「シャクヤクはここで馬車の警護! 持ち場を離れることは自分が許さないであります!」
谷の壁際に馬車を移動させ、シャクヤクを御者台へ座らせるサクラ。
「えぇ!? でもでも、あたしは増援部隊の攪乱っていう大事な任務が――」
「その任務に背いて単騎突入したのは誰ですか!? あなたのせいで、馬車をここまで持ってくる羽目になったのですよ!?」
ヒルマ姫を危険にさらして――とは、口に出さなかった。
どこに敵が潜んでいるか分からないしな。
さすがサクラは冷静だ。
山のような安心感があるなぁ、心身ともに。
「芥都様」
ティルダが上空から俺の目の前へ降り立つ。
「砦に動きがありました。ソシアル騎士が砦前に集結しています」
「いよいよ来るか」
カーマインは、自軍のアーマー騎士と、砦のソシアル騎士で俺たちを挟撃する腹づもりか。
じゃあ、突撃してきたソシアル騎士たちは、俺たちをこのポイントまで誘い出すための捨て駒だったのか?
なんてヤツだ。
敵ながら、散っていった連中が気の毒過ぎる。
「十六騎のソシアル騎士を捨て駒にして誘い込んできたんだ、増援部隊は二十や三十じゃ利かないかもしれないな」
「それじゃあ、強行突破で敵の城になだれ込みますか?」
ゆいなの言う通りにして、居城の門を閉めてしまえば増援部隊の多くをシャットアウト出来る。
だが、その場合は足の遅い者に速度を合わせることになる。
ソシアル騎士とサクラなら、確実にソシアル騎士が素早い。
逃げ切りは無理だろう。
「シャル姫の駕籠はどうなりましたか?」
「それが……もう敵の居城の中へ……」
ティルダが空から見た状況を教えてくれる。
シャルは、すでに敵の城へ連れ込まれてしまったらしい。
カーマインは俺たちと対峙しているためか、まだ城の外にいる。
あいつが外にいるからといって安心は出来ないが、ヒルマ姫じゃないと気付かれる危険は若干下がっているだろう。
「どうやら、来たようなのです」
エビフライが耳の後ろに手を当て音を拾う。
遠くから、地響きのような音が近付いてくる。
砦からの援軍が姿を現したらしい。
左右を切り立った崖に挟まれたレスカンディの谷。
狭いところでは、馬車が辛うじて通れるくらいの狭さになるところもある。
広くても四車線くらい。
ソシアル騎士が八人で横並びになれば通せんぼ出来てしまうほどの幅しかない。
そこへ、三十騎近いソシアル騎士が集結している。
あの中からライデン殿下派を見つけて仲間になってくれないかと交渉するなんて不可能だ。
そんなことをしている間に、他のソシアル騎士に集中攻撃されてしまう。
退路は断たれた。
そして前方にはパラディンが率いるアーマー騎士団がいる。
アーマー騎士を抜きにしても、敵の居城だ。守りは鉄壁。通過することさえ困難。
居城の前でもたついていれば、あっという間にソシアル騎士に追いつかれて槍の餌食にされるだろう。
「芥都様。自分が後方のソシアル騎士を抑え込むであります」
谷の一番狭くなっているところで陣取り、背後から迫り来るソシアル騎士を一騎たりとも通さないと、サクラは言う。
だが、物量差があり過ぎる。
いくらサクラの防御力が高いといっても、無敵なわけではない。
鎧が受けたダメージは、軽減されるとはいえサクラの体へと蓄積されていく。
仮に、俺たちがカーマインを倒すまでの時間、サクラがソシアル騎士の大群を抑え込んでくれたとしよう。
それでカーマインを倒せたとして、そのあとはどうなる?
ソシアル騎士よりも遅いサクラではあの大群から逃げ切ることは不可能。
ダメージが蓄積して、サクラは……そんなことさせられない。
となれば、別の物で連中の進路を塞ぐしかない。
馬車?
いや、馬車はこのあとも使う。壊されでもしたらやっかいだ。
じゃあ、何を使う?
