森羅盤上‐レトロゲーマーは忠犬美少女と神々の遊技台を駆け抜ける‐

宮地拓海
宮地拓海

303 大司祭ミラ

公開日時: 2022年2月17日(木) 19:00
文字数:3,946

 俺、ゆいな、シャル、タイタス、キース、ティルダ、アイリーン、クリュティア、ジラルド、ムッキュ、テッドウッド、プルメ、サクラ、シャクヤク、エビフライ。

 

 ヒルマ姫を除いた俺たちの仲間は、十五人いる。

 一人多いのだ。

 

 これが、二十人三十人と仲間が増えていくのであれば、十四人の楕円卓の騎士とその仲間たちという構造なのだと思うことも出来た。

 だが、一人だけ多いというのは、なんとも違和感がある。

 

 だから、きっとこういうことなのだろうと思った。

 

 俺たちは、ヒルマ姫と十四人の楕円卓の騎士と、もう一人いるんだと。

 そして、その一人こそが、この神殿で俺たちを待っているはずの大司祭ミラなのだろうと。

 そう言えば、「待っている」なんて書かれてなかったな、あの日誌には。

『この地で、選ばれし者たちへ神聖魔法と神武を授けよう』と書かれていただけだ。

 けどまさか、コンペキア王国から一緒に旅をしてこの場所まで同行するとは思わなかったよ。

 

 もっと早く言ってくれりゃよかったのに。

 それとも、俺たちを見極めようとでもしていたのか?

 なぁ?

 

 俺が名指しした人物は静かに微笑み、ゆっくりと俺の前へと歩いてくる。

 丸い眼鏡を押し上げて、とても嬉しそうに。

 

「ご明察なのであります。よく気が付きましたね、芥都さん」

 

 楽し気にころころとノドを鳴らし、エビフライ――大司祭ミラが俺に拍手をくれる。

 

「消去法だけどな」

 

 何か証拠を掴んで推論を立てたわけじゃない。

 ノーヒントでこいつが大司祭ミラだと気付いたわけでもない。

 

「違和感を覚えたのは、わざわざ『十四人』と数を指定しているのに十五人になった時。その時はもっと仲間が増えると思っていたんだが、そうじゃなかった。そう考えると怪しいのはお前ってことになるんだよ」

「サクラやシャクヤクではなく? もしかしたら他の誰かに化けている可能性もなくはなかったなのです」

「試練が始まったからな」

「試練……?」

 

 俺は四妖精に『仲間を集めろ』と言われていた。

 そして、その通りに俺を含めた十四人の仲間を集め、そして試練が始まった。

 

「お前だけなんだよ、試練が始まった後に仲間になったのはな」

 

 四妖精が試練を始める条件として提示した仲間集め。

 それをクリアしたからこそ試練が始まったのだと考えるならば、試練が始まった後に仲間になったエビフライは十四人の楕円卓の騎士たり得ない。

 

「それに、最悪を想定してしまうお前のくせも、大司祭ミラの後悔が色濃く表れているようだしな」

「あはは。それは、おそらくそうなのです。……アレは、ちょっとやそっとでは忘れられない、トラウマなのです」

 

 そのトラウマを抱え、こいつは今まで生きてきた。

 つらかったろうな。

 

「それにしても、大司祭ミラであることまで見抜かれるとは驚きなのです」

「さっきも言ったが、この結界の中に入れるのはヒルマ姫と十四人の楕円卓の騎士のみだ。そう日誌に書かれていたしな」

 

 けれど、十五人いる俺たちは全員この結界の中へと入ることが出来た。

 俺たち以外でこの結界の中に入れる者は、この結界を作った大司祭ミラの性格を考えれば、この町の民たちと大司祭ミラ本人くらいだろう。

 けれど、民はいなくなったと日誌にも書かれていた。

 

「だから、可能性があるのは大司祭ミラしかいないんじゃないかってな」

「けれど、私は肉体をなくしたのですよ? それでも生存を信じられたと?」

「お前は明記したじゃないか。俺たちに神武を託すって」

 

 つまり大司祭ミラは肉体を失っても生きていられるという確信を持っていた。

 いや、使命のために何がなんでも生き続ける気概を持っていた、というべきだろう。

 

「そのために、お前の魂はエビフライの肉体に宿った」

「その通りなのです。ちょうどサクラたちと出会う直前――この娘が三歳の頃なのです。この娘は重い病を患い生命を手放しかけていました」

 

 そこへ、ミラの魂が現れ少女の生命と魂を結び付けた。

 エビフライでありつつミラである少女は、そうして誕生した。

 

「エビフライの魂は、病によって摩耗しており自我はほとんど残ってなかったなのです。だから、現在の自我のほとんどはミラのものなのです。ですが……家族や祖国へ対する愛情は、この娘の心の中にしっかりと残っているのです」

 

 エビフライの心は消えかかっていたが、しっかりとミラの中で生きている。

 だからこそ、同年代のサクラやシャクヤク、ヒルマ姫と仲良くなれたのだろう。

 

「今まで、騙してきてごめんなのです」

 

 振り返り、ヒルマ姫やサクラ、シャクヤクに寂しそうな笑みを向ける。

 

「みんなと一緒に過ごした日々は、本当に楽しかったのです。ただの一人の女の子になれたようで……使命を忘れて、一人の少女として生きられて……みんなと、友達になれて……本当に嬉しかったなのです」

 

