森羅盤上‐レトロゲーマーは忠犬美少女と神々の遊技台を駆け抜ける‐

宮地拓海
宮地拓海

299 オカンは強し

公開日時: 2022年2月12日(土) 19:00
文字数:3,984

「オ、オカン……?」

『せやで。いや、よかったわぁ、みんなが無事で。……あ、怪我してんねんな。ちょっと待ってんか、す~っぐに治したるさかいに』

 

 クリュティアの顔が近付き、俺とアイリーンの傷口を舐める。

『慈愛の癒し』。じんわりと傷口が温かくなり、痛みと傷跡が消える。

 

「オカン、意識はあるの? だって、あの胡散臭い爺さんが変な魔法を使ったって!」

『あぁ、「ヒプノシス」やろ? あんなもん、効かへんがな。言ぅてたやろ? ウチらドラゴンには、精神攻撃は効かへんって』

 

 そう言えば、デーゼルトの町での戦闘がなかったことにされた際、クリュティアとマットドラゴンの飛び込み開脚前転は自身の記憶に齟齬があることに驚いていた。

 アレは相当レアなケースで、ドラゴンはそのような精神攻撃を受け付けないものらしい。

 

 神の力による強制的な干渉でもない限り、クリュティアを操るような真似は出来ないのだ。

 ただ、今回はウチの神様の仕掛けた試練だから、精神攻撃を喰らっていてもおかしくはなかったのだが……そこは運がよかったと思うべきなのだろう。

 

「もう! 無事ならさっさと戻ってきてくれたらよかったのに!」

『せや言ぅたかて、連中がこそこそ悪巧みしとったさかいに、こらウチが目ぇ離したら危ないなぁ思ぅてやな……心配させてゴメンな?』

「もう……、無事だったから、許してあげるわよ」

『おおきにな。さっすが、「俺が絶対守ったる」なんて言われる女は、度量が違うなぁ~』

「なっ!? あ、あれは、そういうんじゃ……もう、芥都が変なこと言うから!」

 

 おっと、突然こっちに弾が飛んできた。

 ここで照れて「いや、違っ。そーゆ-んじゃ!?」なんてやってバカ騒ぎしたいところではあるのだが――

 

「クリュティア。……無事でよかった」

 

 そんなことよりも、安堵で胸がいっぱいだ。

 本当によかった。

 

『……ごめんな、えらい心配かけてもぅて』

 

 ブルードラゴンの瞳が揺らめく。

 そして、いつもの明るい声で、いつもの軽い口調で言う。

 

『責任取って、ここの敵はみ~んなウチが引き受けたるわ』

 

 言うが早いか、クリュティアは青いブレスをまき散らし、押し寄せてきていたアーマー騎士、ソシアル騎士、ペガサス騎士を一掃した。

 

『オマケや』

 

 なんのことはないという口調で言って、星屑が埋め尽くす空へと飛びあがり、星屑をかわしながら魔導士団へと迫っていく。

 味方だと思い込んでいたブルードラゴンが急に牙を剥き自身に迫ってきたことで、魔導士団は盛大に慌てふためき魔法の詠唱がストップする。

 逃げ惑う魔導士団だが、頭上から浴びせかけられる青い炎から逃れることは出来ず、炎に飲み込まれた者から順に塵となって消えていった。

 

 この世界におけるダッドノムトの力は脅威だな。

 たった一人で砦を落とせるんだから。

 

 いや、それはクリュティアだからこそか。

 

 そして、砦のバルコニーに一人残ったネフガを口に咥え、クリュティアが俺たちのもとへと戻ってくる。

 ドラゴンに襟首を咥えられ、ジタバタもがく爺さんは見苦しく何か悪態を吐いている。「裏切者」だの「知能の低い下等生物めが!」などなど。特に聞く価値もないので聞き流しておく。

 

