「皆様、ご無事ですか!?」
サクラ、シャクヤク、エビフライに守られて、ヒルマ姫が駆けてくる。
その慌てように、なぜだか心が和んだ。
「俺たちは無事だが……テッドウッドたちは……っ」
「我らも無事であるぞ!?」
遠く、地龍の亡骸の向こうからこちらへ歩いてくる姿が見えていたのだが、やっぱり無事だったようだ。
クリュティアが守ったって言ってたしな。
「プルメとムッキュは無事か」
「はい。戦闘ではまったくお役に立てませんでしたが、こうして生き永らえました」
「ボクも無事なのデス」
「よかった。ジラルドは?」
「無事ザンスよ」
「そっか、残念だ」
「なんでザンス!?」
お前とテッドウッド、ホント役に立たなかったな。
地龍も倒せてないし。
まぁ、対ドラゴン用の装備もないこいつらには厳しかったか。
「ほら、オカン。ちゃんと傷薬飲んで」
「え~、イヤやわ、そんなバッチィもん」
傷だらけのクリュティアが傷薬を拒否している。
バッチィって……お前の唾液だろうが、それ。あぁ、だからか。
「では、王国の傷薬をお使いください」
「その薬、何から作られてるん?」
「さぁ、詳しくは知りませんが、原材料は魔法の薬草だと聞き及んでおります」
「植物由来なら安心やね」
ドラゴン由来だったら、他所の誰かの唾液だもんな。
嫌だよな、うん。
「あの、エビフライさん……」
ゆいなが、そしてティルダがエビフライの前へと進み出る。
「ごめんなさい! 神武壊しちゃいました!」
「お貸しいただいた物を……、申し訳ございません!」
「構わないなのです、そんなことは」
にこりと笑い、エビフライが頭を下げる二人の肩に手を添える。
「みなさんは、暗黒龍から私たちの国を守ってくれたなのです。感謝こそすれ、謝罪をいただく理由はないなのです」
「ですよね☆」
「とはいえ、反省くらいはしとけよ、タイタス」
こいつは、どんな貴重な物でも必要なら使うし、その結果壊れても目的達成のためには仕方ないって思えるタイプなんだろうな。
使用制限がある貴重なアイテムでもガンガン使いそうだ。
「ねぇ……一つ気になっていることがあるのだけれど」
アイリーンが青い顔で、恐る恐る口を開く。
「神武が壊れたわけだけれど……神武と一体化したあの妖精たちは、無事……なのかしら?」
「あっ!?」
そう言えば、四妖精はその体を光の玉に変え、壊れた神武を修復してくれたんだった。
それは、アイリーンが言うように一体化したということなのではないだろうか。
ってことは、神武が壊れたということは……
「アリ! オリ! ハヘ゛リ! イマソリ!」
「「「「なーにー?」」」」
「普通に返事来た!?」
この一瞬のはらはら、どう落とし前つけてくれるんだ、えぇおい?
「どこだ? どこにいるんだ?」
「ここ、ここー!」
「けど姿は見えない」
「ちょっと魔力を使い過ぎたー」
「とーめー人間。いや、とーめーよーせー!」
透明妖精って……
お前ら、普段から不可視状態がデフォルトだろうが。
「芥都がいつも言ってた透明人間ー!」
「お風呂の時間になると『俺透明人間になりたい!』っていつも言ってたー!」
「羨ましい? 憧れる?」
「サインあげようか?」
「サインいらないから、黙ってくれ」
なんか、背中に冷たい視線が三つ四つ突き刺さってるんだわ、今。
……バラすなよ、青少年の幼気な夢を。
「そんなしょうもないことを夢見ておじゃるのか、芥都よ」
「思春期の塊ね」
「今後、スキルカードのチェックは頻繁に行わなあかんねぇ」
「芥都さんなら、思春期パワーでそんな【特技】開花させそうですもんね! まったくもぅ!」
なんか、非難轟々だ。
青少年なら誰もが一度は夢見る定番のファンタジーなのに!
勇者の力を与えられ悪い魔王を退治するって妄想の次くらいに必ず通る道なのに!
教室に逃げ込んで立てこもる凶悪犯を華麗に退治してみせる妄想と同じくらいの頻度で思い描く脳内パラダイスなのに!