 ミラは大司祭の使命として、ヒルマ姫のそばにその身を寄せていた。

 いつか現れる、十四人の楕円卓の騎士たちをこの地に誘導するために。

 だが、それと同じくらいに、エビフライとしても精一杯生きてきたのだろう。

 友達と一緒に、学び、遊び、悩み、笑い、大切なものを育んだのだろう。

 

 エビフライという、一人の少女としていられた時間は、すべてを奪われた彼女にとって救いだったのかもしれない。

 あぁ、だからなのだろうか。

 彼女が「エビフライ」という一風変わった名前を気に入っていたのは。

 どこを気に入ったんだと、最初は呆れたものだが……それが一人の少女でいられる証なのだとすれば、大切に思う気持ちも分かる。

 

「ここまで正体を明かさなかったのは、予言にあった十四人の楕円卓の騎士たちを見極めるため、というのが半分の理由。……もう半分は、あとほんのわずかな時間だけでも、もう少しあなたたちとお友達のままでいたかったから、なのです」

 

 お茶目におどけてみせるエビフライの目尻から涙が落ちる。

 正体を知られれば、もう一緒にはいられない。

 

 ……そんなことを考えていたんだろうな。

 

「なに言ってんのよ、エビフライ」

 

 だが、向こうはそんなこと微塵も思っていないようだぞ。

 

「あんたの中身が誰であれ、あたしたちは生涯親友でしょ?」

「そうであります! 自分たちは幼馴染で親友。それは何があろうと変わらないでありますよ」

 

 シャクヤクとサクラがエビフライのそばまで駆けてきて、その手を取る。

 腕を取られ、戸惑いを見せるエビフライだが、その手を振り解くことは出来ない。出来るはずがない。

 ずっと一緒に過ごしてきた親友なのだから。

 

「ヒルマも、同じ気持ちだよね」

 

 シャクヤクに言われ、ヒルマ姫がためらいなく頷く。

 

「もちろんです。みんな、私の大切な親友ですわ」

 

 スカートの裾をつまんで、姫がやっちゃいけないんだろうが、小走りで駆けていくヒルマ姫。

 エビフライの前まで来ると、両腕を広げてその胸に飛び込んだ。

 覆いかぶさるように、サクラとシャクヤクも抱きつく。

 

 コンペキア三人娘……いや、四人娘がしっかりと抱き合い、互いのぬくもりと友情を確かめ合う。

 

「あぁ……なんと温かい。人とは……こんなにも温かいものなのですね」

 

 人を信じ過ぎたと後悔していた大司祭ミラが、その人の温かさに包まれている。

 きっと、また人を信用できるようになるだろう。

 いや、そもそも、ミラは人を信用しなくなどなっていなかった。

 あんなことがあった後でも、人を信じ続けていた。信じていたかった。

 

 そうでなきゃ、こんなに強い絆で結ばれた親友が出来るわけないもんな。

 

「エビフライ」

 

 涙が止まらないエビフライに、俺は以前行った言葉をもう一度言ってやる。

 

「だから言ったろ? 『世の中、思いもかけないいいことだってある』ってよ」

「本当……ですね。芥都さんの言う通りだったのです」

 

 顔をくしゃくしゃにして笑うエビフライ。

 丸い眼鏡を外して涙を拭う姿は、すごく綺麗に見えた。

 

 それからしばらく、俺たちは少女たちの涙が止まるのを待った。

 それはなんとも穏やかで、少しだけ贅沢な時間に思えた。

 

 

 そして、十数分後。

 

 

 

「むぁ~、シャクヤクたちに泣かされたのです。なんだか悔しいのです」

「なんでよ? いい友達を持ったな~って感動する場面でしょ、さっきのは」

「サクラとヒルマはともかく、よりにもよってシャクヤクになんて……一生の不覚なのです」

「だからなんでよ!? あたし、結構いいこと言ってるでしょ、いつも!?」

「美味しいお好み焼きのお店情報しか聞いたことないのです」

「そんなことないし、その情報役立ってるでしょ!?」

 

 あぁ、そう言えば、シャクヤクお勧めの美味しいお好み焼き屋に行ってないなぁ。

 すべてが終わったら、是非行ってみたいものだ。

 

「落ち着いたようでおじゃるの」

「だな」

 

 コンペキア四人娘に笑顔が戻ったところで、俺たちはここに来た本来の目的を果たす。

 

「エビフライ。……いや、大司祭ミラって呼ぶべきか」

「エビフライでいいなのです。そう呼んでもらえるのが、今は嬉しいのです」

「じゃあ、エビフライ。神聖魔法を授けてくれるか?」

「もちろんなのです」

 

 赤く染まる目尻をなぞり、エビフライが大きく頷く。

 

「ただ、神聖魔法と三種の神武は、それぞれに選ばれし者にしか扱えないのです」

「俺たちの中に、選ばれし者がいなければアウトってわけか」

 

 果たして、選ばれたヤツがいるのだろうか。

 

「神聖魔法と三種の神武は神殿の地下に保管されているなのです。ついてきてほしいなのです」

 

 エビフライが先頭に立ち、俺たちは大司祭ミラの私室を後にする。

 聖堂を抜け、祭壇の奥に隠されていた地下への階段を下りていく。

 

 

 地下にあったのは、聖堂以上に神聖な雰囲気の聖域だった。

 淡い光が溢れ、部屋全体が白く輝いている。

 広い部屋の中央に四本の柱が立っていて、その一本一本に武器が安置されている。

 剣。

 槍。

 弓矢。

 魔導書。

 

「これが、神聖魔法と三種の神武なのです」

 

 エビフライの声が、聖域にこだました。

 

 

 

 

 

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