 ぺいっと俺たちの前に投げ出されたネフガは、尻餅をつきながらも俺たちに対して身構える。

 ビビッて立ち上がることも出来ないくせに、虚勢だけは一丁前に張ってこちらを威嚇してくる。

 

「き、貴様ら! この大魔導士ネフガ様にこのような無礼を働いてただで済むと思うなよ! ワシに何かあれば、皇帝が黙ってはおらぬ! 暗黒龍の力をもって、必ずや貴様らを根絶やしにしてくれるぞ! そこの恩知らずのダッドノムト共々な!」

『いや、ウチあんたに恩なんかあったやろか? えらいアゴで使われとった覚えしかあらへんけどなぁ』

 

 ため息を吐いて、クリュティアがネフガの体を前足で押さえつける。

「ごふっ!」っと鈍い声を漏らすネフガ。

 潰れない程度の力加減で地面へと押さえつけられているようだ。

 

『それよりも、教えてくれへんやろか? 皇帝が使う暗黒魔法「魔封」について』

「な、なぜ貴様がそのことを!?」

『なぜも何も、自分が自慢げに言ぅとったんやないかいな、「『魔封』がある限り、反乱軍は手も足も出せずに皇帝の前にひれ伏す」とか、「しかしワシは『魔封』を破る唯一の方法を知っている」とか』

 

 クリュティアを掌握したと思い込んでいたネフガは、結構重要な情報をぽろぽろこぼしていたらしい。

 それで、クリュティアはこいつのそばを離れなかったのか。

 

 こちらが手も足も出せずに負けてしまうような『魔封』なる強力な魔法の詳細を知るために。

 だが、その打開策を知る前に俺たちが来たから、ちょっと強引な手段に出てでも吐かせようというわけか。

 

「ふ、ふん。誰が貴様らなぞに教えるか。死んでもしゃべら――ぎぁぁあああああ!」

 

 クリュティアが少し体重をかけると、ネフガの全身から骨が軋む音が聞こえてきた。

 

『ほなら、いっぺん死んでみるか?』

 

 背筋が凍るような、冷たい声でクリュティアが言う。

 

「分かった! 言う! 言うから足を離せ!」

『言ぅたら、離したるわ』

 

 クリュティアはそこまで甘くない。

 ネフガは観念したようにまぶたを閉じ、アイリーンを指さした。

 

「痛みと疲労で大きな声が出ぬ。そこの娘、ワシの言うことをダッドノムトに伝えてくれるか?」

「しょうがないわね。さっさと話して楽になりなさいよ」

 

 アイリーンがネフガのそばに行って顔を覗き込む。

 それを待っていたように、ネフガは目をぎらつかせて声を張り上げた。

 

「バカめ、ワシの傀儡になれ! ヒプノシ――」

『させる思うか?』

 

 ズンッ! ――と、体重をかけるクリュティア。

 骨の折れる音がここまで聞こえた。

 

 ネフガは声にならない悲鳴を上げ、ヒプノシスは発動しなかった。

 

『見下げ果てた男やね。こらもぅ、情報吐かせるなんて生ぬるいことやってられへんかもしれんな』

 

 情報のために殺さずにおけば、こいつはよからぬ悪巧みをし続けるだろう。

 それは害悪だと判断したのか、クリュティアの口に青い炎がちらつき始める。

 

「まぁ、待つでおじゃる」

 

 それに待ったをかけたのはシャルだった。

 

「この手合いはの、拷問対策にあらゆる苦痛を想定しておじゃるのじゃ。その想定内のことであれば、ある程度耐えられるようにの」

 

 国家の要職に就く者は、敵国に捕らわれた後のことも想定しているものらしい。

 この小狡い爺さんが国家に忠誠を誓っているとも思えないが、まぁ、忠誠心を見せて助けてもらおうって魂胆なんだろうな。

 もしくは、こちらが甘ちゃんの集まりだと高を括っているのか。

 確かに拷問なんてもんは経験がないが……

 

