「ご無事で何よりです、シャル姫」
「うむ。皆にも心配をかけたでおじゃるの」
超特大の『憤怒の亀』が消失してから、「あれ、これってシャルも潰れてない?」なんて不安を抱えつつもその場所へ向かってみると、シャルがすっきりした表情で俺たちを待っていた。
腰に手を当て全力のVサインを突きつけて。
シャルの無事を確認して、俺たちはほっとしていたのだが――
「申し訳ございませんでした!」
ヒルマ姫が泣きそうな顔で頭を下げる。
「私の身代わりとなり、このようなことに……私のせいで!」
「ヒルっぺのせいではおじゃらぬのじゃ。頭を上げておじゃれ」
「ですが――」
「上げてやれよ、ヒルマ姫」
「……芥都様」
困り顔のシャルに変わって、俺がシャルの本心を語ってやる。
「シャルはお前を泣かせたくて守ったんじゃねぇよ。お前に対して怒りなんか微塵も感じちゃいない。むしろ、今こうして無事な顔を見てほっとしてるくらいだよ。な?」
「その通りでおじゃる。さすが芥都じゃな、麻呂のことをよぅ理解しておじゃる」
シャルの小さな手がヒルマ姫の頬に触れる。
「この玉のような肌に傷が付かなんでよかったのじゃ。麻呂が頑張った甲斐がおじゃったの」
「……はい。あの……ありがとうございます、シャル姫」
「シャルっぺでよいのじゃ。むしろ、そう呼んでほしいのじゃ」
「はい。ありがとう、シャルっぺ」
シャルの体を抱きしめ、ぎゅっとしがみついて泣き出すヒルマ姫。
ずっと苦しかったのだろう。
シャルを心配する俺たちと一緒にいれば、どうしても自分を責めずにはいられなかったのだろう。
よかったな、シャルが無事で。
「しかし、芥都の『念話』には助けられたのじゃ」
やはり、武器がなくて攻撃が出来ないと考えていたらしい。
「最初は【神技】も【特技】も使えず、武器を使用せねばならんかったからの」と、シャルは唸る。
「まさか、途中でルールが変わるとはの……今回は、あのちんまい四人の試練ではおじゃらぬのかの」
シャル的にも、四妖精にはいい印象を持っているようで、このような悪辣なことはしないと確信している様子だ。
「どうやら、四妖精の親玉――俺をこの【神々の遊技台】に呼んだ神様が自ら出てきたっぽいんだ」
「そうでおじゃるか――」
シャルの顔に大人っぽい妖艶な笑みが浮かぶ。
「なら、是が非でもこの試練は攻略せねばの。麻呂も会ぅてみたいしの、芥都に負けず劣らず珍妙な芥都の世界の神とやらにの」
俺まで珍妙扱いすんなっつーの。
「確認してきたわよ」
シャクヤクとエビフライが戻ってくる。
二人にはデコイの駕籠の中身の確認をしに行ってもらったのだ。
「で、中身は?」
「誰もいなかったのです」
「ってことは、敵キャラか」
この試練において、敵キャラは死ぬと消える。
箱の中身が空だったのなら、それは中身が敵キャラだったということだ。
「よかったな、ジラルドの肉片が見つからなくて」
「ふ、ふん。あの程度も避けられぬようでは、転移者失格なのでおじゃる」
怒りに任せて『聖獣憤怒の亀』を発動させたシャルだったが、デコイの中身がジラルドやテッドウッドだったらどうするつもりだったのやら。
「もし、駕籠の中身がザンス忍者さんやテッドウッドさんだったら……諦めるしかありませんでしたね」
ゆいなが潔く酷いことを言っている。
が、まぁ、しょうがないよな。その時はその時だし。
「オカンやキースなら危険を察知して回避したはずだし、問題ないわね」
アイリーン的にも、オッサン二人は犠牲になっても「まぁ致し方なし?」みたいな感覚らしい。
「しかし、テッドウッドさまは一体どこへ……?」
プルメが心配そうに瞳を揺らす。
「案外、好みの美女でも見かけてふらふらついて行ったんじゃない?」
冗談のつもりなのか、シャクヤクがそのような危険な発言をする。
「……へぇ。そんな可能性が?」
プルメの瞳に闇が立ちこめる。
「美女といえばさ、ワシルアン王都には奴隷市場があるのよねぇ」
「そうですね……ライデン殿下が解放しようと何度も働きかけておいででしたが……」
「カーマイン殿下が邪魔してんだよね、たしか」
ヒルマ姫は奴隷市場を快く思ってはいないようだ。そりゃそうか。
にしてもカーマインはろくなことしないな、まったく。
「あそこって、エッロいオッサンたちが年端もいかない訳ありの美女を買い漁ってるって噂が絶えないからさ、そのテッドなんとかって人もそこにいたりして」
うん、シャクヤク?
口を開く時は、周りはよく見ろ?
お前の隣に、地縛霊も真っ青な怨念を迸らせてる十四歳女子がいるだろう?
その呪い、お前じゃなくてテッドウッドに向かうんだぜ?
これでもし万が一のことがあったら、お前、きっと殺人の罪に問われるぞ。
「では、その奴隷市場とやらに向かいましょうか、可及的速やかに、可能な限り迅速に!」
あれ?
なんだろう。
Aランクキラーに憑依されていた時のキースを思い出す。デジャブ?
プルメ、いつの間に呪われたの?
お前の周り、空間が歪んで見えるほどに真っ黒いモヤに包まれてるぞ?
