「どうした、そんな剣でカフサスを倒したってのか? まぐれの勝利で調子に乗るな!」
浅く入った俺の一撃を笑い飛ばし、ノードンが斧を振り上げる。
まぐれもなにも、カフサスを倒したのは俺じゃない。
「攻撃ってのは、こうすんだよ!」
ノードンから重い一撃が繰り出される。
大きく後ろへ飛び退くが、空気の塊がぶつかってくるような衝撃に吹き飛ばされる。
「どうしたどうした! 反撃してこないなら、このまま殺しちまうぞ!」
ノードンが斧を振り回す。
ターン制などなくなり、一方的に攻撃を繰り出される。
くそっ!
こういう戦闘なら『プレイゲーム』がなきゃ厳しい。
……が。
「ゆいな!」
「ダメです! 発動しません」
ゆいなが『プレイゲーム』を発動させようとしたが、不発に終わる。
先ほどシルエットが言ったことは本当なのだ。
シミュレーションゲームという縛りを撤廃し、難易度がワンランクアップしている。
だが、こちらの【神技】は封じられたまま。
くそっ! デーゼルトで【神器】を封じられた時のことを思い出す。
あの時はアイテムがあったからなんとか立ち回れたが、今はレイピア一本だ。
これで、俺に山賊が倒せるのか……。
「加勢します!」
「ふんっ、女はすっ込んでろ!」
「きゃうっ!?」
ノードンがゆいなの腹を蹴り飛ばす。
……テメェっ!
「ゆいなに何しやがる!」
「ぐっ!」
突き入れたレイピアがノードンの頬を切りつける。
ノードンの頬が裂ける。だが、血は出てこなかった。
……気味が悪い。
「やってくれんじゃねぇか……えぇガキがぁ!」
大きく振りかぶって、ノードンが斧を振り下ろす。
「芥都さん、自分が受けます!」
ガキンと重々しい音が響き、サクラが鎧で斧を受け止めた。
ダメージは……
「大丈夫です。この程度の攻撃なら、ビクともしません」
にっこりと笑って、サクラが言う。
「ちっ! アーマー騎士か。めんどくせぇんだよ!」
ノードンが斧でサクラの鎧を乱打する。
鼓膜がおかしくなりそうな音が鳴り響く。何度も、何度も。
「……くっ!」
小さく、サクラが咽た。
唇の端から、一筋の血が流れる。
そうだ。
こいつの【特技】は鎧へのダメージを自分の肉体と相手へ分散させるんだ。
ノードンに変化はないが、サクラにはダメージが通っている。
ノードンはそんなに体力があるのか?
そう思った時、ノードンの斧が砕けた。
「なっ!?」
サクラの鎧へ与えていたダメージは、斧の刃に突き返されていたらしい。
「ちっ! なんて硬い鎧だ!」
斧が壊れた理由を勘違いしているノードン。
理由はどうあれ、ヤツの武器が破壊された。これはチャンスだ!
「喰らえ!」
レイピアの切っ先を水平に構え、ノードンへ向かって突進する。
武器さえなければお前なんて――
「甘ぇよ」
壊れた斧をこちらへ向かって投げつけてくる。
咄嗟に頭を庇うが、そのせいでバランスが崩れた。
その隙が命取りとなり、ノードンの硬い拳が俺の頬を殴りつける。
「が……っは!」
痛っ!
あいつの骨、鉄で出来てるのか?
頬がジンジンして、頭がふらふらする。
「俺たち山賊は、この肉体のすべてが人を殺せる武器なんだよ」
ゲームなら、武器がなくなれば攻撃してこなくなるが、現実の人間なら武器がなきゃ素手で殴りかかってくる。そりゃそうだよな。
くそ、マジかよ……
武器を持った俺よりも、素手のノードンの方が強いのか。
サクラを見やる。
なんとか立ってはいるが、肩が激しく上下している。
重い斧の乱打で相当なダメージを負ったらしい。
これ以上サクラに無茶はさせられない。
くそ……急に難易度跳ね上がり過ぎだろうが。
ついさっきまで楽勝ムードだったのによ。
これ、ステージ2だろ?
こんな苦戦、用意してんじゃねぇよ!
「俺にばかり構っていていいのか?」
ノードンの言葉に、その視線の向かった先に、思わずティルダたちの方へと顔を向けてしまった。
ティルダたちはシャクヤクとアイリーンを含めた五人で山賊を相手に善戦していた。
向こうはおそらく大丈夫だろう。
そう思った時、みぞおちにノードンのヒザがめり込んだ。
「そうやって油断するのは、戦い慣れていない素人の証拠だ」
胃酸が逆流する。
地面にうずくまり痛む腹と口を押さえる。
呼吸が、まともに出来ない。
「ぐ……うっ」
見れば、俺の隣にサクラが倒れている。
サクラも不意打ちを食らったのか?
