森羅盤上‐レトロゲーマーは忠犬美少女と神々の遊技台を駆け抜ける‐

宮地拓海
宮地拓海

297 想定する未来は

公開日時: 2022年2月10日(木) 19:00
文字数:3,881

 ユラの砦にたどり着く。

 砦の前には黒い全身鎧を着込んだアーマー騎士たちが並んでいる。

 おそらく、ナヤ王国の騎士団なのだろう。

 

 その両サイドにソシアル騎士。

 そして、砦の上にはペガサス騎士が待ち構えている。

 

 帝国へ繋がる道は厳重に守られ、普通に突破するのも困難だろう。

 それに加えて、ダッドノムト――クリュティアが待ち構えている。

 

「クリュティアが最後まで大人しくしていてくれれば、あそこら辺の騎士団を全部ぶっ飛ばしてじっくりと話が出来るんだがな」

「芥都殿。お言葉を返すようではありますが、あの人数を全滅させるのはあまり現実的ではないであります」

「そうね。さすがに数が多過ぎるわ。ここは、一点突破で敵将の首をもらうのが最適じゃない? あ、もちろん、敵将ってあんたらのお仲間さんじゃなくて、彼女を操ってる悪党って意味でね?」

 

 サクラもシャクヤクも、ナヤ王国と、カーマイン派のワシルアン騎士団の混合軍を全滅させるのはムリだと言う。

 普通に考えればそうだよな。

 どう考えても、この人数で二十も三十もいる敵を全滅させるなんて無茶だ。

 

 ってことは――

 

「クリュティアを探し出して、早く仲間にしちまうのが先か」

「オカンさえ取り戻せれば、一度ワシルアン王国に戻ってもいいものね。カーマイン派の騎士団も、カーマインが幽閉されていると知れば指揮が落ちるでしょうし」

 

 ここにいるカーマイン派の騎士団は、カーマインの敗北を知らない。

 そりゃな。昨日俺たちが捕まえて、今朝朝一で王都を出たのも俺らだし。知る術はなかっただろう。

 

「ところで、本当にそのダッドノムトはお仲間さんなのでありますか?」

 

 エビフライが不意にそんなことを言う。

 

「もしかしたら、別人の可能性もあるなのです」

「いや、ここ数十年くらいの単位でダッドノムトなんて目撃されてないんだろ?」

 

 なら、別のブルードラゴンだったってのは考えにくい。

 この付近にいるブルードラゴンは、おそらくクリュティアだけだろう。

 

「もし、帝国がなんらかの方法で氷の龍石を手に入れていれば、別の氷龍という可能性はあるなのです」

 

 まぁ、可能性は否定しないけど。

 

「それに……もし、ライデン殿下が帝国とグルで、私たちを罠にはめているとすれば――」

「エビフライ……ライデン殿下を疑っているのか?」

「私は、常に最悪の状況を想像して生きているなのです。どんな悲劇に見舞われようと、我を忘れないように」

 

 最悪を想定して生きることは、自己防衛としては効果がある。

 だが、それは常に、その瞬間を全力で楽しめないということでもある。

 何をしていても、心のどこかでは最悪を想定している。

 

 そうして、それがクセになれば、本当に信じられる人すらいなくなってしまいかねない。

 今はよくても、いつかこの人は自分を裏切るんじゃないか――ってな。

 

 

 

 俺の幼馴染が、まさにそんな生き方をしていた。

 

 

 

 小学生のくせにやけに冷めていて、怪我をしても、金を落としても、「大丈夫。そんなこともあるよ。人生だもの」なんてスカして感情を抑え込む。

 だから俺は、ヤツに本気を出させたくてゲームの世界へ引きずり込んだ。

 

 勝ち続けて勝ち続けて、「あ、ヤバい負けそう!」って展開から大逆転でまた勝って。

 その時、あいつは初めて本気で悔しそうな顔をしたんだ。

 

 それから、俺が知らないうちにあいつはゲームの猛特訓をして、気付けば俺と同じくらいにうまくなっていた。

 手加減なんかする暇もなく負けた時は本気で悔しくて、泣きそうなくらい悔しかったのに――

 

 

「やった! 見たか芥都! これがボクの実力だ!」

 

 

 なんて、大喜びするあいつの顔を見たら、なんか悔しさよりも嬉しさが勝って。

 それから、毎日のように対戦したっけな。

 

 

「芥都さん? どうかしたでありますか?」

「あ、いや。ちょっと昔のことを思い出してな」

 

 エビフライの物言いがあいつにちょっと似てたから、つい思い出してしまった。

 

「エビフライ。最低を想定するのはいいけどな、世の中、思いもかけないいいことだってあるんだぜ」

「……はい?」

 

 言っている意味が分からないと言いたげに、エビフライは首を傾げる。

 

「ご都合主義とか、依怙贔屓とか、そんなんじゃなくてもな、『えっ、マジで!?』ってくらいハッピーなことってのは、ある日突然降って湧いてくるんだ」

 

 ぽんっと、エビフライの背を叩く。

 考えなしの楽観主義者は困るが、「いいことあるさ」と無責任に信じてみるのも人生には必要だ。

 

 そうでなきゃ、ちゃんと前を向いていられなくなっちまう。

 前を向いてなきゃ、自分が目指していた場所がどこだったのか、知らないうちに見失っちまうからな。

 

「大丈夫。クリュティアはここにいるし、絶対に俺たちのもとに帰ってくる」

「……根拠は、なさそうなのです」

「あぁ、ない。根拠はないが、俺はそう信じている」

 