「奴隷市場よりもカーマインを追いかける方が先だ。あいつは野放しにはしておけない」
「それならば、大丈夫であります」
ガシャンっと、サクラが自身の胸を叩く。
「カーマインが逃げた先も、奴隷市場があるのもどちらも王都です。カーマインを追えば、自ずと奴隷市場のそばも通ることになるであります」
「そう……それハ、ヨカッタデス……」
呪いが濃くなったよ!?
戻ってきてプルメ! テッドウッド、まだ何もしてないから!
「それなら、一つお願いをしてもよろしいでしょうか?」
まだ涙の跡が残る瞳でヒルマ姫が言う。
「奴隷市場にいる子供たちを解放してあげたいのです。どうか、力をお貸しいただけませんか?」
「申し訳ありませんが、そんなことをしている暇はありません」
さくっと拒否するタイタス。
まぁ、お前なら『神ではない者たち』がどうなろうが興味もないのかもしれないけどさ。
「――と、言いたいところですが。弱き者を救うのがシャル姫のライフワークですからね」
「くふふ。なんじゃ、タイタスよ。麻呂がおらぬうちに随分と成長したではおじゃらぬか」
「その方が、結果効率がよいということを学んだまでです」
「うむ。学びは人を大きく成長させるからの。よいことでおじゃる」
奴隷という弱い立場の人間を、シャルが見過ごすわけがない。
ヒルマ姫としても、同じ気持ちなのだろう。
奴隷市場の解放、か。
おそらく、それも試練の一部なのだろう。
ヒルマ姫がそう言ったのだから。
「とにかく行ってみよう」
「はい。いよいよ王都に殴り込みですね!」
「キース様やテッドウッド様たちの安否も気になりますが、困っている人は放っておけませんものね」
「奴隷市場……潰ス」
ティルダ以外が物騒だ。
特に最後の一人。
「ワシルアン王国を制圧したら、そのまま帝国に殴り込みね」
アイリーンはアイリーンで、随分と好戦的なことを口走っている。
「たぶん、オカンは帝国に連れて行かれたと思うから――」
ヒルマ姫の中に流れる聖龍の血を使って暗黒龍の復活を目論むユーロルア帝国。
ダッドノムトだと思われているクリュティアを捕らえたら、やはり皇帝のもとへと連れて行かれるのだろう。
うまく扱えれば最強の武器になる。
逆に、奪還されればそれは脅威になる。
帝国の立場に立てば、絶対に手放せない存在だ。
……無事でいろよ、クリュティア。
ついでにキースとオッサンたちも。
「では、参りましょう。ワシルアン王都へ!」
サクラが馬に鞭を入れ馬車を発進させる。
ワシルアンまではおよそ半日という距離だった。
サクラとシャクヤク、エビフライが交代で御者を務めてくれて、馬車は夜通し前進を続けた。
その甲斐あって、日が昇るとほぼ同時にワシルアンの王都にたどり着いた。
カーマインが逃げ帰った後だ、今さら馬車を隠してこそこそ行動する必要はない。
堂々と真正面から乗り込んでやる。
「ワシルアン城は王都の東側に、奴隷市場は西側に広がっています」
ヒルマ姫がワシルアンの地図を手に説明をしてくれる。
ワシルアン王都は華やかな東側と荒んだ西側で大きく表情を変える街なのだという。
西側には奴隷市場やスラムが広がり、ちょっと危険なお店や危険人物が多いのだとか。
それらから目を背け、蓋をするように区画を区切って、上流階級の者たちは東側の華やかな街で優雅に暮らしているのだそうだ。
当然、ワシルアン王城も東側に位置している。
俺たちがいるのは東の華やかな区画と、西のみすぼらしい区画のちょうど真ん中。
駅で言えば中央口とでも言われそうな門の前だ。
「カーマインが逃げたとすれば王城か……」
「どうしましょう、芥都さん。二手に分かれますか?」
カーマインを放置して西側で騒ぎを起こせば、ヤツはまた逃げ出すかもしれない。
かといって、今もなお苦しんでいるかもしれない奴隷たちを後回しにするのは……
「ヒルマ、あれ見て!」
馬車の中で地図を見ながら悩んでいると、御者台のシャクヤクが声を上げた。
窓の外へ顔を出すと、そこには無数の青い旗が掲げられ、風にたなびいていた。
「あれは……、ライデン殿下の御旗です」
ヒルマ姫が青い旗を見て呟く。
「ワシルアン王国の旗とは違うのか?」
「はい。ワシルアン王国の旗は双頭の獅子ですが、あの紺碧の獅子はライデン殿下を慕う者たちが掲げる殿下の御旗なのです」
騎士団なら王国の旗を掲げそうなものだが、この国のように国内で対立が激しくなるとどこの派閥に属するかを明確にする必要があるのだろうか。
それは、なんとも悲しいことのような気もするが……
ともかく、現在街には多くの紺碧の旗が翻っている。
遠くにそびえる王城にも、紺碧の御旗が掲げられている。
「王城も街も、ライデン殿下のご意向に沿っているというメッセージなのでしょう」
つまり、帝国と通じ同盟国を裏切ろうとしていたカーマインは、この国では少数派――王家の敵に認定されたというわけか。
これでは、カーマインは王城へ逃げ込めない。
つまり、カーマインが王都へ逃げ込んだとすれば――
「ヤツは西側にいるってことだな」
「ですね」
これで二手に分かれる必要がなくなった。
そう思った時、突如目の前にウィンドウが開いた。
次のステージが始まる――
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