こめかみを押さえて、眩暈を必死に抑えるような表情でゆいなが尋ねてくる。
「芥都さん、魔法って使えますか?」
「いや」
「では、普段生活する際――たとえば火を熾したりするのはどうやっていましたか?」
「ん? そんなもん、ガスコンロをカチカチって……」
「それ、今ここで出来ますか?」
「はぁ? ガスコンロがなきゃ出来るわけないだろうが」
「……あぁ…………」
ゆいなが膝から崩れ落ちる。なんか、ものすっげぇ落胆された!?
なんだよ? なんなんだよ?
「えっと……まず、基本的な話なんですが。ルードシアには芥都さんがいた世界とは異なる――芥都さんから見ると異世界と呼ばれる世界から無数の転移者が招待され、それぞれの力と知能を使って勝負をするんですね」
異世界からのライバルたちか。
ゲームではありがちな設定だが……、燃えるっ!
「それで、芥都さんのいた世界以外の、いわゆる異世界の人々はみな、魔法やそれに近しい特殊能力【特技】を持っています」
つまり、異世界の連中は魔法が使えるってわけか。
さすが異世界だな。ドラゴンとかとバチバチやり合っていたわけだ。くぅ~、燃えるなぁ、その設定!
「そんなライバルたちと、芥都さんは渡り合わなければいけないわけですが……芥都さん、戦う術はお持ちですか? おそらく、ない……ですよね?」
……うむ。燃えてる場合じゃないな、これは。
正直なところ、戦う術なんざ持ち合わせちゃいない。
あるのはゲームのテクニックのみだ。それも、テレビゲームの、な。
とはいえ、向こうから招待してきたんだ、それなりにやりようというものがあるはずだ。
そうでなければゲームバランスが悪過ぎてユーザーからクレーム来まくるぞ。俺もクレーム入れる。電話回線パンクさせる勢いで。
「そこは、こう……追々」
「それじゃあ、開始直後にゲームオーバーになっちゃいますよ」
焦りの見える表情でゆいなが訴えてくる。
「ルードシアで行われるゲームは、おのれの肉体を使ったバトルロワイヤルです。魔物や魔獣が跋扈する世界を旅して、他の転移者を蹴落として、最も早く絶対神の神殿へたどり着いた者が勝者となる、ガチバトルなんです!」
その勢いと剣幕に若干気圧される。
でも、ゲームだし、さ? もうちょっと気軽な雰囲気なんだろ、ホントは?
「えっと……、リアル脱出ゲームみたいなもんか?」
「リアル……? ちょっと待ってください、【真界】の情報にアクセスして確認を…………うにゃぁ、全然違います!? そんな生易しいものじゃないんですって! 殺し合いです、平たく言えば!」
こ、殺し合いとは……、また物騒な単語が出てきたもんだな。
今さらながらにすげぇ不安になってきた。だ、大丈夫なんだろうか、割と軽い気持ちで来ちゃったけども。
「ちょっと待ってくださいね、芥都さんの世界の言葉で分かりやすい喩えを…………そうですね、言うなればこれは、『殺し合いすごろく』とでも呼ぶべきゲームなんです!」
「ぷぷー!」
「笑い事じゃないんですよ!?」
いや、でも、『殺し合いすごろく』って。殺伐感が台無しじゃねぇか。緊張からの緩和で思わず笑っちまったよ。
「とにかく、現状を把握するために、芥都さんの【特技】を確認させてもらいますね!」
そう言って、ゆいなは俺の胸に手を当てて「スキルカードイジェクト」と唱える。
すると、俺の胸の中から光る半透明のパネルが「ぬるん」と出てきた。
「うぉっ、なにこれ!? 気持ち悪っ!?」
「これは、その人が保有しているスキルを確認できるカードなんです。これを使ってスキルの譲渡なんかも出来るので、使い方を覚えておいてくださいね」
いつの間にか体をいじくられていたようで……つっても、おそらく【神器】を授けられた時なんだろうけど……こんな奇妙なもんが俺の体の中に入っていた。
……なんか、すげぇ微妙な気分だ。俺、人間やめてないよな? いや、ヘソからコントローラー生えてる時点でもうすでに結構アレだけど。
というか、なんとなく個人情報を勝手に見られているみたいで嫌なんだが。
「なぁ、それって誰でも取り出せるもんなのか?」
「転移者のスキルカードは、本人かナビゲーターのみが取り出せる仕組みになっています。寝ている時に盗まれたりしたら一大事ですから」
一応、それで盗難や個人情報の漏洩は防がれている……と思っていいのだろうか。
で、そんな奇妙なカードを見て、ゆいなの表情が固まる。
俺も倣って自分のスキルカードを覗き込む。そこには――
【特技】
『無病息災』:いつでも健康、丈夫な体。
とだけ書かれていた。
……そういや俺、生まれてこの方病気したことなかったなぁ。
どうやら、俺は生まれながらに【特技】なるものを得ていたようだ。
うはっ、なんかこれって、ちょっと『特別な存在』っぽくね?
もしかして俺、マジで救世主とかそういう感じなのかも!?