「それで、貴様らは無事なんだな?」
姿が見えない四妖精を心配する素振りを見せるキース。
強面だけど優しい親戚の叔父さんか、お前は。
「透明だけど元気ー!」
「元気とは言い難い状況ではあるが元気ー!」
「心配には及ばぬ状況ー!」
「とはいえ、心配してくれてありがとー!」
「……ちっ。別にそういうんじゃねぇよ」
「「「「馬車の中で羽根のお姉さんの寝顔を薄めの横目でガン見してた怖い顔のおにーさん、ありがとー!」」」」
「てめぇら、どこにいやがる!? 今すぐ姿を見せろゴルァア!?」
輩である。
その筋の人にしか見えない顔をしているな、こいつは。
「キースさん、そんなに気にすることないですよ。キースさんのガン見癖なんか今さらですし」
「そうでおじゃるぞ。ティルダの風呂上がりにはいつもそわそわしておじゃるしの」
「この前はブラ線が服の隙間からチラ見えしていたのに気付いてあたふたしていたわね」
「純情っちゅうか、妄想が先走り過ぎっちゅう感じやねぇ。ブラチラくらい言ぅたったらえぇのに」
「そんな些細なことで二晩悶々と過ごせるのがキースさんの長所ですよ☆」
「テメェら軒並みやかましいぞ!? 今開いてる口、全部閉じやがれ!」
「では、私が追加情報を――」
「だからって、今まで閉じていた口をわざわざ開くな半裸ナビゲーター!」
プルメに全力の怖い顔を向けるキース。
大人げないなぁ、中学生くらいの女の子相手によぉ。
「キース」
「んだよ!?」
「ティルダが困った顔をしているから、いい加減黙ってやれ」
「俺じゃねぇよ、騒いでたのは!」
いや、お前が一番うるさかったぞ。
ティルダも困るてんだろうなぁ。「見るな」とか「いちいち反応すんなスケベ」とか言えないもんなぁ。
とはいえ、「ご自由にどうぞ☆」とも言えないし。
「大変だな、思春期をこじらせた男子中学生みたいな弟を持つお姉ちゃんは」
「えっと……いろいろ違うと思うのですが、私がキース様の姉だなんて、恐れ多いです」
こんな妄想大暴走男と血縁関係なんてまっぴら御免だという言葉をティルダのオブラートに包むとそういう風になるらしい。
でもきっと、腹の中ではそのようなことを思っているに違いない。
ぷぷぷ、キース、ざまぁ。
「「「「思春期と言えば、芥都も――」」」」
「俺はお前らのことが大好きだぞ、四妖精!」
「「「「我々様も好きぃ~!」」」」
うむ、うまく黙らせた。
やめろよな。叩こうと振りかぶっただけでも埃が舞う俺の日常を暴露しようなんて真似はよ。
「何をしでかしているのか、非常に気になるところではあるけれど」
「さすが芥都さんです、すっかり手懐けていますね」
「芥都の影響を色濃く受けておじゃるようじゃしの、あの妖精たちは」
「確かに、ノリが芥都はんみたいかもしれへんなぁ」
まてまて、俺は四妖精に振り回されるポジションなんだぞ?
ガキのころでも、あんなに奔放じゃなかったよ。……たぶん。
「「「「あ、生まれる」」」」
「え、何が!?」
ふいに聞こえてきた聞き捨てならない言葉に思わずつっこんだ。
今度はなんだよ!?
「神武を使った四人~」
「至急集合~」
「大至急~」
「超特急~」
「え、わたしたちですか?」
「集合と言われましても……どこへ行けば?」
「とりあえず、四人で集まってみましょう☆」
「分かったわ」
ゆいな、ティルダ、タイタス、アイリーンが向かい合うようにして立つ。
円を作るように集まった四人の頭上に光の玉が出現する。
この光は、神武を修復した時の光に似ている。
「手、出して~」
「両手~」
「落とさないように~」
「受け止めて~」
「へ?」
「きゃっ!」
「ん」
「な、なに!?」
四人の手の上に光が降り注ぎ、弾ける。
瞬く間に弾けて消えた光は、その後に卵を残していた。
「たまご……ですね」
「それは神武の素~!」
「時間をかけて魔力を注げば」
「また神武になる~」
「元はドラゴンの魔力の結晶~」
神武はドラゴンの結晶から出来ていたらしい。
やっぱり、ドラゴンに効く武器はドラゴン由来の物なんだな。
「では、これはエビフライさんにお返ししましょう」
「そうですね。どうやら、一年二年でどうにかなるような物でもなさそうですし」
タイタスが興味なさげに言う。
案外、すぐにでも神武が復活するなら持っていこうと思っていたのかもしれない。
だが、この先どう成長するのか分からんが、現在は卵だ。
神武の復活は相当先になるだろう。
その間、卵を大切に守り続けるつもりはないのだろう。
タイタスらしいっちゃらしいけどな。
「いいのですか? 時間はかかるかもしれないけれど、神武が復活すれば強力な力を得られるのです。転移者として、そのナビゲーターとして、その恩恵は大きいはずなのです」
確かに、暗黒龍をも倒せてしまう強力な武器は魅力的だ。
力を得て、俺たち転移者の役に立てることをゆいなたちも喜んでいた。誇りに思っていたようにも見受けられた。
それでも、ゆいなたちはその力に固執しなかった。
「平気です。だって、わたしには芥都さんがいますから」
自分たちには、頼れる相棒がいる。
それは依存ではなく、純粋な信頼に見えた。
「先頭に立って敵をなぎ払うよりも、別の方法でお役に立てるよう努めます」
戦闘力が高いってことだけが、いいナビゲーターの条件じゃない。
俺もそう思う。
戦闘力が高く、空も飛べて回復アイテムまで量産できるクリュティア。
能力だけ見ればゆいなよりも数段上なのだろう。
だからといって、俺はゆいなから乗り換える気にはなれない。
たとえ、クリュティアがフリーの状態で出会っていたとしてもだ。
「神武はきっと、わたしたちよりこの国に必要な物です。大切に管理しておいてくださいね」
そう言った後、冗談めかしてゆいなは言う。
「必要になったら、また借りに来ますから」
そう言われて、エビフライが笑い出した。
「はい。では、それまで大切に管理しておくなのです」
こうして、神聖魔法と三種の神武は大司祭ミラの手へ戻った。
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