「拷問でおじゃれば、麻呂がうってつけのものを持っておじゃる」

 

 シャルは経験あるっぽいな。

 笑顔が怖ぇ……

 

「この手合いはの、想定外の苦痛にはめっぽう弱いものでおじゃる。……どこまで耐えられるか、見ものでおじゃるのぅ」

「舐めるなよ、小娘が……貴様ごときに操れるワシではないわ」

「では、試してみるのじゃな。まぁ、すぐに『助けてください』と懇願するでおじゃろうが」

「ふん! 出来るものならやってみるが――」

「『サモンゲート』」

 

 シャルの目の前に白い輪っかが現れて、ネフガの頭上で瞬き消える。

 次の瞬間、ネフガが苦しそうにのたうち始める。

 

「ぐぉお……おお、な、なんだこれは!? 貴様っ、ワシに何をした!?」

 

 口を大きく開け、震える手でシャルを指さす。が、堪らずノドを押さえる。首をかきむしる。

「あぁぁああ!」と声を漏らし、頭を抱えてよだれをまき散らす。

 

 無様にのたうつネフガのローブが乱れ、フードがめくれると、薄くなった頭髪の間から小さな双葉が顔を覗かせていた。

 吸精植物、カイワレだ。

 カイワレに寄生された者は精気を吸われ、酷い飢餓状態に陥る。立っていられなくなるほどの急激な飢餓感に。

 

「はふぅ……はひぃ……っ!」

 

 これまで味わったことがないような飢餓感に、ネフガは目を見開き、カサカサに乾いた唇をぱくぱくと意味なく開閉させる。

 

「ティルダよ」

「なんですか、シャル様?」

 

 シャルがティルダを呼び、小さな手を差し出す。

 

「おやつが食べたいのじゃ」

 

 そんなおねだりをして、それはもう美味しそうな蒸し饅頭を飢えたネフガの目の前で美味しそうに頬張る。

 

「あ~、美味いのじゃ。こんな美味い饅頭は初めてなのじゃ」

「きっ……さま!?」

「ほぅれ、欲しいでおじゃろう? 観念したらどうじゃ?」

「誰が……っ!」

「そうでおじゃるか。では、最後の一口を――」

「あぁっ! 待て!」

「しゃべる気になったでおじゃるか?」

「…………」

「ぱく~。もぐもぐ」

「んなぁぁあ!?」

「んは~、美味かったのじゃ。ティルダよ、おかわりはおじゃるかの?」

「はい、あと一つですが、ありますよ」

「ほうほう、最後の一つでおじゃるか」

「分かった! しゃべる! しゃべるから、その饅頭を寄越せ!」

 

 経験したこともないような耐え難い飢餓感に、ネフガが折れた。

 だが、その物言いが気に入らなかったのか、シャルは笑顔で「『サモンゲート』おかわりじゃ」と、ネフガの頭にもう一本の吸精植物『モヤシ』を生やした。

 

 ネフガの顔が目に見えてげっそりしていく。

 

「立場を弁えよ。其方は今、麻呂に物を乞うておじゃる物乞いじゃ。口の利き方というものがおじゃろう?」

「ぉ……お願いします……どうか……お恵みを……っ!」

「うむ。じゃが、その前になすべきことが――おじゃるよの?」

「…………承知いたしました」

 

 拷問には屈しないと言っていたネフガの心はぼっきりと折れ、素直に口を割るようになった。

 シャル、すげぇな。

 

 折角だからいろいろと聞き出そうと思った。『魔封』のこと、暗黒龍のこと、皇帝のこと。

 だが、ネフガが皇帝の秘密を口にした時――

 

 

 

「あっ……あぁっ!」

 

 

 

 突如、ネフガの全身を黒い炎が包んだ。

 炎は瞬く間に勢いを増し、あっという間にネフガを灰にしてしまった。

 

 それは本当に一瞬の出来事だった。

 

 

 

 

 

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