「ガキが粋がって戦場に顔を出してんじゃねぇよ。剣を持てば戦えるとでも思ったか?」
サクラの腕を踏みつけその手から槍を取り上げるノードン。
サクラの腕が、曲がらない方向へ曲がる。
折れてはいないようだが、あんなことをされたら槍を握っていることも出来ないだろう。
この山賊……戦い慣れてやがる。
「さて、苦しいだろう? そろそろ死にたいだろ? なぁ、おい?」
逆手に槍を握り、ノードンが近付いてくる。
この状況から逆転できる方法はないか……
出来なくなったことと、出来るようになったことを考えろ……
何か……何か手は……
サクラの鎧には傷ひとつ付いていない。
つまり、サクラの【特技】『破壊回避』が発動しているということだ。
【神技】は封じられたけれど、【特技】は使えるのか?
なら――
「さぁ、お別れだ、クソガキ」
俺を見下ろし、槍を大きく振りかぶる。
これだけ油断していれば、大丈夫。
「ゆいな! 『世話焼き鳥のお召し物』、セーター、ジーンズ二十枚重ね着だ!」
きっと届くと信じ、声の限りに叫ぶ。
「何を言ってやが……んなっ!?」
そして、ゆいなはきっちりと役割を果たしてくれた。
「なんだ、これは!?」
腕を振り上げた状態で、ノードンが固まっていた。
ぎっちぎちのぱんっぱんに膨れあがったジーンズとセーターを着込んで。
三~四枚も着込めばもこもこしてまともに身動きも取れなくなるセーターとジーンズを二十枚も重ね着したのだ。
もはや、身動きは不可能!
あぁ、そうそう。何か一枚でも脱げば元の服装に戻れるらしいぞ。
脱いでみろよ。脱げるもんならな。
「芥都さん、うまくいきましたね」
「あぁ。ばっちりだ、ゆいな」
「まさか、こんな使い方を思いつくなんて、やっぱり芥都さんは芥都さんですよね」
それは、褒めてるのか?
「テメェ、何しやがった!? 早くこれを脱がせろ!」
唾を飛ばして吠えるノードン。
顔全体から汗が噴き出し、息苦しそうに呼吸を荒らげている。
締め付けがすごいだろうな、そんなに着込んでいると。
「サクラ、大丈夫か?」
「はい……なんとか、平気であります」
ふらつきながらも、サクラが立ち上がる。
こいつは痛みに鈍感だから、あとでちゃんと診察してやらないといけないな。
「ちなみにゆいな。武器って衣装に含まれるのか?」
「いいえ。ハサミとかコップとか、手に持っていた物は衣装に含まれませんでした」
「そうか。じゃあ、この槍は返してもらうぞ」
「テメェ……! ぜぇ……はぁ……いいから、……はやく、この服を……はぁ、はぁ!」
奪い返した槍をサクラへと返却する。
そして、キャンキャンうるさいノードンの足を払う。
「どぅっ!?」
思いっきり背中から地面に落ちて、ノードンが咽る。
まぁまぁ、そんだけ着込んでりゃクッションになって大したダメージじゃないだろう。
「散々好き勝手やってくれたな……」
仰向けに倒れるノードンの頭の周りに、俺、ゆいな、サクラが集まる。
「ま……待て…………は、話せば、分かる……な? だろ?」
そんな懸命な命乞いに、俺はこんな言葉を贈っておく。
「今さらもう遅い!」
俺とゆいなとサクラ。
三人同時に武器を振り上げ、露出しているノードンの顔面へと振り下ろした。
俺は的確に息の根を止められるようにノドへレイピアを突き立てた。
少しの抵抗が手に伝わり、そしてノードンが煙のようにその姿を消した。
……はぁ。
なんとか勝てた。
ノードンがいなくなると同時に、大量のセーターとジーンズも姿を消した。
脱いだと判断されたのだろう。
「ティルダたちの加勢に向かうぞ」
「心配には及びませんよ☆」
振り返れば、随分と近くまで連中が来ていた。
ティルダの馬にプルメがまたがってぐったりしている。
シャクヤクとアイリーンも肌に切り傷を作っていた。
みんな疲労困憊だな。
「急に敵の動きが変わったのだけれど、どういうことなのかしら?」
「それに関してはちゃんと説明をする。その前に、みんな傷の手当てをしよう」
これから試練の難易度が上がることと、さっきまでのようなターン制が廃止されたことを説明しつつ、アイリーンの持っていた傷薬で各々の傷を癒した。
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