使える物は手元にはない。
手元にないなら――
「アイリーン、お前に頼みがある」
――現地調達すればいいじゃない。
「あの崖の上まで行って、ボムで崖を壊してきてくれ」
「はぁ!?」
「で、落石であの細い通路を塞いじまおう」
「いや、確かに、それが出来れば増援部隊の足止めは出来るけど……私にこの崖をよじ登れって言うの!?」
そんなこと、お前に出来るわけないだろうが。
運動能力は俺以下なんだから、俺に出来ないことはさせねぇよ。
「空を飛んでいけばいい」
「ちょっと芥都! まさかペガサスに乗せろって言う気なの?」
シャクヤクが会話に割って入ってくる。
目が真っ赤だ。ついさっきまで号泣してたしな。
「無理よ? ペガサスは一人乗りなの。それも、あたしみたいなスマートで可愛い女の子くらいしか乗せて飛べないのよ」
しれっと『可愛い』を挟み込んでくるあたり、こいつは反省をしていないようだ。
ほぅら、サクラが見てるぞ……
「一人乗りなのは知ってる。だから、余計なものは置いてく」
「まさか、ご隠居一人でペガサスに乗れって? それこそ無理よ! ペガサスは心を許した人しか乗せて飛ばないんだから!」
「誰もペガサスに乗せるなんて言ってないだろう?」
大丈夫だ。
一人だけなら乗せて空を飛べることは実証済みだから。
「ティルダ。その馬を置いて、アイリーンを崖の上に運んでやってくれ」
「えっ、私ですか!?」
そう、ティルダだ。
ティルダは、一人を抱えて飛ぶことが出来る。
その能力を、今はなぜか飛べない馬を抱えて飛ぶことに使っている。
……浪費だ、そんなもんは。
「まさか、ペガサス騎士のペガサスじゃなくて、騎士の方に飛ばせるなんて……芥都って、発想が奇想天外ね」
「いや、飛べもしない馬を抱えて空を飛んでるティルダの現状が珍妙奇天烈なんだよ」
俺は常々言っているよな?
「その馬、いる?」って。
「芥都様、増援部隊がそこまで迫ってきているなのです!」
「ティルダ、アイリーン、よろしく頼むぞ!」
「もう、しょうがないわね! ティルダ、よろしくね」
「はい。では、行きますよ、アイリーン様」
アイリーンを抱えたティルダが大空へと羽ばたいていく。
心なしか、馬を抱えている時よりも速度が上がっている気がした。
重い馬を抱えて飛んでいたせいで、ちょっとした修行になってたんじゃないだろうな?
「なんだか飛びやすいです! まるで、体が羽毛のように軽く感じます!」
ティルダが上空ではしゃいでいる。
あながち、的外れな推測でもなさそうだな、修行……
「でも、芥都さん。魔法って敵以外に使用できるんですかね?」
アイリーンの魔法は味方には撃てない。
だが、味方でさえなければ使用は出来る。
その証拠に――
「ほら。こうやってレイピアを地面に突き立てることは出来るだろう?」
地形への攻撃は可能なのだ。
だから、きっと。
「アイリーン・イリュージョーン!」
爆発音とともに崖が崩れ、大小様々な岩が降り注ぐ。
驚いた馬の嘶きと、ソシアル騎士たちの悲鳴が谷底にこだまする。
ドガドガと腹に響くような重低音を響かせていた落石が収まると、渓谷の道はすっかりと塞がれてしまっていた。
こりゃあ、一ヶ月くらいかけなきゃ復旧は無理そうだ。
「難易度を上げるためにゲームとしての縛りを撤廃されたのが、今の俺たちにとっては吉と出たな」
「それを思いついて即座に利用できる芥都さんがいればこそ、ですよ」
もうもうと砂埃をあげる土砂崩れを見上げ、ゆいなが嬉しそうに言う。
「こんなの、芥都さんでなきゃ思いつきません」
そんなことはないと思うけどな。
「ただ~いま~」
「戻りました」
大仕事をやってのけたアイリーンとティルダが帰還する。
「お疲れさん」
「大活躍ですね」
「えへへ。ま~ね」
活躍の場があって、アイリーンは嬉しそうだ。
「ところでアイリーンさん……必殺技の名前、なんで毎回違うんですか?」
「う、うるさいわね……なんか、しっくりこないのよ」
本人もしっくりきてなかったらしい。
定着させないと、いつまでたってもしっくりこないままだと思うけどな。
「んじゃあ、まぁ」
後顧の憂いを断ち、俺たちは全員揃って進軍する。
「敵の大将をぶっ飛ばしてシャルを返してもらおうか!」
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