 直感ってのは、ここぞって時に信じてやれば、思いのほか結果を残してくれるものだ。

 

「不思議であります」

 

 根拠のない俺の持論を聞いて、エビフライが口元をほころばせる。

 

「芥都さんが言うと、本当にそうなりそうなのです」

 

 言って、愛馬タルタルを前進させる。

 表情は見えなくなったが、エビフライの肩からは力が抜けているような気がした。

 気のせいかもしれないけどな。

 

「何を話していたんですか?」

 

 ゆいなが隣へやって来る。

 シャルやアイリーンと話をしていたようだったが、もう終わったらしい。

 

「お前たちの方は何を話してたんだ?」

「クリュティアさんが戻ってきたら、パーティーしなきゃですねって」

 

 にっこにこ笑顔のゆいなは、微塵も疑っていないようだ。

 クリュティアがここにいない可能性も、俺たちのもとへ戻ってこないなんて可能性も。

 

「エビフライが罠だったらどうするって言ってたから、そんなことねーよって言ってやったんだ」

「罠、ですか?」

「ブルードラゴンは偽物で、俺たちを始末するためにここまでおびき寄せたって可能性もあるだろ?」

「いや、ないですよ、そんなの」

 

 目をぱちくりさせてゆいながあっけらかんと言う。

 

「ここでクリュティアさんを取り返して、このまま一気に帝国に攻め入って悪い皇帝をとっちめるって展開じゃないですか、これは。なので、ここにいるのはクリュティアさんで間違いないですよ」

 

 自分の言葉に一切の疑問を抱いていないゆいな。

 

 うん。

 やっぱり、俺のパートナーは、ゆいなしかいないな。

 

「だよなぁ、ここでクリュティアが偽物だったら興ざめだよな」

「ですよ。だって、偽物作戦はシャルさんの時にやったじゃないですか。二番煎じは寒いですよ」

 

 そんなテレビ番組的なルールなんぞ敵は知ったこっちゃないんだろうが、不思議とそれが当然だって気になる。

 

「んじゃ、迎えに行くか」

「はい。クリュティアさん、あれでなかなか寂しがり屋さんですからね。きっと今晩あたり『みんなでお風呂!』『ぎゅってして寝たい』って騒ぎ出しますよ」

「しょーがねーな~」

「女子限定で、ですよ!? なに当たり前みたいな顔で混ざろうとしてるんですか!?」

「俺たち、仲間だろ☆」

「仲間なら、そーゆー思春期は控えてください!」

 

 仲間だからこそ、寛容な心をだなぁ。……ったくもう。

 

「芥都よ! 砦の上を見るでおじゃる!」

 

 シャルが指さしたのは、砦の屋上バルコニーのような、お偉い貴族様がそこに立って、見上げてくる民衆を鼓舞するために作られたような場所。

 そこに、美しいドレスを着せられたクリュティアが現れた。

 

 隣には、陰気くさいローブに身を包んだ、辛気くさくて胡散臭いジジイが立っている。

 

 よく見えないな……と、思っていると目の前にウィンドウが出現した。

 映し出されたのは陰気くさい辛気くさい胡散臭い、臭いの三拍子が揃ったジジイと、どこかうつろな瞳をしたクリュティア。

 

「……オカン」

 

 叫びそうになるのをぐっと堪えて、アイリーンも目の前のウィンドウに視線を注いでいる。

 

「あの魔導師のローブ、帝国魔導師団の者であります」

 

 魔導師が纏うローブはその国や流派によって異なるらしい。

 あのジジイは帝国の魔導師らしい。

 なるほど、帝国から見れば俺たちは反乱軍ってことになるのか。

 

 

『愚か者どもよ。我が手中にダッドノムトがおるとも知らずに……くっくっくっ。我が高等魔術「ヒプノシス」により、こやつはワシの思うがまま。のぅ、ダッドノムトよ?』

『…………』

 

 

 ジジイがクリュティアに声をかけるが、クリュティアはなんの反応も示さない。

『ヒプノシス』は、『フレイムエムブレム』の中で洗脳の魔法として登場している。

 味方だった者が魔法にかかると敵となって襲いかかってくる恐ろしい魔法だ。

 撃退すれば洗脳された味方キャラを殺してしまうから、ひたすら逃げ回るしか出来なかった。

 浄化の魔法『キュアオール』が使えれば洗脳を解除できるのだが、ウチにいるシスターはプルメのみ。プルメは『キュアオール』を使えない。

 

 やっぱ、アイリーンをクリュティアの前まで連れて行って話しかけるしかないか。

『ヒプノシス』は、信頼関係の厚い者が声をかけることでも解除できる。

 イベント発生時は、主にそれで解除していた。

 

 ……大体この魔法を使うヤツって、恋人同士とか親子とかを殺し合わせるっていうクソヤロウばっかなんだよな。

 あのジジイもそーとーなクソヤロウっぽい。

 

 

『このダッドノムトさえいれば、世界を征服することも可能だが……今は反乱軍の始末が最優先だ。……ふふふ、ゆくゆくは『ヒプノシス』の魔法で暗黒龍をも我がしもべとしてくれる。皇帝など恐るるに足らぬ。この大魔導師ネフガこそが世界の覇者になるのだ! ふははっ! ふはははは!』

 

 

 ジジイの高笑いを聞き、俺は誓った。

 分からせてやるよ、どっちが愚か者かってことをな。

 

 

 

 

 

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