居城の中は、こんな辺境の地にあるのが信じられないくらいに華美で派手で毒々しいまでに煌びやかだった。
「……趣味が悪いですね」
「だな」
黄金色の立像や胸像がそこかしこに飾られている。
しかも全部カーマインをモデルにした像だ。……とんだナルシスト野郎だな。
「あれ、本物の金かしら?」
「それはないであります。ワシルアン王国にそこまでの資産があるとは思えません。まして、一人の王族にここまで富を集中させられるとはとても」
隣を走るサクラがそんなことを言う。
「帝国から袖の下をもらっているという可能性はないのかしら?」
「カーマイン殿下に、そこまでの器量はありません」
きっぱりと言い切った。
だから、こんな辺境に追いやられているのかもしれないけどな。
有事があれば、真っ先に敵軍に攻め込まれるような立地だし。
「大将をとっちめて、シャルちゃんを取り返したら調査が必要ね」
キラキラと瞳を輝かせるアイリーン。
「盗むなよ?」
「あら、どうして? 錬金には有用な素材なのよ、純金って」
いや、その純金を生み出すことを目的としたものが錬金術じゃなかったっけ?
金を使って錬金するって、肉じゃがを材料に肉じゃがを作ろうみたいな発想じゃね?
「あれ、待って! 肉じゃがって、肉じゃがに必要な材料全部揃ってるんじゃない!? じゃあ、これがあれば肉じゃがが作れちゃうじゃない! わぁ、すごい!」みたいな……はは、考えただけでも馬鹿らしい。
「まぁ、錬金という名ではあるけれど、私が作るのは純金よりも有用なアイテムだからね」
「それは確かにそうだが……」
「まぁまぁ、芥都様。よいではないですか。戦利品としていただいていくでありますよ」
やや後方からサクラが言う。
勝者は敗者に何をやってもいいというわけか。悲しいけど、これって戦争なのよね。
じゃ、仕方ない。
「それじゃあ、なるべく見苦しくないものを選びましょうね」
「ありますかね、この中に……?」
ゆいなの意見に、プルメが眉を寄せる。
純金のオッサン像だからな。本人か制作者か、よほどのマニアでもない限り直視できる代物じゃない。
「大きいのは嵩張るから、持っていくにしても適当なサイズのにしとけよ」
「でしたら、首だけ切り取って持っていくというのはいかがでしょうか? 全部いただいてしまうのは申し訳ないですし」
「ねぇ、ティルダ。あなた、優しさからそんなことを言ってるんでしょうけど……言ってる内容結構えぐいわよ?」
満面の笑みを浮かべるティルダを見て、アイリーンが頬を引きつらせる。
ステキな笑顔が、うすら寒く見える。
「それよりも、表に残ったみなさんは大丈夫でしょうか?」
走りながら、ティルダが後方を振り返る。
さすがに城内へ馬車で乗り入れることは出来ず、馬車と一緒にエビフライとシャクヤクが外に残った。
ヒルマ姫を守らなければいけないからな。
岩で道を塞いだとはいえ、増援部隊がそれを越えてこないとも言い切れない。
護衛は必須だ。
「あの二人なら、大丈夫であります! 性格はともかく、武術の、腕は、一流で、ありますから!」
かなり後方からサクラが叫ぶ。
「ちょっと待ってあげませんか!? サクラさん、さすがに気の毒です!」
重量級の全身鎧を身に着けて走るのは相当キツイようで、サクラがどんどん集団から遅れていく。
それでも足を止めないのだから、体力は相当なものだ。
それじゃあ、少しサクラを待とうかとしたところで、俺たちの前にウィンドウが出現した。
画面に、焦りまくっているカーマインが映し出される。
『くそっ、テンプルナイツめ! 我が城に踏み入ってくるなど無礼にもほどがある! これが王に知れれば戦争だぞ、戦争!』
『落ち着いてください、殿下』
喚き散らすカーマインの隣に、一人の美しい女性が姿を現す。
深紅の髪が印象的な、とんでもない美人だ。
誰だ、あの美人? おっぱい魔人のカーマインにはもったいない。今すぐ知り合いをやめてほしいレベルの美女だ。
『城の騎士たちにヤツらを足止めさせます。その間に殿下は王宮へ向かい、正規軍へ援軍の要請を行ってください』
『む! そ、そうか。そうだな。私がこんな場所で死ぬわけにはいかぬからな』
まさかあのオッサン、あの美女を囮にして自分だけ逃げる気か!?
