ。

 

 

 だが。

 

 

「……始まりませんでしたね」

 

 身構えて踏み込んだのだが、ステージ3は始まらなかった。

 ……まさか、ターン制だけでなく、ステージ制も廃止されたのか?

 つまり、どこに敵が潜んでいるのか分からず、戦闘も偶発的に起こると?

 それはもはやゲームじゃなくただの戦争じゃねぇか。

 

 さすがに試練である以上ステージ制は残っていると思いたいが……

 

「とにかく、ヒルマ姫の寝室へ向かいましょう。こちらであります」

 

 サクラが先頭に立ち、俺たちを案内する。

 慎重に移動するので、サクラが先頭でも後ろがつかえることはない。

 

『フレイムエムブレム』で、アーマー騎士が先頭を歩くって……

 

 謁見の間を通り過ぎ、いくつも階段を上っていく。

 そして、王宮の最上階へ到達した時、サクラが廊下の突き当たりにある大きな扉を指さした。

 

「あそこが、ヒルマ姫様の寝室です」

「ねぇ、あの扉……開いてないかしら?」

 

 アイリーンの指摘した通り、ヒルマ姫の寝室のドアはかすかに開いていた。

 ざっと視線を交わし、無言で頷いて、俺たちは迅速に行動を起こした。

 

「サクラは扉の前で待機、アイリーンはサクラの後ろで魔法の準備。タイタスも援護を頼む」

 

 走りながら小声で指示を出し、俺、ゆいな、シャクヤク、ティルダが部屋へと飛び込む。

 扉を蹴り開け、一気に室内へとなだれ込む。

 四人で背中合わせになり、全方位へ警戒の視線を向ける。

 

 

 ……だが、室内に人の気配はなかった。

 

 

「連れ去られた後か……」

「みなさんを呼んできます」

 

 ゆいなが部屋の前で待機している者たちを呼びに行く。

 その間、俺たちはクローゼットの中やベッドの下など、身を隠せそうな場所を調べる。

 

 そんな中、シャクヤクが驚きの声を上げる。

 

「ヒルマ!」

 

 その声に、全員の視線が集中する。

 シャクヤクが調べていたのは、大きな姿見の裏。そこに人一人がすっぽりと隠れられる空間が隠されていた。

 隠し部屋や隠し通路というほど豪華なものではないが、何かあった際身を隠す場所なのだろう。

 

 そこに、うずくまって震えるヒルマ姫がいた。

 

「よかった……無事だったのか」

 

 思わず安堵の息が漏れる。

 室内を包み込んでいた緊張が和らぐ。

 

 

 だが、顔を上げたヒルマ姫の顔は涙で濡れていて、歯を食いしばった口から漏れた声は悲痛な思いをにじませていた。

 

 

「シャルっぺ……が、私の代わりに攫われてしまいました!」

 

 

 室内は、再び緊張に包まれた。

 

 

 

 

 

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