「ゴミですね、この【特技】!?」
「おいテメェ! 俺の唯一の【特技】になんてこと言いやがる!?」
膨れ上がったこちらの期待を、ゆいなはぺっと唾棄する。
いいじゃねぇか、健康!
健康は宝だって祖母ちゃん言ってたぞ!
「戦闘に向きませんし、身を守ると言っても効果が微妙過ぎます」
確かに、戦闘には、ほんのちょっと向かないかもしれないけれど……
「じゃあ、お前はどんな【特技】持ってんだよ?」
俺が持っているってことは、こいつも持っているはずだ。なにせ獣人なんだからな。
きっと人間より身体能力も高くて、特殊な力とか持っているに違いない。
そんな期待を込めてゆいなを見ると……ゆいなは顔を逸らしやがった。
「実は……ここに投獄される際に全【特技】を没収されまして……ノースキルなんです」
「………………ゴミッ」
「ヒドいですよぅ!? それはさすがに言い過ぎだと思いますけども!?」
それでよく他人様の『無病息災』を笑えたもんだな。
耳をぺたんと寝かせてしゅ~んとうなだれても罪悪感なんか湧いてこないからな?
それにしても、だ。
「つまり俺たちは、どっちもゲームに有利な【特技】を持っていないってわけか?」
「はい……実質、最弱同士のコンビということに…………」
おぉう、初っ端からすでに詰んでる……
……と、二流や三流なら考えるところだろう。
だが、違う。
現状はただ単に『とても不利な状況に見える』だけだ。
まだ何も始まっちゃいない。
どんなゲームをやる時だって、俺は一度たりとも「負けるつもり」でコントローラーを握ったことなんかない。
心で負けて勝利なんか掴めるかよ。絶対に、勝ちに行くんだって、いつもみたいに、強気に。そして、前向きに!
「伸び代って観点で見ると、おそらく俺たちがナンバーワンだろうな」
「へ? …………ぷっ、ふふ、あははは」
弾けるように笑い出し、細い指で目尻に浮かぶ涙を拭う。
「芥都さん。すごいですね、その発想の転換は」
呆れ気味ではあったが、ゆいなが笑ってくれた。
俯くくらいなら、笑っていた方がいい。
俺はもう、俯かない。立ち止まらない。決して諦めない。
そう決めて、今日まで生きてきたんだ。
「ゆいな。最弱二人が力を合わせて最強どもをなぎ倒していくドラマチックなゲームを、お前は見てみたくないか?」
どんなゲームだって、主人公は最初弱いもんだ。どこぞの勇者だって、棒っきれと布の服で魔王を倒す旅に出たんだ。そんなもんなんだよ、始まりなんてのは。
それでどんどんレベルを上げて強くなっていくのだ。
主人公と一緒に、プレーヤーだってどんどんレベルアップしていく。その過程こそがドラマなんだ。
ドラマのないゲームなんか、そんなもんはどんなにグラフィックが美しかろうがサウンドが素晴らしかろうが、等しくクソゲーだ!
けれど、これだけ不利な状況をひっくり返すのは容易なことではないことは事実。
きっと一人では不可能だ。
けれど、二人でなら。
「ゆいな、俺と一緒に強くなってくれ」
こいつとなら、なんとでも出来そうな気がする。
感覚というか、直観というか、脳みそじゃないところでそれを確信しているって実感があった。
こういう始まり方をするゲームを、俺はいくつも見てきた。
そしてその結末を、俺はすべて知っている。
だから、この自信は自惚れではなく確信だ。
「勝つぞ、絶対に」
ゆいなはしばし、きょとんとした顔で俺を見つめ、くしゃりと相好を崩した。
「芥都さんって、……とっても強い人なんですね」
「最弱、だけどな」
「はい。てんで頼りないですけど」
くすくすと笑って、大きく息を吸い込む。胸を張って、迷いのない声で言う。
「でも、芥都さんなら信用出来る、そんな気がします」
俺の目を見つめながら、明確に、自信の片鱗を見せつけてくる。
まったく、『神様の言う通り』って言葉は言い得て妙だな。
俺のパートナーは、こいつ以外に有り得ないって心が確信してやがる。
「ところで芥都さん。【神器】をもとに【神技】を創造することが出来るんですが、今しますか? それとも、一度ルードシアを見てからにしますか?」
「【神技】?」
「えっと、芥都さんに分かりやすい言葉で言うと……『超必殺技』です」
そんなもんが使えるのか!?
いいね、さすがゲームだ! ゲームはそうでなくては!
「一度登録すると、二度と変更は出来ませんので、注意してくださいね」
「なら後にしよう。まずはゲームの感触を確かめたい」
「では、まいりましょう!」
きらきらわくわくした顔で、ゆいなが手を差し伸べてくる。
きっとこいつも早く行きたいのだろう、ルードシアへ。そして、絶対神の神殿へ。
「ゆいな。行くぞ、絶対神の神殿に。一番乗りでな!」
そう宣言してゆいなの手を取る。
握る手に力を込めると、ゆいなは満足そうに笑った。
「はいっ!」
そんな満面の笑みを見せられた直後――俺たちは瞬間移動した。
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