あの美女、美形だから仲間になるんじゃね?
いやほら、『フレイムエムブレム』の鉄則的に。
「あの女性は仲間になりそうにないですね」
「そうね。目が危険だもの」
「ヤンデレ気質な女性はお断りですね」
と、ゆいな、アイリーン、プルメが言う。
っていうか、プルメ? 自分を顧みたことって、ある?
『では、私はヒルマ姫を連れて王宮へ戻る』
『いえ、ことは一刻を争います。姫は人足に任せ、殿下は早馬で単身王宮へお戻りください』
『馬鹿な!? 折角手に入れたおっぱいだぞ!? 道中ツンツンぷるぷるもみんもみんしたいに決まっているであろうが!』
『そのように、目先のことに固執されるからこのような状況に陥るのです。自制してくださいませ』
『ド貧乳は黙っておるのだ!』
『…………死なすぞ?』
『あ、ごめん。冗談だ冗談……ほら、そんな怖い顔をしないで……ね? 幼馴染の軽ぅ~い、冗談だから、ね? ね!?』
カーマインが命がけで美女を宥めている。
……うん、確かにゆいなたちの言った通り、あの美女は仲間になりそうにないな。
だって、今の顔、超~ぅ怖いもん。
小学生のころ読んだ怪談系マンガのどのオバケより怖い。視覚的暴力。心胆が寒い寒い。
で、美女の胸元にパーンしなくていいから、画面!
顔からすすーっと胸元に映像動かさなくていいから!
アップにしなくていいから!
わぁ、本当に真っ平! とか言ってる場合じゃないから!
「……彼女、実はいい人かも」
「ゆいな。乳で敵味方を判断するなら、俺も今後その方針で行くけど?」
ティルダ級の仲間をいっぱい増やすぞ。おっぱいをいっぱい!
『と、とにかく、連中のことは頼んだ! 少し時間を稼いでくれればそれでいい』
『お任せください。殿下の忠実な部下として、そして――かけがえなき幼馴染として、必ずあなた様をお守りすると誓います』
『頼りにしているぞ、テレジア』
『はい、カーマイン様』
テレジアと呼ばれた赤髪美女がカーマインの名を呼ぶ。
その声音には、はっきりと恋心が表れていた。
……っていうか、画面もうちょっと上げてくれる? さっきからずっと胸元しか映ってないんだけど! もう分かったから! そんなに晒しものにしないであげて! 小さいのも個性だよ!
『もし……此度の騒乱が無事に収束したら…………カーマイン様、私を、もらってくれますか?』
不安に揺れる乙女の声。
テレジアはカーマインに惚れているようだ。
一心にカーマインだけを慕い続けてきたのだとはっきり分かる声だった。
ただ、画面がなだらかな胸元に固定されているせいで表情がまったく見えない。
画面! 仕事して! いい仕事してるって気にならないで!
というか、あんな美女があのオッサンを……なんてもったいない。
妙に悔しい。
カーマイン、許すまじ!
そして、カーマインが静かな声で言う。
『ん? 普通にイヤだが? 私はヒルマ姫のようなぽぃんぽぃんが好きだし』
ぅぉおお!?
普通に断ったぞ、あのオッサン!?
しかも、史上最低な理由で!?
『…………死なすぞ?』
うぉぅどぉぅううう!?
このタイミングで顔のアップにするのやめて!
心臓止まるかと思った!
修羅だ! 羅刹だ! 鬼がいる!
「……チビるかと思った」
「気持ちは分かりますが、やめてくださいね」
ゆいなにも、気持ちは分かるようだ。
耳がぺたんと寝て、ぷるぷる震えている。
怖かったよな、今の映像。
真夜中に見てたら失神してるよな、絶対。
『で、ではあとのことは頼んだ!』
カーマインも恐怖が限界に達したようで、そそくさと撤退していった。
ヤバいヤバい、逃がすわけにはいかないんだ!
『ワシルアン鋼鉄騎士団、集結! 即座に出陣だ!』
こちらが突撃準備を整える前にテレジアが叫び、居城内のあちらこちらから扉が開け放たれる音が聞こえてきた。
バタンバタンと勢いよく開け放たれた扉からは、無数の、夥しい数のアーマー騎士がわらわらと現れた。
あぁ……めっちゃ時間かかりそうっ!
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